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砂漠の海に黄金は駆ける  作者: 片海 鏡


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第十九話

「あの、シャルア様。一つ、お伺いしても宜しいでしょうか?」

 彼の後ろ姿を見ながら、エトは疑問を投げかける。


「いいよ。何かな?」

「宝石眼には、魔力以外にも特殊な力があるのでしょうか」


 シャルアがディーガの診察をしている際に手を握っていたのは、先程と同じく魔力を相手へと送る行為であるとエトは理解した。

 しかし、あの時は単に魔力を送ったのではなく、何らかの効果があるものだった。

 呪文や魔方陣らしきものは用いられていなかった。ディーガの禍々しい魔力の流れをどうやって穏やかにしたのか、どうしても気になった。


「あるには、ある」


 シャルアは説明をする。

 宝石眼は緑だから、青だからと決まるものでは無く、その個人の特有の能力が存在する。

 シャルアの場合、触れた対象に魔力を用いて干渉する能力がある。生物、物質に限らず触れた対象の状況を読み解き、傷の治癒、解毒、解呪など様々な効果を働きかける事が出来る。

 リシムアルタや他国にも、それらに有効な治癒の魔術は存在する。シャルアの能力が秀でているのは詠唱や魔方陣が不要であるだけでなく、対象への負荷が極めて少ない事だ。

 特定の食べ物を摂取すると体調不良や発作を起こす人がいる様に、魔力にも同様の症状が出る人がいる。症状に個人差はあるが、シャルアの能力はその人達にも不思議と有効に働く。また単に癒すのではなく、魔力の乱れを整える、身体の持つ回復能力に働きかける等、違う方向からの干渉も行うことが可能だ。


「とても素晴らしい能力ですね」

 ディーガの禍々しい魔力の流れが穏やかになったのは、シャルアの能力による干渉を受けたから。見えていた二つ流れを思い返し、エトは納得をする。


「ありがとう。先程言った通り、これは俺の能力なんだ。記録によれば、30年ほど前に亡くなられた緑の宝石眼の人は、空を飛んだり、物を浮かせられたらしい。だから、他の人の能力はあまり参考にならないんだ」


 片付けが終わったシャルアは、エトへと木箱を差し出した。


「能力を発動させるのに必要なのは魔力だ。だから、今は魔力を操る練習が必要なんだよ。経験を積み重ねて行けば、エトもきっと分かるようになるよ」

「はい。精進します」


 まず目の前の出来る事から。エトは道具を受け取り、頷いた。


「次は魔方陣や文字を書くために、筆の使い方を練習してみようか」

「よろしくお願いします」


 木箱の中には、魔方陣を書く練習用の石や紙、筆等が入っている。落とさないように気を付けながら、エトは椅子へと座った。

 魔方陣を描く際、シャルアは主に筆を使っている。宮殿内然り、大規模の魔方陣は羽ペンの様な細く小さなペン先では不向きだが、それだけが理由ではない。筆による強弱によって表現の幅が広がり、文字を模様に見せかける等の他者から読み取られ難い書き方が一層出来るようになったからだ。


「まずは塗料を皿に出して」

「はい」


 エトは木箱の中から小瓶を手にとり、豆皿へと黒い塗料を流し入れる。


「筆の持ち方は、こう」


 右手で自分用の筆を持ち、シャルアはエトへ手本を見せる。

 親指と人差し指で筆の軸を軽く持ち、残り3本の指を添える。


「こう、ですか?」


 エトはそれに倣い、自身の筆を持つ。


「んー……悪いけど、触るね」


 何かに気付いた様子のシャルアは、エトの後ろに回り、彼の右手を握った。


「手全体が力み過ぎているね。力を入れるのは指先だけだ。肘はもう少し上げて」

「は、はい」


 自分に比べて細い手、柔らかな感触とその温かさ。漂う薬効の香りと息遣い。そして僅かに背にかかる重み。

 ただの指導であるが、急接近にエトは驚き、緊張する。

 つい先ほど両手で手を握られていたのに、今になって意識をしてしまった。

 どうしてそうなったのか分からず、頭の中は疑問で溢れる。


「このまま動作を覚えてもらうよ」


 視界の端で、エメラルドの大きな耳飾りが揺れている。


「筆は真っすぐに、肘は下がらないように……」


 シャルアはエトの手を握ったまま、筆先に墨を付けるよう誘導し、そして紙の上に一本の線を引いてみせる。

 迷いなく真っ直ぐに見える黒い線は、目を凝らすとほんの僅かに歪んでいる。

 さらに細い、太い直線、曲線と一通り書き進める。


「うん。こんな感じだ。今度は、1人でやってみよう」

「は、はい。やって、みます」


 ようやくシャルアの手が離され、エトは平静を装うと頷いた。


「10本線が書けたら、教えて」

「はい。わかりました」


 息を整え、気持ちを切り替えたエトは、もう一度筆先に墨を付け、線を書く。

 椅子に座り呪術の本を手に取ったシャルアは、彼の真剣な姿に目を細める。

 まだまだ生活に慣れていないエトだが、助手として意欲的に学ぶ姿勢を見せてくれている。

 エトは奴隷及び王の所有物から、シャルアの助手となった。いずれは解放奴隷となり、人の権利を得る。奴隷として命令され、労働する事が全てであった彼にとって、自己決定権の獲得、環境の変化、誰の保護を受けずに自由に生きることが出来る。

 しかし、それは最初から何も無い人にとっては死の恐怖を内包し、指し示された道しか知らない人にとっては見放されたも同然である。

 だから、一つ一つ出来る事を増やして生きる方法を知って欲しいとシャルアは密かに思った。


「ど、どうでしょうか?」


 手本の横側に一通り書いたところで、エトはシャルアに確認を取る。


「うん。良い出来だ。練習を続ければもっと上手くなるよ」


 歪んでいながらも掠れが無く、丁寧に書かれた線を見て、シャルアは微笑む。


「あと5回通してやってみよう」

「はい。頑張ります」


 たかが線を書くだけに見えるが、初めて筆を扱うとなれば、緊張し、自然と手や体に力が入る。短時間であっても、心身ともに疲れが出る。

 無理に推し進めず、練習と休憩を繰り返し、積み上げることが上達への近道だ。

 そして丁寧に、丁寧に筆を滑らせ、5回通して行ったエトは、大きく息を吐いた。


「終わりました」

「お疲れ様」


 本を閉じたシャルアは、エトの書いた線を確認する。


「この3本目が、歪みが殆どなくて綺麗だね。曲線も段々と良くなってきている。この2本目……一本の線は繋ぎ合わせずに、一筆で書いた方が良いよ。今後は、筆に染み込んでいる塗料の量を気にしながらやってみよう」

「どうして繋ぎ合わせるのはダメなのでしょうか?」

「エトの場合は、やり始めでばかりで技術力が不足しているからだよ。まずは筆の使い方に慣れなれるために、一回で書くんだ。補筆は芸術の分野なら問題ないけれど、俺が教えるのが文字と魔方陣だからでもある。少しずつ書き足すよりも、さっと手早く書けた方が、時間の短縮ができるからね」


 宮殿内を走り回り、魔方陣を書き上げるには、速さが必要不可欠だ。文字を書くうえでも、少しの文章に時間を割いていては、他の仕事が出来なくなってしまう。

 日常使いにおいてシャルアの意見が的確であり、エトは納得をする。


「一旦休憩にしよう。筆はここで塗料を流して、布で拭くんだよ」

「はい。分かりました」


 水で満たされた筆用の小さな椀をエトへと渡し、シャルアは東洋の箪笥から焼菓子の盛られた皿を手に取る。


「あっ、そうだ」


 シャルアはある事を思い出し、皿を持ったまま薬物や薬草に関する本が並ぶ本棚へ移動する。そして、分厚い本を取り出すとエトの元へと持って来た。


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