カツアゲ
今日は、調査の最終日だ。日が昇る前から張り切っている研究者たちは、日が昇っても気力が尽きることはない。セラフィナ、カイル、エーリヒを含めた八人は、今日も巨大パズルに取り組んでいた。
とは言っても、徹夜をしているエーリヒは流石に眠そうだ。たまに目を擦っているエーリヒを、カランとテラが頬を染めながらチラチラと見ている。それでもパズルの手を止めないのは、さすが研究者といったところか。
「――あ〜〜! もうダメだ!」
突然、金色ボサボサ髪の男性研究者が声を上げた。
「ティル! 突然何よ、びっくりするじゃない!」
カランが抗議するが、ティルはカランを睨みつけた。
「だって、あと三か所! あと三か所見つからないじゃないか! どっか違う場所にあるか、失くなっちゃったんだよ!」
カランに睨み返すティルの肩を、もう一人の男性研究者バートンが軽く叩いた。
「まあまあ。確かに、この建物にはなさそうだよな。違う場所も探してみるか?」
「でも、遺跡の中を探すには、今回は時間切れですよね……」
テラが、ため息をついて言った。
巨大パズルは、ほぼ完成している。今は、両手で数えられるほどになったピースのはめ込み作業をしている。しかし、どう考えても現在あるピースでは三か所に穴があるのだ。昨日それがわかって、建物中を捜索したが見つからなかったそうだ。今日、冒険者のメンバーが入れ替わったので、新しい発見があるかもしれない、ともう一度探索したが、結果は同じだった。
「確かに、捜索範囲を広げるには、時間がないわね。今回は、ここまでのようね」
エルマが、パズルをはめながら穏やかに言った。
「大丈夫よ。また、来ればいいわ。その時は、もっと日程を長く取って、人員も増やしましょう」
エルマの柔らかい笑顔は、その場の沈んだ空気を押し上げた。
セラフィナは、研究者たちが揃って見つめる床の図面を一緒に見つめた。
残りのピースを一つづつ検証しながら填める研究員たちの話し声も、どうしたのか声をかけようとしてカイルに止められたカランの姿も、セラフィナには認識されなかった。
(この線の曲がり方、交差する角度、どこかで……)
目の前の図面を頭に入れて、顎に指を当てて目を瞑った。
(こう、チラッと見た感じ……石とか壁とかじゃなくて、部屋の中で……寝転がって……)
この図面を見たと思われる状況を思い浮かべ、「あ……」と目を開けた。
途端に、目の前に迫る綺麗な褐色の瞳を見つけ、瞬きを一つ。にこりと微笑むその顔が、エーリヒのものだと認識し、声にならない悲鳴をあげて跳び退いた。が、そのまま踵を引っ掛けてしまい、身体が後ろに傾ぐ。それを受け止めたカイルが、ため息をついた。
「……エーリヒ、近づきすぎだぞ」
嗜められた本人は、「そう?」と悪びれた様子のない返事をして笑っている。
そんなカイルも、セラフィナの顔を覗き込んでくるものだから、セラフィナの心臓はまさに口から飛び出す寸前である。
エーリヒとカイルが何かを言っているようで、至近距離で口が動いているのは見えるが、心臓の音がうるさすぎてセラフィナの耳には届いていない。
(リーゼ助けて! 美形の急接近には、心の準備が必要なのよ!)
必死でリーゼを呼ぶが、残念ながらここに彼女はいない。もうダメか、と意識を飛ばしかけた時、身体がヒョイっと引っ張られ、柔らかな感触にすっぽりとおさまった。
「二人とも、若い女性に近づきすぎです!」
セラフィナを抱きしめて怒ったのはカランで、その前に仁王立ちしたのはテラだった。
「エーリヒさんは、楽しみすぎですよ! カイルさんも、ご自分のお顔の自覚を持ってください!」
柔らかい感触に顔を埋めて深呼吸したセラフィナは、ようやく周りの声が聞こえてきた。カランに頭を撫でられながら、思う。
――冷静な令嬢モードがどこかへ夜逃げしてしまったのではないだろうか、と。
貴族を離脱して一年と少し、こんなにも早く仮面が取れてしまうなんて、冒険者として気を引き締めなければ、と反省した。
「――カランさん、テラさん、ありがとう。落ち着いたわ」
名残惜しそうにカランから顔を上げて後ろを向くと、確かに楽しそうなエーリヒが見えた。カイルは、「自覚って……」と困惑顔をしているが、二人とも同罪だ。セラフィナは、二人を見据えて言い放った。
「女性との距離は、適切に保ちなさい! 世の女性を殺す気!?」
はっきり言ってやった。これで二人も、しっかりと反省するだろう。
だというのに、エーリヒは、なおも楽しそうに「えー」とニコニコしている。
思っていた反応と違い、戸惑ってカランを見ると、死んだ目で見つめられた。それで、今度はテラを見ると、「……近いの、セラフィナさん限定ですから」とぼそっと告げられる。
はて、と首を捻ってカイルを見ると、困った顔で見返された。
「……いや、転びそうになったら、支えるだろ?」
そう言われて、確かに、と納得したため、カイルは許すことにした。
「近すぎ。心配しすぎ。どうしてタイミングよくそこにいた?」
カランがぶつぶつ言っているが、カイルはよく、偶然にもセラフィナを助けてくれるのだ。意識してできるようなことでもないだろうし、本当に偶然なのだろう、とセラフィナは考えている。
(やっぱり、危険なのはエーリヒなのね)
セラフィナは、相変わらずニコニコしているエーリヒから一歩離れた。
「――それで、セラ」
その、ニコニコと無駄に色気を振りまいているエーリヒが、セラフィナに話しかけた。
「さっきは、何を考えていたの?」
首をこてりと傾げる仕草に、今度はカランとテラが顔を赤くしてセラフィナの影に隠れた。
「セ、セラフィナさん! これ以上は、手に余ります!」
「セラフィナさん! 気をつけて!」
「…………え、どうしたのよ、二人とも」
セラフィナは首を傾げるが、後ろに隠れた二人は激しく首を振って対応を拒否した。
何をどう気をつければ良いのかはわからないが、そういえば、先ほど思い出したことがあったはずだ。セラフィナは、何だったかしら、と顎に手を当てて考えた。
「なんか、床の図面を見ながら考えてたよな。何か、思い出したのか?」
カイルの言葉で、セラフィナは「あ、そうだったわ」と大切なことを思い出した。
「この図面なのだけれどね。見たことがあるわ、と思っていたのだけれど――」
そう言いながら、魔法拡張鞄の中をゴソゴソと漁る。
取り出したのは、一冊の古い本。黒く、がっしりとした作りの本の表紙には、大小の四角が、角度をずらして幾つも重ねて描かれていた。
「まだ、ページを流しただけだったから、すぐに気がつかなかったのだわ」
セラフィナは、床に座って本を膝に置いた。いつも、初めての本を手にした時にやるように、表紙側を下にして、左手で分厚い裏表紙を開ける。中のページを両手で持ち上げ、右手の親指を使って器用にパラパラとページを流した。俯いたセラフィナの横髪が、ふわふわと揺れた。
「……あ、これだわ」
行き過ぎたページを戻って示したページには、上半分を使って大きく図が描かれている。
カランがそれを覗き込んで首を捻る。
「確かに似てるけど……この本、何?」
「これはね、ダンジョンで見つけたの。古代魔法の魔法書よ」
すごいでしょう、と自慢するように魔法書を見せるセラフィナを、テラが呆れ顔で見た。
「……なんか、セラフィナさんが言うと、すごそうに見えないのは、どうしてでしょう」
「……私も、そう思ったわ」
なぜだか、とても失礼なことを言われている気がするが、怒るようなことでもないと思い、セラフィナは聞かなかったことにした。
それに気がついたのか、エーリヒが苦笑いしながらセラフィナの手元を覗き込んだ。
「それで? 何が書いてあるの?」
「さあ?」
「そっかー。じゃあ、読んでくれる?」
「いいわよ。数日待ってもらってもいいかしら」
「セラ。皆は今日帰るんだぞ?」
「そう……困ったわね」
「困ったね」
「困ったな」
「…………誰か、この呑気者たちを止めて」
「ダメです。今、リーゼさんがいないので、ストッパーがありません」
カランとテラは、顔を見合わせてガックリと項垂れた。
それを見て、カイルが苦笑いした。
「まあ、冗談は置いておいて。セラ、床の図面がその本と一緒だとして、魔法に関する何かってことでいいのか?」
「そうね。何かを発動するためのものだと思うわ」
セラフィナは頷いたが、エーリヒが難しい顔をした。
「じゃあ、セラが本を読めたとしても、欠けた状態なら発動しないね」
残念、と言うエーリヒに、テラが「そんなあ」と悲しそうな顔をする。
そこに、穏やかな声が横から入ってきた。
「まあまあ。この図面が完成したら、またセラフィナさんたちに依頼を出しましょう。その時までに、セラフィナさんに魔法書を解読しておいて貰えばいいわ」
エルマがにこやかに言い、カランとテラは、残念そうにしながらも「はあい」と頷いた。
図面は、と見れば、見つけたピースは全てはまったようだ。やはり、三箇所、ぽっかりと穴が空いている。
「この遺跡から残りを探すのか……」
「研究者っぽくていいじゃないか」
肩を落とすティルを、バートンが笑って慰めている。
「あ、それなら」
魔法書を閉じたセラフィナが、ポツンと声を出した。
「たぶん、私が持っているわ」
誰も話していないその場で発せられた声は、とてもよく通った。
広い石造りの部屋に開けられた窓の外の縁に当たる雨が、しとしとと音を響かせる。
セラフィナは、その沈黙に耐えられず声を上げた。
「……どうして喜んでくれないの?」
全員の目が、セラフィナをじとっと見つめている。何か、まずいことでもしただろうか、と首を傾げる。
「——この……のんびり呑気嬢ちゃんがあっ! お前、金持ちだろ! 苦労してないだろ! 時間は自分のために進んでるだろ!」
ギャンギャンと吠えるティルに、仲間の研究者たちは顔を青くしてエーリヒとカイルを見た。罵倒された少女に少なからぬ好意を持っている二人が、どれだけ怒っているのかと恐れ慄いたのだが、目にしたのは口元を押さえて必死に笑いを堪えている姿だった。
「確かにあんた、可愛いよ? 超絶可愛いよ? でも、世の中可愛いだけじゃダメだから! 状況見て! あのタイミングで出しても遅いんだからね? 俺の状況、ちゃんと見てっ!」
止まらないティルの前で正座したセラフィナは、しょんぼりと首を垂れている。
「——まあまあ、ティル、その辺で。セラフィナさんだって、思い出したのが今だったのかもしれないでしょ?」
助け舟を出したのは、安定のエルマだ。ティルを落ち着かせるようにポンポンと肩を叩き、苦笑いする。
セラフィナは、しょんぼりとしながら考えた。
今まで色々な人に怒られているが、セラフィナの周囲の人たちは静かに叱る。こんな風に怒られたのは、庭師のベン以来だ。あの時は、誤ってガゼボを溶かしたのだったか。溶岩のようにどろりと流れるガゼボを見た時は、流石に失敗したと思った。貴族の訥々とした口調には慣れているし、アルベルトのように静かな攻撃に反論するのも得意だ。しかし、勢いよく来られてしまうと、反論できなくなってしまうのだった。
セラフィナは、とりあえずティルの怒りを鎮めようと、鞄をゴソゴソと探った。
「あの、ごめんなさい。これで許してもらえる?」
ゴトリ、ゴトリと三つの石板を置いた。これは、ダンジョンで見つけた謎の石版だ。眉を下げてティルの顔を伺うと、彼の口の端が引き攣った。
「――っ! どうして、俺がカツアゲしたみたいになってるのーっ!?」
ティルの悲鳴と、カイルとエーリヒが噴き出す音が、同時に石の部屋の中に響いた。
大発見なのに、感動がない集団。
我慢ができなくなったティル。




