第二十一話
4日後、エトへの被害の全貌が明らかとなった。
主犯格はハレムに在籍する男女3名。彼女達は協力関係であった。ハレムに在籍できるのは30代後半までであり、ディーガは来訪したその日の気分で決めていたが、今になって選り好みをするようになった。この一年、王が夜を共にする男女を選ぶ際は、20代前後の者を選んでいた。
余裕を見せ始める者もいれば、より一層焦り出す者が出始める。
そこにエトが現れ、拍車がかかった。
不満、嫉妬、思い込みを募らせ、意気投合した3名は、立場の弱いエトを標的とみなした。自分達の手は汚さず、侍女や従者の奴隷達に彼に加害行為を行った。
ハレムにも秩序は存在するが、機能していなかったのは1人の女性が有力な貴族の産まれだったからだ。実家から来た使用人達を動かし、ある奴隷には賄賂を渡し、ある使用人には脅迫し、黙殺していたのだ。
「こちらの資料に、詳しい内容が書かれています」
その日、アダージュの部下が、現状の報告の為に医務室へ訪問していた。
「呪いに関する調査は、どれ程進んでいるんだ?」
受け取った紙の束には、加害者の名や年齢、毒の入手経路などが事細かに書かれている。軽く目を通した限り、呪いに関する報告が一切無い。気になったシャルアが問いかけると、兵士は残念そうに首を振った。
「今のところ何も。主犯格3名と繋がりのある魔術師がいたのですが、宝石眼持ちではありませんでした。外国出身者でも、他人種との混血でもありません」
宝石眼持ちしか見られない黄金の大樹。その恩恵なのか、体内で魔力を生成できるはずの外国出身者や他人種は、この国では思うように魔術を扱えない。しかし、マッチ一本の火程度しか発動できなくとも、全く使えないわけでは無い。脅威が無いか調査が入った。
「詳しく調べるために家宅捜索を行ったところ、自称するだけの占い師だと判明しました」
「変な奴は何処にでも湧くなぁ……」
シャルアはため息をつきながら、ページを捲る。
渡された資料の中には、3名及び従った奴隷達の加害内容と占い師について書かれていた。占い師は外国から輸入された〈魔道具〉を駆使して魔術師と自称し、彼女達から高い報酬を得ていた。
魔道具とは、魔力を内包する鉱石をエネルギー源に、疑似的な魔術を発動させるカラクリだ。兵器への転用を懸念し、魔道具はシャルアがエトに教えている〈生活魔術〉しか発動しないように、各国で厳しい取り決めがなされている。
リシムアルタ王国の領地では魔鉱石が採掘されてはいるが、主に貿易で取引されているのは砂漠の海から産出される宝石だ。膨大な魔力を秘める美しい宝石は、外国の魔術師や貴族達に高い評価を受け、高値であっても直ぐに買い手が付くほどだ。リシムアルタでは宝石を用いた魔道具の運用の実験が行われていたが、爆発する事故が多発した。しかし、魔鉱石を利用した灯りの魔道具は正常に動いた。
そこでようやく〈黄金の大樹が魔力に影響を及ぼしている〉と仮説が立てられた。
以降、魔道具は教養のある富裕層の嗜好品となり、リシムアルタでは一般には知名度の低い道具になってしまった。
知名度の低さを利用した自称魔術師については、詐欺罪など余罪を含めて逮捕された。
「この3名は、薬物についてどこまで自白した?」
「全て吐きました。配膳担当の奴隷に命令し、朝食に毒を盛り、エト殿に毒見をさせたのは事実でした」
彼女達が秘密裏に所持していたのは、国内で禁止されているカサ草と呼ばれる薬草を用いた薬物だった。服用の量によっては心拍や呼吸を極度に弱らせ、一時的に仮死状態にする効果がある。一時期は痛み止めの効果が期待され医療の研究が進められたが、被験者の多くに幻覚や幻聴の副作用が見られ、中断された代物だ。
薬物の入手経路には、やはり女の親元である貴族が関わっていた。何人もの人々の手を経由し調査を遅らせるだけでなく、事故に見せかけた殺害まで行い隠蔽しようとしていた。
人を殺してまで加害を企てた。そこまで必死になったのは、女がディーガの子を身籠るが、二度も流産してしまっていたからだ。
エトは男性だ。子を産めるはずが無い。だが、女からその機会を減らす。精神的に追い込まれていた彼女にとって、エトは邪魔な存在だった。
「俺達に報せずに処罰したのは、どうしてなんだ?」
「陛下の独断でして……」
「それなら、仕方ない。俺では甘い罰しか下せないと思ったのだろう」
シャルアは苦笑した。
3名は事実が明るみになると、即座に処罰された。
主犯格であるハレムの女性と男性はディーガの手によって顔に一生消えぬ火傷を負わされた。財産を全て剥奪し、決して常人では見つけられない砂漠の海の調査を命じられた。事実上の追放だ。
貴族の出身の女はディーガに一度も会えず、追い込まれた結果廃人になり、実家に戻された。彼女に協力していた両親は貴族の籍を外され、投獄された。そして報せを受け留学から帰って来たばかりの嫡男が、新たに当主に据えられた。彼はディーガに謝罪すると共に財産の半分を献上し、家の取り潰しはなんとか免れた。
彼等の命令に従った使用人と奴隷達は鞭打ちの刑に処されたのち、糞尿やゴミの処理場へ配属された。料理に毒を盛った奴隷には、毒を自ら服用させ、ハレムの中庭に放置させた。奴隷と使用人が数人死亡したが、全員処刑しなかったのは見せしめのためだ。
王の庭で勤める奴隷と使用人は、欠員を補充する為にも再編成される予定である。
「陛下も今回の事態に、お怒りなんだ」
黒竜の赤い目をもってすれば、簡単に真実へたどり着けるだろう。
真実は、膨大な人々の思考と感情の先にある。人海戦術によって齎された情報量に加えて憎悪等の負の感情を見続けるとなれば、王であっても負担が掛かり過ぎてしまう。
故に宮殿では、赤い目は最終手段、最後の審判を下す裁定者として位置づけをしている。
恐らくは、3名はディーガを目の前にして反省や謝罪する気よりも、他責か逃げる方法ばかり考えていたのだろう。少しでも自責の念があれば、ましな未来があったのかもしれない。




