第二話
リシムアルタ王国には、古い物語がある。
雨の恵みに忘れられた荒涼とした砂の大地では、人々は絶望と渇きを抱えながら、日々を過ごしていた。
希望を抱く少年は、小さな苗を守り育てていた。いつか大地を潤す大樹になる事を願い、自分の飲み水すら与え、光ある未来を思い描いた。
絶望を抱える人々は少年を嘲笑い、愚かであると罵った。
それでも少年は、小さな苗に水を与え続ける。
石を投げられようと、苗を守るために蹴られようとも、来る日も来る日も水を与えた。
やがて彼の言葉に耳を傾ける人々が1人、また1人と集まり、小さな苗へ水を与えるようになった。
人々の願を受け小さな苗は深淵へと根差し、大きく成長していく。
やがて天へと枝を伸ばし、葉を茂らせ、巨大な大樹へと成長を遂げた。
手を取り合う人々は、大地の恵みに感謝し、喜びの喝采を上げた。
そして、その声を耳にした在りし日の少年は、満足をすると木漏れ日に包まれながら、静かに瞼を閉じた。
彼の行いを見守り続けた赤い瞳を持つ黒竜は、その巨大な大樹へと降り立つと、深き眠りについた在りし日の少年の為に涙を流した。
大樹と少年、そして最後に現れた黒い竜。
信仰は数多の権力者によって捻じ曲げられ、原典は汚染された。残された物語はごく一部にしか過ぎず、真相は闇の中へと沈んだ。
それが実在した証明が出来る方法が、2つだけ残されている。
その1つが、リシムアルタの王都全体を覆う程に、枝を伸ばす黄金の大樹だ。
今となっては魔力を宿す人間だけが、大樹を認識できる。
シャルアもまた魔力を宿す人間である。
大樹は、大いなる力の流れそのものだ。目を凝らすと、川の流れ、あるいは血流のように黄金に輝く力の源が木を形成しているのが見える。
根差す場所は蜃気楼のように不確かでありながら、その恩恵はリシムアルタに確かに存在する。
度重なる砂嵐は王都を避けて発生し、巨大なオアシスは多くの生物の喉を潤し、育み続けているだけではない。
王と魔力を宿した者のみが、足を踏み入れられる聖なる地〈砂の海〉
ここは通常の砂漠とは違い、神話の存在を証明する領域だ。本来鉱山で採掘されるはずのルビーやサファイアなどの様々な宝石や黄金が、地上で発見される。その地下深くには黄金の大樹の根が広がっているとされ、その力によって生み出された宝石達は生物の引き起こす波によって研磨され、輝かしい姿で地上に現れるとされる。
リシムアルタ王国は、涸れなき宝石と恵みの水、そして貿易の要所として繁栄を極めている。
「ん……?」
視線を下へと戻した時、シャルアは木々の中に何か動く影が見えた気がした。
宮殿には鼠を駆除するために、猫が放し飼いになっている。土塗れで室内に入られては困ると思ったシャルアは、水路を跨いだ。
「ねこ~?」
軽い気持ちで木々の中に足を踏み入れたシャルアは目を丸くし、硬直する。
「お、おい。大丈夫、か?」
木々の中に、20代から10代後半と思しき男性が横たわっていた。
砂色の手入れの行き届かない髪に、一切日に当たっていない白い肌。今にも破れそうなぼろ布に包まれた痩せた体。頬骨の浮き彫りになる顔だが、それでも鼻立ちから〈整っている〉と認識が出来てしまう。
首や足、手首には鎖で繋がれていたと思しき痛々しい拘束の跡があり、新しい傷口が血を滲ませている。
細い両腕には、手首から肩にかけて木の枝を模した刺青が掘られている。
それは王の所有物であり、ハレムの一員である証だ。
性に奔放な王は、性別に関係なく美しい人々を飼い、寵愛する。王の庇護下にある彼等は〈黄金の庭〉と呼ばれる後宮にて、優雅な日々を過ごしている。
鳥籠の中で暮らす彼らは、王の許可なくして外を出ることは許されない。
「返事は出来るか?」
シャルアは倒れる男に近寄り、肩を軽く揺すった。
呼吸が早く、虫の死骸が浮かぶ沼の様に淀んだ金の瞳は焦点が合わず、意識が無いに等しい。冷や汗をかき、痙攣を起こす身体は高温だ。
熱中症に近い症状だが、シャルアは彼の腕の入れ墨に混じるモノに気付く。




