第3話①「オーパーツ」
アストラ・シティ郊外。
林に囲まれた一角に、
古民家を改装したセラ博士の自宅兼ラボがある。
外観には古い木造の梁が残り、
庭先には季節の草木が揺れている。
だが、一歩中へ入れば景色は一変する。
畳の上には量子演算機。
障子の向こうにはホログラム投影装置。
古びた柱の横を、青白いデータラインが走っている。
伝統と最先端が、
何の違和感もなく同居する不思議な空間だった。
その中央。
作業台の上に、
力を失った《セラの指輪》が置かれている。
ユカは少し離れた場所から、
不安そうにそれを見つめていた。
レンが指輪を慎重に持ち上げ、
量子分析アナライザへ接続する。
端子が噛み合う。
青白い光が灯り、
空間いっぱいに数式と波形が展開された。
指輪の内部構造が、
リアルタイムで解析されていく。
レンは流れていくデータを追い続け、
やがて口を開いた。
「……走査完了。コード波形、正常。異常パターンは検出されない」
「え……?」
ユカが作業台へ近づく。
「じゃあ……壊れてないってこと?」
「少なくとも、外殻プログラムは正常だ」
その言葉を聞いて、
セラ博士が腕を組む。
「……ということは、問題はQCPね」
「QCPって何?」
「何だと思う?」
「…………」
――来た。
博士お得意の、
問い返し。
周囲の人間は、
「セラ博士は、ああやって自分で考える癖をつけさせているんだ」
と、好意的に解釈している。
しかしユカに言わせれば、
博士はそこまで考えていない。
ほぼ条件反射である。
何か聞けば、
「どうして?」
「どう思う?」
「あなたはどう考えるの?」
だいたい、このどれかが返ってくる。
最近のユカはすっかり学習して、
博士には不用意な質問をしないよう心がけている。
……それでも、
たまに忘れる。
「えーっと……」
ユカは必死に考える。
「……指輪の重要な部品?」
「正解」
「やっぱりそうなんだ!」
すかさずピコが口を挟んだ。
「しかし、ユカ。今の、質問する必要ありましたか?」
「うっ……ゆ、油断した……」
セラ博士は何事もなかったように、
レンへ視線を戻す。
「レン、続けて」
「了解」
レンが端末を操作する。
ホログラム上に、
指輪の内部構造が拡大表示された。
幾重にも重なる回路。
無数の量子演算層。
通常のコンピュータでは説明できない、
異質な構造。
その中心に――
針先よりも小さな、
一点の光が浮かんでいた。
「クエスト・コア・プロセッサー。通称、QCP」
光点が拡大される。
「これが……?」
「ああ。セラ一族に代々伝わるオーパーツだ。この指輪の――《心臓部》さ」
「クエストって……ゲームの『魔王討伐クエスト』のクエスト?」
レンが思わず吹き出した。
「あははっ。やっぱりユカは、そこを連想するよね」
「えっ、違うの?」
「綴りは同じQuestですが、意味はまったく異なります」
ピコが光点を指し示す。
「ユカの言うクエストは《探索・探求》。一方、このQCPのクエストは――約10のマイナス30乗メートルという、極小スケールを意味する名称です」
「10のマイナス30乗……?」
ユカが目をぱちぱちさせる。
「ごめん。全然イメージできないんだけど」
「だよな。原子より、ずっとずっと小さい世界だ。そこに、この指輪の核がある」
セラ博士も光点を見つめる。
「人の目では決して見えない領域。けれど、その一点がこの指輪のすべてを制御しているの」
「そんな小さなものが……」
ユカは作業台の指輪へ目を落とした。
「この指輪を動かしてるんだ……」
何度も使ってきた。
何度も助けられてきた。
けれど、その奥に何があるのか、
ユカはほとんど知らない。
小さな指輪のさらに奥。
人間の目では見ることさえできない場所に、
まだ誰も知らない世界が眠っている。
「再現不能。分解不能。けれど、確実に存在している――厄介な代物よ」
セラ博士が息をつく。
「絶対に解明してやると思っているんだけど、私もまだまだね」
「博士でも、わからないことがあるんだ……」
「はっきり言って、わからないことだらけよ」
「えっ、そうなの?」
「前向きに捉えると――世界はまだ、私を退屈させる気がないってことね」
セラ博士が微笑む。
そのときだった。
ホログラムの中心で、
QCPを示す光が揺らいだ。
ユカの胸がざわつく。
「……そのQCPが、止まってるってこと?」
レンが解析結果を確認する。
「動作信号が出ていない。《壊れた》というより――《沈黙している》感じだな」
外では、
風が木々を揺らしている。
セラ博士の表情が変わった。
「どのみち、ここの設備では限界ね。レン、明日の朝一でセラフィム・シティへ向かう手配を」
そして告げる。
「――長老会を開くわ」
レンの表情も引き締まった。
「……わかりました」
「長老会。重大イベントフラグを感知しました」
「長老会って、そんなにすごいの?」
レンが少しだけ笑う。
「一族最高峰の科学者集団だ。理論だけなら、世界最先端を軽く超えてる。きっと何とかしてくれる」
***
ユカは、
作業台に置かれた指輪を見つめていた。
最近、
各地で頻発しているデータ異常。
そして今、
セラの指輪まで沈黙した。
偶然とは思えない。
「……データ異常と、関係あるのかな」
「ユカはどう思う?」
また来た。
けれど今度は、
ユカもすぐには答えなかった。
自分の中にある違和感を、
言葉に変えていく。
「わからない。でも、いろんなことが同時に起きているのは、偶然とは思えない。それに――」
ずっと胸に引っかかっている言葉がある。
「パチャママのアマル長老が言ってた、《世界の更新》が気になる」
セラ博士がうなずく。
「そうね。その可能性はあると思うわ」
ただし、と続ける。
「推測だけで結論は出さない。調べる。仮説を立てる。検証する。それが科学よ」
レンも端末から顔を上げた。
「分析して、証明して、答えを出す。そういうのは俺たちの仕事だ」
そして、
ユカをまっすぐ見る。
「ユカは、目の前の事件に集中しろ」
「え?」
「街を守るのは、おまえの役目だ」
ユカは目を瞬かせた。
指輪のこと。
QCPのこと。
世界の更新。
どれも気になる。
自分で確かめたい気持ちもある。
けれど――
全部を、
一人で抱える必要はない。
ユカはレンを見る。
そして、
セラ博士を見る。
「……うん」
小さく、
けれど迷いなくうなずいた。
「任せる」
不安が消えたわけではない。
それでも、
自分には目の前でやるべきことがある。
そして、
自分にできないことを任せられる人たちがいる。
作業台の上で、
《セラの指輪》は沈黙したままだった。
その小さな心臓が、
なぜ動きを止めたのか。
まだ誰にも、
答えはわからなかった。
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