第四話
金のまつ毛に彩られた瞼が、ゆっくりと開く。
最初に目にしたのは白い天井。大きく深呼吸をすると冷たく心地よい空気が肺を満たす。
部屋にはカビ臭さは無く、薬の香りが鼻をくすぐる。
ここはどこだろうか。
「気づいたかい?」
生命力のある若者の声が聞こえてくる。
微睡みの中にいたエトの意識は覚醒し、飛び起きようとしたが身体が上手く言う事を聞かない。
「起きるのを手伝うよ」
何か物を置くと音が聴こえ、わざとらしく足音を立てながら近づいて来る。
「はじめまして。俺の名前はシャルア」
「シャルア、様……」
聞き覚えのある名に、ここが宮殿内であると認識したエトは目を泳がせる。
「君の名前は?」
「エト、と申します」
記憶の混濁がなく、ちゃんと意識を取り戻している。シャルアは安堵し、エトが起き上がるのを手伝った。
部屋には本が収められた本棚と調剤棚と台が並んでいる。中央に置かれた大きな机には本が詰まれ、何か調べている最中であったのが伺える。エトが眠っていたベッドを含め2台が並べられているが、あまり使われていない様だ。
「ここは、宮殿の医務室の1つだよ。俺は魔術医なんだ」
エトはシャルアの説明をよそに、身体を震わせた。
宮殿に勤める魔術医の手を煩わせてしまった。今、すぐにでも寝台を降り、謝罪しなければならない。そう強く思ったからだ。
「おっと。君は患者なんだから、急に動かないで」
シャルアはエトの右肩に手を置き、ベッドに留まる様に促した。
「まずは、状況説明をしよう。俺が中庭を歩いている最中に、木の影に倒れている君を見つけた。俺は意識が朦朧としていた君に応急処置を施し、安静にさせる為にここへ連れて来たんだ」
「中庭に、私が……」
状況が呑み込みきれていないエトは、小さく呟いた。
やや大きな真新しい白い服に、至る所に包帯が巻かれた自身の身体を彼はまじまじと見る。そして、小さな痛みで自分を落ち着かせようとしているのか、包帯が巻かれていない右の前腕を掻き毟ろうとする。
あえて目線を逸らしたシャルアは、本が積まれた机の上に置かれている白磁器の水差しとガラスのコップを2個手に取る。
「手や足首はどう? 痛くはない?」
可能な限り優しい声音でシャルアはエトに問いかける。
「は、はい。今は、痛くはありません」
手を止めたエトは、姿勢を正した。
「薬が効いてくれて良かった」
シャルアはガラスのコップをエトへと差し出した。
「水だよ。ずっと眠っていて、喉乾いているだろう?」
水差しを見せるが、エトは目を泳がせる。
「わ、私は……」
彼は奴隷であり、その中でも水を飲む事すら許可が無ければ出来ない程に、低い階級にいる。シャルアはそう察した。
「ここには俺と君だけだ。誰も咎める人は居ないよ」
彼は、自分の意志で行動する事に慣れていない。さらに、周囲の目や反応が気になり何も出来なくなっている。
「君は医師である俺の命令に従う。いいね?」
無理をさせないように、シャルアは優しく提案をする。
「水を飲みなさい」
「…………はい」
俯くエトは小さく頷き、恐る恐るコップを受け取る。
一歩前進し満足げしたシャルアは、彼のコップへと溢さないように水を注ぎ入れる。そして、自分用のコップに水で満たすと一気に飲み干した。
はぁー、と大きく息を吐くシャルアの姿を見ていたエトは、おずおずとコップに口を付ける。
泥臭さも、舌が痺れる感覚もない。本当に綺麗な水だ。
久しぶりの水に感激しながら、彼は一滴も残さないように、時間を掛けて丁寧に飲み干す。喉から胃へと流れ落ち、全身へと染み渡る。緊張で固まり、水分を欲して火照った体は徐々に冷め、心が落ち着いた。
「もう一杯どうかな?」
「いただきます」
エトは僅かに口角を上げて答えた。




