第3話③「高いけど嫌だ!」
午後のアストラ・シティ。
セラ博士の家を出たユカとピコは、
並んで帰り道を歩いていた。
林の隙間から差し込む陽射しが、
道の上に木漏れ日を落としている。
ユカは上機嫌だった。
「いやぁ~、おいしかったぁ!」
両手をお腹に当て、
満足そうに笑う。
「やっぱり、ざるそばっていいよね。つるっとしてて、喉ごしがよくて、そばの香りがふわっとしてさ。そこに揚げたての天ぷらを――」
思い出しただけで、
顔が緩む。
「サクッ!って食べる! 最高!」
「ユカ、完全に食レポモードですね」
「だって、おいしかったんだもん」
「ちなみに、そばは栄養面でも優秀です」
「そうなの?」
「はい。たんぱく質や食物繊維に加え、ビタミンB群やミネラルなども含まれています。また、そばに含まれる《ルチン》は、ポリフェノールの一種として知られています」
「へえ~。おいしくて、体にもいいんだ」
ユカは大きくうなずく。
「やっぱり、そばって最高だね!」
「ただし、天ぷらを大量に追加した場合の総摂取カロリーについては――」
「それは聞かないことにする」
「都合の悪いデータを遮断しましたね」
「おいしかったからいいの!」
ユカは胸を張る。
その足取りは軽い。
お腹もいっぱい。
天気もいい。
気分もいい。
ただし――
抱えている問題だけは、
まったく軽くなっていなかった。
「……でもさ」
ユカの表情が変わる。
「指輪のことも、能力のことも……わからないことだらけだよね」
「はい。ピコも整理が追いつきません」
「それに、ノワのこともあるし……」
ユカは足元を見つめながら歩く。
《セラの指輪》の沈黙。
各地で頻発するデータ異常。
突然発現した能力。
《世界の更新》。
そして――ノワ。
頭の中で、
いくつもの疑問が絡み合っている。
「こんなに一度にいろんなことが起きるなんて……偶然って感じじゃないよね」
ユカは顔を上げた。
「きっと、どこかでつながってる」
「可能性は高いです。ですが、同時にすべてを解明することはできません」
ピコがユカを見上げる。
「まずは《とっかかり》のあるところから攻めるのが賢明かと」
「とっかかり……」
確かに、その通りだった。
全部わからない。
だからといって、
全部を一度に考える必要はない。
今、自分にできること。
今、調べられること。
そこから始めればいい。
ユカはしばらく考え――
「あ!」
突然、顔を上げた。
「そうだ。指輪のことなら――ユナお姉ちゃんに聞けばいいんじゃない?」
「ユナに?」
ユナ・セラフィム。
カイの恋人であり、
セラ博士の娘。
そして――
《セラの指輪》を、
かつて受け継いでいた人物。
ユナは、
ある事件によって命を失った。
けれどユカはこれまで何度か、
夢とも現実ともつかない、
不思議な場所で彼女と会っている。
話すこともできた。
ならば――
《セラの指輪》について、
何か知っているかもしれない。
「名案です。何と言っても、ユナは指輪の元継承者ですから」
「でしょ!」
ユカの表情が明るくなる。
だが――
すぐに曇った。
「……でも」
「どうしました?」
「ユナお姉ちゃんは今、夢と現実の狭間みたいな世界にいるんだよね?」
「はい」
「そこにどうやって行けばいいのか、わかんないじゃん……」
「…………」
「…………」
せっかく見つけた手掛かりが、
開始数秒で行き止まりになった。
ユカは肩を落とす。
「やっぱりダメかぁ……」
その横で、
ピコが何かを考えている。
やがて――
「……前回」
「ん?」
「ユカが気絶した際、ユナと接触できましたよね?」
「うん。そうだけど……」
ユカは何気なく答えた。
その直後。
カチリ。
ピコのボディから、
何かが解除されるような音がした。
「……ん?」
ガシャッ。
右腕の装甲が開く。
内部から機構が展開し、
パーツが次々と組み替わっていく。
ギギギギギ――
「……ピコ?」
巨大な金属塊が形成されていく。
「その変形、なに?」
数秒後。
ピコの右腕は――
巨大なハンマーになっていた。
「ちょっと待って」
嫌な予感しかしない。
ピコは、
いつも通りの声で説明を始めた。
「仮説として――再び意識を失えば、前回と同様の経路を通り、ユナと接触できる可能性があると考えられます」
「え?」
ユカの顔が引きつる。
「ちょっと待って。それって、まさか――」
ピコがハンマーを掲げる。
「ピコが導き出した、ユナと会うための最短ルートがこれです……!」
キラーン!
午後の陽射しを反射して、
ハンマーが輝いた。
「最短すぎるよ!!」
ユカが後ずさる。
一歩。
二歩。
ピコが、
同じだけ近づいてくる。
「すみません、ユカ」
「な、なに?」
「成功確率は――」
ピコの瞳に、
解析データが流れる。
「推定67.3%です」
「高いけど嫌だ!!」
ピコがハンマーを構える。
「いや、ちょ、ちょっと待って! 落ち着いて!」
ユカが両手を突き出す。
「話し合おう!? ね!? 私たち、対話でいろんな問題を解決してきたじゃん!」
「はい」
「だったら、これも対話で――」
「しかし、現時点では他に有効な接触手段がありません」
「合理性だけで何でも決めないでぇぇぇ!!」
ピコがハンマーを振りかぶった。
「ユカ、ごめんなさい。覚悟してください!」
「待って待って待って! それ絶対痛いやつだから! ピコぉぉぉぉ!!」
ブォンッ!!
巨大なハンマーが、
午後の空気を切り裂く。
「い、いやぁぁぁぁぁぁっ!!」
ゴンッ!!
「あ゛――――っ!!」
世界が、
ぐるりと反転した。
青空。
林。
道。
ピコ。
すべてが混ざり合い、
遠ざかっていく。
そしてユカの意識は――
深い闇へと堕ちていった。
《第3話・終わり》
***
【次回予告】
気絶の先にたどり着いたのは――
《Analog Mind Café》。
光の弱い店内。
鳴り続ける振り子時計。
そして、
ユナお姉ちゃんは――
この世界にも、
何かが起きている。
だが現実でも、
異変は加速する。
灼熱のサーバ街。
実体化するデータ異常。
現れたのは、
ゴブリンを超える異形。
《位相固定》された歪み。
合わせるだけでは足りない。
必要なのは――
揺らすこと。
そして、
現れる謎の男。
共鳴は、新たな段階へ。
光は、
闇を再構成できるのか。
次回、
『フラグメンツ・オブ・ヴェスティギア ~魂の共鳴~』
第4話「立ちこめる暗雲」
その一撃が、
世界の輪郭を揺らす。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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