第五話
2杯目の水を飲み終えた頃合いで、ベッド横の椅子へと座ったシャルアはエトの診察をする。
「魔術医は、主に呪いの解除や後遺症、魔力を宿した人だけが掛かる病気の治療を専門に扱っているんだ。医師半分、魔術師半分だから、その対策を命令されることもあるよ」
落ち着きを取り戻したエトの左手を取り、脈を計りながらシャルアは言う。
「私は、呪いを受けていたのですか?」
倒れただけであれば、王の庭を担当する医師の元へと運べばよかった筈が、ここにいる。
察しの良いエトは、身体を強張らせた。
「受けていたよ。幸い軽いものだったから、直ぐに取り除けたんだ。あ、胸に触れるけれど、大丈夫かな?」
「はい」
緊急性は無いと分かり安堵するエトは、同意を示す。
シャルアは、服をたくし上げたエトの胸のやや左下である心臓の位置に触れる。魔力もまた心臓の鼓動に合わせる様に全身を流れている。
彼の魔力は、滞ることなく流れ、正常だ。
「次は背中」
「はい」
鞭や暴力による痣や怪我の酷い背中に、シャルアは慎重に触れる。塗り薬の香りがする中で肺に異常は感じられず、呪いは完璧に取り除かれている。
「はい。終わったよ。身体の調子はどうかな? 手に力が入らなかったり、身体が異様に重いとか、視界がぼやけてはいない?」
エトは自分の手を握っては開き、感覚を確認してみる。
頭で考えた通りに手が動き、弱いながら力も入っている。
「特にはありません」
「そうか。呪いの後遺症が無いようで安心したよ」
エトを蝕んでいた呪いは、徐々に肉体の自由を奪う典型的なものであった。
最初は倦怠感や息苦しさから始まる。病気と思い受診しても、それらしい症状に当てはまらず〈疲労〉と診断され、何も処方されない。しかし徐々に悪化し体の自由が利かなくなり、それは精神にまで異常をきたす。ある者は妄想に囚われ周囲へ当たり散らし、ある者は全てに疑心暗鬼となり、またある者は無気力となる。そうして孤独となり、衰弱し、死に至るのだ。
この手の呪いは、欲望渦巻く宮殿内では当たり前のように跋扈している。
シャルアは魔術師達がその呪いを使えないようにするために、1年かけて宮殿内のありとあらゆる壁や天井に対呪詛の魔方陣を描き、彼等に気付かれないよう塗料で覆い隠していた。わざわざそうしたのは景観を保つだけでなく、危険人物を炙り出すためだ。
「悪影響が身体に出ていないのなら、呪いを施されたのはここ最近だろう。遅くても4日前だ。何か思い当たることはあるかな?」
「4日……いいえ、特にはありません」
「分からなくても仕方ないさ」
申し訳なさそうにするエトに、シャルアは微笑みを返した。
「呪いは、虫が肩に止まる様に大体の人は気付けない。一番呪いを掛けられやすいのは、就寝中だ。君の場合もそうじゃないかな」
シャルアが対呪詛の魔方陣を宮殿中に描いてから、約3年。その間はこの手の呪いは発動しなかった。
宮殿内に、描き忘れがあったのだろうか。それとも新たな呪いが開発され、それを扱う術者が何処かに紛れ込んでいるのか。徹底的に調べる必要がある。
「ですが、意識を失っていた理由は分かります」
エトは遠慮がちに言った。




