立ち話
セラフィナは、考えていた。自分は、どうするのが正解なのか、と。
仁王立ちをしているリーゼの後ろ姿と、首をたれるエーリヒとイェレミアス。その横には、腕を組んでリーゼを睨みつけるアルベルトと、頭を抱えるカイルがいる。
問いたい。人の枕元で、何をしているの、と。しかし、それは地雷な気もする。最終的に、リーゼの怒りが自分に向きそうだ、とセラフィナの直感は訴えている。
では、何が正解なのか。もう一眠りして、目が覚めたら静かな部屋に戻っていれば、それでいいか、と思い、目を閉じようとした瞬間、よりにもよってアルベルトと目があった。
「――起きたか」
当たり前のように寄ってくるアルベルトに、セラフィナは心の中で激しく文句を言った。が、気づかれてしまったことには取り返しがつかない。諦めて身体を起こそうとすると、リーゼが素早く間に入った。
「男性は、速やかにお引き取りください」
いつもに増して厳しいリーゼの言葉に、アルベルトでさえ立ち止まる。セラフィナからは、彼女の背中しか見えないが、青い顔をしているカイルを見ると、その表情も想像がついた。
「――俺たちは、出ていよう。な?」
カイルは、他の三人に宥めるように声をかけ、アルベルトを半ば引っ張るように部屋の外へ連れ出した。エーリヒとイェレミアスは、すでに廊下へと後退している。それを見届けて、リーゼは静かに扉を閉めた。
セラフィナは、そんなリーゼを見ながら、毛布をそっと頭まで被った。
コツ、コツ、と足音が近くで止まる。
「――まったく。倒れる時は、一声かけてください。大変だったんですよ」
呆れたようなリーゼの言葉に、セラフィナは目元だけを毛布から出した。
「エーリヒさんは慌てふためくし、アルベルトさんは雰囲気がどす黒くなるし、カイルさんは心配性のお母さんみたいになるし、イェレミアスさんは……あの人は、おかしいですね。セラフィナさん。あの人に近づいてはいけません」
「…………何の話をしているのよ」
セラフィナはリーゼの言葉に首を傾けるが、リーゼは一向に気にしない。
「あの場を納めるのが、大変だったんですから。私に特別手当を出してもいいと思うのです」
「“手当”って、雇用主が被雇用者に払う物だと思っていたけれど、間違っていたかしら」
「いいえ。間違いありません」
「………………私、あなたの雇用主ではないわ」
「似たようなものです」
「………………そう。考えておくわ」
「お願いします」
セラフィナの返事に納得したリーゼは、すぐにセラフィナの身体を拭く準備に取り掛かった。セラフィナの食事などの世話をするリーゼを見て、彼女が侍女だったことを、久しぶりに思い出した。
翌日、リーゼから許可を得たセラフィナは、皆と朝食をとった後イェレミアスの家に向かった。
セラフィナが寝ていたのは、それほど長い時間ではなかったようだ。目を覚ましたのは、廃教会からコクーン村の宿に戻った、その夜だったという。どういう理屈か、魔法陣から吸い取った魔力は全てなくなり、セラフィナの中にはいつも通りの魔力の量しか残っていなかった。そのため、セラフィナの体調は何ら問題はなく、むしろ寝ている方が具合が悪くなりそうだった。
「あの魔物って、そんなに強かったの?」
歩きながら、セラフィナはエーリヒに聞いた。今日も右手はリーゼに握られているので、転ぶ心配がない。リーゼには、感謝ばかりである。
「そうなんだよね。ずっとふわふわしていて、攻撃してこないと思ったら、セラが魔法陣に何かをし始めた途端に目の色……目はないか。性格が変わったみたいにセラに向かっていってさ」
「そうだったのね」
そこまで聞いても、あの黒い光が何かできるとは思えず、セラフィナは軽く相槌を打っただけだった。
「あいつ、黒い光形を自在に変えられるみたいでね。黒い刃は飛び交うわ、黒い光に足を取られるわ……あっちでは鞭みたいにビュンビュンいっていたかと思うと、こっちでは黒い光が石壁を切り刻んでいるんだ。もう……ねえ」
エーリヒは、そう言って天を仰ぐ。それを、カイルがため息混じりに引き継ぐ。
「しかも、地下だから薄暗いしな。ランプの光だけで戦った俺らを、褒めて欲しいよ」
なんと、浮いているだけの魔物かと思ったら、随分凶暴なやつを押し付けたらしい。セラフィナは、軽く「近づけないで」と言ったが、結果的に彼らが一番大変だったようだ。
「……それは……ごめんなさい」
セラフィナが思わず謝ると、エーリヒが「え?」ときょとんとした。
「セラ、無茶した以外に、まだ何かしたの?」
エーリヒの言葉に、今度はセラフィナがきょとんとした。何かしたのだろうか、そもそも、無茶なんてした覚えがない。首を捻っていると、リーゼが横で手を引っ張った。
「セラさん、何をしたのですか。また、面白いくらい突拍子もないことですか?」
「…………リーゼ? あなた、私をおかしな人だと思っているわね?」
「セラさんは、予想もつかないことしかしません」
「失礼な人ね。私は、いつだって最善を尽くす人間よ」
「では、なぜ『褒めて欲しい』の後に『ごめんなさい』がくるのですか」
「それは、あの時私が『黒いのを止めて』って言ったから、大変だったのでしょう?」
セラフィナが言うと、全員が「ああ、それで」と納得した。
「向かってきたら、身を守るのは当然だからな。セラが止めろと言わなくても、結果は同じだったぞ」
カイルが言い、エーリヒも頷く。
「セラを守るのは、俺の使命だからね。謝るくらいなら、褒めて欲しいな」
エーリヒに甘い笑顔を向けられて、セラフィナは言葉に詰まる。なぜ、そこでその笑顔なのか。雪に日の光が反射して、いつにも増してキラキラと見えてしまう。セラフィナは、ドキドキとうるさい心臓を宥めるのに精一杯だ。それで、続くアルベルトの言葉に、セラフィナは心臓が飛び出るかと思った。
「――お前は、朝からうるさいな」
後ろからぼそっと言われ、セラフィナは心臓の音が聞こえたのかと勢いよくアルベルトを見た。しかし、彼の視線はセラフィナを見ていない。
「え? 俺は褒めて欲しいって言っただけだよ?」
アルベルトに睨まれたエーリヒが、にこやかに応じている。
「その表情がうるさいと言っている」
「……アルって、普通にしていると、割と失礼だよね」
「お前だからだろ」
「俺、外目には人畜無害だと思うんだけど」
「嘘だろ」
「…………流石に傷つく」
二人のやりとりを、笑いを堪えて見ていたカイルは、セラフィナに向き直った。
「まあ、でも、俺たちもあの黒い光を捌ききれなくてな。なんせ、次から次に湧いて出るんだ流石にまずいかもって思ったら――」
「セラの魔法ですよ! あれについて、ぜひ議論をしませんか?」
カイルの言葉を遮って現れたのは、イェレミアスだった。いつの間に現れたのか、セラフィナの空いた手を取って身を乗り出している。その手は、リーゼによって即座に振り払われた。
「魔法陣を消し去った方法も去ることながら――」
「近いです」
「最後に見せた魔法は――」
「離れてください」
「神話に出てくる光の矢を彷彿とさせ――」
「接近禁止です」
「作り出された魔法陣に描かれた紋様は――」
「行きましょう、セラさん」
「まさに人智を遥かに超える美しさでした!」
リーゼに手を引かれて、一歩、一歩と下がるセラフィナに、イェレミアスは一歩、また一歩と近づいてくる。
鬱陶しかった前髪は、セラフィナのピンで留め直されており、今は前髪を下げる気はないようだ。よく見える表情は、まさに一つのことを突き詰める研究者の顔で、セラフィナは勢いに押されて顔を引き攣らせた。
「あ、あの、レヴィ? 光の矢って何?」
「何って、人類に魔が迫った時、天から降り注いだというあの――」
「それは知っているのだけれど、それを彷彿とさせるって?」
「だから、魔法陣から、こう、ズババババーっと!」
イェレミアスは、楽しそうに両手を振り上げた。最初の頃とずいぶんキャラが変わったわね、とセラフィナは思ったが、それはさて置き、彼の言っている意味がまだわからない。
「ええ、だから、それがなぜ私だと?」
「「「「…………………………?」」」」
「……………………??」
「お前、知らない魔法使っていただろう?」
全員が首を傾げる中、アルベルトが口を開いた。
「倒れた時に、お前の手のひらから魔法陣らしきものが広がった。あれは、闇の魔法書に載っていたものか?」
「…………私が? なんて?」
「だから、お前が、あの廃教会にいた魔物を全て屠ったんだ」
「…………は? どうやって?」
「…………………………」
「…………………………」
「……………… お前、倒れた時、何を考えていた?」
話が全く噛み合わず、黙り込んでしまったセラフィナに、アルベルトは話の角度を変えたようだ。セラフィナは、よくわからないままに、彼の問いに答える。
「あの時は、吸い取った魔力が多くて、身体が驚いてしまったみたい。吐き出そうとして、あの魔物がたくさんいたな、と思いついたのよ。それで、全部やっつけちゃえーってところで……そういえば」
セラフィナは、自分の手のひらをじっと見つめた。
「吸い取った魔力が、勝手に手から出ていって――」
「は……クシュッ」
セラフィナの言葉の途中で、なにやら遠慮がちなくしゃみが聞こえた。全員が、恐る恐るその主を窺い見る。
「…………寒いのは、苦手だ」
アルベルトの白い顔が、すでに青白くなっている。
「……ひとまず、私の家へどうぞ」
気がつけば、イェレミアスの家の前で話し込んでいたようだ。アルベルトは、「助かる」と言って彼の家へ足を向け、イェレミアスが急いでその後を追った。
「………………私、少しかわいいと思ってしまったわ」
「いつも無表情で可愛げがないと思っていたけど、アルもちゃんと十代なんだね」
「風邪引かなきゃいいけどな」
「…………美形は恐ろしいです」
セラフィナ、エーリヒ、カイル、リーゼは、それぞれに感想を述べ、顔を見合わせた後、イェレミアスの家に入って行った。
リーゼが入れたお茶を飲み、思ったよりも身体が冷えていたことに気がついた一同は、身体が温まるのを待ってから出発することにした。
お茶を飲む間に、自分が描いた魔法陣から光の矢が無数に飛び出し、黒い光の魔物だけを選択して射抜いていった話を聞いて、セラフィナはとても驚いた。魔法陣を描く魔法など、古代の魔法書にも載っていないからだ。床に描かれた魔法陣の魔力を吸収したことによる副反応、としか考えられず、セラフィナはエーリヒとリーゼに魔力吸収を禁止された。
拗ねたセラフィナは、イェレミアスと神話の話で盛り上がり、そこにアルベルトも加わったことで、静かな盛り上がりを見せた。
気がつけば昼が近づき、神話の話は古代魔法の話になり、古代魔法の話は失われた文明の話になった。
「……そういえば」
リーゼが有り合わせで作った昼食を食べながら、ふとカイルが顔を上げた。
「今日、廃教会に行くんじゃなかったか?」
部屋の中が静まり返る。
「……明日にしましょう」
イェレミアスが真顔で言った。
「そうね」
セラフィナが頷く。
「まあ、往復二時間かかるからね。明日にするしかないよね」
エーリヒが、ため息混じりに言った。
「依頼主が明日と言っていますので」
リーゼは当然のように言い、アルベルトはカイルから目を逸らした。
「お前らなあ……」
カイルは額を押さえ、深いため息をついた。
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