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第2話⑤「レゾナーレ」

ユカの視界が反転した。


工場の壁が、床が、空気が、輪郭を失っていく。世界が崩れたのかと思った。けれど違う。今まで見えていなかったものが、見えるようになったのだ。


すべてが波だった。


「この景色……昨日と同じ!」


壁も、ゴブリンも、ピコも、ノワも。それぞれが異なる音を持ち、振動しながら互いに響き合っている。


すごい……。世界は、こんなふうにつながっていたんだ。


ユカの鼓動が、周囲の波と重なる。そこでようやく、工場全体に広がる違和感の正体に気づいた。


今日のデータ異常は、この共鳴が乱されているから……?


ユカはゴブリンたちの背後に目を凝らした。いくつもの波が重なる場所に、濁った振動の塊がある。そこから広がる不協和音が、周囲のデータを歪ませていた。


原因は……あれ!


伸ばした手の中に、光が集まった。


現れたのは剣ではない。細く、軽い、光のタクトだった。


ユカは濁った振動を見つめる。無理に押さえつけなくてもいい。周囲の音を聞き、それぞれが響く場所を見つければ――。


「お願い……響いて!」


タクトを振った。


光の波紋が工場中に広がる。重なった音が柔らかな旋律になり、ゴブリンたちを包み込んだ。ノワの力が残した黒い響きも、その中へ溶けていく。


ゴブリンの輪郭が揺れた。身体に絡みついていた歪みだけが剥がれ落ち、元のデータが姿を現す。


一体、また一体。工場内にいたすべてのゴブリンが、純粋なデータへと戻っていった。


最後の光が消えると、サイレンの音がユカの耳に戻ってきた。


「はあ……はあ……勝てた……!」


ユカはその場に膝をついた。手の中のタクトが光の粒子となり、指の間から消えていく。


「……私にも、カイと同じ力が発現した。これって――」


足音が近づいた。顔を上げると、ノワが立っていた。


さっきまでゴブリンを前に笑っていた少女とは思えないほど、表情が動かない。


「あなたの能力の名前、あたしがつけてあげる」


ノワがユカに歩み寄る。


「レゾナーレ」


「レゾナーレ……?」


「共鳴させる力。壊すんじゃなくて、“合わせる”力」


ノワはそれだけ告げると、背を向けた。


「待って! あなたは何者なの?」


呼び止められたノワが振り返る。その瞳に、先ほどまでとは違う、柔らかなものが浮かんだ。


「あなたとあたしは、合わせ鏡」


「合わせ鏡?」


「あたしはあなた。あなたはあたし」


「……どういうこと?」


「いずれ分かるわ」


ノワの輪郭にノイズが走った。黒いマントも、伸ばした手も、細かな粒子になってほどけていく。


「また、会いましょう」


声が消え、ノワの姿も見えなくなった。


ユカは膝をついたまま、ノワが立っていた場所を見つめる。


耳の奥には、かすかな不協和音だけが残っていた。


***


ファクトリーの警報が止まった。


逆回転していたコンベアは正常な向きに戻り、溶接アームも所定の位置で動きを止めている。担当者たちが端末を確認し、ラインの再起動に取りかかった。


ユカは復旧を見届け、ピコとともにデータ管理省へ戻ることにした。


夕暮れの空を飛ぶバイクの上で、ユカは左手の《セラの指輪》に目を落とす。ゴブリンを元のデータへ戻した、あの光のタクト。手の中にはもうないのに、振ったときの感覚だけが残っていた。


「ノワ……いったい何者なの……?」


「あの少女について調べましょう。それに、ユカとカイの“能力”も、本格的に調査する必要があります」


ピコはドローンモードのまま、バイクの横を飛んでいる。


「……うん」


ユカは指輪を見つめた。今日の力は、確かに自分の中から生まれた。それなのに、名前を教えてくれたのはノワだった。


《レゾナーレ》。


ノワはなぜ、その名前を知っていたのだろう。


夕日を背にしたデータ管理省のビルが、前方に見えてきた。ユカは高層階の発着フロアへ向けてバイクを進める。


その頭上、ビルの屋上に人影が立っていた。


黒いマントを風になびかせ、帰ってきたユカを見下ろしている。ノワだった。


「……やっぱり、面白い子」


ノワの口元がわずかに上がる。


「マスターに報告しないと」


その輪郭にノイズが走り、ノワの姿は夕空に溶けるように消えた。


屋上を見上げる者は、誰もいなかった。


《第2話・終わり》


***



次回予告


力を失った《セラの指輪》。


壊れたわけじゃない。どうやら、“沈黙”しているだけらしい。


正体のわからないオーパーツ。


そして、同時に目覚めた三つの力。


衝撃波。共鳴。


それから――すべての始まりの音。


偶然なのか、必然なのか。答えを探すために、私は“あの人”に会いに行く。


……でも、そこへ行く方法が問題なんだよね。


「ピコ、最短経路って、それ以外ないの!?」


次回、『フラグメンツ・オブ・ヴェスティギア~魂の共鳴~』


第3話「能力者たち」


目覚める力。沈黙する指輪。


そして私は、境界へ降りていく。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※『フラグメンツ・シリーズ』一覧はこちら。

https://ncode.syosetu.com/s8950k/


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