仲がいいのか悪いのか
喧嘩するほど仲がいい二人
「……はー。皆さん、お強いですねえ」
イェレミアスが、呑気な声を出す中、五人は魔物の素材を回収していた。
廃教会が近づいた頃に出会った魔物は、まさに最北の森で出会ったような強化個体だった。それでも、戦闘経験のある五人は、油断することなく落ち着いて魔物を撃破した。
「この辺りにも異変が起きているのに、王国軍は配備されていないのか」
アルベルトが、魔物の爪を回収しながら言った。
「異変は、最北の森の東部で多いんだ。被害の少ない西部までは、まだ手を回してないんだろうな」
カイルが言うと、イェレミアスが頷いて小さな声で付け加える。
「王国軍は、東部で調査をしているそうです。こちらは、人里まで魔物は来ていませんから……」
それに、カイルは考えるようにしてから答えた。
「被害は出ていないようだが、西部にも異変があることは、帰ったらギルドに報告だな」
「これって、普通に考えると魔王軍関連よね。最北の森を調査して、何になるのかしら」
魔物の羽根をもぎながらセラフィナが呟くと、全員の動きがぴたりと止まった。しかし、考え事をしているセラフィナは、それに気が付かない。もいだ羽根をくるくると回しながら黙り込んだ。
セラフィナは、イェレミアスの話を聞いて思い出した。これは、ヒロインのイベントの一つだ。ヒロインは、学園卒業後に攻略対象たちと共に世界を救う旅に出る。千年ほどこう着状態が続いている魔王軍との関係だが、この魔王軍、実際はちょこちょことやらかしているのだ。最北の森の魔物強化もその一つ。魔王が、この森の魔力を操作して、発生する魔物を強化しているのだ。ただし、これはフィヨルライン王国の軍が押さえ込むから、放置で良い。問題は、廃教会。ここには、なぜか魔王城への抜け道があって、そこから魔物の軍勢をフィヨルライン王国に送り込もうとしている……らしい。この抜け道、開門するために多くの魔力が必要で、そのために魔物が集まって魔力溜まりを作り出している……らしい。ヒロインは、旅の途中で偶然通りかかった小さな村(コクーン村)で、廃教会の噂を聞き、研究者とともにここを訪れ、見事に抜け道を塞ぐ……らしい。そして、研究者とヒロインは、恋に落ちる……らしい。
(私、このイベントすっ飛ばして、フィヨルライン王国を滅亡させたんだったわ……)
隠しキャラそのニ、この流れから言って、たぶんイェレミアス・グランが、それだ。記憶にあるセラフィナが、放棄したイベントの一つ。興味がなかったから。そもそも、このイベントは、途中リタイヤのイベントだ。たしか、研究者の元に残る選択をすると、エンディングに突入する。まずはメインストーリーをこなしたかった彼女が、脇道に逸れるわけがない。
そして、現実では、攻略を失敗して失踪したヒロイン。待てど暮らせど、そのヒロインが通りがからないから、痺れを切らして依頼を出したのだろう。ゲームの中とはいえ、滅亡させてしまったフィヨルライン王国に、申し訳ない気持ちでいっぱいのセラフィナは、重いため息をついた。
「――ねえ、セラ? どうしてそうなるの?」
エーリヒに急に話しかけられて、セラフィナはハッと顔を上げた。見ると、全員がセラフィナを見ている。何か変なことを言ったのだろうか、と首を傾げると、アルベルトが口を開いた。
「魔王軍とは、こう着状態が続いている。彼らは、人類の連合軍により、東の土地から出られてはいないはずだ」
セラフィナは、ぱちぱちと目を瞬いた。
「けれど、魔物は魔王の範疇でしょう? 魔物の異常なら魔王軍関連でしょう?」
そして、ふと思ったことを口にした。
「もしかして、廃教会から目を逸らさせるために……?」
「……セラさん? 急に、どうしたのですか?」
リーゼがセラフィナの顔を覗き込んだ。
「まだ寝ています?」
「失礼ね」
セラフィナがリーゼを睨みつけるが、エーリヒも眉を下げてセラフィナを覗き込んできた。
「ねえ、セラ? なんだか大変なことを考えているの?」
褐色の瞳にじっと見つめられ、セラフィナは視線を逸らしたくなるのを何とか耐えた。
「大変ではないけれど……」
まだ、廃教会で起こっていることは、誰も知らないのだ。もちろん、セラフィナも知るわけがない。ふと口にしたことを、どうやって誤魔化そうか。
「じゃあ、何かな?」
セラフィナは、緑が潜む褐色の瞳をまっすぐに見つめ返し……すい、と逸らした。
(――逸らしてどうするのよ、私!?)
しかし、セラフィナは思う。エーリヒの、この確信犯的な瞳に、何も思わない人間なんて、リーゼくらいしかいないのではないか、と。この男、吐かせたいことがあるときは、顔の角度や視線のやり方まで計算してくるのだ。セラフィナは、軽い脅迫だと思っている。
その時、セラフィナはふと思ったことを口にしてみた。
「ねえ、エーリヒ。あなた、男性に付き纏われたことはない?」
「………………騎士団って、怖いところだよね」
――あるんだ。
誰もがエーリヒから目を逸らし、その後は無言で素材回収を終えた。
そうして歩き、距離的には廃教会に着いてもいい頃、六人は霧の中を歩いていた。
「……着かないな」
カイルが、ため息をついて足を止めた。
「やっぱり、着かないよね」
エーリヒも足を止めた。
「着かないのですよ、エーリヒさん」
イェレミアスは、先ほどから妙にエーリヒに親しげだ。長い前髪で表情は不明だが、エーリヒの周りをつかず離れず歩いていた。周りは何となくそれに気が付いてはいるが、エーリヒが嫌な顔をしていないので、何も言わずに放っている状態だ。
「セラさん、アルさん。ここは、お二人の出番らしいですよ」
リーゼが、二人に声をかけるが、セラフィナは、うーん、と唸った。ゲームではすっ飛ばしたイベントで、ノクスヘルンはここでしか出てこない魔物である。当然、攻略情報は記憶にない。そこで、イェレミアスの家で話していたカイルに聞くことにした。
「カイル。火に弱いって言っていたわよね。どうすればいいの?」
セラフィナに聞かれると、カイルは困った顔をした。
「俺もわからないんだよな。前に一緒に旅してた奴らが言ってたことなんだ」
セラフィナは、少し考えた後、スタッフを取り出した。
「爆発させちゃう?」
「セラ、落ち着いて?」
「…………落ち着かないわよ」
セラフィナの暴挙を即座に止めたエーリヒが、セラフィナの両手をとって微笑む。キラキラした笑顔に、別の意味で落ち着かないセラフィナは、鋼の意志でエーリヒに言い返すと、横からアルベルトがエーリヒの手を軽く払った。眉を顰めるエーリヒを無視して、アルベルトが提案した。
「爆発はともかく、火をつけてみるのは良いのではないか?」
どう言うことかと、全員でアルベルトを見る。
「何が起こるかはわからない。安全なところから試してみるしかないだろ」
その言葉に、全員が頷くのを見て、セラフィナはムッとして口を開いた。
「私と言っていることは同じなのに、どうしてみんな、反応が違うのよ」
「信頼の差ではないか?」
「どう言う意味よ」
「信頼は、実績に基づくものだろうな」
「……何を怒っているのよ」
「…………別に」
アルベルトは、短く答えてから霧の奥に目を向けた。セラフィナは、他の四人に一箇所に集まるように指示をしながら、アルベルトを見る。
「そう言う割に、朝から不機嫌よね」
言いながら、全員を囲むように結界を張る。
「手を直接つければ、結界の外に魔力を放てるわよ」
アルベルトは、言われた通り結界の内側に手のひらを置いた。
「気のせいだ。――お前、器用だな」
「それはありがとう。気のせいではないわよ」
アルベルトが掲げた手のひらの前、結界外に、拳大の炎が現れた。それは、周囲の霧をチリチリと燃やし、軽い爆発を引き起こした。
「気のせいだ。――爆発したな」
セラフィナは、アルベルトの横に並んで、結界の外の霧を見た。
「この霧自体が、細かい粒子でできているのではない? ――絶対に怒っているわよ。何なの?」
アルベルトは、今度は先ほどよりも大きな炎を作り出した。それは、さらに大きな爆発を引き起こし、一瞬、霧が薄くなる。
「いけるな。距離は」
霧の奥を見つめながら、アルベルトは言った。
「100メートル先、手前に鹿の大きさの何か」
「多いな」
「巻き込まないでよ」
「お前じゃない」
「一言多いのよ」
「お前もだ」
言った瞬間、アルベルトの手のひらから魔力が炎の形で放たれた。それは、まるで導火線を伝うように、真っ白い霧の中を四方八方に伸びていき、見える限りを炎で満たしてしまった。
「――それで? 何に怒っていたの?」
セラフィナが、横に立つアルベルトを見上げると、眉間に皺を寄せて睨み返された。
「……なぜ、そんなに知りたい?」
「なぜって、モヤモヤするじゃない。機嫌の悪い人とは、一緒にいたくないわ」
そう言われて、アルベルトは燃え続ける霧に視線を戻した。あちこちで炎が起こっては消えていく。少しずつ勢いを弱める炎の中からは、何か動物の鳴き声が聞こえてくる。
アルベルトは、ため息をついてセラフィナを見る。エーリヒとカイルにチラリと視線をやり、すぐに戻して口を開いた。
「……今は、言いたくない」
相変わらず眉間に皺を寄せているアルベルトに、セラフィナは、軽く息を吐いた。
「そう。じゃあ、いいけれど。だったら不機嫌は隠しておいてよね」
そう言って、霧の炎に視線を戻した。先ほどよりも勢いは弱まり、向こうに建物の影が見えてきた。生き物が動く影は、見当たらない。
「――善処する」
アルベルトは、セラフィナの視線を追って消えかけた炎を見ながら、ぼそりと呟いた。
「アルさんとセラさんは、仲がいいんですか? 悪いんですか?」
二人が喧嘩をする様子を見ながら、イェレミアスが聞くと、カイルとエーリヒは首を傾げた。リーゼは、無反応だ。
「二人とも、お互いに遠慮がないから、喧嘩みたいになるんだよな。仲が悪いわけじゃないと思うんだが」
カイルは、腕を組んで考える。
「お互い、言い返すのが癖になっている感じだよね」
エーリヒが、くすくすと笑って言うのに、イェレミアスは「はあ……」と曖昧に頷いた。
言い争いをしながら、お互いの様子をみて作業を進める様は、なんともチグハグで違和感ばかりだ。それを当然のように見ているだけの彼らも、イェレミアスにとっては不思議な光景だった。普通、仲間が言い争いをしていたら、止めるものではないのか。特に今の作業は、ミスをすれば命の危険がある。それを、なぜこうも笑って(リーゼは笑っていない)見ていられるのだろうか。
「あ、アルに睨まれた」
「なあ、俺も睨まれたんだけど、何でだ?」
エーリヒが楽しそうに、カイルはげんなりして呟いた。
「俺も、睨んでいい?」
にこりとするエーリヒに、カイルが顔を引き攣らせる。
「お前は、その笑顔が怖い。て言うか、何でだ?」
「ほんと、カイルはいいやつだよね」
「…………怖いって」
ぶるりと震えるカイルに、エーリヒはくすくすと笑った。リーゼは、それを見もしないで、セラフィナとアルベルトのやり取りを聞いている。
イェレミアスは、この話題の中心であろうセラフィナを、じっと見つめた。消えかけた炎に照らされた白い肌、光を反射して輝く髪、熱すら遮断する完璧な結界と、現象から霧を解析する、心地よい声。
「――なるほどねえ」
イェレミアスは、口の中で呟き、すっと目を細めた。
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