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第4話①「激しくシェイク!」

「……う、うーん……」


ゆっくりと、まぶたが開く。


視界はまだぼやけている。

頭の奥では、低い耳鳴りが残響のように揺れていた。


「いったぁ……ピコ……少しは手加減してくれてもいいのに……」


ユカは頭をさすりながら、身体を起こした。


指先に触れたのは、冷たい地面ではない。

なめらかで、どこか懐かしい木の感触。


顔を上げる。


温もりのあるカウンター。

壁一面に並んだボードゲーム。

サイコロの入ったガラス瓶。

壁際では、古い振り子時計が時を刻んでいる。


見間違えるはずがない。


ここは――


「……うそ」


ユカは立ち上がった。


「ほんとに……来ちゃった」


ユナの店。


《Analog Mind Café》。


ピコの巨大ハンマーで殴られて気絶するという、あまりにも乱暴な方法だったが、本当にたどり着いてしまった。


「最短ルートって……ほんとに最短だったんだ……」


認めたくはない。

ものすごく認めたくはない。


けれど、成功は成功だった。


そのとき、ユカは違和感に気づいた。


「……あれ?」


店内を見回す。


静かすぎる。


いつもなら、窓から差し込む木漏れ日が店内を金色に染めている。

カウンターにはコーヒーの香りが漂い、その向こうからユナがひょいと顔を出しそうな、そんな温かな空間だった。


なのに今日は、光が弱い。


薄い雲越しの夕暮れのような光が、店内をぼんやりと照らしている。


テーブルも、椅子も、壁に並ぶゲームも、何も変わっていない。


それなのに――


世界全体が、一段だけ色を失っている。


「なんか……違う」


胸の奥がざわつく。


ユカはカウンターの奥へ回った。


「ユナお姉ちゃーん? いるんでしょ?」


返事はない。


声だけが店内に反響し、消えていく。


「お姉ちゃーん?」


やはり、何も返ってこない。


コーヒーの香りもしない。

足音も聞こえない。

人の気配そのものが、どこにもない。


ユカはカウンターチェアに腰を下ろした。


椅子が、きい……と軋む。


「どこかに出かけてるだけ……だよね?」


自分に言い聞かせるように呟く。


待ってみる。


カチ、コチ、カチ、コチ。


聞こえるのは、振り子時計の音だけ。


カチ、コチ。


普段なら気にも留めない音が、今日はやけに大きい。


時間そのものが、重くなったように感じる。


ユカの指先が、いつの間にか強く握られていた。


「……やっぱり」


嫌な予感が、少しずつ輪郭を持ち始める。


「この世界にも、何か起きてるんだ」


ユカは弱々しい光に包まれた店内を見回した。


現実では、《セラの指輪》が沈黙した。


データ異常が頻発し、カイやセラ博士、そして自分にも、これまで存在しなかった能力が発現した。


《世界の更新》。


もし、それが現実世界だけの出来事ではないのだとしたら。


「だから、光がこんなに弱い……」


考えたくない可能性が、頭をよぎる。


「ユナお姉ちゃんの身にも、何かあったんだ……」


ユカは立ち上がった。


このまま、ここで待ち続けるわけにはいかない。


カウンターに置かれていたメモ帳を取り、ペンを走らせる。


《ユナお姉ちゃんへ

戻ったら連絡ください。ユカより》


そこでペンが止まる。


少し迷ってから、その下に小さく書き足した。


《心配してます》


メモをカウンターの中央へ置く。


ユナが戻ってくれば、必ず気づく場所。


「……待ってて、お姉ちゃん」


ユカはドアノブを握った。


カラン――


小さなベルが鳴る。


ユカが外へ出ると、扉はゆっくりと閉まり、誰もいなくなった《Analog Mind Café》に、その音だけが残った。


***


「……カ……」


遠くから声が聞こえる。


「……ユカ!」


ユカは、ゆっくりと目を開けた。


視界いっぱいに、丸いレンズがある。


「ユカっ! 大丈夫ですか!?」


「……ピコ?」


至近距離で覗き込んでいるピコ。


ユカは何度か瞬きをする。


記憶がつながる。


巨大ハンマー。


全力スイング。


頭部直撃。


そして――


《Analog Mind Café》。


「…………」


むくり。


ユカが起き上がる。


「よかったです。無事に――」


がしっ。


「……?」


ユカの両手が、ピコの肩をつかんだ。


次の瞬間。


ぶんぶんぶんぶん!!


「もう、ピコ! あんな全力スイングしなくてもいいじゃない! 私、星見えたんだけど!?」


「わ、わ、わ! さ、最短到達ルートを優先しました!」


「優先順位おかしい!」


ぶんぶんぶんぶん!!


ピコのボディが激しく前後する。


「ジャ、ジャイロに異常が出ますーっ!」


「知らない!」


「そ、それより! どうだったんですか!? ユナに会えました!?」


ユカの手が止まった。


ピコの身体も、ようやく止まる。


「……《Analog Mind Café》には行けた」


「本当ですか!」


「でも……」


ユカの手が、ゆっくり離れる。


「お姉ちゃん、いなかった」


視線が落ちる。


前髪がさらりと垂れ、表情を隠した。


「店も、なんか変だった。光が弱くて……誰もいなくて……嫌な感じがした」


ピコは何も言わず、ユカを見つめる。


「現実だけじゃないのかもしれない。この世界で起きてること……あっちにも影響してるのかも」


「ユカ……」


「お姉ちゃん、大丈夫かな……」


ユカは唇を噛んだ。


するとピコが、少し考えてから口を開いた。


「しかし、とりあえず《Analog Mind Café》へ行けたということは――」


「ん?」


「ハンマー作戦は大成功ですね」


「…………」


「というわけで、殴打の件はチャラということで――」


にゅっ。


ユカの腕が伸びる。


がしっ。


「……ユカ?」


「“大成功”って、何よ! それとこれとは話が別ーっ!」


ぶんぶんぶんぶんぶん!!


再び、激しくシェイク。


「やっぱ許せないーっ!」


「わーっ! ジャイロが! 姿勢制御がーっ!」


「ピコにも、私と同じ目に遭わせてやろうか!?」


「それは合理的ではありませんーっ!」


そのときだった。


ピピピッ!


ユカの端末が鳴る。


「!」


二人の動きが同時に止まった。


空中にホログラムが展開される。


映し出されたのは、険しい表情のアランだった。


「ユカ。またデータ異常が発生した」


その一言で、ユカの表情が変わる。


「場所はアストラシティ第11地区、サーバ街だ。規模が大きい。至急向かってくれ」


ユカはピコから手を離した。


「はい、わかりました!」


通信が切れる。


ユカは拳を握る。


ユナのことは心配だ。


《Analog Mind Café》で何が起きているのかも知りたい。


けれど――


「考えてる時間、ないよね……」


今、自分が行かなければならない場所がある。


ピコが小さく電子音を鳴らした。


「やれやれ……データ異常に救われちゃいましたね……」


「ピコ、何か言った?」


「何も言ってません!」


ユカは駆け出した。


その横で、ピコのボディが展開。

素早くドローンモードへ変形し、ユカを追う。


二人は、アストラシティ第11地区へ向かう。


ユナへの不安。


世界で起きている異変への焦り。


そして、それでも今できることをやろうとする決意。


いくつもの想いを抱えたまま――


ユカは、日が傾き始めた街を走り抜けていった。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※『フラグメンツ・シリーズ』一覧はこちら。

https://ncode.syosetu.com/s8950k/


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