第十七話
セカヤはイサールに連れられその場を後にし、シャルアは魔方陣の制作を再開する。そして7個の石に魔方陣を書き終えた。
「どう発動するか試してみよう」
エトに片づけを任せたシャルアは石を手に、もう一度中庭へと足を踏み入れる。
対呪詛の魔方陣の効力は、水の波紋のようにして広がる。満遍なく広がるその効力は重なっても喧嘩はせず、暗躍する者達に隙を与えない。
そこに、新たな効果の魔方陣を加える。
隠された術式を発見する探知型だ。一定の感覚で魔力を放出し、隠された術式が反応を示した瞬間、従来の魔方陣がそれを破壊する。探知型の原動力となる魔力に関しては、砂漠の海の宝石を使い、定期的に交換する予定だ。
成功しますように、とシャルアは念じながら、地面を掘り、穴の中に石を埋める。
「さて、どうなるか」
次にあえて呪いを描いた石を地面へ置く。すると即座に石を中心に光の波紋が広がり、復元できない程に粉砕される。探知型の発動は通常の眼では捉えられないが、宝石眼持ちのシャルアには、確かに石の魔方陣に魔力を当て、対呪詛が即座に反応したのが見えた。
「うん。上出来だ」
残りの探知型2個、そして壊されない為の囮として偽物3個を土の中へと埋めていく。
「次の場所に描きに行こう」
塗料を使いきり空になった豆皿を片付け、シャルアはエトと共に次の場所へと向かった。
宮殿内、各所の中庭や井戸の周り、大門周辺の植木周り、王の庭、薬草園とシャルアは新たな魔方陣を組み込むために歩き回った。
その中ですれ違う奴隷、壁の補修をする使用人等、視界に入る人々を観察し、呪いの有無も確認した。
奔走するシャルアと彼の鞄を持つエトに、奴隷や使用人達は好奇の目を向ける。何かを呟く人もいたが、2人には気に留める暇は無かった。
「お疲れ様。今日の所は、これで終わりだよ」
夕暮れに差し掛かり、宮殿内に灯りが灯される。医務室に戻り、疲れた様子のシャルアは大きくため息をついた。
「道具を片付けたら、家へ帰って食事にしよう」
「はい」
シャルアは小さめの鍋に魔方陣を描いた石を入れ、発動させる。石を中心に水が沸き上がり、あっと言う間に鍋を満たした。その中へとシャルアは筆や皿を入れる。指を使いぐるりぐるりと軽く渦を描くと、付着していた塗料が綺麗に取れていた。
「エトはこれを布で拭いて。後の道具は俺が片付けるから」
「わかりました」
布巾を渡されたエトは、丁寧な手つきで豆皿を取り、落とさないように注意を払いながら作業を始める。
シャルアも片づけを始める。
怪我の功名と言うべきか。エトをきっかけに呪いや魔術に対する防衛が強化できた。
外部の攻撃から宮殿を守るための結界は本職である宮廷魔術師が担当しているが、内部を腐敗させる呪いや魔術を未然に防ぐのはシャルアが担当している。長い歴史の中で宮殿の内部で対策を行わなかったのは、黒竜の力に目覚めた王には呪いは効果が無かったからだとされる。
多くの死体を積み上げても、王さえ無事であれば。そんな風に思える程に、何も対策がなされていなかった。だが、王1人だけでは国は成り立たない。政は行えない。支える存在があってこそ、王は王である。
シャルアはその考えのもとに、〈魔術医〉と言う新たな役職を創り、奔走している。
「終わりました」
「ありがとう。仕舞って帰ろうか」
シャルアは豆皿を専用の小箱に仕舞い、決められた棚へと入れ込んだ。
「あっ、そうだ」
思い出したシャルアは、東洋の箪笥から羊羹が乗った皿を取り出す。
「最後の一切れなんだ。一緒に食べちゃおう」
「は、はい」
シャルアは一緒に乗っていたフォークで羊羹を半分に分け、その内の一個を手に取り口の中に放り込んだ。エトへと皿を差し出すと、彼もおずおずとフォークを取り、残りのようかんを口に運んだ。
魔方陣を描く時の真剣な横顔と違い、甘いものを食べるシャルアはどこか幼く見える。
「助手の仕事について考えないとね」
ようかんを飲み込むとシャルアは、再び思い出したように言った。
「医務室の掃除、包帯など備品の数の確認、薬草園での世話と採取……くらいかな。慣れてきたら、薬草の加工の手伝いや軽い魔術を覚えてもらおうかな」
「ご自宅での食事の支度や洗濯、ゴミ出し、薪割り、買い出し、あちらの畑の世話もしなくてはいけません」
「えっ、生活面も? 君一人に負担が掛かり過ぎだ」
シャルアは目を瞬かせる。エトの言った内容は確かに奴隷の仕事だが、助手の仕事をさせた上では休む暇が無い。
「その……これまで1人で過ごされてきたシャルア様が、言えること、でしょうか」
「……うん。言えない」
怒られる覚悟で言ったエトの意見に、シャルアは目線を逸らしながら認めた。
「今の私には、魔術の知識がありません。助手の仕事は、荷物持ち程度しか出来ません。シャルア様が業務に専念できるように、お手伝いをさせてください」
宮殿内を歩き回り、シャルアの負担が大きい事を痛感しているエトは引き下がらない。
(シャルア様は、どうして会って間もない私に親切にしてくださるのですか?)
数時間前、医務室にて準備をしている最中に、エトはシャルアに訊いていた。
(どうして、か……)
シャルアは細長い木箱に筆を入れながら、考え深そうに呟く。
(単純にそうしたかったからなのもあるけれど……エトが今後どんな風に魔力を使うのか知りたいと思ったからかな)
どういう事なのか理解が出来ないエトは、戸惑いながらシャルアの答えの続きを待った。
(俺の場合は魔術と医術に、アダージュさんは剣に。自分の決めた道を通して、思うように魔力を使っている。だから君にも、誰かに良い様に利用されるのではなく、自分の見つけた道を進むために、魔力を使って欲しいと思ったんだ)
シャルアはそう言いながら、木箱に蓋をした。
(まぁ、見つからない人もいるけれど、何か使えたら便利じゃない?)
その時、微笑むシャルアを見て、エトは決心をした。
富への欲はなく、誰かを想う豊かな心を持った人。
多大なる恩があるだけでなく、シャルアの為に力を使いたい。取るに足らなくても、彼を支えたい。二日にも満たない時間しか経っていないが、それでもエトの心は充分に動かされた。
「お願いいたします」
「……わかった。でも、全部は負担が大きいから、分担できるところは一緒やろう」
ありがとうございます、と嬉しそうに目を細めて返事をしたエトを見て、シャルアの瞳が僅かに揺らいだ。




