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変わった子

 ボス部屋の真ん中、ちょうど黒い真円があった場所には、宝箱が現れていた。中身は、どれもみたこともない珍しいものばかりだったが、古代の魔法書は入っていなかった。

「どうして、今回はあんなところにあったのかしら」

 ダンジョンを出口に向かって歩きながら、セラフィナは首を捻った。

 古代の魔法書は、確かにこのダンジョンにあった。ゲームでは、ボスを倒したら勝手に覚えた魔法だが、現実ではドロップアイテムには入っていなかった。戦っていた時には気が付かなかったが、ボス部屋の奥にひっそりと小部屋のドアがあり、その中は、まさしく古代の神殿と言っていい場所だった。正面に神と思わせる石像があり、左右の壁にもそれぞれ二体、合計五体の石像が鎮座していた。

「石像の膝の上って、誰かが置いたとしか思えませんね」

 リーゼも、セラフィナに同意した。

 目的の魔法書は、中央の石像の上に置いてあったのだ。まるで、誰かが見つけるのを待っているかのように。

「石板も一緒にあったし、誰かが置いて行ったみたいだったよね」

 エーリヒは、目の前に飛び出して来たダンゴムシを一掃してから呑気に言った。

 帰り道に出る魔物はまばらだ。ボス戦で疲れてはいるが、さほど問題なく進めていた。

「だが、セラはどうして魔法書があるはずだって思ったんだ?」

 カイルの言葉に、セラフィナはぎくりと肩を揺らした。

「あ……ほら、今までだって、ダンジョンのボスを倒したら出てきたじゃない。今回もそうだって、思い込んでいたのよ」

 ゲームで新しい魔法を習得する場所だから、なんて言っても、首を傾げられるばかりだろう。セラフィナの答えは、言われれば誰もが「ああ、そういうこと」と頷くもので、誰からも反論は出なかった。

 話をしている間にも出口に近づき、セラフィナは新しい魔法書が入った鞄に嬉しそうに手を当てながら、軽い足取りで出口へ向かった。

 

 外へ出ると、すでに夕方になっていた。この時間になると、朝方賑わっていたダンジョンの周囲もほとんど人がいない。暗くなると見通しが効かず、魔物に遭遇すると厄介だ。人もまばらな道を、宿場町に急いで歩いていたところ、不意に後ろから声をかけられた。

「あ、ちょっと、すみませーん」

 呑気な声に五人が振り向くと、そこには茶髪の少年が立っていた。歳はセラフィナやアルベルトと同じくらいだろうか。

 誰かの知り合いかと五人は顔を見合わせるが、どうやら誰も知らないらしい。全員が首を傾げた。

「急にごめんなさい。お兄さんたち、ずいぶん長くダンジョンに入ってたって、他の冒険者のお兄さんに聞いてね」

 魔法使い風の少年は、そう言いながらにこにこと歩み寄ってきた。

「まあ、そうかもな。それで、何か用か?」

 カイルが一歩前に出て聞き返すと、少年は「そうなんだ!」とご機嫌で言った。

「お兄さんたち、ダンジョンの中で、本を見なかった?」

 本、と聞いて、五人は顔を見合わせ首を傾げた。

「本って、どんな本だ?」

 カイルに聞き返された少年は、顎に指を当てて「うーん」と考える仕草をした。

「古くて、黒くて、このくらいの……」

 少年は、抱えるように両手を前に出す。

「それで、字が読めないやつ」

 そう言って、もう一度「見なかった?」と尋ねる。

「読めない字の本ってこと? 見てないと思うのだけれど……ダンジョンの、どこにあるの?」

 セラフィナが、こてりと首を傾けて聞くと、わかんない、としょんぼりとした返事が返ってきた。

「ずーっと探してるんだけど、どこにあるのかわかんないんだよね」

「そう……みんなは見た?」

 セラフィナは、眉を下げて少年を見た後、仲間を振り返る。

「見てないな」

 カイルが言って、エーリヒを見た。

「そんなのがあったら、一番に飛びつきそうな子がいるけどね」

「そうですね」

 エーリヒがセラフィナを見て笑い、リーゼが同意する。カイルも横でうなづいているのを見て、セラフィナは「誰のことよ」と仲間を睨む。すると、アルベルトまでもが「確かに」と言い出した。

「ちょっと。今、自分のことを棚に上げたでしょう」

「何のことだかな」

「あなたが、図書館で一夜を過ごして怒られたことを、私は知っているのよ」

「それが何だ。お前は図書館に住めないと知って癇癪を起こしたそうじゃないか」

「……どうして知っているのよ」

 睨みつけるセラフィナには答えず、アルベルトはそっぽを向いてしまった。どうやら、昔のことを言われて拗ねたようだ。セラフィナが半目を向けていると、カイルが呆れた声をだした。

「まあ、どっちもどっちってことだな。で、みんな見てないってことでいいんだな?」

 セラフィナが不満そうな顔をし、アルベルトはジロリとカイルを睨んだが、とりあえず全員が頷いた。

 少年は、五人をぐるりと見た。セラフィナと目が合うと、それまで好意的だった茶色の瞳がすっと細められる。何かを見透かされるような視線に、セラフィナは背筋が寒くなった。

 少年は、古くて黒くて、読めない文字の本を探していると言う。ダンジョンにあった魔法書は、外見は見ているが読めない本ではない。セラフィナもアルベルトも、古代語が読めるのだから。何も嘘は言っていないはずだ。やましい事は何もない。だから、セラフィナは少年に笑顔を見せた。

「——お役に立てそうにないわ。ごめんなさい」

 はっきりと言う。首を傾けて、こまったわね、のポーズ付きである。

 少年は、今度はきょとんとセラフィナを見返す。かと思うと、あはは、と明るく笑い出した。

「いいよー。怒られるのは、僕じゃないし」

 片手をパタパタと降り、何も気にしていない様子だ。

「もし、ダンジョンで見慣れない本を見つけたら、僕にも見せてね!」

 明るい茶色の目をキラキラと輝かせたかと思うと、じゃあね、と手を振って踵を返す。そのまま、スタスタと向こうへ行ってしまった。

 それを見送った五人は、しばらく少年が去っていった方を眺めていた。

「……変わった子だったな」

 ぽつりと呟いたカイルに、誰も異論を唱えなかった。

 それ以上を話す時間はなかった。夕日が沈み始めている。五人は半ば走るようにして宿場町へ向かった。


 宿場町に一泊して戻った夕方の港街は、出発したときを超える熱気で溢れていた。

 翌日、まずはギルドの営業所に行こうという意見を押し切ったのはセラフィナで、五人は診療所に来ていた。

「ふむ、これなら、跡もほとんど残らないでしょう」

「ありがとうございます。だって、セラ。これでいいかな?」

 額の傷を診せたエーリヒが、男性医師の説明を受けてセラフィナを振り返った。「かすり傷だ」と言い診療所に行くのを断ったエーリヒに怒ったセラフィが、ここまで彼を引っ張って来たからだ。そのセラフィナには、もちろんリーゼとアルベルトがついて来るし、そうなるとトラブルが起こるのではないかと心配するカイルもついて来る。結局、大病人のように診察される姿を囲まれて、居心地の悪いエーリヒだった。

 セラフィナは、腕を組んでエーリヒを見下ろし、「だめよ」と言い放った。

「お医者様は跡が『ほとんど』残らないと言ったけれども、私は跡が残らないようにして欲しいのよ」

 そう言うセラフィナを、白髪の男性医師が朗らかに笑う。

「ホッホッホッ。大丈夫ですよ、お嬢さん。見たところ、傷に塗っている軟膏は、魔法薬ではありませんか?」

 聞かれて、セラフィナは首を傾げてリーゼを見た。軟膏は、リーゼが用意したものだ。昨日も、多分同じ薬をリーゼが塗り直していた。

「リーゼ。あの軟膏は、何なの?」

「促癒軟膏です。昔から傷の絶えなかったセラフィナさんに、よく使っていたではありませんか」

「え? あのすごく染みるやつ?」

「よく泣いておりましたね」

 セラフィナが嫌な顔をすると、また男性医師が笑った。

「何とまあ、高価な薬を。それなら、数日塗り続ければ傷も消えるでしょう。赤みもないですし、上手に手当されていますよ」

 そう言いながらも、男性医師の手は無駄なく動く。いつの間にか、エーリヒの額の傷は、新しい当て布で固定されていた。

「あの軟膏は、そんなによく効くの?」

 セラフィナが聞くと、男性医師は大きく頷いた。

「傷を治すのなら治癒魔法使いですな。けれども、数が少ない上に、彼らができるのは自然な治癒を早めることです。つまり、自然に治って跡が残る傷は、治癒魔法でも跡が残る。けれども、魔法薬から作った促癒軟膏は、傷が閉じることを助けてくれる。よっぽど広範囲に皮膚が持っていかれでもしない限り、跡が残ることもないでしょう」

 説明を聞いて、セラフィナはほっと息を吐いた。

「ただし、傷は綺麗に保ってください。また傷をつけたり、汚くしては、治るものも治りませんよ」

「どのくらいで治るのかしら」

「軟膏を使っていれば、数日でしょう」

「わかったわ。ありがとう」

 跡が残らないと聞いて納得したセラフィナが医師に礼を言い、五人は診療所を後にしてギルドに向かった。

「じゃあ、エーリヒは、包帯が取れるまで依頼禁止ね」

 診療所を出た途端にセラフィナに言われて、エーリヒは困った顔をした。

「そこまでしなくてもいいと思うけど」

 だめよ、とセラフィナは腕を組む。

「傷跡が残ったら、どうするのよ」

「残っても気にならない場所だよ。それに、よく怪我だってしてたし」

 エーリヒは、近衛騎士だった。訓練中だって怪我をする。今回の額の傷も、エーリヒにとってはその程度のものだった。

 しかし、セラフィナにとっては一大事なのだ。

「だめよ。顔に傷跡が残るなんて、許されないわ」

「うーん……女性じゃないんだから」

「絶対に、跡形もなく治さないと」

「俺、冒険者だからね?」

「だって、エーリヒの顔なのよ? 傷跡が残るなんて、許されないわ」

「……うん?」

 これには、エーリヒだけではなく仲間たちも、朗らかな医師も首を傾げた。

「エーリヒの顔は、とっても綺麗なんだもの。こんなに綺麗なのに、少しでも傷が残るなんて、許されないわ。あ、時間を戻す魔法があれば、傷がつく前に戻るかしら。時間を戻すって言うことは、過去の状態に戻すって言うことよね。傷のある場所だけを戻すとしたら——」

「セラフィナさん。話がおかしな方向に進んでいますが?」

 リーゼが冷静に突っ込むが、セラフィナはお構いなしである。

「おかしくないわ。大事なことよ。まず、傷というのは皮膚とその下の組織が切れるということよね? くっついている細胞が切れてしまうのなら、それを元に戻せばいいのよ」

 セラフィナは、顎に指を当てて考え出し、カイルが頭を抱えた。

「なんか……セラがおかしなことを言ってるが。アル、わかるか?」

「いや。サイボーは知らないが、治癒に時間の概念を使うのは、面白いな」

 アルベルトがセラフィナの思考に巻き込まれたことを知り、カイルは諦めの表情になる。

 セラフィナが、時間と治癒方法について考えていると、横からヒョイっとエーリヒの顔がのぞいた。急なことに驚き、セラフィナの行動も思考もピタリと止まる。にこにこと輝かんばかりの笑顔に、セラフィナの心臓は久しぶりに飛び出す直前までになり、すんでのところでゴクンと飲み込んだ。

「――な、に? 急に、どうしたの?」

「いや」

 エーリヒは、にこにこと笑ったままセラフィナを見ている。

「セラは、俺の顔が好きなんだなあって」

「…………え」

 セラフィナは、エーリヒの言葉がうまく飲み込めなかった。今、好きって言わなかっただろうか、と首を傾げる。

「俺の顔に、傷跡が残るのが嫌なんだよね?」

「……そうね」

「つまり、俺の顔が好きなんだよね?」

「……どちらかと問われれば、好きと答えるわ」

 微妙な答えだなあ、と笑いながらも、エーリヒの視線は甘い。

 エーリヒは顔を上げて、口元を片手で覆う。けれど、隠しきれないほど頬が緩んでいる。

 そこに、鋭い声が割って入った。

「おい」

 アルベルトに腕を引かれ、セラフィナは横に半歩足をずらした。

「行くぞ」

 短く言って、アルベルトがセラフィナの手を引いて進む。セラフィナは、「え!?」と声をあげたが、手を引かれているため、ついて行くしかない。

「待ってよ、アル! そんなに引かれると、歩きにくいわ」

「うるさい。黙って歩け」

「理不尽ね!」

 セラフィナが抗議しても、不機嫌なアルベルトは止まらない。歩きにくいながらも何とかついていくが、足が絡んで転びそうになってしまった。

「――あっ!」

 バランスを崩して視界がガクン、と揺れたが、支えてくれた手のおかげで転倒は免れた。セラフィナの肩を支えた手はアルベルトのものではなく、リーゼのものだった。

「アルベルトさん。お気持ちはわからなくもありませんが、危険ですのでお返しください」

 リーゼは静かにいうと、アルベルトからセラフィナの手を剥ぎ取り、「さ、行きますよ」とセラフィナを促した。アルベルトは、不満そうな視線をリーゼに投げながらも、言い返すことはしなかった。

 そんな三人の後ろには、「残念。邪魔されちゃった」と笑うエーリヒと、「お前なあ……」と複雑そうな顔をするカイルが取り残されていた。

エーリヒの綺麗な顔に、傷を残したくないセラフィナ。

顔が好きと言われたようで、嬉しくなるエーリヒ。

自分以外に興味を持つセラフィナにイラつくアルベルト。

セラフィナを雑に扱ってムッとするリーゼ。

なんかモヤっとするけど、いまいちよくわからないカイル。

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