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砂漠の海に黄金は駆ける  作者: 片海 鏡


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第一話

 間もなく空の頂点へと登る灼熱の太陽は、白き建築物を照らす。

青々とした植物達が天へと枝を伸ばし、穏やかな心地の良い水の音が聞こえてくる。

 白亜の石畳に彫られた水路に、磨き上げられた水晶を彷彿とさせる清水が流れ行く。


「うぁ!?」


 本を読むのに夢中になっていた男は、右足を踏み外した。

 なんとか体勢を立て直し、転倒を免れたが、浅い水路の中に右足首まで浸かってしまう。


「はぁ……」


 歩きながら読んでいた自分が悪い。分かっていても、思わずため息が零れる。

 男は石畳の通路へと戻ると、濡れた革製のサンダルを脱いだ。真新しい本を脇に挟み、大きなエメラルドの耳飾りを揺らしながら、濡れてしまった白い裾を絞った。

 年は20代だろう。癖のある深緑の髪を肩まで伸ばし、金の髪飾りを用いて綺麗に編み込まれている。端正な顔立ちをしているが、ころころと変わる表情からどこか幼さを醸し出す。身長は比較的高く、細いが無駄な贅肉の無い筋肉質な身体だ。その身を包む白地のローブ、緑色の帯には金と赤の刺繍がふんだんに施され、高貴な身分である事が伺える。

翠玉の双眸には叡智の光が宿るが、今は落胆の色に染まっている。

 名前をシャルア。

 呪いの解除と治療を専門とする魔術医を務めている。


「おかしな声が聞こたかと思えば、シャルアか」


 紺色のローブを身に纏う黒髪の男が、声を聞きつけて速足でやって来た。


「また落ちたようだな」


 年齢は50代だろうか。眉間に深い谷あり、いかにも気難しそうな色白の顔をしているが、今は目を細め涼やかな笑みを浮かべている。


「勉強熱心なのは良いことだが、歩きながら読むのはいい加減やめなさい」

「ようやく手に入った魔導書なので、つい気になってしまって……」


 本を手元へと戻したシャルアは、じっとこちらを見つめる黒瑪瑙の瞳から目線を逸らす。


「言い訳せず、返事は?」

「……はい」


 やれやれ、と言わんばかりに男はため息をつく。

 名をイサール。一時期はシャルアの教師を務め、今も交流のある数少ない人物だ。

 2人のいる場所は、王の住まう宮殿の中庭だ。

 清らかな水の流れは緻密に枝分かれする光景は、モザイク画の様だ。水路沿いには赤や黄の花が咲き乱れ、艶やかな葉を茂らせる木々は瑞々しい果実をたわわに実のらせている。  

その時、休んでいた極彩色の鳥が優雅に羽ばたき、蒼天の空へと消えて行った。

 中庭を囲う宮殿の建物は、大理石と白を基調とする石材が組み合わされ、天井から柱に至るまで緻密な彫刻と黄金によって彩られている。背の高い窓には孔雀の羽や薔薇に似た金属の格子が嵌め込まれている。

 太陽の光を浴び、燦々と輝く宮殿は、巨大な芸術品にして理想郷と呼べるだろう。


「陛下の定期健診は明日だったな」

「はい。一か月はあっという間ですね」


 屈託のない笑顔を浮かべるシャルアを見て、イサールの眉が僅かに下がった。


「あぁ、本当に。時間の流れは早いものだ」


 軽く談笑をしたのち、イサールは室内へと戻って行った。

 乾いたサンダルを履き、裾を確認すると、シャルアは天を見上げる。

 雲一つない蒼天。

 だが翠玉の瞳には、天を覆うほどに枝を伸ばす黄金の大樹を映している。

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