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研究者を連れて

 ルミエラ公国から東の国、ヴァンデンを超えたところには、古代遺跡群が広がっている。

 今回、カレディスのギルドで五人が受けた依頼は、その古代遺跡群に向かう研究者たちの護衛だった。

「今年は大雪だったでしょう? ただでさえ食料が少ない冬に、さらに飢えた獣や魔物が、あちこちで人間を襲ってるんだよ」

 エルマが、馬車の座席で困った顔をして話した。四十代くらいの穏やかな風貌の女性で、研究者一向のリーダーだ。

「春先に、小さい村が魔物に襲われて、見つけた時は全員手遅れだったって……」

 テラが、悲しそうな顔をした。二十代前半の可愛らしい女性で、古代文化の研究にどっぷり浸かる、という幼少期からの夢を、最近になってようやく叶えたらしい。

「今年は、魔物の被害が多いのね」

 セラフィナが呟くと、向かいに座っていた女性が口を開いた。

「魔物だけじゃないわ」

 カランだった。三十代半ばほどの、赤い髪の華やかな雰囲気をした女性だ。

 この馬車には、セラフィナとリーゼも含めて女性五人が乗車している。男性組は、後ろに続く荷馬車に乗り込み、一行は東へとゆっくりと進んでいた。

 馬車の外は騒がしいが、女性五人は比較的穏やかな時間を過ごしていた。

 カランは、研究者らしく資料の詰まった鞄を膝に抱え、さっきからカーテンのかかった窓を気にしている。

「植物も」

「植物?」

「最近暖かいから」

 セラフィナも、つい窓のカーテンを見て、外が見えないことに気がつき、軽く眉を顰めた。

 馬車の外で、金属がぶつかり合う音がして、すぐに何かが地面に当たる音が続く。セラフィナは、頭を軽く振ってその音を振り払い、カランの方に向き直った。

「春が来たからではないの?」

 セラフィナの言葉に、カランは困ったように眉を寄せた。

「冬があんなに厳しかったのに、暖かくなるのが早いのよね。だから、今頃は咲かない花が咲いていたり」

 隣でリーゼが興味深そうに顔を上げた。

「早く芽吹いているということですか?」

「早いものもあれば、遅いものもあるみたい。暖かすぎて、枯れてしまうものもあって」

 馬車の外で、どさっという重たいものが落ちる音がする。

 カランは膝の上の鞄から、小さな手帳を取り出した。 

「今年は、東の方で、特に薬草関連の育ちが悪いと言う報告があるわ。私は、それを調べに来たのよ」

 カランは、小さくため息をついた。

「薬草がなければ、あなたたちも困るわよね」

 セラフィナは自分の魔法拡張鞄を見た。エーリヒの怪我を、リーゼが用意してくれた薬で手当したのは記憶に新しい。この薬も、もちろん薬草から作られている。

 そうね、とセラフィナが答えた時、馬車の扉が軽くノックされた。

「——終わったよ。カーテンを開けても大丈夫だよ」

 男性の声がして、研究者の三人はほっと息を吐いた。

 セラフィナがそっとカーテンを開けると、エーリヒの穏やかな笑顔が見えて、セラフィナも小さく息を吐く。扉を開けて外に出ようとして、エーリヒに止められた。

「女性は、そのまま馬車に乗っていてね」

 にこりと微笑むエーリヒの後ろに、カイルとアルベルトが話しているのが見えた。

「みんな、怪我はない?」

 セラフィナが聞くと、エーリヒは後ろの二人を振り返り、すぐに彼女に向き直った。

「うん、大丈夫。セラは、怖くなかった?」

 リーゼもいたから、とセラフィナは頷いた。

 町を出て少しして、野盗に襲われたのだ。

 何人いたのかは、セラフィナは見ていない。こういったトラブルを解決することも、今回の依頼の一つだった。

 けれども、セラフィナは野盗を前に立ちすくんでしまった。

 最初は、魔物を相手にする時のように魔法を練り上げた。しかし、集中が途切れ、魔法は霧散してしまった。

 ――攻撃の対象が、人間だったから。

 目の前で殴られる人を見て、目をぎゅっと瞑り身を竦める。

 耳に届く重たい音に、びくりと肩を震わせた。

 少し前に、訳のわからない公太子を吹っ飛ばしたことがあるが、それとは全く違う種類の音だった。

 竦んだ身体が動かない。

 噛み締めた奥歯が、ぎり、と音を立てた。

 そのとき、不意に身体が宙に浮いた。

 え、と思う間もなく、次に気がついたときには馬車の中にいた。セラフィナを運んだアルベルトと入れ替わるように、リーゼが馬車に乗り込んでくる。

「むさ苦しい殴り合いです。私たちは、ゆっくりしていましょう」

 いつも通りのリーゼの態度で、セラフィナは少しだけ身体の力が抜ける気がした。

 そんなことがあって、少し緊張が走った馬車の中だったが、三人の研究者と話をしているうちに、その緊張もほぐれた。

「待たせたな」

 カイルも馬車に寄ってきた。後ろにはアルベルトもいる。

 ところどころ汚れ、髪が乱れているが、大きな怪我はしていないようだ。エーリヒの髪だけがちっとも乱れていないのが、セラフィナは不思議でならなかったが、美形補正だろうと納得しておいた。

「ごめんなさい。みんなが大きな怪我をしていなくて、よかったわ」

「殴り合いしてただけだからな。セラとリーゼには、不向きだ」

 セラフィナは、そう言って笑うカイルにくすりと笑い返した後、アルベルトを見た。

「アル、ありがとう」

 無表情でじっとセラフィナを見ていたアルベルトは、「いや」と表情を変えずに言った。

「想定内だ」

 セラフィナは、首を傾げた。何が想定内だったのだろうか、と。

「お前、昔から他人が怪我をしても痛がるだろ」

 そう言って、少し口の端を上げた表情がなんとも意地悪に見えて、セラフィナはムッとしてアルベルトを見た。

「繊細なのよ。アルとは違うの」

「どうだかな」

 そう言うと、アルベルトの右手がセラフィナの頬を覆った。急な接触に、セラフィナは驚いて固まってしまう。

「……奥歯、痛くないか?」

 感情に乏しい碧眼の奥に、少しだけ心配の色が見えた。

「お前の癖だ。怖かったのだろう?」

 言われて、セラフィナは「あ……」と声が漏れた。

 怖いときに奥歯を噛み締める癖を、反目し合っていた彼がなぜ知っているのだろうか。さすがは幼馴染ということか、と感心していたセラフィナだが、次の言葉でその感心も消え失せた。

「お前も、俺がいないとだめだな」

 勝ち誇るアルベルトに、とにかく言い返してやりたい、とセラフィナは唇を尖らせた。

「だめじゃないわよ。私には、リーゼがいるもの」

「……なんだと?」

 アルベルトが低く言って、今度はリーゼを睨んだ。しかし、リーゼはどこ吹く風で「私の勝ちです」と鼻を鳴らした。

 それを、ほらほら、とカイルが諌める。

「そろそろ出るぞ。みんな、騒がせてすまなかったな。ほら、行くぞ」

 カイルは、馬車の中の女性研究者に笑ってからアルベルトを促した。

 男性組の馬車に乗るために振り返るカイルと目が合ったセラフィナは、にこりと笑って「ありがとう」と手を振った。それに応えるように優しく緩んだ緑の瞳に、一瞬ドキリと心臓が跳ねる。

 カイルは、やっぱり優しいわね、と後ろ姿を見ていると、不意に頭を撫でられた。

「セラ、離れていても守るから、安心してね」

 視線を上げると、エーリヒの蕩けるような瞳と目が合い、再び心臓が跳ねた。

 名残り惜しむように、セラフィナの横髪をさらりと手で揺らして、エーリヒも馬車へ戻って行った。

(…………あの男たち、無駄に心臓に悪いわ)

 セラフィナは、ドキドキとうるさい心臓を深く息を吐いて落ち着かせ、馬車の中へと戻った。


 野盗との遭遇の後、何事もなく馬車は進んでいるが、女性組の馬車の中――というより、研究者三人には、微妙な空気が漂っていた。エルマは困ったように考え事をし、テラとカランはチラチラとセラフィナとリーゼに目線をよこしている。最初は目が合うたびに首を傾げていたセラフィナだったが、その度に焦ったように目をそらされてしまう。どうしたのか、と問うことも躊躇われて、結局窓の外でしとしとと降る雨をじっと見ていた。

 そんな時に、そういえば、と声を上げたのは、テラだ。

「今の植物もそうだけど、大昔にも、植物が育たなくなった痕跡があるんですよ!」

 落ち着かない雰囲気の馬車の中、全員の意識がテラに集中した。

「古代の記録に、雨が数ヶ月降り続いた記載があります。多くの人が食べるものに困ったそうです」

「雨が続くと、作物が育たなくなるものね。もし、その記録のようになったら……」

 テラに続いて、カランも窓の外を見た。

 窓の外は、雨が降り続いている。公国の国境を超えたあたりでは良い天気だったのに、東に行くにつれ黒い雲が厚くなり、ここ数時間雨が止む気配はない。

「古代の記録ですから、大袈裟に書いてるのかもしれません。でも、気になるのは“神の怒り“と記していることです。天気が悪いのが、なぜ“神“につながるのでしょうか」

 待って、とセラフィナはテラを止めた。

「神は、そもそも何にお怒りになったの?」

「セラフィナさん、良い質問です」

 テラがくすくすと笑うので、セラフィナもつられて笑った。

「古代王朝の、末期の記録です。『我々は、神の恵みと大いなる力によって、大地の覇者となった。しかし、その奢りは神の怒りに触れた。神は我々から大地を取り上げ、神の奇跡を封印した』」

「大地の覇者って、何かしら」

「当時、古代人は増加の一途を辿り、人類は大陸全土に広がっていました。火や水、風や大地を自在に操り、豊かな大地に恵まれたのです」

「それが、覇者なの? 今と変わりないじゃない」

 セラフィナが言うと、エルマが穏やかに笑った。

「そうね。だから、何一つわからないの。けれども、その記録の時期と、人口が激減した時期は、確かに重なるわ。あなたは、どう思う?」

 突然聞かれて、セラフィナはパチリと瞬きをした。なんだか講義を受けているようね、と思いながら、考える。

「そうね……まず、人口が減ったこと、植物が育たなくなったことが事実だとして、その原因の一つは、人口が増えたことによる、キャパシティの限界。戦や病気の蔓延。もちろん、自然の猛威もあり得るわね。それから、記録の誤り、あるいは……」

 セラフィナは、少し言い淀み、そっと目をあげてエルマを見た。

「……翻訳の、誤り」

 エルマは、おっとりと微笑んでセラフィナを見返した。

「そうね。たくさんのことが考えられるわね」

 嫌な顔をされなかったことにホッとして、軽く息をついた。

「少しでも、古代の様子がわかるといいのだけれど」

 エルマが窓の外を見て、続いて他の四人も同じように外に視線を移した。

 そこには、どんよりとした黒い雲と、止む気配のない静かな雨があるだけだった。


 ぬかるみに足を取られて進む馬車の歩みは遅く、森の中の村にたどり着いたときには、すでに日が落ちていた。

 この小さな村にある宿は一軒。総勢十人の旅人で、この宿はいっぱいになってしまった。

 移動の疲れと昼間の野盗騒ぎにより疲れ切っていた彼らが、夕食もほどほどにさっさと部屋に引き上げたのは、店主にとっては良いことだっただろう。

 そんな、女性研究者三人が借りた部屋で、テラとカランはベッドに腰掛けて昼間の話に花を咲かせていた。

「ほら、顔で選んで正解だったでしょ?」

「旅路が楽しくて仕方がありませんね!」

 カランがニヤリと笑い、テラの頬が緩む。

「野盗と戦ってる時なんて、守られてるって思うともう……っ!」

 テラが、両手で頬を包んで身悶えた。

「アルベルトさん、戦ってる時も、あの無表情でチラッとこっちの馬車を見るんです。その時の目がステキ……」

 ポスっとベッドに倒れ込んだテラは、頬を染めて枕をぎゅっと抱きしめた。

 カランは、それをニヤニヤと見た。

「それを言うなら、エーリヒさんでしょ。普段はあんな穏やかな笑顔で、戦ってる時はまるで騎士様っていう、あのギャップ! 気絶するかと思ったわ」

「あれは、詐欺レベルですよねえ。それに引き換え、カイルさんの安心感……落ち着いた声、優しい笑顔、素晴らしい気遣い……まさしく大人の男って感じ……はあ」

 テラは、枕に顔を埋めて少しだけ顔を上げる。その仕草は、完全に恋する乙女で可愛らしい。

「また、明日も魔物か野盗か、出ないかなあ」

 切なそうに言うテラに、カランも同意する。

「それねー。不謹慎だけど、思っちゃうよねー」

 二人はくすくすと揃って笑い、不意にピタリとその声が止まる。

「でも……」

 カランが、低い声を出した。その目は、完全に座っている。

「どうして、セラフィナさんが絡むと、全員ダメ男に成り下がるの?」

 今度は、テラが「それねー」と呆れた声を出した。

「アルベルトさん、セラフィナさんを見過ぎ。あれ、通報レベルです」

「エーリヒさんは、セラフィナさんの横をリーゼさんと取り合ってるし」

「あ、でも、カイルさんは、まともですよね!」

 ガバッと身を起こしたテラが、キラキラとした目でカランを見た。

「ちょっとセラフィナさんに甘いけど、すごく常識人って感じです」

「つまり、セラフィナさんがいなければ、カイルさんは狙える?」

 カランが、先ほどとは打って変わって鋭い目をした。テラも同様に目を合わせる。

「セラフィナさんから引き離せば、いけるかもしれません」

 二人は、強い視線で「よし」と頷いた。

 その時、横からエルマが静かに口を挟んだ。

「二人とも、落ち着いて。あの三人は……ダメよ」

 え、と二人はエルマを見る。

 エルマは、深刻な表情で二人を見返した。

「ギルドからね、忠告があったの。とても魅力的で誠実なグループだけど、要注意って」

「要注意って、それ危ないってことですか?」

 テラが首を傾げて聞き返した。

「これは、とあるギルドからの報告書よ」

 そう言って、エルマは一枚の紙を取り出した。

「依頼者に若い女性がいる場合、必ず渡しているそうよ」

 二人は、その紙を受け取り、ぎっしりと書かれた文字を目で追う。

「………………重い」

「…………ここまでは、ちょっと……」

 徐々に顔色が悪くなる二人は、具合が悪そうにしながらそれを読み終えた。それを、苦笑いで見たエルマは、「ほら、明日も早いんだから」と促し、三人はすぐに消灯した。

イケメン三人にはしゃぐ二人。

ダメっぷりを見せられて引く二人。

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