進めないダンジョン
ダンジョンの入り口は、岩壁を掘って作られていた。この教会だか神殿だか自体が、そのように作られたのだろう。入り口を入ってすぐは、何もない四角く広い空間だった。その奥にある通路に入ると、そこは確かにダンジョンだった。
どこまでも続く広い通路は、飾り気のない石でできており、何度もある分岐は、きっちり九十度で折れている。等間隔に並ぶ光る球は、どのように光源が維持されているのか未だに解明されていない。
そんな通路を歩きながら、セラフィナは出現したドラクラを上機嫌で灰にした。ドラクラは、大きな傘を持つキノコに短い手足が生えたような魔物で、物理攻撃力は高くないが、毒の胞子が致死的だ。その種類によって様々な毒性を持つが、目の前の赤い傘のドラクラの胞子は、強い錯乱作用を持つ。仲間同士で討死には有名な話で、厄介な相手ではあったが、魔法には弱い。セラフィナの横では、アルベルトが同じようにドラクラを炎で包んでいる。
「ここも、行き止まりですね」
炎の先を見て、リーゼが言った。このダンジョンは、踏破されていない。迷路のようになった道を、行きつ戻りつして進むほかないのだ。
「じゃあ、次は左の道だね」
エーリヒは、踵を返しながら行き止まりの壁を見上げるセラフィナを振り返った。
「セラは、このドラクラの弱点属性を知っていたの?」
セラフィナは、「え?」とエーリヒを見返した。
「そういえば、見た瞬間に炎を出してたよな。青い傘のやつも、すぐ石杭で攻撃してたし」
カイルも、感心したように言った。
セラフィナは、何と答えていいのか、迷った。もちろん、弱点属性を知っていたのだ。赤い傘は火、青い傘は土、緑の傘は水、黄色の傘は風が、弱点だ。このダンジョンは、新しい魔法が増えるということもあって、ゲームではしっかりと攻略したし、出てきた魔物の特徴だって覚えている。マップを覚えていないのが残念なところだが。だが、そのまま素直に言っても、疑問が残るだけである。
それで、セラフィナは「すごいでしょう?」と得意げに言って、さっさと先に進んだ。後ろから、リーゼの視線が刺さるように感じるが、気にしないことにした。
それにしても、と言ったのは、エーリヒだった。
「神殿かもって思ったけど、中は何もないね」
それに、セラフィナも頷いた。
「飾りや柱くらいあると思ったけれど、ただの石の道ね」
入り口には神と思われる像が威厳を放っていたが、中は石の道が淡々と続いているだけだった。そういえば、ゲームでもそうだったな、とセラフィナは思い、けれども入り口があんな風だとは知らなかったので、この石の道の先には何があるのだろうと気分が上向くのだった。
五人は、そのまま右に左にと進み、小休止を挟みながら更に進んだ。途中、二、三の冒険者グループとすれ違ったが、皆げんなりとした顔をしていた。
「――あんたたち、初めて来たのか?」
それは、そんな冒険者グループの一つとすれ違った時の会話である。
剣士二人と魔法使いの、若い男性三人のそのグループも、疲れた顔をしてセラフィナたちを見た。
「あまり、無理しない方がいいぞ。ここは、なんか変なんだ」
「変って、どういうこと?」
剣士の言葉に、エーリヒが眉を顰めた。
「俺たち、潜るのは三回目なんだけどな。進んでも進んでも、ずーっと同じ道が迷路みたいに続くくせに、そろそろ戻ろうか、となったらすんなり外に出れるんだ」
剣士が、はあ、とため息をついて言うと、魔法使いも肩をすくめた。
「しかも、魔物も変わり映えしない。普通、奥に行くと少し強くなったりするだろ? それが、ずっと同じ。きのことダンゴムシばっかりだよ」
そうなのか、とカイルが言うと、もう一人の剣士が腕を高く上げて伸びをした。
「はー、今日も進展ないしな。そういや、たまーに浮いてる黒い球って、何だろうな」
黒い球、とカイルが反復する。剣士二人が顔を見合わせた。
「きのことかダンゴムシとかに混じって、黒い球が浮いてるんだ。今日は一回見たよな」
魔法使いが頷いた。
「何にもしてこないから後回しにしてたら、いつの間にかどっか行っちゃってさ。この前も見たけど、あれ、何だったんだろうな」
皆一様に首を傾げる中、セラフィナだけは顎に指を当てて真剣な表情をした。
(……黒い球? 何だっけ?)
セラフィナは、黒い球の情報が引っかかる。このダンジョンは、ボス部屋に行くのにギミックがあるはずだ。詳細を忘れてしまったので、行き止まりになるたびに探していた。そういえば、ボスの周りに浮いていたディストープは、空間を丸くくり抜いた闇のような魔物だった。「黒い球」と呼べないこともない。それがダンジョン内にいる――あれだ。
セラフィナをチラリと見たエーリヒは、三人のグループににこりと笑んだ。
「教えてくれて、ありがとう。俺たちは初めて来たから、どんな情報でも助かるよ」
「いや。お互い、攻略頑張ろうな!」
そう言って、三人は別の方へ歩いて行った。別れ際に、三人はリーゼとセラフィナをチラッと見たが、リーゼは無表情、セラフィナは何かを考えていて無反応で、ため息をついて去って行った。
「——それで? 何か気になる事があったの?」
三人の姿が見えなくなった頃、エーリヒがセラフィナの顔をひょいと覗き込んだ。
「え? あ……え?」
急に視界に現れた美しい顔に、完全に油断していたセラフィナは、焦って言葉が続かない。頬が熱くなっている気もする。それを楽しそうに見ているエーリヒに、何だか悔しくもなった。
ムッとした顔で見返すと、くすくすと笑われ更に腹が立った。何がおかしいの、と言おうとして口を開くと、後ろから腕を引かれた。
「――エーリヒ。あまりこいつを揶揄うな」
セラフィナの腕を引いたのはアルベルトで、自身の後ろに彼女を立たせると、エーリヒを睨んだ。
「揶揄ってなんて、いないよ。セラって、急に顔を出すと慌てるから」
いい笑顔で言うエーリヒを、アルベルトが更に睨む。その後ろでは、セラフィナが令嬢らしくなく口をあんぐりと開けていた。
(え!? 今まで、わざとやっていたの? 嫌がらせ!?)
なんて事、とセラフィナはイラついたが、エーリヒは涼しい顔で言葉を続ける。
「——可愛いなあと思って」
「…………え」
セラフィナの思考が停止した。
「……お前な」
「エーリヒさん、自重してください」
「ほら、こんなところで喧嘩するなよ。セラ、あまり気にするな」
呆れた声を出したカイルに肩を叩かれて、セラフィナは、はっと我に返った。
「エーリヒ。あまり軽口を叩いていると、燃やすわよ」
腕を組んでキッと睨みつけるが、「本当なんだけどなあ」と困った顔をされてしまった。日に日に甘さが増していくこの男を、誰か止めてくれないだろうかとため息を吐くと、横からカイルが話しかけてきた。
「それは置いておいて。セラ、さっき何か考え込んでたよな」
「え? あ、そうだわ。黒い球が気になって」
正確には、気になって、ではなく、思い出した、のだ。セラフィナは、言葉に気をつけながら先を続けた。
「進んでも変わり映えしない、帰ろうと思ったらすんなり帰れる。これって、どう考えてもおかしいわよね」
「ちょっとしたホラーですね」
リーゼが、珍しくブルリと身体を震わせた。
「攻略は諦めて、帰りましょう」
そう言って、リーゼがセラフィナの手を取って歩き始め、カイルが慌てた。
「待て待て待て。せめて、セラの話を聞いてからにしよう」
「そうよ、リーゼ。私、このダンジョンを攻略したいわ」
「ですが、先に進めないのですよね?」
リーゼは足を止めたが、セラフィナを見る目は疑わしげだ。それを見て、エーリヒがにっこりと笑顔になった。
「じゃあ、リーゼは戻るんだね。俺は、セラと一緒に奥に進むよ」
そう言って、セラフィナの空いている手を握り、優しく微笑む。
「一緒に行こうね?」
「…………みんなで行きましょう」
セラフィナは、剣呑な目でエーリヒを睨むリーゼを見て、ため息をついた。
「私が言いたかったのは、このダンジョン自体がギミックになっているのではないかしらってこと」
「どう言うことだ?」
アルベルトが問い返し、セラフィナは彼に向き直る。もちろん、エーリヒの手は解いた。どう説明するか、少しだけ考えてから口を開いた。
「進んでも景色が変わらないし、帰ろうとすると外に出られるのよね。だったら、このダンジョンそのものがおかしいのよ。黒い球だけ、他の魔物と違う動きをしているのでしょう? あれが仕掛けとしか、考えられないわ」
「まあ、そうなるよな。とりあえず、やってみよう」
カイルの賛成で、五人は探索を再開した。
リーゼは不満そうに眉を寄せながらも、結局セラフィナの隣に戻ってきた。その様子が何だかおかしくて、セラフィナはくすりと笑った。
「——いたな」
「いましたね」
カイルが呟くと、リーゼがキラリと目を光らせた。
両手を広げたほどの大きなダンゴムシに紛れて、黒い球が、ふわふわと浮いている。リーゼは、一瞬で間を詰めたかと思うと、思いっきり振りかぶってその球をぶっ叩いた。水晶の洞窟の、水晶柱で。
黒い球は、べちっと音を立てたかのように——実際には無音だったが——吹っ飛び、ダンジョンの石の壁に叩きつけられ、まるで鞠が跳ねるように壁から天井、天井から床へと跳ね返った。
「……ねえ、どうしてそれを使ったの?」
セラフィナは、首を上下左右に忙しく動かして球を追いながら、リーゼに問いかけた。
「反射的に、これが良いかと」
リーゼはさらっと言ったが、ややきまり悪げな表情をしている。そういえば、最北の森のダンジョンで悪夢の霧を吸い取ったのはこの水晶柱だった。確かに、今回の黒い球は輪郭がぼやっとしていて、悪夢の霧に見た目は似ているが、たぶん別物だ。結果、延々と飛び跳ねる黒い球が出来上がったのだし。
「……なんだか、思ってたのと違うなあ」
エーリヒも、微妙な顔をして黒い球を追っている。ばいん、ばいんと飛び跳ねる黒い球——実際には無音——は、一向に落ち着かない。それどころか、ダンゴムシに当たっては方向を変えていて、当のダンゴムシは迷惑そうにギギギと唸って謎の液体で黒い球を狙っている。人間は、蚊帳の外だ。
「なあ、これ、何とかならないのか?」
「…………不毛だ」
カイルとアルベルトが、呆れた様子でため息をつく。
セラフィナの予定では、カイルの魔力矢かエーリヒの魔力で攻撃してもらおうと思っていたので、悩んでしまう。
「ねえ、カイル。矢で射ることはできる?」
「できなくもないが……跳ね返りすぎて、外す方が確率が高いだろうな」
「エーリヒは? 前にやった、魔力で斬るの、できる?」
「うーん……カイルと同意見かなあ」
「そうよねえ」
不規則に跳ね返る黒い球が、消えてしまわないだけマシか。セラフィナは、はあ、とため息をついて、強硬手段に出ることにした。
この黒い球は、魔力のこもったものなら何でも効く。古代魔法は、火や水全てが自分の魔力で作り出す。だから、現代魔法とは違って、この闇の塊にも効果があるはずだ。ただし、矢で射たり、魔力で切断したりするより、火力が必要だと思う。
そう考えたセラフィナは、よし、と気合を入れてスタッフを取り出した。




