第三話
「これは……」
慎重に彼の右腕に触れる。
一般人では到底分からない力が、刺青の印を隠れ蓑にしている。寒気がするようであり、虫が体中を蠢く様な薄気味悪い感覚。これは、呪いだ。
王は、所有物に呪いを施すような人ではない。呪いを利用しなければ他者を支配できない弱者が、玉座に座れる筈が無いからだ。
そうであれば、この呪いは誰によるものなのか。
彼はどうやって黄金の庭から脱出できたのか。
「大丈夫だ。君は、助かる」
答えが見えない疑問に頭を悩ませる暇は無い。まずは人命が最優先である。
シャルアは彼を抱き抱え、中庭の通路を抜け、室内の廊下へと仰向けに横たわらせる。太陽の照り付ける中庭と違い、ひんやりとした冷たい空気が頬を撫でる。幸い人は居らず、直ぐでも処置が出来る状況だ。
シャルアは懐に隠し持っていた布袋からアクアマリンを取り出し、男性の周囲に円を描くように8つ置いた。アクアマリンから発生する青白い光は、点と点を繋ぐように魔方陣を描き出す。
光の色から呪いの強さを判別できるように、術式に細工が仕込まれている。呪いが協力であればある程に、光の色合いは暗くなる。今回はその場で解呪できるが、どの種類か記録し、調査へと繋げなくてはならない。
シャルアは床に置いていた本を手に取る。
今は絶版してしまった古い異国の魔導書だ。宝石をどれ程積んでも、次はいつ手に入るか分からない。しかし、シャルアの天秤は男性の命を選んだ。
本の表紙に手を添え、彼は言葉にならない声で小さく呟く。
ページの隙間から文字が零れ落ち、影の中へと溶けていく。
そして、全ての文字を無くした本を男性の腹の上へと乗せる。
「呪いを、ここに」
アクアマリンは一層輝き、光の線は円形から本の元へと集中し、ページの中へと潜り込んで行った。
「シャルア」
背後から声が向けられる。
「陛下」
3mほど先に、リシムアルタの王ディーガと護衛達の姿があった。
気分転換に散歩に出ていたのだろう。シャルアは立ち上がり、姿勢を整えると深々と頭を下げる。
「我らが太陽。リシムアルタ王に挨拶を申し上げます」
「面を上げよ」
低く、しかしよく通る声に従い、シャルアは顔を上げた。
波立つ黒く長い髪が風に靡く。
40歳を優に超えるが、覇気の溢れるその姿は実年齢よりも遥かに若い。
180㎝を優に超え、無駄を一切削いだ頑健たる体は陰影を映し出し、芸術品と見紛う程だ。虹の光沢を放つ絹に似た衣を身に纏い、赤や青の宝石が埋め込まれた繊細な金細工の装飾品の数々は彼の美しさを強調する。
同性ですら、偉大なる王に感嘆を溢す。
その目に宿すのは紅玉よりも赤く、血よりも濃い赤。瞳孔は人ではなく、縦に長い竜種ある。
伝説の証明の残された2つ目。竜の血族である。
「そやつは……」
王のエメラルドの耳飾りが揺れる。
僅かに目を見開いた王は、それが誰であるのか築くと眉間にしわを寄せる。
怒りの炎が揺らめきは、瞬くと主に紅の奥へと仕舞われた。
王は男性が誰であるか忘れてはいない。それが分かり、シャルアは安堵する。
「中庭で倒れている所を発見しました。呪いを受けていた為、日陰のあるこちらに移動させ、処置をし、今終えたところです」
「その呪いは何であった?」
「今は身体を蝕む程度しか分かっていません。本の中に封印した為、これから詳しく調べます」
そうか、と王は呟くと、背後に控える近衛兵の1人に目線を送る。
「王の庭にいる者達を全て調べよ。逃げる者、偽りを語る者はどんな身分で在れ、拘束し、鞭打ちの刑に処せ」
「御意に」
赤毛に紅玉の瞳をした女性の近衛兵は深々と頭を下げると、足早にその場を後にした。
「シャルア」
「はい」
「その者の名は、エトだ。私が名付けた。診てやれ」
「仰せのままに」
シャルアは王に深々と一礼をすると、男性を抱えて医務室へと走り出す。




