馴れ初め調査
翌朝、セラフィナたちは、朝食の前に馬車小屋で荷馬車に荷物を積み込んでいた。
「ねえ、セラフィナさんは、みんなとどんな関係なの?」
両手に抱えた荷物を馬車に積み込みながら、カランが聞いた。
セラフィナが「みんな? どう?」と首を傾げると、横からテラが顔を出した。
「グループの仲間ですよ。皆さん、仲がいいですよね。どこで知り合ったんですか?」
ああ、とセラフィナは少しだけ考える。
「リーゼは、小さい頃からお世話になっているお姉さんのような感じかしら。アルは、幼馴染ね」
「なんて贅沢な幼馴染……」
テラがポツリと呟くのに、セラフィナは「え?」と聞き返した。
「気にせず続けて?」
カランに促されて、セラフィナは首を傾げながら続ける。
「カイルは、依頼中に知り合ったの。カイルがいると、安心するわよね」
これには、カランとテラも深く頷いた。
「わかります。抜群の安定感ですよね」
うんうん、と頷いて、セラフィナはにこにこと続けた。
「一人でいる時に絡まれたら、助けてくれるのはいつもカイルなのよ」
「え、いつも?」
「ええ、いつも。そう言えば、アルが追いかけてきた時も、カイルが助けてくれたのよね」
少し前のことを思い出してふふっと笑うセラフィナに、二人は顔色を悪くした。
「待って。いろいろ引っかかるんだけど」
カランがセラフィナを止めた。
「いつも? カイルさんが?」
「そうね。あ、一度だけ、宿屋の前で声をかけられた時は、アルが助けてくれたわ」
「ええと、そのアルベルトさんにも、絡まれたんですか?」
「そうなのよ」
首を傾げるテラに、セラフィナは笑った。
「私、家出をしたのだけど、アルってば追いかけてきてね。見つかった時に、喧嘩になったのよ。そのときも、カイルが仲裁してくれたわね」
「「……………………」」
「どうしたの?」
絶句する二人を見て、今度はセラフィナが首を傾げる。
「…………いいの、忘れて。それで、エーリヒさんは?」
カランはため息をついて続きを促した。
「……? ええと、エーリヒは……あ、そうだわ。両親からの贈り物よ」
「「……………………は?」」
両親からプレゼントを送る、という手紙の後にエーリヒが来た。両親の許可付きだと彼が言っていたから、間違いはないだろう。そこまで言って、セラフィナは「あ」と思い出した。
「でも、それ以前に、アルが護衛によこしたのだったわ」
「…………護衛?」
テラが首を傾けるので、セラフィナは苦笑いで答えた。
「護衛というより、監視かしら。今思えば、急に態度を変えたら驚かれるわよねえ」
ゲームを思い出したあの時から、セラフィナは彼の婚約者で居続けることをやめた。それが、如実に現れていたのだろう。怪しまれて監視されるのは当然だ。そう思い出して、セラフィナはくすくすと笑った。
「待って。情報量が多すぎて……」
カランは頭を抱えた。
「つまり、アルベルトさんは執着の末エーリヒさんを寄越したけど、そのエーリヒさんはセラフィナさんに落ちた?」
カランが、小声でテラに確認すると、テラは「完全に人選ミスですね」と返す。
そんな二人の声が聞こえていないセラフィナは、首を傾けながら苦笑いした。
「なんだかんだで、結局一緒にいるのだけれど」
その一言で締めるセラフィナに、二人は哀れそうな視線を寄越す。
カランは、そっとセラフィナを抱きしめた。
「大変な人生なのね。辛かったら、私が慰めてあげる」
「この依頼中は、私たちをお姉さんだと思ってください」
テラも、セラフィナの頭を優しく撫でながら言った。
自分で決めたことをやっているだけなので、辛いことなどないのだが、頼れる人がいることは無条件に嬉しい。セラフィナは、「それは、ありがとう」と笑顔になった。
その時。
「おい」
急に後ろから身体を引かれたかと思うと、抱きしめられていた温もりが一気になくなった。
代わりに、背中に暖かさを感じて上を向けば、無表情に不機嫌なアルベルトが立っていた。後ろから手を回されて、がっちりとホールドされたセラフィナは、あまりの距離感に理解が追いつかなくなった。
「ア、アル!? どどどどどどうし……」
「何をしている」
慌てるセラフィナに対して、アルベルトの声は冷静だ。彼に睨まれたカランとテラは、また顔色を悪くした。
答えない二人を無視して、アルベルトはセラフィナの顔を後ろから覗き込んだ。
「セラ。お前は、身体に触れさせすぎだ」
近づく美形に、セラフィナは頭の中がぐるぐるした。
「そそそそそんなこと、ないわ、よ」
「ある。頭を撫でさせた。今だって、この女が抱きついていただろう」
「抱きつ……」
アルベルトの言葉に、カランがつい声を漏らした。
「抱きつく」のと「抱きしめる」のとでは、言葉のニュアンスがだいぶ違うな、とセラフィナは思い、ふと冷静になった。それで、アルベルトが怒っていたのか、と彼ににこりと笑いかけた。
「アル。カランとテラは、お姉様よ。お姉様として、抱きしめてくれたのよ」
「…………姉君?」
「そうよ。家族なら、挨拶で抱きしめることもあるでしょう?」
「………………そうか」
アルベルトの腕が少し緩み、セラフィナはするりとそこから抜け出した。
少し落ち着いたかな、と彼の顔を覗き込むと、いつもの静かな目と視線があった。
「――準備は終わったのか? 皆が待ってる。食事だ」
「そうだったわね。カラン、テラ、行きましょう」
二人を振り返って笑い、アルベルトと馬車小屋を出た。
穏やかに馬車小屋の出口に向かう二人をカランとテラは遠い目で見送った。
「……セラフィナさん、ズレてますね」
「うん。会話も、噛み合ってなかったよね」
「でも、あれで納得しちゃうアルベルトさん、少し可愛いかも……」
「確かに……」
頬を染めるテラに、カランも少しだけ頷いた。
小雨が降り続ける馬車小屋の出口では、アルベルトが持ってきた雨除け布を、どちらが羽織るかの喧嘩が始まっていた。
森の中のぬかるんだ道を進むと、ところどころに石が敷かれた道が現れた。それは、徐々に石の道の形を現し、初めてここに訪れたセラフィナは、同じく初めてと言うテラと一緒に荷馬車から降りて歩いた。
雨で濡れた石の道は滑りやすくもあったが、セラフィナがよろける度にテラが横で支えてくれたので、転ぶことなく進むことができた。
そうしてテラと喋りながら進むことしばし、唐突に森が途切れたかと思うと、石でできた巨大な門が彼らを出迎えた。
「わ……あ! これが、あの『ヴァルガンドの門』ですね!」
「思っていたより大きいわね。それに、細工がよく残っているわ」
二人が見上げる門は、二階建ての建物ほどあった。その壁面に浮き上がる細工は、この地が栄えていた証のように威厳を保っていた。
「二人とも。目的地はまだ先よ」
荷馬車を降りたエルマが、二人に苦笑いで近づいて来た。
「ここで止まっていたら、今日の調査ができなくなってしまうわよ」
「あ、すみません!」
「それは大変だわ。テラ、どこへ行けばいいの?」
すっかり仲良くなったセラフィナとテラは、他の研究員に続いて遺跡へと足を踏み入れた。
「ここが、古代都市国家ヴァルガンドなのね。さすが、古代で最も繁栄した都市と言われるだけあるわね」
セラフィナは、きょろきょろと視線を動かしながら感嘆の声を漏らした。
「あ! ここは、挿絵で見たことがあるわ。鍛冶屋があったと言われているところよね」
「奥に釜がありますね! あ、セラフィナさん、あそこに布屋さんがありますよ!」
興奮しながら走るように歩くセラフィナとテラに、後ろからくすくすと笑い声が追う。
「二人とも、あんまりはしゃいでると、転ぶよ?」
エーリヒが二人の間に入り、二人の手を取った。
「道が濡れているから、滑るよ。二人とも、俺と手を繋いで歩く?」
「――っ! 結構ですーっ!」
そう叫んだテラは、エーリヒの手を振り払うように解くと、エルマの背中に一目散に逃げ戻った。
「おや、残念。セラは、もちろん俺と行くよね?」
逃げていったテラから視線を戻すと、エーリヒがにこにこと機嫌よくセラフィナを見ていた。そのキラキラとした笑顔を、セラフィナはじっと見て、そのまま視線を下げる。そこにはエーリヒに繋がれた手があり、ふと誰の手も繋がれていない彼の手にも視線が向いた。
「――セラ? どうしたの?」
エーリヒの声が上から聞こえて、セラフィナは顔を上げた。上を向いた途端に細かい雨粒が顔にかかり、前髪を伝って水が滴る。セラフィナが反射的に両目を瞑って下を向くと、エーリヒが前髪と顔についた水滴を、そっと払ってくれた。
「大丈夫?」
覗き込むエーリヒの心配そうな表情に、セラフィナは笑顔で返事をする。
「大丈夫よ。ありがとう」
何が気になったのかは忘れてしまったが、心配されるようなことは何もない。エーリヒは、まだ心配そうな顔をしているが、もう一度「大丈夫」と言うと、リーゼの冷静な声が割り込んできた。
「エーリヒさん、荷物を忘れていますよ」
二人の間を通り過ぎながら、リーゼがエーリヒを軽く睨む。
おっと、と呟きながら振り返るエーリヒの視線の先には、小雨で濡れないように置かれた一抱えほどの荷物があった。
「セラ。ちょっと待っててね」
言われて待つ必要もないのだが、セラフィナはその場でエーリヒを待った。片手には、調査で使う荷物を持っている。リーゼや他の研究者たちも、それぞれに荷物を持っているし、一番多く持っているエーリヒの荷物を少し手伝ってもいいのではないか。そう思って、戻って来たエーリヒに声をかけるが、逆にセラフィナの荷物を持つと言われて丁寧に断った。
そんなこんなしている間に、前を歩いていたはずのセラフィナはどんどん抜かされ、大きな荷物を両手に抱えたエーリヒと最後尾を歩いた。
遺跡の中を歩いているのは、研究者五人とセラフィナ、リーゼ、エーリヒの八人だ。馬や荷馬車は、遺跡に残された様々な痕跡を守るために、遺跡の中には入れていない。カイルとアルベルトは、その馬と荷馬車の留守番だ。
そうして歩いてたどり着いたのは、遺跡の中央付近に位置する建物だった。他の建物よりも強固に造られたのか、屋根や壁も比較的多く残っていた。
ここは、この都市国家の政治の中枢だと、男性研究者の一人が教えてくれた。
「こんなところに来れるのも、冒険者ならではね」
セラフィナが、その建物の前に立ってポツリとつぶやくと、隣に並んだエーリヒが笑った。
「確かに、普通のご令嬢は絶対に来ないよね。セラだけは、張り切って来そうだけど」
「どう言う意味よ」
楽しそうに笑うエーリヒを睨みつけた視線は、エーリヒの柔らかな笑みで流されてしまう。
セラフィナは、もう、とため息をついた。
いつだって、話の主導権は彼にある。それは決して嫌なことではないのだが、こういう時には調子が狂う。困った顔をしながら、セラフィナはその建物に足を踏み入れた。
アルベルトは単純。




