第3話②「能力者たち」
セラ博士は、
作業台に置かれた指輪から視線を上げた。
「それから、ユカ。あなたにも《能力》が発現したそうね」
ユカは少し戸惑いながら、
ゆっくりとうなずく。
「うん。昨日、現場で……データ異常に対応しているときに」
「詳しく聞かせて」
ユカは昨日の出来事を話し始めた。
スマートファクトリーで発生した、
原因不明のデータ異常。
まるで意思を持ったかのように、
自らの構造を書き換え続けるデータ。
そして、それがモンスターとして
実体化したこと。
《ノワ》と名乗る黒マントの少女。
彼女が放った、
破壊を楽しむような歪んだ共鳴。
そして――
セラの指輪が力を失った瞬間、
自分の中から生まれた、
まったく別の力。
「あのとき……世界が全部、《波》に見えたの」
ユカは自分の手のひらを見つめる。
「音と振動でできているみたいに。物も、データも、全部が響いてて……それで、気づいたら」
指先を、
そっと握る。
「共鳴させる力が、使えるようになってた」
セラ博士はしばらくユカを見つめ、
小さくうなずいた。
「……そうだったのね」
「カイにも発現しましたし、いったい何が起きているんでしょうね~」
ピコの言葉を聞いて、
レンがセラ博士を見る。
「博士……話しますか?」
セラ博士の口元が、
わずかに緩んだ。
「ええ。実はね――私にも発現したの」
「えっ!?」
ユカが目を見開く。
ピコも勢いよく振り向いた。
「まさかの三人目ですか!?」
「見ていて」
セラ博士が、
人差し指をすっと立てる。
空気が揺れた。
淡い光が、
水面に落ちた雫のように広がっていく。
やがて――
何もない空間から、
声が聞こえてきた。
『クエスト・コア・プロセッサー。セラ一族に代々伝わるオーパーツ。この指輪の《心臓部》さ』
レンの声。
続いて、
『クエストって……ゲームの《魔王討伐クエスト》のクエスト?』
ユカの声。
さらに、
『約10のマイナス30乗メートルという、極小スケールを意味する名称です』
今度はピコ。
「これ……!」
ユカが周囲を見回す。
「さっきの私たちの会話……!」
声だけではない。
笑い方。
息遣い。
衣服が擦れる音。
指先が机に触れた振動まで。
ほんの少し前、
この場所で起きた出来事そのものが、
空間から蘇っていた。
「録音してませんよ!? え、ラボって常時監視仕様でしたっけ!?」
慌てるピコに、
レンが苦笑する。
「違う。博士の能力だ」
セラ博士が手を下ろす。
「これが私の力。空間に残されたあらゆる《波》を解析し、保存し、再現できる」
光が薄れていく。
「音だけじゃない」
レンが説明を続ける。
「衝撃、感情の共鳴、データ波、時間のゆらぎ――全部《記録》できるんだ」
「全部……」
ユカは呟いた。
昨日、
自分には世界のすべてが《波》として見えた。
そしてセラ博士もまた、
世界に残された《波》を捉えている。
別々の能力。
けれど、
どこかでつながっている。
そんな感覚があった。
「カイは、自分の能力を《パルス・ブレイク》と名付けたようね」
セラ博士の言葉に、
ユカが微妙な顔をする。
「ちょっと、厨二っぽいけど……」
「そしてユカ。あなたは《レゾナーレ》――共鳴させる力」
「うん」
「私の能力は、そうね……」
セラ博士は少し考え、
「《オリジン・ノート》とでも呼びましょうか」
「オリジン……ノート?」
「すべての共鳴の基点。創造が始まる、最初の音」
ユカはその言葉を、
頭の中でもう一度繰り返した。
《オリジン・ノート》。
世界に残された波を読み、
記録し、
もう一度この世界へ呼び戻す力。
「しかし、なぜほぼ同時期に三人に能力が……?」
ピコが首を傾げる。
「やはり指輪の力の喪失や、最近のデータ異常と関連があるのでは?」
セラ博士は、
すぐには答えなかった。
「現時点では断定できないわ」
作業台の指輪を見る。
「相関は感じる。でも、因果は不明」
「研究中に博士の体がいきなり光ったときは、正直、心臓止まるかと思ったけどな」
レンが苦笑する。
「こちらも精査が必要ね。ただ――優先順位はつけるべきよ」
指輪の沈黙。
各地で発生するデータ異常。
カイ、ユカ、セラに発現した能力。
そして、
アマル長老が語った《世界の更新》。
何かが始まっている。
それだけは、
ユカにもわかった。
ユカはセラ博士を見つめる。
「博士……」
「なに?」
「いきなりこんな能力が使えるようになって、怖くないの?」
研究者ではなく、
一人の人間として聞いてみたかった。
セラ博士は、
少しだけ目を細める。
「そうね……
若い頃から、この手の能力を使う人たちはたくさん見てきたし」
自分の手を見る。
「それに、《起きてしまったこと》に悩んでいても、仕方ないわ」
穏やかな声だった。
けれど、
そこに迷いはなかった。
「……あれ?」
ユカの頭に、
昨夜の光景が浮かぶ。
湯気の立つ鍋。
白菜と長ねぎを食べながら、
カイが言った言葉。
《できるようになっちまったもんは、悩んでも仕方ないだろ》
ユカは、
目の前のセラ博士を見る。
「……博士」
「なに?」
「カイと同じこと言ってる」
「え?」
論理を積み重ねるセラ博士。
まず動いて、
そこから答えを探すカイ。
考え方も、
行動の仕方も違う。
たぶん二人にそう言えば、
本人たちは否定するだろう。
それでも――
自分ではどうにもならない出来事を前にしたとき、
二人は同じ場所に立っていた。
《起きたことは受け入れる》
《そのうえで、次に何をするか考える》
ユカは、
少しだけ笑った。
なんだ。
意外と似てるじゃん。
能力の正体は、
まだ何もわからない。
なぜ三人に発現したのかも。
それでも、
なぜだろう。
ユカはさっきより少しだけ、
安心していた。
そのとき――
ぐぅぅぅぅぅ……。
ラボに、
妙に低い音が響いた。
「…………」
レンがユカを見る。
ピコもユカを見る。
セラ博士もユカを見る。
ユカは、
そっと自分のお腹を押さえた。
「……お腹すいた」
レンが呆れた顔になる。
「この流れで腹鳴るのかよ……」
「しょうがないじゃん! 朝から頭使ったんだから!」
セラ博士が時計を見る。
「あら。そういえば、もうお昼ね」
そう言うと、
さっきまで世界の異変について語っていた世界的科学者は、
あっさりと立ち上がった。
「お昼にしましょうか」
「やった!」
ユカの顔が一瞬で明るくなる。
「ユカ、手伝って」
「はーい!」
***
しばらくして。
古民家の台所では、
大きな鍋から大量の湯気が上がっていた。
「博士! そば、これ全部!?」
「全部」
「多くない!?」
「ユカがいるから」
「どういう意味!?」
そう言いながら、
ユカは大量のそばを鍋へ投入する。
その隣では、
セラ博士が天ぷらを揚げていた。
ジュワッ――!
衣をまとった海老が、
油の中で音を立てる。
続いて、
かぼちゃ。
なす。
舞茸。
ししとう。
揚げたての天ぷらが、
皿の上へ次々と積み上がっていく。
「うわぁ……!」
ユカの目が輝く。
「博士、これ絶対おいしいやつ!」
「つまみ食い禁止」
「まだ何もしてないよ!?」
「顔に書いてあるわ」
***
昼食は、
縁側に近い和室で食べることになった。
冷たいざるそば。
海老、野菜、舞茸の天ぷら。
薬味には、
刻みねぎとわさび。
ユカはそばを箸で持ち上げ、
つゆにつける。
ずずずっ!
「ん~~~~っ!」
続いて、
揚げたての海老天をひと口。
サクッ。
「しあわせぇ……」
さっきまで能力の謎について
真剣に考えていた人物とは思えない顔で、
頬を緩ませている。
レンが呆れたように見る。
「切り替え早すぎないか?」
「ユカですから」
ピコも当然のように答えた。
「何よ。おいしいもの食べるときは、ちゃんと幸せにならないともったいないでしょ」
そう言って、
ユカは再びそばをすする。
世界では、
何かが起き始めている。
指輪は沈黙し、
未知の能力が目覚めた。
その原因は、
まだ誰にもわからない。
それでも――
昼になれば、
お腹はすく。
「博士、海老天もう一本食べていい?」
「どうぞ」
「やった!」
レンとピコは顔を見合わせた。
そして二人そろって、
呆れたようにユカを見る。
当の本人は気にも留めず、
幸せそうに二本目の海老天へ箸を伸ばしていた。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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