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頼まれごと

カイル視点のお話です

 フィオレイドに戻って数日。

 カイルは、一人で街を歩いていた。脇道に逸れては物陰を覗き込み、積もった雪に痕跡がないかを見て回る。かれこれ三十分程歩いただろうか。大した収穫もなく、歩きながら頭を悩ませていた。

「……やっぱり、相手を知らないとだめだな」

「相手って、誰のこと?」

 誰も聞いていないはずの呟きに、楽しそうな声が返ってきて、カイルは驚いて肩を跳ね上げた。勢いよく振り返ると、セラフィナがにこにことして立っていた。

「誰か、知らないといけない人がいるの?」

「あ……いや……」

 カイルが思わず口籠もると、セラフィナは首を傾げてカイルを見上げる。

「あー……ギルドに行ったら、頼まれごとをされてさ。それを探してたんだ」

「探し物? ギルドで、依頼ではなくて頼まれごとなの?」

 カイルは何となく言い辛さを感じて口を閉じ、セラフィナがそれに更に首を傾げる。

「言えないのなら、別にいいのだけれど」

 そう言うと、くるりと後ろを向き、歩き出そうとした。カイルは、咄嗟にセラフィナの腕を掴む。

「や、違うんだ! 言えないんじゃなくて」

 今度はセラフィナが驚いて、カイルを振り向いた。そのカイルは、慌てたように説明をする。

「その、ギルドに行ったら、レーミナさんが困っててさ」

「レーミナさんて、ギルドの鑑定士の? 赤い髪の美少女の」

 セラフィナがそう言うと、カイルは何故か視線を揺らした。

「あ、いや、困ってたから受けただけで、別に他意は……」

「――?」

「……いや、何でもない」

 カイルは何故慌てているのか、自分でもよくわからなかった。首を傾げるセラフィナを見て、一度落ち着こうと息を吐く。セラフィナの腕を掴んでいたことに気がつき、慌てて離した。

「——その、レーミナさん。ペットの雪狐が逃げたんだと。でも、仕事で探しにもいけないしってさ」

「ああ、それで頼まれごとね! なんだ、全然言い難いことでは、ないじゃないの」

 変なカイルね、と笑われて、カイル自身も「そうだよな」と苦笑いした。

「それで、セラは見てないよな、雪狐」

「残念ながらね。——あ、私も探すわ。一人より、二人の方がいいでしょう?」

「それはそうだけど、いいのか? 依頼でも何でもないぞ?」

 カイルは、少し眉を下げて言った。雪狐を見つけたとして、何の見返りもない。いつも依頼を受けているセラフィナは、それでいいのだろうか。そう思って見ていると、セラフィナは急に魔法拡張鞄を漁り出した。

「実はね、さっきこれを買ったのよ」

 セラフィナは、にこにこしながら自慢げに一冊の本を取り出した。

『ポンコツ動物大全集』

「………………は?」

 カイルは、本の題名を二度見した。この街には歴史書も魔法書も珍しい専門書も並んでいる。動物の専門書ならいくらでもあっただろうに、なぜそこにたどり着いたのか。考えてみたが、答えが出る気がしなかった。首を傾げるカイルに構わず、セラフィナは続けた。

「この中に、雪狐が載っていたわ」

 ペラペラとページを巡る手は、軽い。

「ほら、雪狐は好奇心旺盛なのに方向音痴なのですって。可愛いのに、残念ね」

 カイルは、セラフィナをじっと見つめた。

「……なに?」

「…………いや、別に」

 そっと目を逸らすと、カイルはすぐにセラフィナに視線を戻し、にこりと笑った。

「それで、他には?」

「ええと、臆病者で物陰に隠れるために小さくなったけど、逆に中型の肉食動物のいい餌食になった」

「確かに、少し大きなリスくらいの大きさだな」

「白すぎて、雪がないと目立っちゃう」

「本当に、いい餌食だな」

「真っ白だから、寒さに強いと思いきや、暖かいのが好き」

「……そうだったのか」

「雑食でお魚が大好きなのに、軽いから川で流されちゃう」

「………………」

「………………」

 二人は、顔を見合わせて残念そうな顔をした。

「…………探すか」

「…………そうね」

 そして、カイルは自然に左手を差し出した。

「どうせ、転ぶだろ?」

 コートの裾に雪が付いている。カイルに会う前に、転んだのだろう。くすくすと笑うカイルを睨むセラフィナだが、反論もできずに頬を膨らませ、渋々とカイルに手を重ねる。

 ムッとするセラフィナの手を引いて、カイルはゆっくりと歩き出した。

「レーミナさんは、この辺りに住んでるって言ってたから、この辺を探してたんだけど」

「臆病な性格なら、大きな通りには出ていないのではないかしら」

 二人は小道に入り、雪狐が隠れられそうな物陰を見て回った。パン屋の脇道を抜けて裏通りに入ると、パン屋の建物の壁だけ雪がついていなかった。不思議に思ったセラフィナが、手袋を脱いで壁に触れると、ほんのわずかに暖かい。

「カイル、この壁、暖かいわ」

「壁の向こうに焼き釜でもあるのかな」

「ずっと寄りかかっていたいわね」

 セラフィナはそう言って、何気なくそこに置いてあった木箱を見た。

「…………あ、いたわ」

「え?」

 カイルもそちらに目をやると、木箱の中からひょっこりと白い動物が顔を覗かせている。クリクリとした真っ黒い目が可愛らしく、真っ白い毛は、雪の中に溶けて見えなくなるほどだった。

「ねえ、どうやって捕まえるの?」

「俺も、今、それを考えてたんだよな」

「カイルって、案外抜けているわよね」

「セラにだけは、言われたくない言葉だな」

「だけって……あ、逃げちゃったわ」

 不毛な会話をしているうちに、雪狐はぴょんと木箱を飛び出して、走って行ってしまった。二人は慌ててそれを追いかけるが、カイルの後を追うセラフィナが転んでしまい、すぐに雪狐を見失った。

「……ごめんなさい」

「俺も、急に走ってごめんな。走ったら転ぶよな」

 二人で謝りあって、また捜索を開始した。

「あっちの方向に、雪狐が好きそうなものはあるかしら」

「建物の中はあったかいけどな。――あ、魚屋が近くにあるぞ」

「お魚が大好きだから、寄り道しているかもしれないわね」

 そういうことで、二人は今度は小さな魚屋へ向かった。

 その店が見えた時、店のドアを開けた客の足元を、するりと白い影がすり抜ける。二人で顔を見合わせて魚屋へ駆け寄ると、大きな声と何かが割れる音が聞こえた。店の中からは、「待て!」とか「そっちに!」とか言う声が飛び交っている。

「これ、開けたらまずいやつかな」

 カイルが気まずそうに言うと、セラフィナも頷いた。

「開けたら、きっと怒られてしまうわね。中で酷い目に合っていないといいのだけれど……」

 二人で騒ぎが収まるのを待っていると、少しだけ開いていた店の窓から、白い毛玉がするりと出てきた。口には、しっかりと魚を咥えている。

「——あっ! カイル!」

「行くぞ!」

 二人は走り出したが、裏路地に入ったところで、またしても雪狐を見失ってしまった。

「これじゃあ、キリがないな」

 カイルがため息をついた。

「先回りをするか、見つけたら寄ってくるようにエサでも持ってるか?」

「でも、さっきお魚を咥えて走っていむたわよね。もうお腹も空いていないかも……」

 セラフィナも、困った顔で言った。

「動物を捕まえる魔法とか、ないのか?」

「魔法って、何でもできるわけじゃないのよ」

 確かに、セラフィナは見たこともない魔法を使っているように見えるが、説明を聞くと四大元素をうまく組み合わせているだけだということがわかる。最近は古代魔法も使っているが、属性が増えただけで、これまでと大きな変わりはないように思える。

「そうだよな。――さて、どこに行ったかな」

 きょろきょろと辺りを見渡したが、何の痕跡もない。どうやら本当に見失ってしまったようだ。二人でうーんと唸っていると、急にセラフィナが顔を上げた。

「――ね、カイル。あっちに行ってみましょう」

 突然どうしたのかと、カイルはセラフィナを見るが、彼女はじっと通りの向こうを見ている。何か思いつくことでもあったのかもしれないと思い、カイルは頷いた。

「ここにいてもしょうがないもんな。よし、行こう」

 カイルは、セラフィナの手を取って、彼女の示す方向に歩いた。辿り着いたのは、妖精院の裏通りだった。

 フィヨルラインでは、妖精の力を借りて魔法を使う。アストレア王国では、魔法使いは魔法協会に所属しているが、フィヨルラインでは妖精院がそれに当たる。フィヨルライン郊外の広い敷地に建つ妖精院の建物は、高い壁でぐるりと囲われている。その裏通りで、セラフィナは足を止めた。

「――この辺にいそうな気がするのだけれど……」

「何でだ? 暖かくもないし、エサもないぞ」

「え……何となく」

 カイルは首を傾げた。セラフィナには、何かが見えているのだろうか。それとも、魔法使いとはこういうものなのか。とにかく、カイルはセラフィナの言を信じて、セラフィナに連れられるようにゆっくりと歩く。ふわふわと宙を漂う彼女の視線の先を不思議に思いながら見ていると、セラフィナがつい、と視線を動かした。

「――あ」

 セラフィナが声を上げ、カイルがその視線を追う。

「あ、いたな」

 そこには、妖精院の壁と白い雪の間に挟まって、身を丸くして眠る真っ白い雪狐がいた。

 二人でゆっくりと近づいて様子を伺うが、起きる気配はない。カイルは、横にしゃがみ込んでいるセラフィナの顔をそっと伺った。目を細めて雪狐を見るセラフィナは、今にも白いふわふわを撫でたくて、うずうずしているのがよくわかる。そんな様子に、カイルは自然と口元を緩めた。

「寝てるうちに、連れて行こうか」

「そうね。でも、どうやって……あら?」

 セラフィナの視線は、足元を見ている。カイルも同じ方向に視線をやると、そこには細い金属で編まれた籠があった。繊細な編み方をされた金属の中には、ふかふかのクッションが入っている。

「……最初からあったか?」

「なかったとは思うのだけれど……それに、置いてあったとは思えない綺麗さだわ」

 確かに、とカイルは頷いた。銀色の金属は曇りもなく、中のクッションも汚れていない。今、まさに準備されたもののように、真新しい籠のように見えた。

「なんだかわからないけれど、お借りしてはいけないかしら」

「だが、どこに返すんだ?」

 二人は、籠を見て「うーん」と唸るが、答えが出ようはずもない。結果、「まあ、いいか」で終わってしまった。

 カイルが雪狐をそっと抱えて籠に入れ、扉を閉める。幸いなことに、雪狐は深く眠っているようで、ぴくりとも動かなかったが、クッションに乗せると、気持ちよさそうに顔をクッションに擦り付けていた。

 そのままギルドへ行き、レーミナに雪狐を渡すと、涙を流して喜んでくれた。セラフィナが一緒なことに少しだけ驚いていたが、雪狐の入った籠をしっかりと抱えながらセラフィナを拉致し、カイルに隠れてコソコソと話をした結果、とても上機嫌でセラフィナと戻ってきた。

「セラフィナさんの公認を受けました!」

 とギルド職員の女性に報告しているのを聞いて、カイルは首を捻ったが、何の公認かは、口止めをされたとかでセラフィナも教えてくれなかった。

 結局、その日はそのままギルドを出たのだが、何度かギルドに依頼を受けに行くたびに、色々な女性職員に声をかけられるようになったのは、カイルにとって大きな謎となった。

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