拠点を作ろう
話が一区切りついた空気を察したイーダが、耳を塞いだ手を外して、再度ファイルを開いた。
「それでは、報告を続けますね。皆様からご依頼のあったアイテム三点の鑑定結果ですが、何も鑑定不可です。ブレスレットと剣については、同時に発見された魔法書、発生していた魔物の特徴から、闇属性の魔道具であると推測されますが、現存する魔法属性の分類に該当しないため、属性、効果等については判断しかねる、とのことです」
イーダが言葉を切ると、ヴァルターがセラフィナとアルベルトを見た。
「お前たちは、これからその魔法書を読むんだろう?」
「はい、そのつもりです」
セラフィナが答え、アルベルトが頷いた。
「じゃあ、気が向いたら使ってみるんだな。闇属性なんて得体の知れないものを鑑定したところで、結果に責任は持てないな」
ヴァルターが両手をあげて、降参のポーズをした。
「石板は、何にもわからないな。アストレアの支部から、初期ダンジョンでも石板が見つかっていると報告があったが、それとは別なのか?」
ヴァルターに言われて、セラフィナ、リーゼ、カイルの三人が「あ……」と間の抜けた声を出した。
「そういえば、石板を見つけたって言ってたっけ。セラが持ってるんだよね?」
エーリヒは、見つけた当事者ではないので、石板の印象が薄い。セラフィナに振ると、慌てたように魔法拡張鞄の中を探りだした。
「最近色々とあったから、すっかり忘れていたわ」
そう言いながら取り出した石板を、セラフィナは、テーブルの上に並べる。石の質感は同じ。いくつも彫られた曲線は、雰囲気こそ似ているものの、全く同じとは言い難い。古代語とも違う。魔力も感じない。大きく頷くセラフィナを、何かわかったのかと全員が注目した。
「全くわからないわね」
セラフィナは、両腕を組んで真面目な顔で呟いた。ヴァルターは、呆れたようにため息をついて、セラフィナを見る。
「お前、よく呆れられないか?」
「素晴らしいと言われ続けて育ちました」
セラフィナは即答するが、仲間たちの疑わしげな視線を集めている。
「……そうか。幸せだな」
「まあ、将来的な不幸の芽は、先に潰しましたが」
「何のことだよ」
ヴァルターは、疲れたようにもう一度ため息をついた。
「何はともあれ、よくわからんものばかりだ。規定通り、お前らに返却する。何かわかったら教えてくれ」
投げるように言い、ヴァルターはカイルを見た。
「時に、お前たちはこれからどうするんだ?」
「まだ決めていませんが、皆の意見が合えば、しばらくフィヨルラインに滞在することも考えています」
ヴァルターは頷き、五人を見渡した。
「功績のあるものは歓迎する。暇なら、いくらか依頼を受けてやってくれ。――ああ、依頼を受けるなら、イーダかマリナを通せ。どっちもいない時は……まあ、好きにしていいが」
カイルは、言っている意図がつかめず「はあ」と返事をし、セラフィナは「ぜひ、お願いします」と瞳を輝かせてイーダを見た。目があったイーダは、セラフィナにふんわりと笑い返すと「こちらこそ」と優しく返事をした。
話が終わり、五人は応接室を後にした。部屋を出るエーリヒが、イーダと鋭い視線を交わし合う。それを目撃したヴァルターが、「程々にしろよ」と呟いたのは、誰にも聞こえなかった。
その後、五人はしばらくフィヨルラインに留まることにした。そうすると、宿よりもギルドの寮に泊まった方がよいか、という話になったが、以前と違って人数が多い。そう言うことで、五人は家を探した。
三日かけて探した家は、ギルドからさらに王都の辺縁に降りた、湾の見える場所にあった。静かな通りに面した家具付きの小さな貸し家で、月単位で借りることができた。
「はっきりさせなければいけないことが、あります」
それぞれの部屋に荷物を置いたあと、一度集まったリビングでリーゼが言った。
「このメンバーで、生活能力があるのは、どなたですか?」
カイルが「あ……」という顔をして、他の三人は顔を見合わせた。
「言い方を変えます。お掃除、お洗濯、お料理の全てができる方は、手を挙げてください」
手を挙げたのは、カイル一人だった。掃除だけなら、と言うのはエーリヒで、アルベルトはそっと目を逸らした。
「教えてもらえれば、できると思うわ」
セラフィナは言った。セラフィナになる前、掃除も洗濯も、料理や買い物だってしていたという感覚がある。根本的に道具や環境が違うだろうから、方法は教えてもらう必要があるが、何とかなるだろう、と思ったのだ。しかし、周囲の反応は違った。
「……セラフィナさん、覚えていないのですか?」
リーゼが眉を顰めて言い、セラフィナは「何を?」と首を傾げた。
「以前、お料理を手伝うとおっしゃって、ご自宅の厨房を炭にしたではありませんか」
皆が一斉にセラフィナを見た。
「十歳の頃でしたか。十二歳の時には、お洗濯をやってみたいとおっしゃって、竜巻を出現させました」
セラフィナは、リーゼから目を逸らす。
「ご自宅のお庭が半壊して、奥様に三日三晩怒られたではないですか」
リビングに沈黙が落ちる。
「お掃除は、まだしたことがないですね。一緒にやってみますか?」
「「絶対にやめて」」
カイルとエーリヒの声が被った。
「お前、やりたい放題だな」
アルベルトが呆れたように言うと、セラフィナが不機嫌になった。
「アルなんて、厨房に入ったこともないでしょう? 人のことは言えないわ」
「求められなかったからな」
そう言い放ったアルベルトは、リーゼとカイルを見た。
「必要なことは、やる。教えて欲しい」
そういうことで、五人――三人はまず、生活をすることを始めた。
カイルと一緒に買い物に出たセラフィナは、屋台通りとは違う商店街の喧騒に、瞳を輝かせていた。空は少し曇ってはいたが、その分空気が冷え切ることもなく、昼過ぎの街には多くの人が歩いている。
「ね、私、焼いたりんごが食べたいわ」
セラフィナが、店内の棚に並んだりんごを見ながら、カイルの袖を引いた。りんごの山を見て、カイルは「焼きりんごが好きなのか?」と聞いた。
「好きよ。この前、屋台で初めて食べたのだけれどね」
「屋台?」
「そう。ほら、エーリヒと行ったときよ」
その味を思い出したのか、セラフィナは頬に手を当てて幸せそうな顔をする。カイルは、少し考えてから、店主にりんごを五つ頼んだ。
「あの家、焼き窯があったから、明日にでも作るか」
にこりと笑うカイルに、セラフィナは目を輝かせた。
「本当? じゃあ、私も手伝――」
「出来たら、すぐに食べような」
「………………」
カイルに言葉を遮られたセラフィナは、少しだけムッとしたが、彼のキラキラとした笑顔に押されて何も言えなくなった。店主のおばさんと一言二言言葉を交わして店を出て、残りの食材も買い終えた。
フィヨルラインの冬は厳しい。作物は、秋の間に蓄えたものが売られているので、新鮮な野菜は手に入りにくい。ここ数年不作が続いているため、冬の食料の多くは輸入に頼っているそうだ。しかし、それも保存のできるものに限る。それでも、フィオレイドは港があるからマシだという。移動に耐えられる果物や野菜に限っては、他国から船で運んでこれるからだ。
そんなことを話しながら、家に戻ろうと二人で歩いていると、小さな雑貨店がセラフィナの視界に入り込んだ。歩みが遅くなったセラフィナに気づいたカイルが、足を止める。
「――入るか?」
カイルに問われ、セラフィナはすぐに頷いた。
二人で入った雑貨屋には、キャンドルや香油、膝掛け、不思議な形をした置物や、何に使うのかわからない箱などが、雑然と置かれていた。こじんまりとした店で、背の高いカイルは、天井から吊るされたオーナメントや乾燥ハーブに頭が当たらないよう、たまに屈んで進まなければならなかった。折り重なるように置かれた棚の奥にはカウンターがあり、物に埋もれるように座るおばあちゃんが、「いらっしゃい」と微笑んだ。
セラフィナは「お邪魔します」と声をかける。商品ひとつひとつが目に留まり、セラフィナはキラキラした表情で丁寧に見て回った。
「ね、カイル。これ」
セラフィナは、繋いだままのカイルの手をくい、と引っ張って、反対の手で棚の一角を指差した。カイルは「ん?」と指差す方向を見るが、所狭しと置かれた雑多なものに紛れて、何を指しているのかわからない。セラフィナの視線まで腰を屈めて、棚の中を覗き込んだ。
カイルの顔が、自分の横まで並んだのに気がついて、セラフィナは指差していたものを、こつん、と指で突いた。
「これ、いいと思わない?」
言いながら横を向き、深い緑の瞳と視線を合わせた。イタズラっぽく笑い、共犯になって欲しい、と少し首を傾げて斜めに見上げると、カイルは意を得たり、とニヤリと笑った。
「よし。選ぶぞ」
二人はあれがいい、これはちがう、と笑いながら”それ”を選んだ。
日が沈んだ後、家に帰った二人を迎えたのは、納戸から顔を出したエーリヒだった。しばらく使われていなかった貸家は、手入れこそされていたものの、人が住まない埃っぽさがあった。残った三人は、家中の掃除をしていたのだった。
「おかえり。二人とも、ご苦労様」
ちょうど納戸の片付けを終えたエーリヒは、セラフィナが抱えた紙袋を受け取りながら、二人を労った。
「ありがとう。エーリヒも、お片付けご苦労様」
セラフィナが言うと、エーリヒは楽しそうに笑った。
「厳しい指導者がいるからね。手が抜けないよ」
それでも器用な彼なら、要領よく手を抜いていそうだな、とセラフィナは思ったが、リーゼのことだからそれも見越してここを任せたのだろうとも考えた。
「リーゼにバレないようにな」
セラフィナと同じことを思ったのだろうカイルの言葉に、「何のこと?」とくすくす笑うエーリヒは、やはり確信犯だ。
三人で笑いながらキッチンに食材を置き、リビングに移動すると、リーゼとアルベルトがソファでくつろいでいる。
「リーゼ。買ってきたものはキッチンテーブルに置いたけれど、よかったかしら」
セラフィナに声をかけられ、リーゼは立ち上がった。
「お帰りなさい、ありがとうございます。夕ご飯に使わないもの以外は片付けたいので、どなたかお手伝いいただけますか?」
リーゼが言うと、カイルが手を上げた。
「今日はみんな疲れてるだろうし、適当に買ってきた。自炊は、明日からにしよう」
その言葉に、リーゼは少し笑って「ありがとうございます」と言った。皆で手分けをして食材を片付けた後、早めの夕食にしたのだった。
夕食後、カイルが準備したお茶を見て、一同は固まり、セラフィナは口を抑えて笑いを堪えた。カイルは、何食わぬ顔をして、一人一人の前にお茶を置いていく。
「……ねえ、これは?」
エーリヒが、自分の前に置かれたマグカップを目線の高さまで持ち上げた。
「ええと……白い鳥?」
エーリヒの前に置かれたマグカップには、口をくわっと開けて飛ぶ白い鳥が描かれている。誰が描いたのか、大きく開いた口が強調され、絶妙なアンバランスだ。
「ふふっ……可愛いでしょ?」
それはエーリヒ用、とセラフィナは楽しそうだ。
「白フクロウは、フィヨルラインにしかいないんだと」
カイルも笑いながら言う。
「……不細工だね」
お茶がこぼれないように気をつけながら、マグカップの模様をぐるりと確認した結果の、エーリヒの感想だった。
「俺のは……鹿か?」
アルベルトが首を捻る。マグカップには、ツノが木の枝に絡んで取れなくなった大鹿が、リアルに描かれている。
「ありそうな光景じゃない?」
「……迷走してるな」
セラフィナが笑いながら言い、アルベルトがため息をついた。
「私のは、アザラシよ」
アルベルトが、セラフィナのコップを覗き込む。丸いフォルムのアザラシ二頭が、取っ組み合いの喧嘩中だ。
「……迫力がないな」
「可愛いと言って。カイルのは、白い犬にしたの」
そこには、木下で大欠伸をする白い犬が、可愛らしいタッチで描かれている。その数十匹。
「…………多すぎない?」
エーリヒが言うのに、カイルが「賑やかだろ?」と笑った。
「それから、リーゼのは山猫よ」
セラフィナは、キラキラとした眼差しでリーゼを見た。彼女は、じっとマグカップを見ている。緑の木々が全面に描かれたそれは、無駄に繊細なタッチで美しい森が描かれていた。
「……………………どこに?」
山猫らしき姿を見つけられないリーゼは、カイルを見た。
「うん、俺も探せなかった」
カイルは、いい笑顔で言った。




