騒がしい再会
ヒヤリとするのは、寒いからだけではないだろう。この男性は、穏やかだけれども底が知れない。探られているようで、ただの興味にも見える。もはや、よくわからない。それで、セラフィナの行動は決まった。
オルドににこりと笑顔を向けて、片手は軽く頬に当てる。
「それは、褒めてくれているの? ありがとう」
肯定も否定もしない。全ては曖昧なまま終わらせてしまおう、とセラフィナは決めた。
すると、オルドはパチリと目を瞬いた後、じっとセラフィナを見つめた。セラフィナは、少し首を傾げて「なにか?」のポーズだ。
「――君は……」
オルドは、何かを言いかけたが途中でやめ、すぐに笑顔に戻った。
「君は、魔法が得意なようだね。パンでも食べながら、魔法の話はどうだろう」
そう言いながらどこからか取り出したカゴには、雪山を徒歩で移動するのにそぐわない、柔らかそうな白パンがいくつも乗っていた。
「……どこから出てきたの?」
「どこだろうね」
オルドは、柔らかく微笑んで、カゴのパンをちぎって食べ始めた。セラフィナは、それをじっと見ていたが、オルドに「食べないのか?」と聞かれ、こんなところで毒殺もないか、とありがたくパンをもらうことにした。
食べてみると、案外お腹が空いていたことに気がついたセラフィナは、自然と頬が緩んでいた。オルドは、それを見て満足そうに頷いた。
「さて。それで、魔法の話だ。そもそも人間には、魔法は必要だと思うか?」
急に問われ、セラフィナは動かしていた口を一瞬止め、オルドを見た。
「人間には、魔法を使える者と使えない者がいるだろう? 使えなくても、何ら問題はないということではないか?」
急な極論に、セラフィナは困惑した。けれども言いたい。セラフィナは、魔法がなければ冒険者になっていない。
「小枝を集めるのに、手で折る人も、ナタで切る人もいるわ。けれども、どちらも小枝を集めるという行為に変わりないわ」
「手段の差、ということか」
「そう思うわ。そして、私には魔法が必要よ」
「そうか、セラフィナには必要なものなのか」
オルドは、顎に手を当てて、ふむ、と考える素振りをしたが、次のセラフィナの呟きで不思議な顔をして顔を上げた。
「でも、そもそも魔力って何なのかしら」
「――何、とは?」
「身体を動かすエネルギーは、食べたり飲んだりして作るわよね。でも、魔力は?」
セラフィナの言葉は、オルドに向けられたものではなかった。下を向き、顎に手を当てて自問している。
「神話では、人間が神の血を一滴頂いたのよね。それが魔力? でも、使っちゃったら終わりよね。神の血って、もしかして混血ってこと? だとしても、何千年も経てば、ないも同然よね。そもそも、物にも魔力がある理由が……」
ぶつぶつと呟きながら、思考は回る。
『魔力とは何か』——これは、セラフィナが前世か何かの記憶を取り戻してから考えていることだった。
当たり前に魔法を使っていたセラフィナは気が付かなかったが、記憶の誰かは魔法がない世界にいた。だから、とても不思議に思えた。身体の中に常に満たっている魔力は、使えば薄まり、眠れば戻る。圧縮することもできるが、魔力が巡らない身体の部分は冷たくなり、まるで血が通っていないかのような感覚に陥る。けれども、自分の意思で動かしたり、圧縮したりできるので血液ではない。何かで補給している雰囲気もない。一体、寝ている間に何が起こっているのだろうか。
セラフィナが思考に浸っていると、オルドが静かに口を開いた。
「——魔力の元は、魔素だ」
オルドは、視線を宙に漂わせ、静かに話した。
「魔素は、目に見えないが、常に空気中を漂っている。人間は、眠っている間は休息する。その分、魔素を吸収するのだ。魔素を取り込み、魔力に変換できる能力がある者が、魔法を使える。それが、神が与えた力だ」
そこでセラフィナを見て、ふんわりと微笑む。
「――と、何かに書いてあったな」
「……何に?」
「さあ」
「………………」
「………………」
オルドの笑顔が怖い。セラフィナは、追求するのをやめ、にこりと笑った。
「オルドは、物知りね」
「私に、興味を持ってくれたかな?」
「ええ、とても」
「それは嬉しいね。私も、セラフィナのことが、もっとよく知りたいのだよ」
私は、知りたいわけではないけれどね!、という言葉を、セラフィナはしっかりと飲み込んだ。オルドとの会話は、少し疲れる。何を言っても、暖簾に腕押し、ふわりふわりと会話が進む。しかも、セラフィナとしても、自分のことは曖昧にしておきたい。興味のある話は、ついつい話しすぎてしまうので、コントロールが難しかった。
少し落ち着こう、と息を吐くと、途端に睡魔が襲ってきた。セラフィナは、なんとか欠伸を噛み殺したが、オルドにはバレてしまったようだ。セラフィナを見てくすくすと笑っている。
「天候が回復するまでに、少し休んだ方がいい」
オルドはそう言うし、尤もだとも思うのだが、ここで寝てしまっていいのだろうか、とセラフィナは悩んだ。
いつもは、リーゼが一緒にいてくれるから、周りに誰がいても寝られるのだ。それが、今は仲間すらいない。そう思うと、セラフィナはなんとなく不安になってきた。
その不安を見透かしたように、オルドは優しく微笑んだ。セラフィナの正面に移動して、いつの間にか肩が出ていた毛布を引き上げ、彼女の身体をしっかりと包み込む。
「明日は晴れるよ。もう寝なさい」
そう言われて、セラフィナは気がついた。オルドは、最初からずっとこんな調子だった。突然現れたかまくらを追求せず、妙な質問ばかりするくせに、答えを急かすこともない。
まるで――。
(子供を見守る大人みたい)
そう思って顔を上げると、オルドの顔が間近にあった。
驚いて声を上げる間もなく、額に柔らかな感覚を覚える。同時に、ほんわりと暖かな熱が身体中に広がり、瞼が重たくなってくる。オルドにされるまま、ゆっくりと身体を横たえた。
遠くでオルドの声が聞こえる。
「――おやすみ、フィー」
低く歌うような、心地よい声だった。
外ではまだ、激しい風の音がしているはずだが、かまくらの中には不思議と静寂が満ちていた。
目を覚ますと、かまくらの中は薄明るかった。
ランプは消えている。
毛布に包まったまま身を起こしたセラフィナは、ぼんやりと周りを見渡した。
「……オルド?」
返事はない。
姿もない。
セラフィナは首を傾げた。
(――夢?)
だとしたら、せめて仲間の夢を見させてほしい、と思いながら、セラフィナは額に手を当てた。ほんのりと暖かいのは、自分の体温か、それとも――。
セラフィナは、目を覚ますように首を振り、立ち上がった。入り口から差す明かりは、日が出ていることを示している。毛布を置いて、かまくらから顔を出す。目の前は、セラフィナが作った雪の壁だ。空を見上げると、雲はかかっているものの雪が降る気配はない。
それを確認して、一度かまくらの中に戻る。毛布を着込み、暖かくしてから、リーゼが用意してくれていたクッキーを少し食べ、水を少しだけ飲んだ。
「――さあ、みんなを探さないと」
セラフィナは、暖かい毛布とクッション、絨毯を名残惜しそうに鞄に片付け、しっかりと防寒をしてかまくらから体を出した。
そうしてまずわかったのは、このままでは歩けない、ということだった。
かまくら自体は、足元の雪を使って作ったので、元の雪面よりも低い位置に作られている。その上、かまくらの前には、風と雪除けに一メートル程の高さの壁を立てた。顔を出した時は気が付かなかったが、外に出て立ってみると、風除けの壁が外の雪面と一体になってしまっていた。セラフィナが歩こうとしても、一メートルほどの雪をかき分けて進まなくてはならない。
「……これは、無理ね」
雪山を、舐めていた。一段下がった場所に立つセラフィナからは、もはや雪面すら見えない。魔法を使って雪をかき分けて進むとしても、闇雲に進むこともできない。せめて、進む方向がわかれば——。
「あ、探索魔法で何とかなるかしら」
ようやくそれに思い至ったセラフィナは、カイルに教わった通りに魔力を薄く広げていく。現代魔法のうち、四大元素を使う魔法使いは、強化魔法や補助魔法が苦手なことが多い。そこにある元素ではなく、魔力そのものを使うからだ。セラフィナも、もともと得意ではなかったが、古代魔法を使うようになってから、以前よりもスムーズに探索魔法を使うことができるようになっていた。滑るように広がる魔力は、程なく幾つかの魔力を見つけた。
「――あれね」
多分、カイルも探索魔法を使っている。自分を探そうとしてくれている、そう思うと、セラフィナはほっとして笑みが溢れた。このくらいの距離なら、雪を掘れば移動できるだろう。あちらでも、魔力を使っている気配がある。きっと、アルベルトあたりだろう、と考えた。
セラフィナは、かまくらの出入り口から右に四十五度の方向を向き、スタッフを取り出して雪面に向ける。目の前にある物を操るのは、現代魔法が適している。魔力を操作して、目の前の雪を一気にかき分けると、人が二人並んで歩けるほどの雪の道が、ニ、三メートルほど伸びた。
セラフィナは、満足げに頷いて雪の道を進み、突き当たりでまた雪をかき分ける。途中で面倒になって、雪をかき分けながら歩いた。
どれほどそうしていたのだろうか。気がつけば、なだらかな斜面に突き当たった。上を見上げるが、雪面から空の雲まで真っ白で、どこが頂点かも分からなかった。
「困ったわ。これ、雪をよければ登れるのかしら……」
言いながらも、探索魔法は止めない。向こうからも、近づいてきているのがわかる。あちらの方が、速度が速い。ここで、少し待ってみよう、とセラフィナは斜面を見上げて立ち止まった。
「————っ!」
坂の上の方だろうか。確かに声が聞こえた。
「——っ! ——っ!」
高い声と、低い声が混ざっている。
——間違いない。
「みんなーっ! ここよーっ!」
セラフィナは、両手を口に当てて空に叫んだ。
目の前は雪の壁だ。音を吸収してしまうそれに、いくら叫んでも、あちらには届いていない気がする。それでも、叫ばずにはいられなかった。
「リーゼ! みんな! 私はここよっ!」
「——ラッ! セラ! どこだ!」
その声は、確かに聞こえた。
「アル! ここよ! 坂の下よ!」
セラフィナは、声の限り叫んだ、その時。
セラフィナの視界に、金の光が輝いた。
「セラ!」
坂の上に現れたのは、アルベルトだった。その後ろから、エーリヒ、カイル、リーゼも顔を覗かせている。
「セラ! やっと……っ!」
「そこを動くなよ!」
「セラフィナさん! 絶対に何もしないでくださいねっ!」
一人、失礼な人がいるわ、と、セラフィナは半目で坂の上を睨みつけた。
その坂の上で、突然雪が巻き上がった。空は相変わらず雲がかかっているが、吹雪になるような天気ではない。しかし、坂の上では風が吹き荒れているようで、巻き上がる雪が四人の姿を消してしまった。
「アル、待て!」
「え、何する気!?」
「アルベルトさん! 落ち着いてください!」
わあわあと賑やかな声だけが聞こえる、何かあったのかと首を傾げていると、吹き荒れる風が、大量の雪と共に一気に膨れ上がった。それは一瞬で坂の下まで到達する。
「——んにょあああああっ!?」
昨日の吹雪の比ではない程の強風に、セラフィナは令嬢らしからぬ悲鳴をあげて吹き飛んだ。
轟々と吹き荒れる風と巻き上がる雪に、目も開けられず座り込んでしまうが、その時間は長くはなかった。
すぐに風は弱まり、セラフィナがそっと目を開けると、昨日積もった雪が全て飛ばされ、スッキリとした視界が広がっていた。
これは、絶対にアルベルトの仕業だ、とセラフィナが勢いよく身体を起こすと、諸悪の権化が目の前に立っていた。
「——アル! 何をするのよ!?」
「雪に埋まっている、お前が悪い」
「ちゃんとかき分けていたわよ」
「谷の下で動けなくなっていただろう」
「坂を登れる自信がなかっただけよ」
「どうだかな」
そんな喧嘩をしながら、アルベルトはセラフィナの手を取って立たせる。セラフィナは、自然と手を預けながら、「可愛くないっ!」と悪態をついた。
そうしている間に、他の三人も坂の下に降りてきた。
「セラフィナさん! あなたはどうして、トラブルの教科書のようなことをするのですか!?」
「ええ!? 第一声がそれって、酷くない!?」
「セラ。俺、一晩冷静に考えたんだけど、やっぱり鎖で繋いで——」
「却下よ!」
「エーリヒ、やはり殺すか」
「アルベルトさん、剣はしまってください」
「どうしてお前らは、普通に再会できないんだ……」
一斉に騒ぎ出す仲間たちに、カイルだけが頭を抱えた。




