セラフィナ怒られる
新たな依頼に進みます
『求む! 魔物に守られた古書の回収』
コクーン村の外れにある廃教会には、古書が眠っている。その教会が、魔物に占拠されてしまった! 危険を顧みず、貴重な古書を取り戻す強者はどこに!?
依頼を達成した方には、お好きな古書を一冊プレゼント! もちろん報酬は別です。ご安心ください!
「本当に、こちらでよろしいですか?」
差し出された依頼書を見て、マリナは不安そうに確認した。
「はい、よろしいです」
セラフィナは、キラキラとした目でマリナを見返している。後ろには、苦笑いで彼女を見ているエーリヒと、心配そうなカイルがいる。マリナは、同情するような視線でカイルを見た後、セラフィナに視線を戻した。
「こちらの依頼は、魔物の詳細が不明となっております。最近の魔物強化の影響を受けているかもしれません。十分にご準備の上、向かわれてください」
マリナにより依頼受諾の処理が終わり、三人は壁際で待つリーゼとアルベルトの元に戻った。
「……結局、それになったのですか」
リーゼが、セラフィナの手元を見て呆れたように言った。
「詳細不明で、怪しさ満載じゃないですか」
依頼書を覗き込んで、ため息をつくリーゼに、セラフィナはにこにこと笑った。
「いいじゃない、冒険者っていう感じがするわ。それに、廃教会に古書よ? とても楽しそう」
まるで遠足に行くかのような口調だ。
「まあ、じゃんけんに勝ってしまったものは、しょうがない。コクーン村は、近くの町までは馬橇でいけるんだが、そこからさらに徒歩で二日かかる。準備しないとな」
メンバーが目に留めた依頼書は、いくつかあった。そのため、誰の希望をとるかをじゃんけんで決めたのだが、一番怪しげなセラフィナの希望になってしまったのだった。
苦笑いのカイルの言葉に、セラフィナ以外の三人がため息をついた。
そういうわけで、五人は家の管理人に留守を頼み、揃って買い物に出かけた。
移動距離以上の保存食、五人が入れるテント、防寒。旅慣れしているカイルでも、真冬の徒歩移動は緊張する。店員に話を聞きながら、慎重に準備をした。
セラフィナたち五人がコクーン村に到着したのは、依頼を受けてから五日後の夕方のことだった。冬の夕暮れは早い。夕方とは言っても、夏でいう昼食と夕食の間の時間だ。しかし、暗くなるのが早い分、人々が帰宅するのも早い。五人は、依頼主に会いに行くのは明日にして、早々に宿を取ることにした。
コクーン村は、小さな村だ。宿は一軒しかなく、規模も小さい。宿というより、民宿と言った方が良い。個室はなく、宿泊客も、セラフィナたち五人だけのようだった。
宿の食堂で、カイルは大きくため息をついて椅子に腰掛け、大きく息を吐いた。
「……疲れた」
リーゼに椅子を押してもらいながら腰掛けたセラフィナは、テーブルに突っ伏してしまったカイルを見た。
「ルーヴェンとボノの村を歩いた時は、こんなに大変ではなかったわよね」
「あれは、秋でしたからね。それにしても、セラフィナさん、楽しそうですね」
リーゼが言うと、セラフィナは笑った。
「寒かったけれど、みんなで狭いテントに入ったり、保存食が全部硬かったり、道を見失いそうになったり、新しいことが満載だったわ」
「道を見失いそうになったのは、お前が雪だるま? を作ると言って暴走したせいだろ」
エーリヒと一緒に食堂に合流したアルベルトが、セラフィナに苦言を呈する。
「雪玉を転がして走り回れば、方向を見失うのも当然だ」
「あれだけ大騒ぎしたのに、作れませんでしたね」
「雪って、サラサラすぎると固まらないのね。手袋まで脱いだのに……」
リーゼの言葉に、しょんぼりとするセラフィナに、アルベルトが追い討ちをかける。
「雪山で手袋を脱いだせいで、凍傷になりかけただろ。反省しろ」
「だって、雪だるま……」
喧嘩の余地もなく落ち込んだセラフィナの手に、隣に座ったエーリヒがそっと触れた。
「手が冷たくなったら、また温めてあげるからね」
とろりと微笑むその顔に、セラフィナはつい見惚れてしまう。セラフィナの両手は、エーリヒの暖かい手に包み込まれている。雪山で、冷たくなった手を包んでくれたエーリヒの温かさを思い出す。
「確かに、エーリヒに温めてもらえば、問題は――」
「あるだろ。騙されるな」
セラフィナの言葉を遮るアルベルトの視線が鋭い。しかし、エーリヒは「騙すだなんて、アルは酷いなあ」などと笑って流している。
「それはともかく、セラフィナさん。帰りはうろちょろしないでくださいね」
アルベルトとエーリヒを無視して、リーゼがセラフィナに釘を打つ。セラフィナは、意味がわからず首を傾げた。うろちょろした覚えがない、とリーゼを見ると、大きなため息をつかれた。
「急に一人で道を外れたではありませんか」
そう言われて、セラフィナは「ああ」と思い当たった。
「うろちょろなんて、していないわ。綺麗な泉を見つけたから、見に行っただけよ」
セラフィナが言うと、アルベルトが静かに口を挟んだ。
「崖から落ちそうになったのは、誰だ?」
「………………私よね」
セラフィナは、きまり悪そうに視線を皆から逸らした。
「あれは、本当に危なかったよねえ」
エーリヒが、包み込んだセラフィナの手に力を入れた。天使の微笑みに、影がある。
「カイルが捕まえなかったら、大怪我どころじゃ済まなかったよ」
セラフィナは、その時の光景を思い出した。遠くにある湖を見ようと道を逸れたら、足元が抜けたのだ。気がついたら頭から雪に埋もれていて、後ろでカイルがエーリヒとアルベルトに引っ張り上げられていた。そして、セラフィナは叱られた。主にエーリヒに。それから一日、エーリヒが手を離してくれなかった。
「……反省しているわ」
セラフィナは、ぼそっと呟いた。自分だけが落ちるならともかく、カイルが危険な目にあったのだ。流石のセラフィナも、反省した。
「次からは、仲間を巻き込まないように――」
「もしかして、一生手を繋いでいたいのかな?」
セラフィナの反省の言葉を、黒い笑顔のエーリヒが遮った。「俺は、大歓迎だよ?」の一言と共に。セラフィナは、「……ちゃんと声をかけるわ」と言うしかなかった。
笑っているのに笑っていないエーリヒと、無表情にため息をついているアルベルト、呆れた顔をしたリーゼに囲まれて、セラフィナは逃げ場がなくなったのを知った。助けを求めるように、テーブルに突っ伏しているカイルを見ると、少し顔を上げて片肘をつき、苦笑いで仲間を見上げた。
「まあ、あの時散々叱ったし、セラも珍しく素直に反省してるし、笑い話にすればいいんじゃないか?」
深い緑の瞳が、セラフィナを優しく見つめる。
「もう、冬の山でうろちょろするなよ」
その言葉と視線に、セラフィナは心が暖かくなるのを感じた。「はい」と言って小さく笑うと、カイルも満足そうに笑った。
「本当に、そうしてくださいね」
リーゼが、念を押すように言う。
「遭難した場合、全員の命に関わりますから」
「……気をつけるわ」
小さな声で言うセラフィナを見て、エーリヒがくすりと笑った。
「まあ、セラは放っておくとすぐどこか行っちゃうからね」
そう言いながら、まだ繋いだままの手を軽く持ち上げる。
「やっぱり、ずっとこうしておく?」
「しません!」
即答したセラフィナに、食堂の空気が少し和らぐ。
その様子を見ていたアルベルトは、呆れたようにため息をついた。
「お前は、考えたらすぐに行動する癖は、なんとかならないのか」
「待って。私は迅速果断よ」
「短慮即行の間違いだろう」
セラフィナは、ムッとして反論するが、アルベルトに睨み返される。それに言い返そうとすると、カイルが先に口を開いた。
「なあ。ご飯、食べていいか?」
ポソリと言うカイルの言葉に、食堂が、しん、と静まり返った。そういえば、夕食を食べに集まったのだったか、と四人は思い出した。食堂の端では、宿の女将さんがカウンターでお茶を啜っている。だいぶ待たせてしまったようだ。
「――ああ、話は終わったかい? じゃあ、準備するから、待っておいで」
食堂が静かになったのに気がついた女将さんが、にこにこと笑って厨房に入っていく。
五人は恐縮しながらも、並べられた温かい夕食をきれいに食べ終え、疲れもあって早々に就寝した。
夜、目が覚めたセラフィナは、水をもらおうと部屋を出た。寝衣に上着を羽織るが、まだ少し寒い。寝てからそれほど時間は経っていないが、宿の中はしんと静まり返っていた。
階段を降り食堂に入ると、赤々と燃えた暖炉の前に置かれたソファに、人影を見つけた。
「――カイル?」
セラフィナが声をかけると、人影が振り向いた。
「セラか。眠れないのか?」
優しい声にホッとしながら、セラフィナは首を振った。
「喉が渇いて、起きてしまったの」
そう言うと、カウンターに置かれた水差しからコップに水を汲み、口に流し込んだ後、カイルの近くへ向かった。
暖炉に前には、皆の靴や手袋が並べられ、少し離れたところには上着もかけてある。皆で、寝る前に並べたものだ。
「カイルは、寝ないの?」
セラフィナは、カイルに声をかけた。すると、カイルは片手を上げて返事を返した。上げた手には、グラスが握られている。一人で酒を飲んでいたようだ。なるほど、邪魔してはいけないだろうか、とセラフィナが考えていると、カイルがにこりと笑った。
「――セラ、来るか?」
そう言って座る場所を少しずれたので、セラフィナはソファを回り込み、カイルの横に腰を下ろした。
暖炉の熱が心地よい。ふう、と息を吐いて、セラフィナがカイルを見上げると、酒のグラスを口につけた彼が、こちらを、見ている。その視線がなんとも深くて綺麗だな、とセラフィナは思った。
「あれから、大丈夫か?」
あれ、と言われ、カイルの瞳に見入っていたセラフィナは、我に返った。
「あれ……あれ?……ああ、あれ!」
やたらと「あ」を連発しながら、セラフィナは「エーリヒのね」と頷いた。前に相談した時は、名前を隠していたような気がするが、たぶんわかっているのだろう、と気にしないことにした。
「そうね。いつも通りでいいのだと思ったら、気が楽になったわ。ありがとう、カイル」
セラフィナが笑うと、カイルも「そうか」と笑顔になった。
「ねえ、幼馴染って、やっぱり距離が近いものかしら」
突然の質問に、カイルは首を傾げた。“幼馴染”というからには、エーリヒのことではない。セラフィナがそう表現するのは、一人しかいなかった。そう予想しながら、カイルは答える。
「まあ、家族みたいなものだからな。他よりは気安いだろうと思うぞ」
カイルの答えに、セラフィナは「やっぱりそうよね」と頷いている。では、やはり幼馴染の距離であっていた、ということで、セラフィナは自己完結したが、カイルはさらに続けた。
「ただ、幼馴染は家族じゃないからな。それに、俺は貴族のこともよくわからない。どちらにしても、男女の幼馴染の時は、しっかり線引きした方がいいぞ」
そう言われて、セラフィナはうんうん、と頷いた。
「大丈夫よ。寸前で阻止したもの。幼馴染としての対応だったわ」
セラフィナが胸を張って言うと、カイルの顔から笑顔が消えた。
「待て。阻止って、何を――」
「よかった。なんだか距離が壊れていると思ったのよね。でも、そう言うことなら大丈夫ね」
「セラ、だから――」
「カイル、ありがとう」
「お、おう……」
話を聞かないセラフィナに押されたカイルは、最後には彼女の笑顔に頷くしかなかった。
沈黙が落ちた。目の前の暖炉では、パチパチと音を立てて火が燃えている。
セラフィナは、その火をじっと見つめながら、ふと思ったことを口にした。
「――こういう時間の過ごし方も、あるのね」
カイルは、横でグラスを傾けている。言葉も行動もないが、たぶんカイルは聞いてくれている、そんな安心感が、セラフィナにはあった。
「何もしないし、何も考えないで、ただ火を見ている時間。無駄かと思っていたけれど、とても心地よいわ」
セラフィナは、ふう、と息を吐いた。
「もう少し、ここにても、いいかしら」
カイルを見上げると、彼はセラフィナの頭を優しく撫でた。
「あと少しだけな」
そう言って微笑むカイルに笑みを返して、セラフィナは視線を暖炉に戻した。
宿の食堂には、パチパチと木が燃える音が響いている。セラフィナは、肩に感じるカイルの温もりにより掛かった。不規則に揺れる炎をじっと見つめ、次はどんなふうに揺れるのかを楽しんだ。そうしているうちに、パチパチという音が気になった。その音に集中したくて、セラフィナは目を閉る。耳に聞こえるのは、木が燃える時の高い音。より掛かったカイルの身体が、呼吸と共に規則的に揺れるのが心地よかった。
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