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砂漠の海に黄金は駆ける  作者: 片海 鏡


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第十二話

「エト」

「は、はい」


 王に名を呼ばれ、エトは一歩前へと出た。


「随分とやつれたな。余が刺青を与えたのは、いつだ?」

「い……い、一年前、でございます」


 ディーガの口元がエトの躊躇いがちな答えに僅かに動いた。


「そうか……おまえには辛い思いをさせてしまったな」

「げ、原因は王の庭の中に在り、決して陛下のせいではありません!」


 震えた声ではっきりと答えるエトを見て、ディーガの口角が僅かに上がった。


「此度の一件を含め、あの籠庭は膿を出す必要があるようだ」


 シャルアが王の右手から両手を離し、一歩下がる。そしてディーガはエトへと左手を差し出した。


「おいで」


 エトは一歩一歩確かめる様に、王の元へと近付いた。そして、懇願するようにディーガの足元で跪いた。

 奴隷の分際で、近付き過ぎただろうか。顔を上げられずにいるエトの顎へと王の右手が伸び、ゆっくりと持ち上げられる。

 僅かに香る血の匂い。格子窓から差し込む太陽の光は陰影を濃くし、王の存在をより強調させる。赤い目は紅玉よりも濃く、そして血よりも鮮やかだ。瞳に湛えられた喉を引き裂かんばかりの殺気はなりを顰め、今は大樹の木漏れ日のような温かな光に満ちている。


「おまえの言葉が聞きたい。申してみよ」

 怯える子猫を宥める様に、王は静かに語りかける。


「は、はい……」


 緊張と恐怖に服を握り締めながらも、エトは言葉を並べていく。

 シャルアに語った内容と大きな差はない。けれどその声の節々から、自分は悪事を企ててはいないと必死な訴えが感じ取れた。底知れぬ赤い目は吟味するように、エトの姿を捕え続けた。


「わ、私の話は以上になります」

「下がるが良い」


 エトの頭をひと撫でした後、王は口元に笑みを浮かべた。

 立ち上がり、深々と頭を下げたエトは、物陰に隠れる様に4歩後ろへと下がった。

 赤い目は真実を見通す。彼は偽りを語っていない。それが揺るぎないものとなりシャルアは一安心する。


「シャルア。おまえに問いたい」

「はい。なんでしょうか」


 エトに関するこちらの見解は報告済みだ。対呪詛の魔方陣について訊かれる。そう確信しているシャルアは、回答を数個頭の中で思い浮かべる。


「おまえの魔方陣は、土のある場所では効果があるのか?」

「効果はこれまでありましたが、まだまだ未熟でした。申し訳ありません」


 シャルアは深々と頭を下げ、説明をする。

 昨日、エトに留守番と言う名の療養をさせた後、呪詛を発見し無効化させる魔方陣の状態を確認するため、宮殿内を歩き回っていた。本に封じ込めた呪いを発動させようとすると、隠された魔方陣は異常を知らせるために光の文字が壁や床に浮かび上がった。

 全て正常に稼働していた。

 しかし気を失い、体内の魔力の循環が微弱になったエトを通して、対呪詛の魔方陣が〈呪いが発動すれば起動する〉のだと気づき、頭を抱えた。

 隠された術式には、反応を示さない。これまでの対呪詛の魔方陣は〈呪詛〉では無く〈魔力〉に反応し、それを断つ様に書かれていたことになる。元を断つのは当然ではあるが、導火線に火が付いていないからと、その場に爆弾を放置するのは極めて危険だ。いつ、誰が火を付け、爆発するか分からないのだ。


「対策は出来るか?」

「はい。新たに魔方陣を制作しました。魔術用の資材は早朝に届きましたので、配置できます」


 弱点に気付かされたが、落ち込むシャルアではなかった。

 呪いの術式は、守り手の弱点や隙をつくために、時代ごとに書き換えられ続けて来た。これまでも、シャルアは一か月に一度点検を行い魔方陣の改良を重ねてきた。

 今回も作業自体は同じであり、直ぐに打開策を見つけている。


「陛下へお渡しする資料につきましては、急務のため後日となりますことご了承いただきたく存します」


 顔を上げたシャルアの目の下には薄っすらと隈が浮かぶが、瞳は力強く輝いている。


「……おまえは良く働いている。許そう」

「ありがとうございます」


 シャルアは改めて頭を下げる。

 魔方陣の欠点が判明すると共に、エトがなぜあの場に放置されたのかシャルアは気になった。知らず知らずのうちに呪いを施されただけならば、呪詛をばら撒こうとした犯人に利用されたと判断できる。しかし、毒を盛られた状態で施されたのだ。動けず、一歩間違えば命を失っていた人物に対して行う動機が見当たらない。仮にエトをディーガが見つけたとしても、確認するのは近衛兵達だ。ディーガに呪いを掛けるなんて出来はしない。

 犯人にはもっと別の思惑がある。しかし、ここで推理しても埒が明かないと、シャルアは考えを切り替えた。


「おまえは呪いや魔術の対策に集中すると良い。エトの被害については、こちらで調査し対処する」

「よろしくお願い致します」

「直ぐにでも書き換えに向かいたいだろうが、しばし待て。エトに渡したいものがある」


 王の言葉と共に、近衛兵がエトの背後へと立つ。


「アダージュ」

「はい」


 年頃は20代半ばだろうか。筋肉がしっかりと付いていながら曲線の美しい体には、ローブと鎧を合わせた特注の白い衣を纏い、腰には剣を携えている。褐色の肌に真っ直ぐに伸びた水色の長い髪の間から、真っ赤なルビーの耳飾りが揺れている。女性であれば誰もが頬を染めそうな柔和な微笑みを湛えながらも、伏せがちな切れ長の目に浮かぶ青玉の瞳は何処か憂いを帯びている。


「エト殿。少しの間、じっとしていてくださいね」

「は、はい」


 思わず肩を震わせ縮こまるエトは、アダージュの言葉に従った。

 アダージュは、男性にしては細いその首へと、金の首飾りを掛ける。金の鎖の上では、植物の葉の細工が施された台座に埋め込まれたエメラルドが揺れている。


「これは……」


 陛下から贈られた品を拒むことは出来ない。けれど畏れ多く、何故贈られたのか分からないエトは戸惑いを見せる。

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