相談しましょう
まだカイルがメインです
「――あれ、誰に習ったんだ?」
席に着いて早々に、カイルは聞いた。セラフィナは、「あれ」がわからず首を傾けた。
「ほら、俺を外に連れ出した時の……」
「んー? ……ああ、あれ?」
少し考えた後、閃いたような顔をしたセラフィナは、テーブルに両腕をついて、カイルの方に少しだけ身を乗り出した。
「ね、カイル。――お願い」
窓から差す低い陽の光が、下から覗き込む氷青の瞳にキラリキラリと反射する。それを見たカイルは、ピタリと停止した後、片手で自身の目を覆って天を仰いだ。
「……セラ。それ、禁止だ」
唸るようなが聞こえて、セラフィナは「ええ?」と驚いたように声を上げた。教えてもらってから使うタイミングがなく封印されていた"技"を、せっかく解禁したのに、何がいけなかったのだろうか。これは、ぜひ教えてもらわなければ、と、セラフィナは、さらに身を乗り出してカイルに聞いた。
「待って、カイル。何が悪かったの? 顔の角度? 視線の方向? それとも、声の出し方?」
カイルは、今度はテーブルに両肘を着いて俯いた。
「セラ。それは、誰に、いつ使うように言われたんだ?」
目の合わないカイルを不思議に思いながら、セラフィナは体勢を戻してから答えた。
「お母様がね、相手にどうしても頷いてほしい時にやりなさいって。私、どうしてもカイルと二人で話がしたかったのよ」
「……ちなみに、母君はそれをしたことがあるって?」
「ええ。お父様にプロポーズさせたと言っていたわ」
楽しそうに話すセラフィナに、カイルは深いため息をついた。
「重みが違う……」
呆れたような声を出すカイルに、セラフィナは少しムッとした。
「何なのよ。お母様には敵わないかもしれないけれど、私だって……」
ぶつぶつと文句を言っていると、ようやくカイルが顔を上げた。真面目な表情でセラフィナをぴたりと見て、重い口を開いた。
「――セラ。それは、母君と同じように使うんだ」
言われた意味がわからず、セラフィナは訝しむように眉間に皺を寄せた。
「セラが、結婚したいと思う人にだけ、使うんだ」
カイルがはっきりと言うと、セラフィナはようやく「あ、そう言うこと」と理解した。つまり、母のように、結婚したいのに、相手が煮え切らない時の切り札というわけだ。それは、カイルが呆れるわけだ、とセラフィナは思った。しかし、本題はそこではないのだ。
「――それで、そのことなのだけれどね」
セラフィナは、運ばれてきたお茶に口をつけてから言った。今度はカイルが「どれのことだ?」と首を傾げたが、何も言わずに言葉を待った。
「私は、今、強くなりたいのよ」
セラフィナの言葉に、カイルは「前にも言ってたな」と相槌を打つ。
「世界最強になるんだったか?」
そうなの、とセラフィナは続ける。
「最強と言ったのはリーゼだけれどね。でも、その辺のボスクラスなら気軽に倒せるくらいにはなりたいわね」
もちろん、一人で倒そうなどとは思っていない。今のグループなら、どんどん伸びていけそうだ。だから、今がとても楽しい。セラフィナは、そう言った。
カイルは、不思議そうにセラフィナに尋ねる。
「前から思ってたんだけど、それは何か目標があるのか?」
「いいえ? これは、趣味よ」
「…………あ、そう」
カイルの視線は、趣味と言い切るセラフィナを通り越して、青い空を見ている気がした。それを、セラフィナが「だからね」と引き戻した。
「誰が好き、とか、誰と結婚したいとか、考えている場合ではないのよ」
セラフィナの口から、年頃の女性とは思えない言葉が出てきたが、カイルは驚かなかった。
「でも、それって、なんだか不誠実な気がして」
セラフィナは、誰に、も、何に、も言わなかった。けれども、多分誰が聞いても、それは「エーリヒの気持ちに対して」であることがわかる。
「セラは、どうして不誠実だと思うんだ?」
カイルが聞くと、セラフィナはぱっと顔を上げた。
「好きだと言われても、そういういうことを考えられないのだもの。私は、それよりも冒険がしたいわ。でも彼は、いつも親切だし、その……」
セラフィナは、そこで少し言葉を切った。これを言うのには、少しだけ勇気がいる。だから、一度深呼吸して落ち着いた。
「私は、彼がいないと、寂しいと思うのよ」
「え……」
セラフィナの言葉に、カイルが思わずと言っていいような声を出した。しかし、セラフィナは構っていられない。このまま、勢いで続けないと、最後まで話せない気がしたのだ。
「私ね、このメンバーで冒険をするのが好きよ」
カイルが、「ああ、そういうこと」と呟いているが、どういうことかわからなかったセラフィナは、それを無視しておいた。
「リーゼは口は悪いけれど、私は大好きよ。エーリヒは、いつだって助けてくれる。――あなたも。私は、カイルが一緒にいてくれると、とても安心するの」
セラフィナは、にこにこと微笑んで続ける。
「そういえば、最近やっと、アルが私を幼馴染だと認識してくれてね。私がアルから離れたら、私を殺して自分も死ぬのですって。それはちょっと重いわよね」
「…………え」
カイルが、また声を出したが、さっきとは違って顔が引き攣っている。それに構わず、セラフィナは続けた。
「だからね。私は、このメンバーと離れたくないのよ。でもこれって、私にとって、都合がいいわよね」
そう言って、セラフィナはしょんぼりと視線を下げた。カフェの喧騒が耳に戻るが、カイルの声は聞こえない。自分本位の考え方に呆れられただろうか、とセラフィナは少しだけ視線を上げると、テーブルを挟んだカイルの緑の瞳が、優しくセラフィナを見ている。
「――安心した」
カイルの声は、耳に温かく聞こえた。
「いや。――セラにだけ都合がいいなんてことは、ないと思うよ」
カイルはそう言うが、セラフィナにはわからない。首を傾げて聞き返すと、カイルは優しく微笑んだ。
「セラは、そいつに返事は返したのか?」
「……わからないって、言ったわ」
エーリヒといるとドキドキすることがたくさんあるし、一緒にいるのは楽しい。けれども、それがエーリヒと同じかと言われると、自信がない。だから“わからない”としか答えられなかった。
「一緒にいたいって、言ったのか?」
これには、セラフィナは頷くだけだった。
「そいつは、嫌な顔をしたか?」
セラフィナは、その時のことを思い出した。あの時のエーリヒは……目が潰れるかと思うくらいに輝いていた――気がする。セラフィナは、勢いよく首を横に振った。
それを見て、カイルはいつもの明るい笑顔になった。
「じゃあ、いいんじゃないか?」
カイルの言葉に、今度はセラフィナが「え?」と言った。エーリヒは、自分に好意がある。自分は、今それを返せない。それでも一緒にいたい。そんな都合のいい話があっていいのだろうか。セラフィナは、「でも」とカイルに言った。
「だって私は、彼に嫌われたくなくて、曖昧なままにしているわ。卑怯よ」
それをはっきりと言葉にするのは、辛かった。けれども、そう言うことだろう。セラフィナは、カイルを睨むように見たが、カイルは穏やかに笑っている。
「いいんだよ。どうするか決めるのは、あいつだ。セラは、正直に接してればいい」
セラフィナは、そうなのかしら、と不審げだが、カイルは自信を持って頷いた。
「むしろ、俺はその迷いにつけ込まれて、気がついたら結婚してましたーとか、あり得そうで怖いぞ」
「――けっ!?」
そんなこと、あるわけがない、と言いかけて、セラフィナは言葉に詰まった。ありそうだ。エーリヒの雰囲気は、とにかく甘い。あの蕩けるような瞳で迫られたら、セラフィナの思考は完全に停止する。
「……こ、これは、気を強く持って戦わなければならない事案ね」
なにやら物騒なことを言い出したセラフィナに、カイルが声を上げて笑った。
「そういうとこだよなー」
「どういう所よ?」
首を傾げるセラフィナに、カイルはまた、明るく笑った。
カフェを出た後、二人はフィオレイドの南にある森の中にいた。フィオレイドを見て歩いても良かったのだが、セラフィナは昨日エーリヒと歩いている。もっとも、フィオレイドのごく一部ではあるが。どうせなら違うことをしよう、というカイルの意見で、ギルドで依頼を受けることにしたのだった。
「氷月花は、泉の近くに群生していることが多いとあるわね」
セラフィナは、植物図鑑を見ながら歩いていた。森の中は、雪が踏み固められていないので、歩きにくいが滑らないようだ。それでも足元を見ていないので時々転びそうになっているが、その度にカイルの手が出てくるので、今の所痛い思いはしていない。
「泉なら、あと三十分くらい歩けばあるようだぞ」
対するカイルは、地図と周りの風景を見比べながら歩いている。冬の森は真っ白で、方向感覚を簡単に失ってしまう。カイルは、太陽や遠くに見える山の位置、王都の場所などから自分の位置を把握しているようだが、セラフィナには、もはやここがどこだかわからない。植物図鑑を魔法拡張鞄にしまうと、セラフィナはカイルコートに手を伸ばした。
(さすがに森の中で逸れたら、生きて帰れない気がするわ)
昨日、フィオレイドでアルベルトと逸れた経験から、セラフィナはやや慎重になっていた。カイルのコートの端をぎゅっと握ると、カイルが驚いた顔でセラフィナを見たが、「迷子になるから……」とブスッとして言うセラフィナを見て、楽しそうに笑った。
「セラは、ほんとに手がかかるな」
「かからないわよ!」
抗議するセラフィナを笑いながら見て、カイルは地図をしまった。自分のコートを握る手を外して、そのまま手を繋ぐ。
「これでいいだろ。魔物が出てきても、遠くに行くなよ」
笑って歩くカイルを見ながら、フィヨルラインに来てから手を引かれて歩くことが多いな、と今更気づくセラフィナだった。
「――なあ、セラ」
最近のことを思い出しながら歩いていたセラフィナの耳に、カイルの声が届いた。先ほどのような楽しそうな響きがないことに、セラフィナは首を傾げる。
「セラは……セラたちってさ、貴族だろ?」
「そうよ? 今は違うけれどね」
何の話だろう、とセラフィナはじっとカイルを見上げる。その表情には、いつもの朗らかな雰囲気はなく、どことなく緊張しているように見えた。
「……だよなあ」
はあ、とカイルが息を吐く。急にどうしたのか、と不思議に思っていると、カイルの手がそっと離された。




