警戒
新しい人が出てきました
セラフィナは、困っていた。
吹雪の中、皆で避難小屋を目指していた。カイルとエーリヒが道を外れないように誘導してくれて、何とか逸れないように雪をかき分け進んでいた。だが、前から吹く風は強く、思うように顔を上げられない。雪で足ももつれてしまう。少しずつ列から遅れていくのを自覚していたが、声を出そうと上げた顔には雪が叩きつけ、顔を上げたら目が開けられない、下を向いたら前が見えない。そんな状態を繰り返していた。
ふさり、ふさり、と仲間の歩いた足跡を追って歩いているつもりで、気がつけばその足跡がなくなっていた。前から叩きつけていた風は、いつの間にか横から吹いている。風向きが変わったのか、自分の進む方向が変わったのかすら、わからない。
「……困ったわ。これはちょっと、大変な事態ね」
セラフィナは、ため息をついた。白い息が、マフラーを通して吐き出されたかと思うと、吹雪の中に攫われていった。
「リーゼ! カイル! エーリヒ! アル! みんな、どこにいるのーっ!」
仲間を呼んでみたが、返事はない。
ごうごうと吹き荒ぶ風と、ばちばちと容赦なく打ち付ける雪で、立っているだけで身体の片側が雪に柱になっていく。足先と指先が、ジンジンと痺れてきた。
「迷子になったら、動かないこと……だけれども、もうだいぶ動いてしまったかもしれないわね」
セラフィナは、もう一度ため息をついたが、すぐに顔を上げた。周りを見渡すが、周りは真っ白く染まった木ばかり。道のような隙間はない。先に進むよりも、まず寒さをなんとかしなければ、天候が回復するまでに凍え死ぬだろう。それに、闇雲に歩けば、以前のように崖から落ちるかもしれない。今は、助けてくれる仲間もいないのだから。
方向性が決まれば、決断は早い。まずは、壁と屋根だ。セラフィナは、スタッフを取り出し周りの雪を操作する。気温が低すぎると雪は固まらない。つまり、雪の水分量を調整する必要がある。どのくらい水分を含めば固まるか、なんてセラフィナは知らない。そこは、雪を固めながら感覚でなんとかした。
足元の雪をかき分けるように外へと積み、固まるまで水分量を調整する。何度もそれを繰り返して、足元の雪も固めて慣らす。壁から天井まで曲線を描いた、大きなかまくらの出来上がりだ。
セラフィナはにこりと笑い、完成したドームを確認しようと外に出る場所を探した。
「……あ」
出入り口を作り忘れた。これでは、晴れる前に窒息するではないか。慌てて一角を切り取りかまくらから出ると、綺麗な半円形の屋根が見えた。
「たしか、強度を上げるために、完成後にお水をかけるんだったわね」
そうは思ったが、水を出した途端に凍りそうだ。そこで、セラフィナは表面の水分量を少しだけ多くして、そのまま凍りつくにまかせた。
かまくらの中に戻るが、出入り口から風が吹き込んで寒い。そこで、出入り口の外側に、目隠しのように壁を作った。完全には風を防ぐことはできないが、直接吹き込むことは無くなったので、セラフィナは満足してにんまりとした。
「うん、いいわね。でも、もう少し暖かくしたいわね」
雪と風は防げたが、寒いものは寒い。ランプはあるが、暖は取れない。セラフィナは、魔法拡張鞄に手を突っ込んで「防寒、防寒」と弄った。手に当たるものを、えいや、と取り出すと、分厚い毛布が出てきた。
「まあ、リーゼならこのくらい用意してあるわよね」
セラフィナの魔法拡張鞄は、両親が準備した最大容量のもので、中身はリーゼが管理している。彼女は、いつもセラフィナのやることを先回りして準備をしているはずだ。
「あとは、何か敷くものが欲しいわね」
誰もいないと、独り言が多くなるようだ。声に出して欲しいものを探っていると、硬い何かが手に当たる。魔法拡張鞄から出てきたのは、分厚い絨毯だった。
「……リーゼってば、私の何を想定したのかしら」
少し呆れながら、ありがたく絨毯を敷いた。丸いかまくらに四角い絨毯、少し重くてずれてしまったが、機能には問題がないだろう。セラフィナは、ブーツを脱いで絨毯に上がった。さらに魔法拡張鞄を漁り、ランプを一つ、厚手の靴下を一足、ふかふかのクッションを二つ、クッキーの詰め合わせと、水筒に入った水を取り出した――というか、探り当てた。
冷たくなった靴下を履き替えて、分厚い毛布に包まった。クッキーはお腹が空いてから食べることにして、一口水を飲んでから一緒に魔法拡張鞄に戻した。そして、ランプを灯して灯りを確保すると、先日フィオレイドで購入した『世界の創世と衰退』という本を開いた。クッションを二つ積んで背もたれにして、読みかけだったその本を読み始めた。
風の音は相変わらず激しかったが、厚い雪の壁に遮られ、かまくらの中は驚くほど静かだった。
ふう、と息をついて、セラフィナは分厚い本を閉じた。
やはり、面白かった。世界の創世神話については諸説あり、先日廃教会で見つけた古代語の『創世記』も気になるが、結局のところ真実などわからないのだ。それを、色々な視点から考えることができるのは、現代ならではだと思う。
セラフィナは、一度目を閉じて、本を読み終えた満足感に浸った。ゆっくりと息を吸い、深く吐いて目を開ける。そこに、見慣れないものがあって、はて、と首を傾げた。
確か、本を読み始めた時に、このかまくらにあったのは、絨毯とクッション、ランプ、自分が脱いだ靴に、本、毛布、そしてセラフィナ自身だ。
本を読み終えて顔を上げたら増えているとか、どんなホラーだ、とセラフィナは考え、一度本を片付けた。目を閉じてゆっくりと深呼吸して、また開ける。
――見間違えではないようだ。
「――ええと……どなたですか?」
セラフィナは、増えたもの――ランプを挟んで対面に座る黒髪の男性に、そっと声をかけた。
歳の頃は二十代後半から三十代前半だろうか。涼しげな目元に、緩められた口元。その男性が、セラフィナをじっと見つめている。深い青の瞳は優しげなのに、どこか観察されているような気になるのは、なぜだろうか。
セラフィナは、落ち着かない心を隠して、その青い瞳を見返した。
「――ああ、すまない。あまりに熱心に本を読んでいるから、声をかけにくかったんだ」
男性にそう言われ、セラフィナは「はあ」と答えるしかなかった。ここは雪山、かまくらには扉も鍵もない。入りたければ勝手に入れる。まさか、吹雪の中に自分たち以外の人がいるとは思わなかったのだ。
「あの、いつからいらしたのですか?」
「そんなに前ではないよ。驚かせてしまったかな?」
これには、セラフィナは首を振って微笑んだ。
「少しだけ、驚きましたけれども、お気遣いいただきましたことには感謝を申し上げます」
男性は、少しだけ目を見開いたが、すぐに優しげに微笑み返した。
「いや。私は、美しいものや可愛らしいものを見るのが好きなんだよ。私が、そうしていたかっただけだ」
その言葉の意図を掴みきれず、首を傾げるセラフィナを見て、男性はくすくすと笑った。
「気にしないでほしい、ということだ」
そう言って、男性はセラフィナの隣に移動した。
「私は、オルドと言う。あなたの名前は?」
「……セラフィナと言います」
答えながら、セラフィナはオルドに身体を向き直ってみえるよう意識して、少しだけ彼から離れた。
それを知ってか知らずか、オルドは続ける。
「セラフィナは、随分と丁寧な話し方をするのだな。いつも、そうなのか?」
「――いえ、家族や友人には、違います」
オルドに言われて、セラフィナは自分が貴族と話をしているような感覚だったことに気がついた。探るような彼の目に、警戒していたのかもしれない。セラフィナは、そっと息を吐いた。
「それなら、普段の話し方にしてくれないか? この吹雪の中だ。私の話し相手になってくれないだろうか」
男性は、にこりと微笑んだ。
――怪しい。怪しすぎる。
いつも、リーゼや両親から、知らない人にはついて行ってはいけないと言われているが、この男性はどうなのだろうか、とセラフィナは悩んだ。今思えば、カイルと出会った時も“知らない人”だった。だが、今ではなくてはならない仲間だ。では、オルドはどうか。
(……なんだか、カイルの時とは違う気がするわ)
それは、オルドの深い青の瞳の奥に混ざる金色の輝きのせいかもしれないし、怯えた子供に接するような声の響きのせいかもしれない。どちらにしても、会話は慎重にするべきだと、貴族のセラフィナは考えた。
「……そ、う? それなら、言葉は普通にさせてもらうわ」
にこりと笑顔を作るセラフィナに、オルドは満足したように頷いた。
「セラフィナは、こんな吹雪の中で、何をしていたんだ?」
「この先の町に行こうとして、迷子になってしまったの。急に吹雪になってしまったから」
「迷子か。その割には、随分と落ち着いているのだな」
そう言われて、セラフィナは困った顔をした。
「焦っても、吹雪は止まらないもの。ここは雪も風も凌げるし、きっと、何とかなるわ」
そうか、とオルドは笑う。その笑顔は、やはり何とも言えない優しさがあった。
「オルド様も、迷ったの?」
「オルドでよいよ。――この辺りを見ていたら、急に吹雪に見舞われてね。どうしたものかと思っていたら、妙な雪山があった」
かまくらを見つけた時のことを思い出したのか、オルドは、またくすくすと笑った。
「吹雪の中に突然大きな球体が現れて、そこから光が漏れていたら、とりあえず入ってみるだろう?」
オルドの言葉に、確かにそうかもしれない、とセラフィナは納得した。外は寒いし、雪は痛いし、入る以外に選択肢はないだろう。
「そうしたら、君が、熱心に本を読んでいるんだ。場違いにも程があるよ」
「場違い……」
楽しそうなオルドに、セラフィナは多少ショックを受けた。こちらだって、好きで迷子になったわけではないし、一人でやることもないから本を読んでいただけだ。笑われるようなことは、していないはずだ。セラフィナはムッとする気持ちを何とか宥めた。相手がアルベルトなら、言い返していただろう。
急に黙り込んだセラフィナを見たオルドは、なぜか「へえ」と感嘆の声を上げた。
「君は、笑っていなくても綺麗な顔をしているのだな。行動も突飛だし、見ていて飽きない」
面白そうに言うオルドに、ついにセラフィナの眉がピクリと動く。
何なのだ、さっきから。初対面の女性に向かって、失礼にも程がある。外見がどうだ、行動がどうだと、知り合いでもないオルドには、関係がないではないか。セラフィナの頭の中は、外の吹雪のように思考が荒れ狂っていた。
「それで、この雪の建物は、セラフィナが魔法で作ったのか?」
オルドは、平常運転である。対するセラフィナの脳内は、外の吹雪と大差ない。
(言っておくけれど、これはセクハラよ! ルキハラよ! 世間から抹消されるべきだわ!)
とは思うものの、セラフィナは耐えた。自制心を総動員して耐えた。ここで怒ったら、負けだ。相手の土俵に上がることはない。そもそも、セクハラって何? ルキハラって? 似たような言葉ね。あら? 土俵って、何かしら。あのゲームをしていた私の記憶かしら。――そういえば、何に怒っていたのかしら。
一秒に満たない思考の後、セラフィナは笑顔に戻った。
「そうよ。雪なら、たくさんあったから」
「へえ。どうやって?」
「周りの雪を積んで固めただけよ。難しいことはしていないわ」
「これが? 人間にできるのか?」
「できるわよ。雪を風で形作って、表面の温度を上げればいいのよ。簡単でしょう?」
セラフィナは、素直に言った。嘘はついていない。一部、古代魔法を使ったことを言っていないだけだ。現代魔法でも、やろうと思えばできる。要は、魔法という道具をどう使うか、それだけだ。
にこりと笑うセラフィナに、オルドは「ふうん」と興味深げだ。
「雪で建物を作るという発想が、どこから出てきたのか知りたいな」
ゲームをしていた私よ、とは言えず、セラフィナは「誰でも思いつくでしょう」と答えた。すると、オルドが初めて表情を変えた。
「そもそも、この形だ」
そう言って上を見る。
「建物をイメージする時、人は四角い形を思い浮かべるのではないか? この雪の建物は、丸い。雪という不安定な材料では、この規模の四角い建物は維持できない。天井が落ちてくるからな。だが、丸くすることで、力をうまく逃がしているのだろう。実に合理的で、美しい」
真面目な顔をして言った後、セラフィナに視線を戻した。
「セラフィナが考えたのか?」
そう言うオルドの瞳は、何もかもを見通しているようで、セラフィナは背筋が凍るような感覚を覚えた。
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