第4話③「ときには揺らして」
ガアアアァァァ!!!
獣のような咆哮が、サーバ街を震わせた。
赤熱した外殻をまとった巨大な異形――《データオーガ》。
二体の巨体が床を踏みしめるたび、冷却棟全体が揺れる。
ユカは光のタクトを構えたまま、その振動を見つめていた。
ゴブリンとは違う。
波長が粗い。
深い。
重い。
ひとつの音というより、巨大な塊そのものが振動しているようだった。
(ゴブリンより、共鳴のズレが大きい……)
ユカの視界が変わる。
色彩が薄れ、代わりに無数の波が浮かび上がる。
二体のオーガから放たれる不協和音が、暴力的な振動となって空間を叩いていた。
(これ……合わせられる?)
一体が踏み込んだ。
巨大な拳が振り上げられる。
「いまっ!」
タクトを振る。
「《レゾナーレ》!」
光の波紋が広がった。
ユカの旋律がオーガを包み込む。
ゴブリンなら、それだけで黒い歪みが剥がれ落ちるはずだった。
だが――
キィィィィンッ!!
「うっ!?」
耳をつんざく反響。
ユカの共鳴波が弾き返された。
「ユカの共鳴波が……打ち消されました!?」
ピコが叫ぶ。
オーガの内部で、濁った振動が激しくうねっている。
ユカが送り込んだ波とぶつかる瞬間、その振動が反転した。
逆方向から波をぶつけ、共鳴そのものを押し返している。
「位相が……固定されてる?」
次の瞬間。
巨大な拳が振り下ろされた。
「くっ!」
ユカは横へ跳ぶ。
直後、轟音。
床が砕けた。
破片が飛び散り、熱風が頬を叩く。
さらにもう一体が腕を薙ぎ払う。
「ユカ! 右です!」
「わかってる!」
逃げる。
だが、間に合わない。
巨大な腕が目前まで迫った。
ユカは反射的にタクトを突き出した。
「だったら――これ!」
タクトを高速で回す。
キィィィィン――
ユカの前方に、幾重もの光の輪が現れた。
円形の共鳴波が重なり合い、半透明の膜を作る。
ドンッ!!
オーガの拳が光の膜へ激突した。
「ううううっ!!」
ユカの靴が床を滑る。
数メートル。
それでも――止まった。
巨大な拳が、光の壁に押し返される。
ピコの液晶に驚きのマークが浮かんだ。
「共鳴波を重ねて、衝撃を分散させた!? バリアです!」
「できた……!」
驚いている暇はない。
もう一体が迫ってくる。
ユカはタクトを横へ振った。
今度は細かな波を一気に放つ。
「これならっ!」
無数の光の粒が空間へ広がった。
ひとつひとつが微細に振動し、サーバ棟の照明や警告灯の光と干渉する。
パッ――!!
白い光が爆発した。
オーガの動きが止まる。
巨大な頭部が左右へ揺れ、標的を見失ったように腕を振り回した。
「視覚情報にノイズを混ぜたんですか!?」
「たぶん!」
「たぶん!?」
「できちゃったんだから、いいでしょ!」
ユカはその隙に走り、二体との距離を取った。
ピコが追いかける。
「すごいです、ユカ! 能力の応用ができています!」
攻撃だけではない。
共鳴波を重ねれば、防御に使える。
光や空間の振動へ干渉すれば、相手の知覚を乱すこともできる。
《レゾナーレ》の可能性が、戦いの中で次々と広がっていく。
だが――
ユカの表情は晴れなかった。
「でも……これじゃ決定打にならない」
目眩ましが切れる。
オーガの赤い眼光が、再びユカを捉えた。
バリアも防げたのは一撃だけ。
守れる。
避けられる。
時間も稼げる。
けれど――
倒せない。
「もっと出力を上げないと、この歪みそのものを包み込めない……」
ユカはタクトを握り直した。
そのときだった。
ジジ……ッ。
「え?」
空間の一部が歪んだ。
映像にノイズが走ったように、サーバ棟の景色が乱れる。
銀色の壁。
赤い警告灯。
巨大な冷却装置。
それらが一瞬だけ細かな断片となり――裂けた。
その向こうから、小さな影が歩いてくる。
黒いマント。
完成された人形のように整った顔立ち。
それなのに、どこか幼さを残した少女。
「ノワ!」
少女はユカを見ると、わずかに口元を緩めた。
「ユカ。また会ったわね」
そして、その後ろからもう一人。
男が姿を現した。
褐色の肌。
短く整えられた髪は、サーバ棟の光を受けて金とも銀ともつかない色に見える。
表情からは、ほとんど感情が読み取れない。
ユカは警戒しながらタクトを向けた。
「……あなたは、誰?」
男は短く答えた。
「……ゲーツ」
「ゲーツ……?」
するとノワが、当たり前のことを説明するように言った。
「あたしのマスターよ」
「マスター?」
聞き返したユカをよそに、ノワはデータオーガを見上げた。
「あれ、《データオーガ》っていうの。ゴブリンとは格が違うわ」
その声には、わずかに楽しげな響きが混じっている。
ゲーツは二体のオーガを一瞥した。
そして――ユカを見る。
「見せてみろ」
低い声。
「お前の力の《限界》を」
「限界……?」
「共鳴とは、干渉だ。だが干渉には、必ず《抵抗》がある」
ゲーツがオーガへ視線を戻す。
その体内では、黒い振動が絶え間なく循環していた。
「その程度の出力では、《強制位相固定》を破れない」
「強制……位相固定?」
ユカは目を見開いた。
もう一度、オーガの振動を見る。
一定。
あまりにも一定なのだ。
外から波を加えても、崩れない。
まるで、何かに固定されているように。
(これ……自然な歪みじゃない?)
背筋に冷たいものが走った。
(誰かが意図的に、《合わせられない》ようにしてる……?)
ノワがユカを見る。
「ねえ、ユカ」
幼さの残る顔に、小さな笑みが浮かんだ。
「合わせるだけじゃダメなんだよ」
ノワが一歩前へ出る。
「ときには――《揺らす》の」
ガアアアアァァァッ!!
オーガが咆哮した。
衝撃波が炸裂する。
「くっ……!」
ユカの身体が後方へ吹き飛ばされた。
「ユカ!!」
床を転がりながら、ユカは歯を食いしばる。
(揺らす……?)
タクトを床へ突き、身体を起こす。
(共鳴を合わせるんじゃない)
ノワの言葉が頭の中を巡る。
(固定されているなら――)
オーガを見る。
(先に、その固定を崩す……?)
タクトが微かに震えた。
(もっと深く)
サーバの駆動音。
冷却ファン。
電流。
足音。
自分の鼓動。
世界を満たす、無数の波。
(もっと深く……世界の基音まで……)
データオーガが突進してくる。
巨大な拳が振り上げられた。
ユカは逃げない。
瞳に淡い光が宿る。
「……やってみる」
タクトを握り直す。
「《レゾナーレ》――第二拍、いくよ」
巨大な拳が迫る。
戦いは――
次の段階へ踏み込もうとしていた。
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