起きたら寝てた
紳士なカイルのお話、の続き
翌朝、セラフィナは、リーゼに髪を結ってもらいながら、考えていた。
朝、ベッドの中にいた。全く自然なことだが、ものすごく違和感があった。なぜか。セラフィナは、目を閉じて考えた。その違和感の正体は……
一つ目。寝衣の上に、上着を羽織ったままだ。
一つ目。夜中に目が覚めた後、部屋に戻った覚えがない。
この状況に、覚えがある。子供の頃に体験した、寝落ち、と言うやつではないだろうか。何かをしていて、疲れていつの間にか寝てしまうと、気がついた両親や家人が、ベッドに運んでくれるのだ。
ここは、家ではない。では、誰が運んでくれたのか。
――一人しか、思い当たらない。
「セラフィナさん、どうしました?」
リーゼが、顔色を変えたセラフィナに声をかけた。
「ねえ、リーゼ。私、昨日どうやって寝たの?」
「普通に寝ましたよ? セラフィナさん、まだ寝ているのですか?」
首を傾げるリーゼの様子に、セラフィナはホッと胸を撫で下ろした。夢でも見たのかしら、と安堵していると、後ろから「あ、でも」とリーゼの声がした。
「一度起きていましたね。しばらく戻ってこないと思っていたら……」
髪を結い終えたリーゼは、一度言葉を切って、できました、と言い、また続けた。
「カイルさんに抱えられて、戻ってきました」
こう、と両手を広げて上向けた。
「お姫様抱っこで、ご返却でした」
「返却って、あなたね……」
「私としては、カイルさんが良いと思います」
「何の話をしているのよ」
「………………」
「………………」
二人は、時々話が噛み合わなくなる。そうした時は、どちらも考えを曲げることができずに、平行線で終わることがわかっていた。そのため、二人はこの会話を早々にやめることにした。
とにかく、昨日、カイルの横で寝落ちをしたのは、セラフィナにも理解できた。問題は、その後。人一人を抱えて階段を上がり、リーゼを起こしてベッドまで運んでくれたのだろうということ。
(……迷惑をかけてしまったわ)
セラフィナは、少し気落ちしながら、リーゼと一緒に食堂に降りた。
食堂では、すでに三人が朝食を食べており、宿の女将がにこやかに迎えてくれた。
セラフィナとリーゼは、挨拶をしてからテーブルに着いた。すぐに暖かいスープとパンが運ばれてくる。女将に礼を言って、二人もゆっくりと食べ始めた。
「ねえ、カイル?」
セラフィナが話しかけると、カイルが食事の手を止めて目を向けた。
「昨日はごめんなさい。私、眠ってしまったみたいで」
それには、カイルは笑って答えた。
「雪の中を歩くのは、意外に疲れるからな。セラは、特に体力がないもんな」
明るく言うカイルに、嫌味はない。セラフィナは、申し訳なさそうにカイルを窺い見た。
「でも、重かったでしょう? 部屋まで運んでもらって……」
「ん? 別に、軽かったけどな。抱えてみてわかったけど、お前、腰に肉ついてないだろ。食べる量も少ないし、体力つかないぞ?」
カイルは笑いながら、セラフィナの前の皿を見た。
「ほら、またスープしか飲んでない。パンも食べろ」
「後で食べるわ」
「後では食べないやつだろ」
そう言って、カイルはセラフィナの皿からパンを持ち上げ、彼女の左手に持たせた。セラフィナは、少し笑ってパンをちぎる。
「朝からこんなに食べられないわ。半分食べてよ」
「朝こそ食べないと、一日持たないぞ。ちゃんと食べろ」
「……はい」
二人が話し終えると、食堂が静かになった。
リーゼは、いつも通り空気になって食事をしている。アルベルトは、いつも通り無言だが、じっとカイルを見つめている。静かな食堂で、食事の手を止めたエーリヒが口を開いた。
「――待って、カイル。セラを、抱えたって?」
「ん? ああ、昨日の夜、そこで」
カイルは、食堂にある暖炉を視線で示す。
「喋ってたら、セラが寝落ちしてな。揺らしても起きないから、部屋に連れてったんだ」
カイルの言葉を、リーゼが引き継ぐ。
「見事にお姫様抱っこで熟睡していましたね」
「夜遅かったし、疲れていたのよ。リーゼも、起こしてくれたらよかったのに」
起きなかったことを強調され、セラフィナは唇を尖らせた。
「あんまり幸せそうなお顔でしたので、起こすのが忍びなく」
「楽しんでいただけでしょうに」
「お話のネタになりそうでしたので」
「……でしょうね」
二人の会話に、カイルは笑っているが、エーリヒの顔色はすぐれない。下を向いて、何かを考え込んでしまっている。それに気づいたセラフィナが、エーリヒを覗き込んだ。
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
エーリヒは、ハッとしてセラフィナに笑顔を向けた。
「いや、俺も、夜更かしすればよかったなって思って」
セラフィナを見て、エーリヒが柔らかな笑みを浮かべる。
「じゃあ、今度はみんなで炎を見つめる会を開催する?」
「うん、そういうことじゃないかな」
「――?」
ニコニコとするエーリヒに、セラフィナは首を傾げた。
「それより、手が止まっているよ。ちゃんと食べてね」
「え? ええ……」
エーリヒに促され、セラフィナは首を傾げながら食事を再開する。
アルベルトの「鍵をかけるか」という呟きが聞こえたのはリーゼだけだったので、誰にも共有されることはなかった。
エーリヒとセラフィナのやり取りを見ていたカイルは、硬い顔をしてリーゼに話しかけた。
「……俺、たぶん話題の方向性間違えたよな」
「いえ、大体のことは正解かと思います」
「リーゼ、どうした?」
「私は、カイルさんがよろしいかと」
「…………何の話だ?」
何かの味方についたリーゼに、カイルも首を傾げる。
微妙な空気の朝食を、宿の女将は笑って見ていた。
朝食を終えた五人は、宿の女将に依頼主の家を聞き、雪の積もる村を歩いていた。
「村の外れの、古い家だったか?」
カイルが、宿の女将に教えてもらったことを復唱する。
「雪かきは玄関に通じる道だけで」
五人は、目の前の建物目指して雪をかけわけて歩く。
「たまに黒煙が上がっている」
もくもくと上がる黒煙は、まさしく目の前の家から上がっていた。
「――間違いなく、ここだね」
神妙な顔をしたエーリヒが言った。
古くくたびれた二階建ての家は、一階の半分が雪に埋もれ、玄関までの道がかろうじて通じているだけだった。その道も、玄関が半地下にあるのではないかと錯覚するほどの下り斜面になっているのだが。2階の窓が一つ開けられ、そこから立ち上がる黒煙が、さらに不安を煽る。
五人は、顔を見合わせて首を傾げながら、雪の斜面を降りて玄関にたどり着き、ドアノッカーを鳴らした。
「………………不在か?」
なんの反応もない家に、カイルが首を傾げる。エーリヒは、「そんなわけない」と眉を下げた。
「家から煙が出てるんだし、いるでしょ。じゃなきゃ、ただの火事だよ」
「消火に忙しくて、出られない、とか?」
セラフィナも首を傾げるが、リーゼの「静かすぎます」という意見に納得した。
カイルは、先ほどより強めにドアノッカーを叩いた。
「誰かいませんか? ギルドの依頼を受けたものです」
声をかけるが、しん、とした家は変わらない。カイルはため息をついて振り返った。
「いないのかもな。また後でくるか」
カイルの意見に反対は出ない。一行が揃って向きを変えた時、扉の鍵がガシャリと外される音がした。
五人は顔を見合わせて、扉の方へ向き直る。ギギ、と錆びついた音を立ててゆっくりと開いた扉の隙間から、暗い影がゆらりと覗いた。
「――セラ、落ち着け。人だ」
アルベルトが、咄嗟にスタッフを取り出したセラフィナの腕に手を置き、冷静に対応する。
それをチラリと見ながら、カイルは扉の隙間に話しかけた。
「ギルドに依頼を出していましたよね。受諾された連絡は、来ていませんか」
黒い影――住人は、考えるようにぴたりと止まり、すぐに扉を人が一人通れるくらいまで開いた。
「……はい、届いています。どうぞ」
声からして、若い男のようだ。真っ黒な髪は顔の半分を隠しており、人相がわからない。ずるりとした黒いローブを羽織り、猫背気味に佇んでいる。ローブのせいで体格はわからないが、背はそれほど低くはない。
五人は、少し警戒しながら依頼主の家に入った。
通されたのは、多分、リビングだった。ソファとテーブルが置いてある部屋には、暖炉の周りを避けてそこここに本が積まれている。テーブルの上にも、開かれた本と紙が散乱している。埃をかぶっていないところをみると、全て使用しているのだろう。依頼主は黙って一人用のソファに腰掛け、五人に座るよう促した。
「申し訳ありません。あまり、人が来ない家でして……」
五人が座ったのを確認して、依頼主は目を伏せるように話した。
「私は、イェレミアス・グランです。依頼を受けていただいて、ありがとうございます」
イェレミアスは、小さな声で丁寧に話している。カイルは、つられていつもより声の大きさを控えて答えた。
「俺は、カイルだ。それと、エーリヒと、リーゼと――」
「私はセラよ」
「アルだ」
それぞれに名乗ると、イェレミスは小さく頷いた。
「さっそく依頼の話を……」
言いながら、テーブルの上の本や紙を丁寧に避け(端にずらしただけ)、紙の中から地図を取り出した。
「今いるのは、ここです。皆さんには、こちらの教会に行ってもらいたいのです」
イェレミアスは、地図を指差しながら場所を示した。コクーン村は、王都フィオレイドより北のノースヴィークより、さらに北にあるが、最北の森で始まった魔物の異常は、ここまでは及んでいない。それなのに、魔物に占領された廃教会、とは何なのか。カイルは、そう尋ねた。
「この教会は修行の場だったようです。地図ではわかりにくいにですが、村から一時間ほど東に向かった場所にありまして、最北の森に近いのです」
カイルは、なるほど、と頷いた。
「それで、魔物の詳細は?」
「あ……遠くから見た限りでは、真っ黒い鹿のような見た目で。私は、戦いはからっきしで……」
申し訳そうな様子で、イェレミアスの声が小さくなっていく。カイルとエーリヒは、顔を見合わせた。
「黒い鹿なら、ノクスヘルンだろうな」
「魔法も使えるちょっと厄介なやつだよね」
「火には弱いんだ。霧が出たら、アルとセラに任せるよ」
カイルが二人を見ると、セラフィナが何かを考え込んでいた。
「セラ、どうしたの?」
エーリヒが顔を覗き込むと、セラフィナはハッと顔を上げた。
「あ、何でもないの。――それより、その教会には何があるのですか?」
セラフィナがイェレミアスに話を向けると、彼は少しだけ暗い顔をした……ように見えた。
「あ、それは……」
急に口籠るイェレミアスに、五人は首を傾げた。古書があるのは間違いなさそうだが、口籠るようなことなのか。
「その、神話に関する書物が……」
その内容は、口籠るようなことではなさそうだ。五人はさらに首を傾げる。
「あの教会は、記録にないほど大昔に捨てられた場所でして。古書というのが、全て古代語なのです……」
イェレミアスは、興味ないでしょう、とため息混じりに言う。
「昨今では、貴族ですら古代語を読める者はほとんどおらず、なんなら忌避する方の方が多いようで……」
エーリヒとリーゼが、そっと視線を逸らしたのも見ずに、イェレミアスはどんどん暗くなってゆく。
「私は、神話と妖精の繋がりを研究しているのですが、あまり理解を得られないようでして……」
ボソボソと話すイェレミアスに、セラフィナは急に目を光らせて前のめりになった。
「あなた、神話に詳しいの?」
「あ、ええ、まあ……」
そんなセラフィナを見て、エーリヒが思い出したような顔をした。
「そういえば、セラは前に、『神話が中途半端だ』って言ってたよね」
「――そう、そうなのです!」
エーリヒが言うと、イェレミアスが急に声を上げた。
「創世神の神話は、どうも腑に落ちないのです! わかっていただける方がいらっしゃるとは!」
先ほどまでの暗い表情とは一転して、張りのある声でセラフィナに身を乗り出した。
「創世神というからには、この世の全てを創りたもうた存在。なのに、なぜこのような世界にしたのか!」
「そうね。どう考えても、やることが中途半端だわ。それに、創世神の神話には、人や動植物、魔物の話は出てくるけれども、妖精については一つも出てこないのよね」
「それ! それなのですよ! このフィヨルライン王国に創世神ノルヴァディオンが降り立ったとされていますが、この地は妖精の存在する地でもあるのです」
「そこよね。まず創世神が降り立って、妖精王とかそういう存在が出てきてっていう壮大な話になりそうなものを、そのへんの繋がりは一切ないわ」
「それどころか、妖精の存在すら、現代の文献にはほとんど記載されていないのです」
「そこで、廃教会の古書が出てくるわけね」
「はい。そんなわけなので、とても重要な依頼なのです。セラさん、一見戦いに向いていなさそうですが、ここで私と神話について語り合いませんか? たくさんの本が読み放題ですよ」
「あら、それはとても楽しそうな――」
「楽しくないよね?」
「死ぬか?」
「バカですか」
エーリヒ、アルベルト、リーゼの声が同時に発せられ、三人から刺すような冷気が漂ってくる。横ではカイルが頭を抱え、イェレミアスが寒さに凍えたように顔を青くした。
「………………どうして怒るの?」
セラフィナだけが、むすっとして言い返した。
いつも読んでくれてありがとうございます。
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