第十五話
「不思議な石だろう?」
「は、はい。宝石とはまた違う、綺麗な石ですね」
「これは、砂漠の海で獲れるんだ」
シャルアはそう言いながら、土地に合う塗料の色を選び、豆皿の中で混ぜ合わせ、面相筆に筆先に漬ける。そして手の平ほどの大きさの石の上に円を描いて行く。
「さばくの、うみ……」
「名前くらいは知っているよね」
「はい。とても神聖な場所だと聞き及んでおります」
黄金の大樹の根、あるいはそのものが存在するとされる聖域〈砂の海〉
砂漠の中に隠され、常に移動を続ける不可思議な砂で出来た海。
王の持つ黒竜の赤い目でしかその場所を特定できず、足を踏み入れられるのは宝石眼のみとされる。その為、民衆の中には御伽噺の存在と考える人もいる。
「どんな場所か知りたい?」
「お願いいたします」
好奇心に瞳が浮かび上がり、シャルアは目を細めながら話を始める。
シャルアが砂漠の海に初めて訪れたのは、15歳の時だった。魔術に使える資材を見つける為に、ディーガに許可を貰い、砂漠の海へ向かったのだ。
黒竜の赤い目の示す方角へと砂馬に乗り、進み続けた。
灼熱の太陽が照らし、熱波が吹き荒れる砂漠が延々と続くよう思われたが、変化が訪れる。
まるで水面を撫でる夜風の様に、涼やかな風が通り過ぎたのだ。
不思議に思いながらさらに進むと、白いイルカが砂の中飛び出してきた。
「泳いでいる姿に驚いたよ。よく見たら白ではなく、銀色でね。きらきらと輝いて、とても綺麗だった」
イルカがどんな生き物か知らないエトだが、楽しそうに話すシャルアの言い回しから、魚の様な生き物であると理解出来た。
そうして初めての遭遇に驚くシャルアをよそに、銀色のイルカは砂馬を追い越して行った。彼等が向かう方向は、王の示した方角と一致し、期待が膨らんだ。
逸る気持ちを抑えきれず走り続けると砂は黄金に輝き始め、照り付ける太陽の暑さが不思議と和らいだ。
「イルカたちが顔を出す度に、砂の中からこの石や宝石が顔を出すんだ。彼等が砂の中を引っ掻き回すおかげで、地下に眠る鉱石が徐々に浮き上がり、その過程で研磨され宝石になると知ったよ」
シャルアのエメラルドの耳飾りが揺れている。その宝石もまた砂の海から採取されたものだ。磨き上げられた宝石は富と権力の象徴であり、多くの人々が焦がれ手を伸ばす。時に其れ一粒を巡り戦争が起きる程の価値を持つ。
だが、エトは宝石よりも、シャルアの目に惹かれた。
欲望の渦巻く宮殿で、色あせることなく輝く翠。青々と葉を茂らせる大樹のように、あるいは芽吹いたばかりの新芽のように、生命力の溢れる緑の瞳から目が離せなかった。
「エト?」
「あっ、いえ……どんな場所だろうと想像していました」
翠玉の瞳がこちらを捕え、エトは思わず目線を逸らした。
「とても綺麗な場所だから、きっと君も気に入ると思うよ。事が終われば、陛下に許可を貰って、案内してあげるよ」
「ありがとうございます。楽しみです」
石に描かれた円に細かな文字は暗号が集結し、浮かび上がり始める模様は、まるでレースや大輪の花のように美しい。
そうして1個目が完成した時、2人の背後に影が伸びる。
「まだこんな事やってたのか」
「あっ、おい!」
背後から伸びて来た手は、シャルアの持っていた石を奪う。
「何をするんだ!」
シャルアは後ろを振り返り、声を上げる。
後ろに立っていたのは、シャルアよりも年上、アダージュと同年か一つ上の20代半ばと思しき若い男だった。
日の沈む空の様な黒紫の長い髪を金の飾りで一纏めにしている。切れ長の紫水晶の瞳は、真っ直ぐにシャルアの姿を映している。整った顔立ちをした男は、あまり日の光を浴びていない肌だが体格はしっかりとしており、不健康そうには見えない。すらりとした身長の高い体に黒に銀色の刺繍が入ったローブを纏い、金の耳飾りや腕輪、腰には鞘に収まった短刀を携えている。
「こっちに任せて、おまえは医者をやっていれば良いだろうに」
「手が回っていない奴が良く言うな」
最初は怒り、次に呆れを表したシャルアは立ち上がり、男から石を奪い返した。
男はシャルアを見て口元に笑みを浮かべていたが、エトへと目線を向けた瞬間眉を顰め冷ややかな表情をする。
「……そいつは?」
「俺の助手だ」
シャルアとほぼ同時に立ち上がっていたエトは、男性に深々と頭を下げる。
「あぁ、言うな。覚え」
「俺の助手の名前は、エトだ」
男の言葉を遮り、シャルアは言った。
「おい。シャ」
「エト。彼の名前はセカヤ。宮廷魔術師をしている」
再び遮られ、セカヤは眉間にしわを寄せる。
「今日より、シャルア様の助手と就任しましたエトと申します。宜しくお願い致します」
セカヤに〈名前を覚える気はない〉と言われたと気づいているエトだが、シャルアの顔に泥を塗らないように挨拶をする。
「……そうか。どうも」
押されに押されたセカヤは小さく呟き、目線を逸らした。




