【番外編】受付嬢は見た
ギルド職員の二人の会話シーンです
フィオレイドにあるギルドの実地部門受付は、今日も騒がしかった。
依頼の確認に来る冒険者、報酬を受け取る者、依頼を出しにくる者、取得品の鑑定。雪国の冬は魔物の動きが活発になることも多く、王都周辺も決して平和ではない。
そんな喧騒の中、受付嬢のイーダは、休憩室のテーブルに突っ伏していた。
「はあ……」
深いため息。さらりと揺れるミルクティー色の髪が頬にかかり、薄幸の美女とでもいうような雰囲気を醸し出す。もちろん、本人にはその気はない。休憩時間を使って、心の疲れを癒しているのだ。
隣で一緒に休憩していたマリナが、パンを食べながら呆れた声を出した。
「どうしたのよ、イーダ。また、勘違いした冒険者に迫られたの?」
この受付嬢が微笑むと、大抵の男は落ちるのだ。彼女目当てにフィヨルライン王国に留まっている冒険者も少なくない。いつもは、それをさらりと流しているイーダだが、時々流されない強者も出てくる。つい先日出現した強者に、イーダは来館拒否を突きつけたところだった。
「違うわよ……精神的疲労」
「……は?」
イーダのメンタルは、強い。嫉妬、僻み、恋愛の拗れ。そんなことには動じない。マリナは、いつも、この美人受付嬢には喧嘩を売らない(売ってもどうしようもない)と思っていた。なので、彼女がそれほどダメージを受ける場面が、想像つかなかった。
イーダは、恨みがましい目で休憩室の扉を見る。
「――明日、あの五人が来るでしょ?」
あの五人。その言葉だけで、マリナは「ああ」と察した顔をした。最近フィオレイドに滞在しているパーティだ。
黒眼黒髪、年齢不詳の女性軽戦士、リーゼ。
金髪碧眼の無表情な魔法剣士、アルベルト。
焦茶の髪の騎士風魔法剣士、エーリヒ。
深緑の瞳を持つ長身の弓使い、カイル。
そして、プラチナブロンドの美髪を持つ魔法使い、セラフィナ。
美男美女揃いで、しかも実力も高い。最近はギルド内でも有名になっていた。
マリナは、苦笑いした。
「あの五人、人気よね」
「人気なんてもんじゃないわよ。受付の担当、くじ引きになったのよ?」
「……は? 今、何て?」
マリナは、くじ引きの意味がわからず聞き返した。それをじとっとした目でイーダが見返す。
「だから、くじ引き。今日、あの五人が来たら、誰が担当するのか決めるんだって」
毎日やるって、張り切ってたわよ、と、イーダは嫌そうな声を出した。
「今朝なんか、リタとノエルが本気で喧嘩してたわ。“今日はエーリヒさん担当するの私だから!”って」
「子供か……」
呆れながらも、マリナは少しわかる気がした。実際、エーリヒは恐ろしいほど顔が良い。柔らかな笑みを浮かべて、誰に対しても物腰が丁寧。女性人気が出ない方がおかしい。
イーダも、最初はそう思っていた。
「……最初はね、私もエーリヒさん狙おうと思ってたのよ」
「狙うって」
「だって、顔良いし、優しいし、強いし、女慣れしてそうだし」
「最後、褒めてる?」
イーダは真顔で頷いた。
「大事でしょ。変に初心な男より、余裕ある男の方がいいじゃない」
「まあ……」
一応同意したマリナだが、本当はちょっと可愛げのある男の方が好みだ。あの三人は、顔が良すぎて目が潰れる。だから、恋人ではなく鑑賞対象として、あのグループ全体を見ていた。
「でも、あれはダメ。マリナも、触るな危険よ。注意して」
イーダは人差し指を立てて、真面目な顔をしてマリナに注意した。
マリナは首を傾げる。
「触れないけど、ダメなの? イーダ、エーリヒさんがドンピシャでしょ」
「――気づいたのよ」
イーダは、遠い目をした。
「あの人、ずっとセラフィナさん見てるの」
「……あー」
マリナも、思わず納得の声を出した。
「ずっとなのよ。怖いくらい」
イーダは身振り手振りを交えて語り出す。
「セラフィナさんが依頼書見てる時も見てる。喋ってる時も見てる。段差に躓いた時なんか、一瞬で距離詰めてたわよ」
「ああ、それは私も見た。瞬間移動したよね。ちょっと引いた」
二人は、同時にため息をついた。
エーリヒは確かに優しい。だが、あれは“誰にでも優しい男”ではない。逆だ。“本命以外には一線を引く男”だ。
「しかも笑顔が怖い時あるのよ」
イーダが、両腕を押さえてぶるりと震えた。
「セラフィナさんが他の男性と喋ってる時とか」
「あー……」
マリナは、以前見た光景を思い出していた。ギルド内でセラフィナが他の冒険者に話しかけられていた時のことだ。エーリヒは笑っていた。笑っていたのだが、何故か周囲の空気が冷えていた。
「あれ絶対、怒ってたよね」
「怒ってたわよ」
イーダは断言した。
「しかも、すぐに話を終わらせたのよ、彼」
イーダが言うことには、マリナも気がついていた。冒険者は、まだ話し足りない様子だったが、一瞬で終わった会話。エーリヒが意図的に終わらせたのだ。
「セラフィナさんを取り返した時の、エーリヒさんの笑顔、みた?」
マリナは頷いた。輝かんばかりの笑顔に、マリナは引いた。そう言うと、イーダも神妙に頷いた。
「あれは、ダメよ。セラフィナさんだから、耐えられるのよ。あの男は、中身が真っ黒だわ」
「……そうだね。ダメだね」
「だからエーリヒさんは断念した」
イーダは、テーブルに頬杖をついた。
「じゃあ次、カイルさんかなって思ったのよ」
「カイルさんは、普通に良い人だよね」
「そう。“普通に”ね」
イーダはそこで意味深に笑った。
「最初は、一番安全そうだったのよ」
爽やかで、気さくで、距離感も程よい。冒険者として経験豊富で、ギルド職員にも丁寧。正直、本命を選べと言われたら、一番人気はカイルかもしれない。マリナも、もし三人の中から誰かを選べと言われたら、間違いなくカイルを選ぶだろう。
「だから、昨日までは、カイルさんを狙ってたんだけど……でもね」
イーダは、声を潜めた。
「昨日、セラフィナさんと二人で依頼行って、帰ってきたでしょう?」
「氷月花の依頼?」
「そう。それ」
マリナも、あの時のことは覚えている。二人は楽しそうだった。いや、“楽しそう”というより、“自然だった”。
「帰ってきた時のカイルさんの顔、見た?」
「優しい目で見てたよね、セラフィナさんのこと」
例えば、歳の離れた妹を見るような、幼い子供を見るような、優しくて、甘い表情だった。
(……ん? "甘い"?)
マリナは、自分の回想に首を捻った。ものすごい違和感だった。それを言葉にしたのは、やはりイーダだった。
「優しいなんてもんじゃないわよ」
イーダは真顔で言った。
「あれは、依存をさせる顔よ。『困ったやつだな。こいつの世話を焼けるのは、俺くらいだよな』の顔だったわ」
「うわあ……」
「普段は誰にでも優しいから、わかりにくいのよね。でも、よく見ると、セラフィナさん見る時だけ違うのよ」
それが、イーダにはよくわかった。
視線が柔らかい。
声が柔らかい。
距離感が近い。
「前までは、違ったのよ。一昨日五人で来た時も、まだあそこまでじゃなかったわ」
イーダは、腕を組んで遠くを見た。一日で、何があったのだろうか。
「昨日の様子を見るに、カイルさんは、じわじわと攻めるタイプだわ。しかも、自然に、無自覚に」
「…………恐ろしい」
イーダの言葉に、マリナは身震いした。無自覚に攻められるって、どんなに気をつけていても躱せないやつではないか。
「でも、セラフィナさん、全然気づいてないよね……」
「そうなのよ!」
イーダは机を叩いた。
「そこがまた危ないの!」
マリナは、苦笑いした。
セラフィナは、完全にカイルを信用している。エーリヒならば怒ることでも、彼になら何でも許してしまうだろう。
「そういえば、昨日カイルさんに頭撫でられて、嬉しそうにしてたっけ」
マリナは、昨日目撃したことを思い出した。いや、これくらいの歳なら、もっと違う褒め方があるだろうよ、と内心で呆れた。
「たぶん……たぶんだけどね」
イーダは、眉を寄せて言った。
「これが、普通の女の子だったら、『他の人よりも距離が近いわ』って赤くなるのよ。そうすると、カイルさんも、『こいつ何で照れてるんだろ』ってなって、『もしかして、こいつ俺のこと好きなのかな』に繋がって、『俺も、こいつのこと、特別かも』ってなるのよね。普通にね」
身振り手振りでシーンを再現するイーダの表情が、なぜだか生き生きしている。が、すぐにその表情が曇った。
「それが、セラフィナさんは普通に撫でられてるんでしょ?」
イーダに問われて、マリナは静かに頷いた。
「これは、カイルさんが特別な思いに気づくのが遅れて、なおかつ気づいた時には、もう抜け出せないくらいに沼ってるやつだわ」
イーダは断言した。
「もしかしたら、もう片足は抜けられなくなってるかも」
そう言うイーダに、マリナが眉間に皺を寄せた。
「その沼って、底なしでしょ?」
「当たり前よ」
二人は顔を見合わせ、ため息をついた。
「じゃあ、最後にアルベルトさん……は、若すぎるね」
マリナが苦笑いする。
「顔は一番好き」
大真面目にイーダが言い、マリナが「わかる」と大きく頷いた。
溶かした金をそのまま糸にしたかのような美しい髪。磨き上げられたサファイアのような瞳。通った鼻梁と白磁を思わせる肌は、幼い頃に思い描いた王子様そのものだ。
ただし、無表情。無駄口は一切なし。
「一瞬、目を奪われたわ。一瞬ね」
イーダは、"一瞬"を強調した。
「もう少し、歳が上だったらなあ」
マリナが、憧れにも似た声を出したが、イーダが即座に待ったをかける。
「あれは、もう手遅れよ」
「……は?」
マリナは、イーダの言っている意味がわからなかった。アルベルトは、終始無表情ではあるが、妙な行動はしていなかったはずだ。ほとんど喋らずに、他のメンバーの会話を聞いている。誰かにだけ笑いかけるとか、視線がおかしいとか、そんなことはなかったように思える。もし、もう少し歳が上だったなら、間違いなく自分だけに微笑んでほしい女子の群れで、身動きが取れなくなっていただろう。
「アルベルトさんは、無表情なだけで、おかしなところはなかったよ?」
マリナが言うと、イーダが自信満々な顔をした。
「私は、騙されないわよ。あの無表情の下は……執着よ」
マリナは、思わず「え……」と声が出た。考えのわからないあの表情の下で、何を考えていると?
「何言ってるの。それだったら、ちょっと表情が崩れたり、エーリヒさんみたいに、視線が動くでしょ。べつに、セラフィナさんだけを見てる感じ、しなかったよ?」
さらに反論すると、イーダは人差し指を立てて、チッチッチッ、と舌打ちをした。
「甘いわね。ロビーで、さりげなく他の男を威圧していたのを、私は見ていたわ」
「え……」
「しかも、その人、セラフィナさんを見ていただけよ」
「………………」
「ひと睨みで、その冒険者は逃げていったわ」
「…………そう」
「あれは、わかりにくいだけで、他の二人より根深いわ」
二人は、揃って遠い目をした。しばらく沈黙が落ちる。
やがてマリナが、小さく呟いた。
「……つまり、あのグループの男子全員、アウト?」
「アウトよ」
イーダは深々とため息をついた。
「というか、リーゼさんがいないと危ないのよ、あのグループ」
「え?」
「リーゼさんがいる時って、ちゃんと抑えてるのよ、三人とも」
マリナは考え込む。確かにそうかもしれない。リーゼが常にセラフィナの横にいて、誰かが手を出す隙はない。何なら、リーゼが一番、周囲を威圧しているかもしれない。
「リーゼさんも、相当だと思うんだけど」
「でも、そのリーゼさんが、あのグループの重しになってるのよ、きっと」
イーダは、真面目な顔をしている。
「リーゼさん、絶対苦労してるわ」
マリナは、思わず笑ってしまった。確かに、あの五人の中で、一番大変なのはリーゼかもしれない。
「そもそも、あのメンバーって、どうやって集まったんだろうね。顔で選んでるとしか、思えない」
マリナが言うと、イーダは肩をすくめた。
「同じ羽の鳥は群れるって言うでしょ? リーゼさんは、最初からセラフィナさんにくっついてそうだけど、案外、みんなお貴族様だったりしてね」
イーダは冗談めかして言ったが、マリナは本当にあり得そうな気がしてならなかった。
「そういえば、結局あの五人の対応は、毎日くじ引きなの?」
マリナが、話題を最初に戻した。毎日くじ引きとなると、面倒くさそうだ。
「部門長が、止めるって言ってたわよ。とりあえず、予定してくる場合は、私とあなたが担当だって。イレギュラーで私たちがいないときは、じゃんけんだって」
「……くじ引きと、何が違うの」
「ズルができなくなる?」
「…………部門長、面倒になったんだね」
「そうでしょうね」
朝からじゃんけんしている女子の図が頭に浮かぶ。二人は、遠い目をしてため息をついた。
「みんな、セラフィナさんを羨んでるけど、とんだ間違いね。あれは、セラフィナさんだから食われないのよ。普通の子があの立ち位置にいたら……最悪の未来しか、見えないわ」
「セラフィナさんって、ヤバい男を捕まえる運命なのかな」
「そうかもね。私は、もっと普通に幸せになりたいわ……」
明日、五人の対応をする職員は決まっている。その後。彼らがフィヨルライン王国に残る限り、この戦いは続くのだろう。




