↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/86

サシの会話

「それでね、大きな石を吹っ飛ばしたら、リーゼに怒られてしまって」

 セラフィナは、荷馬車に座ってカイルに昨日あったことを話していた。

「石を避けてって言ったのはカランなのに、私に怒るなんて……」

 酷いわよね、とため息をつくセラフィナの話を、カイルは笑って聞いていた。

 他のメンバーは、今遺跡の中だ。

 昨日、政治の中枢だったと言われる建物の中に入ってしたことは、一際広い部屋の床に描かれた図面の修復――巨大なパズルだった。

 床の石は、まるで意図したかのようにバラバラに散らばっており、彼ら研究者たちは、その原型のわからない図面を何年もかけて修復しているのだった。その作業も終盤にさしかかり、今回の三日間の滞在で完成を目指している。

 その二日目。今日のセラフィナは、カイルと一緒に留守番だ。

 外は、相変わらず静かに雨が降り続いており、二人は荷馬車の中で並んで雨宿りだ。と言っても、アルベルトが張ってくれた結界のおかげで、馬も含めて雨に当たることはない。雨のせいでぬかるんだ地面に座ることもできないため、荷台に座っているのだった。

「リーゼの怒る顔が、目に浮かぶな」

 カイルが苦笑いで笑った。

「石を吹っ飛ばした先に、誰かいたんだろ?」

「……どうしてわかるの?」

 セラフィナは訝しげに聞いたが、カイルは声をあげて笑うだけだった。

 それを、少し拗ねたように見返して、セラフィナはため息をついた。

「せっかくヴァルガンドに来たのだから、今日も中に入りたかったわ」

 そう言って、ヴァルガンドの門を見上げるセラフィナの頭を、笑いを収めたカイルが優しく撫でた。

「まあ、これも依頼だからな。明日は入れるさ」

「そうね……それにしても、カイルはくじ運がないわね」

「ん? そうか?」

 カイルは、不思議そうにセラフィナを見た。

「そうよ。昨日も今日もお留守番でしょう? カイルも、明日は行けるといいわね」

 そうだなあ、と呟くカイルは、全然残念そうな顔をしていない。もしかして、とセラフィナは続けた。

「カイルは、ここに来たことがあるの?」

 しかし、カイルはそれにも首を振る。

「いや、初めてだな。確かに、中を見てみたい気もするが——」

 一度言葉を切ったカイルは、少し考えるように上を向いた。セラフィナは、どうしたのかと彼を見ていると、そっと下ろされた優しい緑の瞳と目が合った。

「今が、もっと楽しい」

「…………えっ?」

「えっ?」

 二人は、不思議な顔をしてしばらく見つめ合う。

 しとしとと雨の音が響く中、はっとした顔で慌て出したのは、カイルだった。

「あ、いや! そうじゃなくて……いや、そんなこともないんだが、その、セラと一緒に……いや、話を聞いてるのも、楽しいっていうか……あー、何言ってんだ!」

 カイルは、忙しそうに手を動かした後、両手で頭を掻きむしった。

 ぽかんとして見ているセラフィナに、カイルはチラリと視線をやった後、大きなため息をついた。

「……すまん、何でもないんだ。忘れてくれ」

 広い肩を少し落として俯くカイルに、セラフィナはムッとして口を開いた。

「それは、カイルが決めることではないわ」

「……え?」

「嫌だと言われたのならまだしも」

 セラフィナは、戸惑うカイルを抗議するように鋭く睨んだ。

「どうして、楽しいって言われて、忘れないといけないのよ」

 セラフィナは荷馬車の外で降る雨を睨み、そのまま押し黙った。

 そこに、カイルの困ったような言葉が続く。

「……ええと、すまん。セラ、怒ってるのか?」

「当たり前よ!」

 セラフィナは、荷馬車の中に視線を戻して、カイルをキッと睨みつけた。

「話していて楽しいって言われて嬉しかったのに、忘れろだなんて。私の喜びを、返してほしいわ」

 むすっとして言い放つと、今度はカイルがぽかんとした顔をした。

「……え、嬉しかった?」

「何よ。何か、おかしな事を言ったかしら?」

 セラフィナが首を傾げて聞き返すと、カイルは片手で口元を覆い、「嬉しかった……嬉しかった……」と呪文のように繰り返した。あちらを向いてしまっているので表情はわからないが、髪の間から見える耳がほのかに赤くなっている。

「……あの、カイル? 大丈夫?」

 先程まで腹を立てていたのだが、明らかにいつもと様子が違うカイルに、セラフィナは心配になってしまった。

「その、もしかして、私が怒ったことに怒ったの? だったらごめんなさい。言いすぎたわ」

 眉を下げ、素直に謝ると、カイルは肩で一度大きく息をした後セラフィナを振り返った。

「――いや、怒ってない。俺のほうこそ、ごめん。セラが、嬉しいって言ってくれて、俺も嬉しいよ」

 そう言って笑うカイルの瞳の、なんと優しげなことか。セラフィナは、その深い緑の瞳に魅入ってしまった。

「そうだな……俺は、こうして話している時間を、セラに忘れてほしくない。俺が何を言っても、覚えていてくれるか?」

「もちろんよ」

 セラフィナは、満面の笑みで即答した。

 カイルは、その笑みを見て眩しそうに目を細めた。そして、すぐに意地悪そうに笑う。

「俺も、セラがどんなにおかしな事を言っても、忘れないよ」

「……それ、どういう意味よ」

 笑みから一転、むすっとした表情になるセラフィナの頭を、カイルがぐしゃぐしゃと撫でまわした。

「もう、カイル! やめてよ!」

 抗議するセラフィナを、カイルは明るく笑い飛ばした。

「それで、この依頼が終わったら、次はどこに行く?」

 カイルに聞かれたセラフィナは、ぐしゃぐしゃになった髪を整えながら、彼を見上げた。

「南の方に降りたいの。だから、次はサルハーンね」

「サルハーン? 遊牧民族の土地か」

 そう、とセラフィナは馬車の外を見て目を細めた。

「サルハーンの人たちは、家を持って移動するのでしょう? 馬に乗って草原を駆ける、勇猛果敢な人たちだって」

「ああ、俺も一回会ったことはあるが、気のいい人たちではあったな」

 でもなあ、とカイルも馬車の外で降る雨を見て腕を組んだ。

「運良く会えるかな。彼らは常に移動してるし、ここっていう場所もないんだよな。しかも、最近は南の方の情勢が悪いっていうし。会えるか会えないかは、運次第だな」

「ええ? じゃあ、会えないかもしれないわね」

 珍しく弱気な発言をしたセラフィナに、カイルは驚いた顔をした。

「なんだ。セラなら、自信満々に『私なら会えるわ』とか言うと思ったけどな」

「そりゃあ、私だけなら会えるかもしれないけれどね。何せ、私たちのグループには、カイルがいるもの」

 セラフィナは、首を傾げるカイルを、少し意地悪な顔で見る。

「お留守番くじを二回も続けて引く、運の悪いカイルがいたら、会えない確率の方が高いわよね」

 セラフィナは、ふふん、と顔を斜め上に傾けて、ポカンとするカイルを意地悪な令嬢よろしく見下げてみた。

 先ほど、髪の毛をぐしゃぐしゃにしたお返しだ。髪が乱れてリーゼに怒られるのは、セラフィナだ。あの静かな怒りは、怖いのだ。もう怒られることが決定なら、その元凶に少しでも意趣返しをしておきたかった。

 満足してカイルを見ていると、不意に彼の手がセラフィナに伸びてきた。

「そういうのは、返って運がいいって言うんだよ!」

 そう言うと、またしてもセラフィナの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。

「にゃーっ! やめてよー! リーゼに怒られるのは、嫌ーっ!」

「盛大に怒られておけ!」

 カイルが、叫ぶセラフィナに面白がって両手で頭を掻き回しだし、セラフィナは必死で抵抗した。

 荷馬車の中で大騒ぎした二人だったが、それに驚いた馬が嗎を上げ、手綱を括った木を大きく揺らしたため、二人は慌てて外に飛び出した。

 馬をようやく宥めて顔を見合わせ、声を上げて笑い合う。

 その後、何とか髪を直そうとしたセラフィナだったが、自分だけではうまくいかず、結局リーゼに時間をかけて怒られたのだった。

 

「——で? 何があったの?」

 焚き火を間に挟んで、エーリヒがカイルに問いかけた。

 夜。他の皆は、既に寝ている。

 女性たちは荷馬車の中、男性たちは二つのテントに分かれている。

 普段の野営は夜の見張りを置かないのだが、護衛依頼の最中でもあるため、男性二人での見張りを置いた。今日は、エーリヒとカイルで先に見張り、途中でカイルとアルベルトが交代予定だ。エーリヒが徹夜なのは、やはりくじ引きの結果だった。

 機嫌が悪そうに笑うエーリヒに、カイルは首を傾げた。

「何って、何がだ?」

「戻ったら、セラの髪が崩れてた」

「ああ。乱暴に撫でたからな」

「服も、若干乱れてたし」

「あー……少し暴れてたからな」

「見張りだったのに、楽しそうだったし」

「まあ、会話は弾んだな」

「………………俺も、セラと見張りしたかった」

 ガックリと肩を落としたエーリヒを、カイルは苦笑いで眺めた。

 こいつも大概だな、とカイルは思う。

 セラフィナの前では余裕のある態度を崩さないのに、こうして彼女がいないと拗ね始める。先日のダンジョンでもそうだ。アルベルトとやけに気が合う連携を見せたセラフィナを見て、完全に拗ねていたくせに、それを彼女に指摘された途端に周囲を揶揄い始めた。

「お前は、器用なのか不器用なのか、よくわからないな」

 カイルは笑った。今のエーリヒは、完全に不器用の方だ。年相応の、迷える青年だった。

 それを、エーリヒが恨みがましく見上げる。

「……カイルが、裏表がなさすぎるんだよ」

 大きくため息を吐くきながら、「本当に、羨ましいよ」と言うエーリヒに、カイルは首を捻る。

「俺にはよくわからないが……俺は、お前が羨ましいよ」

 何が、とエーリヒに問われて、カイルは苦笑いする。

「好きな子の前では、完璧になれるなんて、世の男からしたら羨ましい以外の何者でもないだろ」

「それを、世の女性は『腹黒い』と表現するんだ」

 エーリヒがそう返し、二人は視線を合わせてくつくつと笑った。

「カイルのくじ運の良さを、分けてほしい」

「セラには、二回も留守番くじを当てた俺は、運が悪いと言われたぞ」

「あー、セラならそう言うよね。昨日、すごく楽しそうにパズルしてたからね」

 だろうな、とカイルは留守番中に生き生きと話をしてくれた彼女を思い出して、自然と頬が緩んだ。きっと、真面目に遺跡調査を手伝ったのだろう。そんなふうに想像すると、カイルは、胸の辺りがほかほかと暖かくなるのだった。

 明日の午前で、調査は終了だ。明日は行けるといいな、と考えて、ふと思い出した事を口にした。

「――そういえば、この依頼が終わったら、南下するって言ってたな」

「南かあ……」

 少し考えるようにしてから、エーリヒは顔を上げた。

「カイルも聞いた? 南の砦が落ちたって話」

 聞いた、とカイルは短く答えた。

「二百年以上拮抗していた魔王軍との戦いが、いきなり崩れるものかな」

 エーリヒの声は、硬い。

 魔王軍が控える魔王城は、大陸南端にある。南方の山岳地帯を挟んで軍事国家ウランディアがあり、その周辺にあるガルダ、ノーマ、ルーグルの三国と合わせた四国の軍事同盟が、二百年の間、魔王軍の侵攻を食い止めてきた。もちろん、中央、北方の国々も、さまざまな支援をしている。エーリヒも、騎士見習いの時に一年、あの砦で魔物たちと戦った。

「確かに、魔王城は近いけど、攻めてくる魔物はその辺の魔物より少し強いくらい、数も多いな、くらいだった。それに、南の砦周辺の軍は、一般兵でも王国の中級騎士程度には腕が立つ。それが、急に落とされるなんて、何があったんだろう」

 焚き火を見つめながら、エーリヒが言う。先ほどまでとは一転して、その表情は厳しい。

 ここから南の砦までは遠い。間には、巨大な帝国シュタールが存在する。他国に伝わる情報は限られており、その伝達速度も遅い。国の中枢にいるのであればいざ知らず、冒険者である彼らの知る情報は、南の砦が落ちた、という、ただそれだけだった。

 カイルは、大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。限られた情報の中で動くときは慎重に、しかし、慎重になりすぎると返って動けなくなる。

「まあ、南に行けば、いくらか情報も入るだろ。注意して進もう」

「そうだね。特に、うちのお嬢さんは、何かしらやらかしそうだしね」

 エーリヒが困り顔で言うので、カイルはつい笑ってしまった。

「全くだ。今度は『神様ついて来ちゃった』とかいいそうだよな」

「妖精の前科があるからなあ……」

「……まずい。冗談だったのに、本当に有り得そうな気がしてきた」

「カイル。この話はやめよう。俺、怖くなってきた」

「…………エーリヒ、すまん。俺も怖い」

 しばらくの間、焚き火の音と、結界に小雨が当たる音が周囲に響き続けた。

 仮眠をとってテントから出て来たアルベルトが、青い顔をして焚き火を見つめるカイルとエーリヒを見て首を傾げたのは、言うまでもない。

鈍感と鈍感が揃うと収拾がつかない。


久しぶりのカイルとエーリヒの会話

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。