依頼完了
ヴァルターは苦労人
約束の日、五人は朝からギルドへ向かった。
外は、大粒の雪が静かに降っていたが、よく晴れた日よりは、露出した肌が痛いとは思わなかった。
リーゼと手を繋いで雪の上を歩くセラフィナは、ほーっと白い息を吐いた。
「今日は積もるって言っていたけれど、帰りに本屋さんに寄れるかしら」
「ギルドに長居しなければ、寄れるのではないですか?」
リーゼが空を見上げながら言い、セラフィナは笑顔になったが、カイルが振り返って追加する。
「うまくいけば、今日、魔法書が戻ってくるんじゃないのか?」
セラフィナは、「あ!」という顔になり、まるでスキップでもするような軽やかな足取りで、リーゼを引っ張って行った。
それを、カイルは目で追った。
ゆっくりと自分を追い越すのは、貴族の頂点に立つ公爵家の一人娘と、その専属侍女だという。珍しく二人で話しながらカイルの前を歩くのは、男爵家の嫡男で近衛騎士だった男と――なんと、アストレア王国の第二王子。セラフィナの口からそれを聞いた時は、耳がおかしくなったのかと思った。平民には一生関わりがないだろう存在に、カイルは「よろしく」と言ったことを一瞬だけ後悔したものだ。
そんなことを考えていると、アルベルトがくるりと振り返った。
「カイル。しばらくフィヨルラインを見て回りたいのだが、いいだろうか」
急に聞かれて、カイルは驚いた。こういう時、王族というのは命令するものではないだろうか、と。しかし、カイルの記憶には、アルベルトが誰かに王子として命令する姿はない。
「魔物が増えてるのは気になるけど、行く場所を選べばそこまで危険はないと思うんだよね」
「俺は、軍の動きも見たい」
「危なくない範囲でね」
男爵家は、貴族の中でも下位ではなかっただろうか。そのエーリヒが王族のアルベルトと普通に話をしている。平民の自分すら、分け隔てがない。わかってしまうと本当に不思議な光景だ。
「セラとリーゼがいいなら、俺はいいぞ」
カイルが笑って返事をすると、アルベルトは「そうか」と言い、二人の元へ向かう。それを見送ったエーリヒが、カイルの横に並んで歩いた。
言葉を交わすでもなく、カイルとエーリヒは、三人に続いてギルドの建物に入って行った。
ギルドの応接室には、異様な熱気が漂っていた。
三人掛けのソファには、セラフィナ、カイル、アルベルトが座り、エーリヒとリーゼはそれぞれに座っている。五人が囲むテーブルには、古代語で書かれた魔法書が三冊と、最北の森のダンジョンで取得したブレスレット、剣が並べられている。そのテーブルを挟んだソファには男性が一人座り、後ろには呆れ顔のイーダが控えていた。
「――では、この氷の膜は……」
「はい。私の魔力を氷に変換したものです」
「何もないところから、物質を作り出すというのか」
セラフィナ、カイル、アルベルトの向かいのソファに座る壮年の男性が、驚きの声をあげた。
「いいえ。現代魔法では、体内に流れる魔力を外に放出する際、その場にある風や土、空気中の水分など、様々なものを操ります。一方で――」
セラフィナは、一度言葉を切り、目の前に置かれた魔法書を指さす。
「古代魔法では、魔力を放出する際に、例えば薄い氷の膜をイメージして魔力を練っていきます。すると」
こうなります、と、セラフィナは、薄い一枚の氷板を作り出した。
男性――ギルドのフィヨルライン王国支部実地部門長であるヴァルター・グレイグは、身を乗り出してそれを凝視した。
「見た目は、現代魔法で作り出す氷と変わらんように見えるが……」
ヴァルターは、目を細め、首を傾げながら言い、セラフィナはそれに頷いた。
「はい。これくらいの氷なら、あまり変わりません。けれども、これを現代魔法でもっと大規模にすると――」
セラフィナは、また言葉を切った。意味深な溜めに、ヴァルターの喉が鳴る。
「空気が、乾燥します」
応接室に、沈黙が落ちた。
真面目な表情のセラフィナを、仲間たちが凝視している。
誰かが何かを言わなければ、話が進まない事態に、仲間たちは大いに慌てた。しかし、どこをどうすればいいのかわからないまま、誰も口を開けない時間が過ぎていった。
が、その沈黙は、突如として破られる。
「――なんと! なんという画期的な魔法なんだ!」
ヴァルターが、両手を叩いて歓喜した。
「氷を作るのは、魔法使いの中でも長年研究されてきた分野だ。一度大規模に氷を作ってしまうと、次に作れるまでにタイムラグが生じる。この問題を、最も簡単に解決できるではないか!」
「その通りです! 多少魔力消費は増えますが、費用対効果を考えると問題にはなりません」
「して、その消費量は?」
「現代魔法の五倍程です」
「………………だめじゃん」
ヴァルターの声が一気に冷め、後ろに立つイーダの目が遠くを見つめた。
「ええ!? たとえ砂漠でもお水を作り出せてしまうんですよ? お水、撒き放題ですよ?」
セラフィナが、信じられないとばかりに反論するが、アルベルトが冷静に止めた。
「セラ。古代魔法には、もう一つ問題がある」
「問題って言わないでちょうだい」
セラフィナがムッとして言うが、アルベルトは構わず続ける。
「現代魔法は、そこにあるものを操作するだけだ。だから、魔法の理解が多少甘くても、魔力があれば誰でも使うことができる」
それに対して、とアルベルトは言う。
「古代魔法は、どうやらこの魔法書を読み込み、理解し、己のものとしなければ、使うことはできないようだ」
「それ、どういうこと?」
アルベルトは、聞き返すエーリヒに向き直った。
「俺は、最初、セラの指導で古代魔法を使おうとしたんだ。が、発動すらしなかった」
「セラフィナさんの教え方は、まどろっこしいですからね」
リーゼが言うと、セラフィナが「理論的と言ってちょうだい」と彼女を睨んだ。アルベルトは、どちらも否定せずに、さらに続ける。
「魔法書を読んで、初めて発動できた。たぶん、この魔法書自体が魔道具なんだ」
セラフィナが、驚いたようにアルベルトを見た。
「お前は、最初に使ったから気づかなかっただろうな」
そう言うアルベルトに、セラフィナはにこりと笑った。
「アルが不器用なわけでは、なかったのね」
「…………自分を疑わないのは、どうにかしろ?」
「自信を持つのは、良いことね」
にこにこするセラフィナと、ジロリと睨むアルベルトを、カイルがため息をついて止める。
「まあ、それはいいんだが。魔法書がないと、古代魔法を習得できないのはわかった」
これまでの話を聞いて、ヴァルターが残念そうな顔をした。
「そうか。古代魔法の復活は、今は諦めよう。しかし、薄っぺらい氷で氷月花を覆うアイディアは、見事だ」
ヴァルターは、両膝に自信の腕を置いて、セラフィナを見る。セラフィナは、にこりと笑って返事をした。
「ありがとうございます。これは、現代魔法でもできますよ」
四大元素の扱いについては、古代魔法の使い勝手がよく、最近のセラフィナは現代魔法を使用していない。しかし、単純に水を氷にすること、空気を冷やすことしかしていない即席クーラーボックスは、現代魔法でも十分作成可能だ。そう説明すると、ヴァルターは満足顔で頷いた。
「氷月花の保存方法として、公表しても良いだろうか。あれが保存可能なら、薬屋たちが非常に助かるんだ」
セラフィナは、二つ返事で頷いた。
「魔法使いなら、誰でも使える魔法ですから。秘匿する必要がありません」
その返事に、ヴァルターは「そうか」と優しく微笑んだ。そして、情報料がセラフィナに支払われると、ここからが本題と、ヴァルターが真面目な顔をした。
「さて、その魔法書なのだが――」
ヴァルターが後ろのイーダにチラリと視線を送ると、彼女はにこりと微笑み話を引き継いだ。持っていた紙のファイルを開き、丁寧に読み上げる。
「鑑定の結果は、『未知の本』です。文字は古代語、題名は、それぞれ『元素魔法』『音魔法』『闇魔法』です。鑑定者は、古代語にそれほど詳しくないので、正確な内容は不明です」
イーダは、読み終えるとパタリとファイルを閉じた。
セラフィナやアルベルトが語った以上の情報は、出てこなかった。五人は、ヴァルターを見る。
「……つまり、何もわからなかった、と言うことだ」
見られたヴァルターは、ため息をついた後、「ただ」とカイルを見た。
「お前たちが報告したダンジョンの隠し部屋や、そこにいた魔物については、未確認ながら嘘はないと考えている。この魔法書の存在、説明の内容も、筋が通っている」
そして、ヴァルターは、最北の森のダンジョンの様子を説明した。カイルたちのダンジョン再攻略後も、いく人かの冒険者が潜っているが、魔物は通常通りの強さに戻ったと報告があったようだ。ボス部屋には、相変わらずボスの代わりとなる魔物が現れたそうだ。
「よって、最北の森のダンジョンは、沈静化したと判断する。だが、活性化、と呼んでいいのかわからないが、その理由は不明のままだ。また、いつ、どのダンジョンが活性化するかは、予測できない」
ヴァルターは、腕を組んで唸るように言った。それを聞いて、カイルがヴァルターに尋ねた。
「ギルドは、今後どのように動きますか。まだ北部の魔物の変異が残っていますが」
「さて。本部がどう判断するか。各国がどう動くか、にもよるだろうな」
ギルドは、どの国にも属さない組織だ。原則、国家と協力することはない。大陸に存在するダンジョンは、全てどこかの国の中にあり、また国に属していない土地もない。ギルド本部でさえ、一国の中に存在する。異変が起きている場所にその国が介入する場合、ギルドは必ず手を引いている。これまでずっと、そうすることで、この巨大な組織を守ってきたのだった。
「今後、どうなるかはわからんが、俺個人から、お前たちに頼みがある」
ヴァルターは、そう言って五人を見渡した。代表してカイルが「なんでしょうか」と聞く。
「まず、ダンジョンの件だ。今後、活性化したダンジョンが発生した場合、最初に動くのは間違いなくギルドだ。その時は、ぜひ調査、解決を手伝って欲しい」
これには、カイルは「依頼があれば」と返答した。頷いたヴァルターは続ける。
「その場合は、詳細な記録が欲しい。活性化の原因を突き止めたいからな。もちろん、お前たちの手柄を奪うつもりは、ない」
これには、後ろに控えるイーダが付け足した。
「今回の会話は、全て記録し、適切に保管させていただきますので、ご安心ください」
にこりと微笑むイーダにセラフィナが見惚れている間に、カイルが「できる限り、ご協力します」と返事をした。
「ああ、できる限り、でいい。それから……」
ヴァルターは、セラフィナとアルベルトを見た。
「この魔法書は、扱いが面倒だ。俺は、見なかったことにする」
さらっと恐ろしいことを言い出したヴァルターに、五人は目を丸くした。
「あ、ええと……それは、どういうことですか?」
セラフィナは、戸惑いながら聞き返した。魔法書は、もちろん返して欲しい。しかし、知識の提供やら報告やらがあるのかと思っていたのだが、「見なかったことにする」と言われてしまった。それはそれで嬉しいが、とカイルを見ると、彼も困惑した目をしていた。もう一度ヴァルターを見ると、彼は面倒そうに手を振った。
「どうやら、そいつは古代語の研究者か、よっぽどの物好きじゃないと読めないようだ。しかも、理解だ習得だとなると、そりゃあ変人だろ」
「…………へん、じん……?」
セラフィナは、誰のこと?と首を傾げた。アルベルトは、無表情で動かない。
「その本を直接読めなければ、習得できないんだろ? 簡単には習得できない代わりに、悪用もしにくい。そいつが紛失したところで、ただの紙だ」
だから、俺は知らん、と締め括った。後ろでは、イーダが耳を塞いでいる。
「……あー。じゃあ、これの管理は、この二人にしてもらいます」
カイルが言うと、ヴァルターは「好きにしろ」と言い、話を打ち切った。




