第七話
「俺と同じ宝石眼持ちだね」
「はい。陛下から、教えていただきました」
奴隷としてではなく王の所有物としたのは、その瞳が原因だとシャルアは気づいていた。
王国を訪れる外国の人間を含め一般的な人間の髪は黒、茶、金、赤毛に大きく分かれる。しかし魔力を宿した人間の髪は〈宝石眼〉と呼ばれる特異な色の瞳に影響を受ける。シャルアの深緑の髪も、魔力が強く宿る宝石眼によるものだ。中にはイサールの様に判別が難しい人もいるが、総じて特異な色を持って産まれてくる。
エトもまた判別が難しい部類だ。だが、王の目は誤魔化せない。
ディーガを含む王家は、竜の血を脈々と受け継いでいる。竜の力を覚醒させ、赤き瞳を宿した者が王となる。その目は真実を見抜くとされ、エトの魔力にも気付かれたのだ。
「陛下との出会いはいつ頃かな? その年まで気付かれないのは、不思議だ」
「去年です。あまり表に立つなと年長の方々から言われ、ゴミ出しや食材の運搬などの裏方を務めて来ました」
若者が王に気に入られないように、ハレムの者達が命令したのだとシャルアは察した。
その日のエトは腰の悪い年配の庭師を気遣い、王の庭周辺の雑草や枯れた花を刈るのを手伝い、荷車へと乗せていた。王の庭へとディーガが訪れるのは決まって夜だったので、若いエトが昼間から表に出ていても気に留める者は少なかった。なにより、水浴びをろくにさせずに働かされてきた奴隷が王に気に入られるなんて、誰も思わなかった。
しかし、ディーガは気まぐれにも昼間に王の庭へと来訪した。
そしてエトを見つけたのだ。
「私の魔力は体の傷を早く治す為に消費され続けていたので、気付けなかったと陛下は仰られていました」
「俺も君の治療する過程で気付いたから位だから、陛下も驚いただろうね」
エトの身体は魔力を治癒の為に活用している。
仮死状態にする強力な毒薬を飲んでも回復できたのは、代謝だけでなく体内を巡る魔力がその影響を最小限に抑え、解毒を促したからだ。
身体が命を守るためのに魔力を有効活用した事実に驚かされると共に、エトが気付かれなかった理由にシャルアは納得をする。王のであっても、常日頃から神経を研ぎ澄ませ続けるのは疲弊を招く。この宮殿には10名以上の宝石眼持ちが王に仕えている。彼らの強大な力に加えて、結界等の魔術が常に発動している日常の中では、小さな魔力は隠されてしまっていたのだろう。
「刺青を賜ってからの、皆の反応は?」
「それは……」
エトは俯き、それだけで答えが出た。
王の寵愛を受けるための競争相手の輪に、エトは入れられてしまった。ハレム側からだけでなく、使用人と奴隷側からも嫉妬や腹いせの格好の標的となった。人脈も後ろ盾もある筈もない若い彼は、この一年酷い扱いを受けて来た。
「ハレムの一員として認めず、奴隷としても酷い扱いを受けたんだね。殴る蹴る、食事を抜くなんて、やって良い事じゃない」
エトを傷の手当てをするに際に、シャルアは彼の身体をぬるま湯で拭いていた。清潔にするだけでなく、怪我の量を確認し、治療する為だ。
両手両足にすり傷や切り傷、背中には鞭で打たれた跡があり、いたる所が痣だらけだった。性暴力を受けた痕跡が無かったのは、周囲が王を恐れていたからだが、時間の問題だったはずだ。
「いいえ。私が上手く仕事が出来なかったのが悪いのです」
大きく首を振ったエトは、拳を握り締める。
「綺麗になるまで掃除をして、時間通りに荷物を運んでいなかったのがいけないのです。何もお役に立てないから、陛下もそれを知って、きっと……」
「出来なくて叱られることはあるさ。でも、労働者に対して怪我を負わせ、罵声や暴言で精神的に追い込むなんて、在ってはならない。王の庭の管理を任せられる使用人頭も、ハレムの年長者も腐敗している」
エトの考えに寄り添いながら、シャルアは言った。
毎日の様に与えられ続ける痛みに、心を守るため思考停止させ、エトは従順な下僕として生きていた。産まれながらに刻み込まれた奴隷の精神と価値観を変えるのは、並大抵の努力では不可能だ。何より、傷をいやすためには時間が必要だ。
「怪我を負わされた時に、陛下から命令されたとでも言われた? それとも毒見と同じく、罰だと言われた?」
「い、いえ……」
「それじゃ、そいつら連中が悪い。独断で決めたんだ。最悪だ」
大きくため息をついたシャルアの目に、本棚の横に置かれた東洋の茶箪笥が止まる。
「ちょっと気分転換しようか」
椅子から立ち上がると、シャルアは茶箪笥からある物を取り出す。
彼が持つ皿の上には、黒く四角く切られた艶のある固形物が盛られている。不思議に思うエトをよそに、シャルアは椅子に座り直すと、其れを一口大に切り分け、フォークで刺した。
「はい。どうぞ」
「えっ、あの、これは、食べ物ですか?」
口元へと黒い物が運ばれ、エトは戸惑いを見せる。
「東洋のお菓子で〈ようかん〉って名前なんだ。豆と砂糖と水、それと寒天で作られたものでね。東洋の魔術系の本と一緒にレシピの本も購入して、作ってみたんだ」
「シャルア様が……?」
目を瞬かせ、エトは黒い食べ物とシャルアを交互に見る。
「煮たり練ったりする行程は、薬を作るのと似たようなものだからね。味は保障するよ」
シャルアは皿にフォークを置くと、小さな一切れを手でつかみ、口に放り込んだ。
「うん。疲れ時に甘いものは良いな」
そして、ようかんが刺さったフォークを再び手に取り、エトの口へと運んだ。
ちゃんと食べられるものと認識できたエトは、恐る恐る黒い物を口に入れた。
強い弾力があるようで、歯を立てると簡単に崩れる。豆と砂糖の甘みを確かに感じるが、舌に纏わりつかず、するりと抜けていく。
リシムアルタ王国で食べられている菓子は、砂糖が大量に使用されているものが多い。乾燥した気候だが、王都はオアシスがあるので湿度があり、場所によってはカビが発生しやすい。砂糖が多量に使われるのは贅沢であり傷まない為の工夫だが、その味しかしない菓子ばかりだ。
宮殿で働く奴隷は、祭りなどの行事になると菓子が振舞われる。エトも子供の頃から何度も口にしているが、成長する過程で舌に残り続ける甘さが苦手になっていた。しかし、そんなエトでも〈ようかん〉は美味しいと感じられた。
「どう?」
「美味しいです」
素直に返答をすると、シャルアは笑顔を見せる。
「よかった!」
裏表ないその明るさに、エトも自然と表情が緩んだ。
「もう一口どうぞ!」
「じ、自分で食べられますので!」
エトは慌てて拒否し、シャルアは笑いながら皿とフォークを渡した。




