病んでるよね
五人は、ギルドの営業所でダンジョン攻略の報告を済ませた。ダンジョンでの拾得物の鑑定は建国祭後になるということで、五人は当然建国祭を楽しむことにした。
港街の賑わいは、前日までとは比較にならないほどだった。
あちこちに掲げられた公国旗、その間を縫うようにはためく色とりどりの旗、通りを彩るたくさんの屋台と、行き交う多くの人々の笑顔。
五人は屋台を巡り、露天商を覗き、旅芸人の出し物に釘付けになった。
そして、セラフィナは今、一人で出店の前で古書を選んでいた。
どうしてこうなったのか。逸れたものは仕方がない。人の多い港街で皆を探すのを諦め、セラフィナは見たこともない本を真剣に選んでいた。
「じゃあ、これとこれと、あとこっちと……あ、それから、これも――」
「ここからそこまで、全部だ」
セラフィナが、右から一冊ずつ指を指していると、横から静かな声がした。びくりとして振り返ると、アルベルトが横に立っていた。
「買うのだろう?」
「私は、そんな雑な買い方はしていないわ」
アルベルトを少し睨むと、ふん、と鼻を鳴らしてセラフィナを見下ろした。
「右から順に指差しておいて、何が違うのだか」
そう言って、店主の中年の男性を見る。
「言った通りだ。端からそこまで全て貰おう」
店主は「は、はいっ」と焦って本を積み上げ、アルベルトから金貨を受け取った。
「他の皆は、どうした?」
セラフィナは、鞄に本を入れながら「気がついたらいなかったわ」と呑気に言った。どうせ、宿に戻れば合流できるのだ。誰も慌ててはいないだろう。
ため息をついて踵を返すアルベルトを、何しにきたのだろう、と見送って、セラフィナは次の目的地を探し始め——腕を掴まれた。
「どこへ行く?」
「どこって……建国祭を心から楽しんでいるのだけれど」
アルベルトが、眉間に皺を寄せる意味がわからない。
「自ら逸れるやつがあるか。来い」
「え? どこに……ええ?」
納得のいかないまま、セラフィナはアルベルトに連れられて人で溢れる大通りを外れた。
「ねえ、アル。どこに行くの?」
「…………」
「アル! ねえってば!」
「…………」
「私、あのお菓子が食べたのだけれど!」
「…………」
セラフィナがいくら言っても、アルベルトは答えない。一度、お菓子屋の前で止まってくれたが、それ以外はセラフィナの腕を掴んでスタスタと進んでしまう。
いつの間にか人ごみを抜け、建物の間を通って商店街から出た。古い石造りの倉庫街を通り抜けたところで、海が見えた。ここまで来ると人もまばらで、祭りの喧騒も届かない。祭りといえば、他の仲間たちはどうしているのだろう、とセラフィナはふと気になった。
「ねえ、そういえば、アルはカイルを見た?」
セラフィナが聞くと、アルベルトがピタリと歩みを止めた。
「子供に連れて行かれてしまったのよね。リーゼは、その辺でお店の人と値段交渉してるのでしょうけど……」
振り向いたアルベルトを、セラフィナは期待を込めて見た。
「もしかして、エーリヒは見た? さっき綺麗な女の人たちに囲まれていたけれど、大丈夫かしら」
反応があったと言う事は、何か知っているのだろうか、と見返したアルベルトの眉間には、深い皺が寄っていた。それを見て、セラフィナは少し心配になってしまった。
アルベルトは、機嫌が悪いとすぐに眉間に皺を寄せる。彼の癖のようなものなのだろう。こんなに皺を寄せていたら、将来取れなくなってしまうのではないだろうか。そうしたら、綺麗な顔なのにずっと怒っているように見えてしまう。もったいない。そう思って口を開こうとしたが、アルベルトの方が先だった。
「お前は……」
「…………?」
出鼻をくじかれて、セラフィナは頭をこてりと横に傾けた。そして、アルベルトの深くなった眉間の皺を見る。
「……お前は、エーリヒを選ぶのか?」
「………………は?」
「それとも、カイルか?」
意味のわからないアルベルトに、セラフィナまでもが眉間に皺を寄せる。
「そもそも、リーゼは侍女だろう? なぜお前に執着する?」
「……彼女は執着なんて、していないと思うのだけれど」
「お前は、鈍すぎる」
セラフィナは、困惑した。アルベルトの意図がわからない。しかし、機嫌が悪いのは確かだ。何かを誤解している気もする。
「ねえ、アル。選ぶって、何? 私が誰かを選んで、何に——っ!」
言葉の途中で、セラフィナは倉庫の壁に背中をぶつけるように追いやられた。掴まれた腕が、ズキリと痛む。何事かと顔を上げると、碧の瞳が昏く揺れた。
「なぜ、エーリヒに身体を預けた? なぜ、カイルに笑みを向ける? なぜ、リーゼをそばに置き続ける?」
止まらないアルベルトに、セラフィナは混乱を隠せない。エーリヒに身体を預けた覚えはないし、カイル以外にも笑顔で接している。リーゼに至っては、彼女が自分と一緒にいてくれているだけだ。アルベルトを含め、誰かを特別扱いした覚えは、セラフィナにはなかった。
「待って、待って。アル、どうしてそんなに怒っているの? みんな、仲間でしょう? 誰かが特別だとか、私、思っていないわ」
とにかく落ち着いて欲しい、とセラフィナはアルベルトに言うが、腕を掴む力はさらに強くなる。
「セラ、俺を選べ」
セラフィナの言葉が聞こえていないのか、アルベルトは低く続けた。
「俺には、お前だけなんだ」
アルベルトの声は、どこか余裕がないように聞こえる。その瞳は底がないほどの冷たさで、セラフィナは身体が凍ってしまったように思えた。
「お前が俺から離れると言うのなら」
鞘からスラリと抜かれた剣は、ゆっくりとセラフィナの喉元に当てられる。
「一緒に死——」
「ちょっと! 勝手に殺さないでよ!」
セラフィナは、アルベルトの言葉を遮った。動かない身体を勢いで動かし、喉元にチクリと刺激が走る。しかし、それに構っている余裕はない。こちらは、命がかかっているのだ。
「私は、強くなっている途中なの。邪魔したら、許さないんだから」
「……許さない?」
「そうよ。世界一の魔法使いになるのよ。それ以外のことなんて、構っていられないわ」
「他のこと……」
「だから、死んでなんていられないのよ」
「そう……か」
戸惑ったような視線を彷徨わせ、アルベルトは剣を下ろした。そして、セラフィナと視線を合わせる。その瞳には、先ほどまでの昏い影はなかった。
セラフィナは、ひとまず危険は回避したかしら、とそっと息を吐いたが、次のアルベルトの言葉に大きく首を傾けた。
「ならば、俺も強くならなければいけないな」
「………………なんて?」
「お前が生きているなら、俺の居場所はお前の隣だけだ」
「ええと……ごめんなさい。理解が追いつかないみたい。もう一度、いい?」
セラフィナは、できるだけアルベルトを刺激しないように言葉を選んで問いかけた。全く意味がわからない、説明して、と。
「俺はお前が他のやつらに触れるのも、話すのも、視界に入るのも許せない」
「………………」
「お前は、俺のだ。だが、お前は強くなりたいと言う。それなら、俺がお前を監視するだけだ」
「………………はあ」
セラフィナは思った。人はそれを、束縛と呼ぶ、と。話が非現実的過ぎて、言葉も出ない。これは、執着なんて可愛いものではない。上手に運んでも監禁、下手をすると命がないやつだ。
(これ……もとは恋愛系RPGよね? サイコホラー系じゃないわよね? ヒロインなら違うのかしら)
そういえば、ゲームのアルベルトは執着の末にセラフィナを殺すのだった。だとすると、このままいけば、結局ゲームの終着点と変わらないと言うことだろうか。せっかく盤上から降りたと思ったのに、あんまりではないか。いや、もうゲームとは違うのだ。今後の選択によっては、未来が違うはずだ。
セラフィナがそこまで考えてアルベルトを見上げると、綺麗な碧眼がふっと笑った。
何かしら、と思っていると、アルベルトの右手が首元に添えられる。そっと皮膚に触れた指が、セラフィナの視界に入る。
「……怪我したの?」
アルベルトの親指の先についた血を見て、セラフィナが言うと、彼は「いや」と首を振った。
「首元。お前のだ」
ああ、とセラフィナは思い出した。アルベルトに剣を突きつけられ動いた時に、少し切れてしまっていたようだ。今も痛みを感じないので、かすった程度なのだろう。それを拭ってくれたということか。
ありがとう、と言おうとして、セラフィナは驚きに目を見開いた。
アルベルトが、血のついた親指を口元に持って行ったかと思うと、そのままペロリと舐めたのだ。
「え、ちょっと! 汚いわよ!」
慌ててアルベルトの指を口元から離すが、もう遅い。指についたセラフィナの血は、綺麗になくなっていた。
「もう、何をしているのよ。血なら、ハンカチで――」
「汚くない」
苦言を呈するセラフィナを、アルベルトが遮った。そして、セラフィナの左手を掬い上げると、その手も自身の口元に持っていく。
セラフィナの手のひらに、アルベルトの唇が触れる。
一瞬伏せられた碧眼は、すぐにセラフィナをまっすぐに見据えた。
「……美味いな」
「何がよ」
「お前が」
「…………は?」
会話が成り立っている気がしない。セラフィナは、頭を抱えてため息をついた。感情の起伏が激しすぎてついていけない。病んでると思ったらデレずにサイコパスになった。この王子は、あとどれだけ闇を見せるのだろうか。
「セラ」
「何よ」
「俺は、お前がいないとだめなんだ」
セラフィナは、半ば諦めて遠くの空を眺めた。どうしてこうなったのか。そもそも、盤上から逃げたのが悪かったのか。今思えば、執着している相手が何も言わずに姿を消すのは、追ってくださいと言っているようなものだ。
「お前は、俺の唯一だ」
「……そんな、物語みたいなことを、言わないでよ」
セラフィナは、げんなりと返事をした。
「逃げるなよ」
「逃げないわよ」
「言ったな?」
「……逃げたら血を見そうだもの」
「そんなことにはならない」
「……そうなの?」
「鎖で繋ぐだけだ」
「………………」
その瞳の奥に狂気を感じて、セラフィナはぶるりと身を震わせた。
(……忘れましょう)
セラフィナは、目を瞑って大きく息を吸い、一気に吐いた。
少しだけ、自業自得な気もするが、考えても理解できないことは、なかったことにしておくのが一番だ、という結論に至り、ようやく気持ちが落ち着いた。
セラフィナは、目を開けて目の前にいるアルベルトににこりと笑う。
「私、もう少しお店を見て回りたいわ」
そう言うと、アルベルトは一瞬戸惑った様子を見せた後に、わずかに笑う。その瞳に恍惚の色が浮かんだ。セラフィナは、それを見なかったことにして空を見上げた。
「そうだな。行くぞ」
アルベルトに手を取られて歩きながら、セラフィナはすでに夕方であることに、ようやく気がついた。
エーリヒ(の顔)を心配したセラフィナにヤキモチをやく方向を間違えてしまったアルベルト




