第十三話
エメラルドの透明度と選び抜かれた美しい緑。葉脈まで表現された金細工。エトの首に掛けられた首飾りは、どこかの宝石商から買ったにしては凝った造りだ。
ディーガがエトと出会ったその日に、職人に依頼したとしか思えない。
やはり、黒竜の力の影響でディーガの時間感覚が、常人とはズレが生じていた。
「それをシャルアの助手である証と思え」
「俺の助手、ですか?」
先に反応したのはシャルアだった。
「エトは此度の重要参考人だ。犯人が特定され罰せられるまでは、目の届く範囲に置き、守らなくてはならない。ならば、助手を欲していたシャルアの元にいるのが最適だ」
シャルアがエトを急患として医務室へ運ぶ姿、そして自宅へと連れて行く様子を奴隷や使用人達が見ている。ほとんどの者が〈ディーガと繋がりの強いシャルアが、王の庭から逃亡した男寵を保護したらしい〉〈男寵に包帯が巻かれていた。王の庭で暴行事件があったのでは〉と王子の母達による問題を思い出し、口々に話している。
これから良からぬ考えを持ち、悪評を流そうとする輩が出て来るだろう。
調査の妨げになる懸念がある。噂に尾ひれがつく前に〈王が介入された〉として口を塞がせる必要がある。
「おまえも、そろそろ奴隷を飼う頃合いだろう。丁度良い機会だ」
エトの救出時に、シャルアは王に会っている。その事実を元に〈奴隷や使用人がいないシャルアに、王からエトを宛がわれた〉と口裏合わせをする。そして、噂に便乗し〈奴隷嫌いのシャルアに近しい若者ならば、と王が御考えになられ、王の庭に丁度良い年頃がいたので囲った〉〈エトは周囲から妬まれ、暴行を受けた〉など今回の事態を打ち消す内容を流す算段だ。
「勝手に決めないでください」
ディーガの思惑を理解したシャルアは、話を合わせた。
「そう睨むな。おまえは研究職を兼ねている。1人で暮らすのは、些か大変では無いか?」
王は目を細めた。
「まぁ、助手が来てくれるのは、ありがたい事ですが……」
他の医師達と共同で世話をしている薬草園を除き、シャルアは自身の医務室と自宅を1人で管理している。仕事が忙しくなると生活がままならなくなり、食事がおろそかになってしまう。昨日はエトが掃除や食事の用意を手伝ってくれたので、誰かいてくれる事のありがたさを身にしみて感じていた。
シャルアが1人で暮らしているのは過去の経験だけでなく、魔術医は通常の医師よりも特殊な職だからだ。
魔術医は魔術や呪いに掛かった人や、宝石眼持ちの魔力に関する異常を治療するのが役目だ。また、対呪詛の魔方陣の制作や、王の元へと届いた荷物に施されていないか鑑定も時折行っている。鑑定は宮廷魔術師達が主に行っているが、若いシャルアに経験を積ませる為だ。
そして、シャルアは魔術や魔力を動力源とする道具や薬を扱う。
どれも効果は確かだ。治療目的なので宮廷魔術師に比べて攻撃性は低いが、扱いを間違えれば事故を起こしかねない代物ばかりだ。
何も知らず、魔力に対して抵抗力の無い人が安易に触れれば、何が起きるか分からない。
海外では〈呪文を呼び上げてしまい村が半壊する大爆発が発生する〉〈箱を開けてしまい氷の中に意識を持ったままの少女が閉じ込められる〉〈薄めて使う薬品を高濃度のまま飲んでしまい若い姿のまま何十年も眠ってしまう〉などの魔術に関して様々な事故が発生している。
リシムアルタ王国では宝石眼しか魔力を扱えないので事故件数は少ないが、危険性は充分にある。
魔力を持たない人間は、扱えないからと油断をして事故を起こしかねない。かといって宝石眼持ちは希少だ。エトが現れるまでは、宝石眼持ちの最年少者がシャルアであり、次いでアダージュだった。役職のある人間に助手を頼めるはずが無い。
「事が終わったら、彼はどうなるのですか?」
宝石眼持ちであるエトが助手となってくれるなら、とても助かる。願ってもないことだ。
しかし、それは身の安全のため。事態が終息すれば、彼は王の所有物に戻る。
あの場所で、彼の安全が保障されるのだろうか。
明るみになっていないが、エトの話を聞くだけでも王の庭は目に余る状態だ。全てが解決し、待遇が見直されたとしても、エトは1人のままだ。
シャルアはそれが心配だった。
「おまえの好きにすると良い。今更、傷付いた小鳥を同じ籠の中で飼うわけにはいくまい」
見透かすディーガは静かに笑みを溢した。
「寛大なご配慮に感謝いたします」
シャルア、そしてエトは深々と頭を下げた。




