氷月花
更新が遅くなりました!
悪夢を引きずるカイルです。
セラフィナは、驚いて横に立つカイルを見上げた。確かに、今、手を離された。それと、自分が貴族だったこととの繋がりがわからない。セラフィナは、焦ってカイルのコートの裾をギュッと握った。
「待ってよ! 私、迷子に――」
カイルが急に立ち止まったので、セラフィナは言葉を切ってしまった。セラフィナも止まって首を傾げていると、カイルがゆっくりと振り返った。
「セラは、貴族だったんだろ?」
表情のないカイルを不思議に思ったが、セラフィナは繰り返される質問に、少しイライラとしてと答えた。
「だから、そうよって。それが何? 今、何か関係があるの?」
「……俺は、もともと平民で、孤児だ」
カイルは、寂しそうな顔をして言い、一歩引いた。その言動に、セラフィナはさらに困惑する。
「だから、何? もしかして、住む世界がどうのとか、絵本の中みたいなことを言いたいの?」
セラフィナは、少しだけカイルを睨みつけた。貴族だ平民だとかいう話の流れは、だいたいこういう結論に至る。しかし、セラフィナは納得がいかなかった。
「出自なんて、生まれ変わりでもしないと変えられないじゃない。そんな、どうしようもないものを持ち出して、差別しないでちょうだい」
セラフィナは、腕を組んで怒ったように続ける。
「それとも、あなたは自分が平民で孤児だから、私とは違うんだ、とか言うの? それって、最悪の侮辱だわ」
嫌そうな顔をするセラフィナを、カイルはポカンとして見ていた。
風のない空に、少しの沈黙が流れる。何の音もしない雪の森で、セラフィナは沈黙に耐えられず、ぼそりと「何よ」と呟いた。途端に、カイルがぷっと吹き出したので、今度はセラフィナがポカンとしてしまった。
カイルは、そのまま腹を抱えて笑い出す。あまりの違いに、セラフィナはついていけず、笑うカイルを驚いた表情で見ていた。
「――い、いや、ごめん」
堪えきれない笑いを含みながら、カイルがセラフィナに謝った。
「そうだな。変えられないものを持ち出して差別するのは、卑怯だな」
笑いながらも、カイルは少し嬉しそうだ。だが、セラフィナは置いて行かれている気がしてムッとした。黙ってカイルを見ていると、いつもの朗らかな瞳と目が合った。
「セラたちは明らかに貴族なのに、俺、このままでいいのか、迷っててさ。でも――」
深い緑の瞳が、輝きを増してセラフィナを見る。
「うん。俺とセラには、何にも関係なかったな。ごめんな」
そう言って、セラフィナの頭をぐりぐりと撫でた。
「ち……ちょっ……カ――っ」
頭をぐらぐらされて、セラフィナはうまく言葉が出ない。
「謝るから、怒らないでくれ」
面白がるように言うカイルの手を振り払い、セラフィナは大きな声を出した。
「もう! 謝る態度ではないわよねっ!」
怒るセラフィナに、カイルはまた声を上げて笑う。「すまん、すまん」と楽しそうなカイルに、セラフィナは唇を尖らせた。何なのよ、と乱れた前髪を直していると、ふとカイルと目が合った。その視線はとても柔らかくて、セラフィナは心臓がドキリと鳴るのを聴いた。
「俺さ、セラの世話をするのが、意外と好きなんだよな。だから、これからもよろしくな」
穏やかな笑顔で差し出されたカイルの手に、セラフィナは反射的に手を乗せる。歩き出したカイルに手を引かれ、セラフィナは「世話って、何なのよ」とぶつぶつと文句を言った。
森が急に開けたと思ったら、氷の張った泉が現れた。
吐く息は白く、森の中も雪で覆われているのに、この泉の周りには雪がない。それは、泉の周りに咲く氷月花が影響していた。
「氷月花は、冬に花を咲かせるために、周りの雪を溶かしてしまうのですって」
植物図鑑を取り出して、セラフィナは解説した。
「どうやって雪を溶かすのかは、未だに解明されていないそうよ。あら、熱冷ましの材料になるのね。なんだかイメージと真逆ね」
そう言って、セラフィナは図鑑をしまう。
「これを十株持ち帰ればいいんだよな」
可愛らしい青白い花を見て、カイルが依頼の内容を確認した。
氷月花は、触れると溶ける。さらに、凍った土から離れると生きていけない。泉が凍りつくほどの寒さでなければ、溶けてしまうのだ。採集にも移動にも魔法が必要になるために、この花の採取依頼はギルドに出されることが多い。
「最初は、泉の水を使って凍ったまま運ぼうと思っていたのだけど、雪を溶かしてしまうんじゃ、氷も同じね。これがEランクの依頼って、詐欺ではないの?」
セラフィナは、腕を組んで考えた。触れられない。土から離せない。凍らせられない。温められない。
「……みんな、土ごと箱にでも入れて、走って持って帰ったのかしら」
「それも一つだな」
セラフィナの想像に、カイルが笑った。
「凍った土ごと箱に入れて持ち帰るのがいいだろうな。持ち帰る間に溶けないように、冷やしておける箱があればいいんだけどな」
冷やしておける箱、でセラフィナは思いついた。
「いいことを言うわね、カイル。早速やって見ましょう」
セラフィナはスタッフを取り出して氷月花に向けた。さわり、と花弁が揺れたかと思うと、根が張った土ごとゆっくりと花が持ち上がる。
スタッフの動きに合わせて胸の高さまで浮き上がった氷月花を、薄く輝く氷の膜が覆った。その膜を白い霧が包み込み、さらに氷の幕がそれを覆う。
完成したのは、白い霧が中で渦巻く球体だった。
「どう? 即席のクーラーボックスよ」
セラフィナが、自慢げに球体を掲げたが、カイルは「クーラー……何だって?」と首を傾げている。
「クーラーボックス。氷の膜を二重にして、間に氷より冷たい空気を入れたのよ。こうすれば、氷月花が氷の膜を溶かそうとしても、冷たい風が当たっているから溶けないし、この中も一定の温度が保てるわ……たぶんね」
最後は、少し不安げだ。
「問題は、中が見えないことかしら。ギルドに戻って氷を割ったら、氷月花が溶けて無くなっているかもしれないわね!」
セラフィナが、開き直って笑うと、カイルもつられて笑った。
「ま、その時は笑うしかないよな」
二人で笑い合って、依頼よりも多めに氷月花を採集して、魔法拡張鞄に詰め込んだ。鞄の中は拡張されているだけで、時間は経過する。花が枯れてしまわないことを願いながら、二人は帰路についた。
戻ったギルドで対応してくれたのは、マリナだった。
セラフィナは、マリナの目の前に白い球体を一つ置いた。冷たくてよく滑るので、手袋は履いたままだ。
「はい、依頼の氷月花です。ここで全部出してもいいですか?」
マリナは「……は?」と反応できない。セラフィナとカイルの顔を交互に見るが、二人とも焦りもしていない。氷月花は、温度に弱く、非常に脆い植物だ。これまで、大きな箱に土ごと詰めて、リヤカーで運んできた人はいるが、必ず外に置いてあった。室内に持ち込むなんて、とんでもないことだ。
「あ、あの。外に出さないと溶けてしまいます。とにかく移動しましょう!」
マリナは、焦って二人に移動を促した。
裏庭に出て凍った土の入ったプランターを準備する。そして、マリナは二人を振り返った。
「ここなら大丈夫でしょう。氷月花をお見せいただけますか?」
マリナが言うと、セラフィナが鞄から白い球体を取り出した。
「溶けていないといいのだけれど」
言いながら、土の上にそっと球体を置いた。
「ね、ところで、どうやって取り出そうかしら」
セラフィナは、カイルを振り返って首を傾げた。
「……考えてなかったのか?」
カイルが呆れた顔をすると、セラフィナは眉を下げて「蓋をつければよかったかしら」などと話す。
カイルは、ため息をついて短剣を取り出した。
「氷なら、叩けば壊れるだろ」
案外単純な解答だったが、セラフィナは頷いた。
「そうね。優しく叩いてね」
カイルは「了解」と言って、球体を柄がついたままの短剣でコツコツと叩いた。力を加減しながら叩いていると、外側の氷がパリンと割れ、白い霧がふわふわと外気に溶けていった。
「わっ! これは何ですか!? 魔法の霧ですか!?」
マリナが、目を丸くして覗き込むと、興奮したように言う。セラフィナは、少し困ったような顔をした。
「ごめんなさい、そんな素敵なものではないの。空気をとっても冷たくしたものよ」
霧はあっという間に消えて、中からさらに氷の玉が出てきた。無色透明な氷の中には、青白い花弁をつけた花が、生き生きと咲いている。
それを見て、カイルが嬉しそうに笑った。
「すごいな、セラ。うまくいったな」
「そうね。カイルの言葉のおかげね」
カイルに頭を撫でられながら、セラフィナも嬉しそうにした。そうしている間にも氷は溶け、氷月花はプランターの土の上に姿を現した。
セラフィナが、魔法拡張鞄から九つの球体を取り出して土の上に置き、カイルが一つづつ氷を割る。その度に可愛らしい花が現れ、合計で十株になった。
溶ける様子のない花の様子に、マリナはホッとして二人に向き直る。
「セラフィナさんの魔法ですか? こんな風に持ってくる人は、初めて見ました。保存状態も良いですし、何より見た目が可愛らしいですね」
マリナは、セラフィナににこりと笑って言った。それに対して、セラフィナは、あなたの方が可愛らしいわ、と思い頬を緩める。
「はい、依頼達成を確認いたしました。受付の方で対応いたしますので、ロビーでお待ちいただけますか?」
言われるままに二人はロビーに移動して、依頼料を受け取った後にギルドを後にした。
お昼を飛ばして依頼を受けていた二人は、そのまま本屋に寄って夕方に宿に戻った。
「今日は、お二人で何をしていたのですか?」
夕食の席で、リーゼがセラフィナに聞いた。どことなく「二人で」という言葉が強調されているように思えたが、セラフィナは気にせず今日一日のことを話した。もちろん、セラフィナが相談したことや、カイルの悩みについては内緒だ。カイルの説明も交えながら、二人が楽しそうに話し終えると、アルベルトが眉間に皺を寄せた。
「今は、魔物が増加している。強化個体もいる。二人だけで王都の外に行くのは、危ないのではないか?」
少しだけ、カイルを睨むように言った。
「この辺は、そういうことはないって、ギルドに確認はとったさ」
「だが……」
いい募るアルベルトを、セラフィナが止めた。
「ちゃんと聞いてから言ったわよ。依頼のレベルだって、無理していないし」
実際、遭遇した魔物はそれほど強くもなく、カイルが難なく倒してくれた。それでも不満そうなアルベルトに、セラフィナはムッとして口を開こうとしたが、カイルがそれを止めた。
「アル。仲間が心配なのはわかるけどな」
カイルの声は、穏やかで優しい。
「俺だって、仲間を危ない目には合わせたくないんだ。俺が守れる範囲も、把握してるつもりだ。だから、今回も無理はしていない。それは、信じてくれないか?」
まっすぐなカイルの視線を、しばらく睨みつけていたアルベルトは、拗ねたように視線を逸らした。それを見て、それまで黙っていたエーリヒが、くすくすと笑いながら口を開く。
「セラは、楽しかったの?」
「もちろんよ。ね、カイル?」
セラフィナが即答してカイルを見ると、朗らかな笑顔が返ってきた。エーリヒは、二人を見て頷いて、アルベルトを見る。
「ね? 二人はちゃんと、ここにいる。怪我もしていない。これが結果だよ」
アルベルトは、不機嫌な様子でチラリとエーリヒを見たあと、しかめ面で黙り込む。どうしようかと、エーリヒとカイルが顔を見合わせたとき、リーゼがその微妙な沈黙を破った。
「アルベルトさん。大人になりましょう」
「「「「………………」」」」
その一言で、さらに絶妙な沈黙になってしまった。
リーゼ以外の四人は視線を合わせ、その視線はアルベルトに集中した。何か言え、の無言の圧力である。リーゼは、自分が落とした爆弾の回収をするでもなく、食事を続けている。
「……………………すまない」
アルベルトの口から、ボソリと言葉が出る。食堂の喧騒が、妙に耳に響く。
四人は、チラチラとお互いに視線を合わせながら、残りの夕食を食べ終えた。




