迷子の喧嘩
拗れた幼馴染の様子
セラフィナとアルベルトは、高台を降りて、宿に向かう大通りを歩いていた。
セラフィナは、先ほどのエーリヒの様子を思い出していた。離されることのなかった手は、なんだかとても暖かかく、誰かと一緒に街をまわるのは、こんなにも楽しいものなのかと、初めて知った。その気持ちに浮かれていて、彼の気持ち――セラフィナを好きだという想いを、後回しにしていた。その結果が、あれだった。好きだと言われ、わからないと答えた。それでも近くにいて欲しいと頼んだのは、不誠実だったと、セラフィナは後悔している。
(……でも、やっぱりわからないのだもの)
セラフィナは、そっとため息をついた。いっそ、今の状況を見ていたアルベルトに聞いてみようか、とチラリと顔を上げる。前を歩くアルベルトは――ものすごく不機嫌だった。たぶん、話しかけてはいけない。セラフィナは、そう直感し、とにかく転ばずに歩くことに専念した。
雪が踏み固められた道を、転ばないように慎重に歩くことしばし。セラフィナがふと顔を上げると、アルベルトの姿が見えなかった。アルベルトが歩く足を見ながら歩いていたつもりが、いつの間にか見失っていたようだ。
セラフィナは、きょろきょろと周りを見渡した。薄暗い道に、遠くから一つずつ、魔法灯をつけて歩く魔法使いが、ゆっくりと近づいてくる。歩いていたのは大きな通りで、まだ人通りも途絶えていない。それでも、昼間よりはまばらになったと感じる。まず、アルベルトを探すべきか、それともこのまま宿に戻るべきか、そう考えて、セラフィナは重大なことを思い出した。
(私……宿の場所が、かわらないわ)
エーリヒに手を引かれて走った時は、あまりの速度に周りを見る余裕もなかった。そこからの街歩きは、方向も考えずに、目についたものを見に行った。高台から降りた後も、アルベルトについて歩いた。彼を見失った結果は、迷子にしかならない。
さて、どうしよう、と腕を組んで考えるが、道に迷った時にどうするかなんて、教えてもらったこともない。考えているうちに、魔法使いが、セラフィナのすぐそばの魔法灯までやってきた。以前と同じように、魔法使いのワンドから溢れ出した光の糸が魔法灯に集まり、オレンジ色の灯りを灯す。その灯りを、セラフィナはじっと見つめた。
妖精によるこの灯りは、温度をもたないと言う。しかし、雪の積もった景色の中で見ると、灯りの当たる顔のあたりが不思議と温かく感じ、セラフィナはほっと息を吐いた。
(きっと、宿には辿り着けるわ。その前に、アルを探すのがいいかしら)
オレンジ色の灯りに元気付けられて、気合いを入れたセラフィナが道の向こうを見た時、視界の端にチラチラと金の光が見えた気がした。
気になってそちらを見たが、大通りから入る中通りに入る道が見えるだけで、誰もいない。セラフィナは首を傾げてその通りをじっと見つめた。すると、道の奥に、また金の光がキラリと見えた。
(……何かあるのかしら?)
何となく気になって、セラフィナは金の光が見えた中通りへ入っていった。その通りは、建物の扉や窓がたくさんあって、歩いている人も比較的多かった。薄暗い時間でも、雰囲気が明るく安心して歩くことができる。そのまま進むと、視界の右側に金の光が瞬いた。それを追ってさらに進む。そうやっていくらか歩いていると、すぐ前の角から、先ほどよりも大きな金色の光が現れた。それは、金の光とは違ってすぐには消えず、真っ直ぐにセラフィナに近づいてきた。
「――セラ! お前……っ!」
言いながら走り寄るアルベルトの髪は珍しく少し乱れ、碧い瞳は動揺を隠しきれていない。それでも、迷子が解消された安堵で、セラフィナは笑顔になった。
「アル、見つかってよかった」
セラフィナのすぐ側まで来たアルベルトは、そこで足を止めて、大きく息を吐いた。
「――お前、後ろを歩いていたはずだろ。いつ、いなくなった?」
アルベルトが、いつもの表情に戻ってセラフィナに言うと、彼女は首を傾げた。
「いつと言われても……気がついたら見失っていたから」
「お前な。俺はまっすぐ歩いていたんだぞ? どこをどう歩いたら、見失うんだ?」
困った顔をするセラフィナに、アルベルトは呆れた声を出した。セラフィナは、「そう言われても……」とさらに困った顔をした。
「……まあ、いい」
嫌そうな顔をしたアルベルトが、実はそう思っていないことは、セラフィナにもわかる。だから、彼女もにこりと笑って「会えたからいいのよ」と返した。それを上から半目で見下ろしたアルベルトは、急にセラフィナの右手を掴むと、引っ張るように歩き出した。
「ちょっと、アル!」
抗議するセラフィナを振り返ることもなく、アルベルトは「戻るぞ」と言う。繋がれた手は、離す気がないようだ。セラフィナは、引っ張られるように歩きながら、アルベルトを睨みつける。
「だからって、どうして手を掴むのよ」
その抗議を、アルベルトは呆れたように見返した。
「お前、またいなくなるだろ」
「ならないわよ。さっきは、下を向いて歩いていたら、見失っただけよ」
だからだ、とアルベルトはセラフィナを睨みつけ、それでも少し歩調を緩めた。それで、セラフィナも歩きやすくなったので、手を離すことは諦めることにした。何より手を繋いでいれば、転ぶ心配もない。セラフィナは、安心してアルベルトの横を歩いた。
そうすると、周りのことが視界に入る。セラフィナは、珍しく乱れているアルベルトの金の髪が目に入った。一度目に入ると、気になって仕方がない。繋いでいない方の手を、えい!と伸ばし、アルベルトの髪に触れた。途端にアルベルトが急停止し、歩きながら少し爪先立ちになっていたセラフィナは、バランスを崩した。幸い、繋いだ手が支えになったため、転ぶことは免れた。
「ちょっと。急に止まらないでちょうだい」
セラフィナはアルベルトを睨んだ。
「髪が、なおせないでしょう?」
止まったことを幸いに、セラフィナはアルベルトの髪を直して満足した。よし、と呟いて歩き出そうとしたが、アルベルトが一向に動かない。セラフィナは、訝しむようにアルベルトを見た。
「――戻らないの?」
セラフィナに言われてため息をついたアルベルトは、ようやく歩き出した。そして、セラフィナをジロリと睨みつける。
「お前は、警戒心がなさすぎる」
「何よ、急に」
セラフィナは負けじと睨み返すが、アルベルトに半目で見下される。
「だから、ああいうことになるんだ」
そう言って、アルベルトは前を向いてしまう。『ああいう』とは何のことか、セラフィナには思いつかない。首を傾げてアルベルトと見上げた。
「何のことよ?」
そう聞くと、アルベルトはため息をついた。
「エーリヒだ。さっき、お前に――」
アルベルトは、首を傾げるセラフィナに少しだけ目をやって、すぐに逸らした。
「――口付けを」
言われたセラフィナは、つい先ほどの出来事を思い出して、顔が一瞬にして熱くなった。慌ててアルベルトに言い返す。
「あ、あ、あれは! まだしていなかったわ!」
「俺が止めなかったら、していただろう」
「それは……」
セラフィナは、言葉が続かなかった。あの時は、頭が真っ白になっていた。エーリヒは、いつも甘い。それでも、あの時の甘さは桁違いだった。見つめる瞳に籠るのは、溶岩を思わすような、トロリとした熱だった。
(あの視線は……まさに"石化の呪い"よ)
セラフィナは、おかしな解釈に思考が飛ぶ。アルベルトは、それを引き戻した。
「……妙なことを考えていそうだが」
そう言って、一呼吸おいたアルベルトは、セラフィナの方を見ずに続ける。
「お前は、あいつに口付けを許そうとしていたのか?」
思わぬ言葉が聞こえて、セラフィナの口から「はあ?!」と変な声が出た。それに関わらず、アルベルトは続ける。
「俺が……邪魔したのか?」
相変わらず前を向くアルベルトは、セラフィナには彼がどんな表情をしているのかがわからない。けれども、なんとなく辛そうな声だな、とは思った。
(……もしかして、幼馴染として心配してくれている、とか?)
セラフィナは、その考えに思い至った。そう考えると、かつての「お前を殺して俺も死ぬ」宣言も、もはやセラフィナのことを自分の半身か何かのように思っているのだと納得できた。なんだ、可愛いところがあるじゃない、と、セラフィナは少し笑った。
「邪魔ではないわよ」
セラフィナがそう言うと、アルベルトはパッとセラフィナを振り返った。本当なのか、と視線で確認する。
「さっきは驚いて固まってしまったから、助かったわ。でも――」
アルベルトに、安心するよう笑いかける。
「あの時は、エーリヒもどうかしていたのよ。いつもはあんなことしないわ」
旅の仲間の仲が悪いなんて、嫌すぎる。仲良しこよしは不要だが、ギスギスするのはやめて欲しい、とセラフィナは思って、エーリヒをフォローすることにした。しかし、それがアルベルトの癇に障ったらしい。ものすごく嫌そうな顔をした。
「――お前は、懐に入れた人間を、無条件で信頼する奴だったのか」
話の流れが急に変わり、セラフィナは「――は?」と目を丸くした。
「ちょっと待って。どうしてそういう話になるの?」
「そう言うことだろう」
「そんな話は、していないわ。それに、それの何が悪いの?」
「相手を選べと、言っているんだ」
「選んでいるわよ」
お互いに話が通じず、イライラとした言い合いが続く。いつの間にか足が止まり、向かい合ったアルベルトが、セラフィナを睨みつける。
「選んであれか。エーリヒは、よほど本性を隠しているのだな」
その言い方に、セラフィナはムッとして言い返す。
「どうしてそうなるのよ。エーリヒは、腹黒いけれども、悪い人ではないわ」
「悪い奴ではない。だが、お前には、違う」
「どうしてそうなるのよ!」
平行線が続く会話に、お互いにイライラが募る。まるで、お互いの見ている世界が違うかのようだ。このままでは、埒が明かない。こう言う時にカイルがいれば、仲介してくれるのに、とセラフィナは思い、通りの先を見ると、いつの間にか宿の看板が見えていたようだ。
セラフィナは、イライラに任せてアルベルトの腕を振り解き、そのままの勢いで宿へと足を進めた。後ろから「おい!」という声が聞こえるが、聞こえないふりでズンズンと歩く。
「――わっ!」
いつも通りに足を滑らせたセラフィナは、掴まるものもなく見事に転んだ。雪の上に座り込んだまま、「もう!」と硬く締まった雪を叩いていると、視界の端から手が現れた。
「…………」
「…………」
アルベルトはセラフィナを呆れ顔で見下ろし、セラフィナは差し出された手を無言で見た。沈黙に痺れを切らしたのはアルベルトで、ため息をついてかがみ込み、雪を叩いていたセラフィナの手を掴んだ。風の魔法が、緩くセラフィナを包み込む。風は優しくセラフィナを持ち上げ、アルベルトが掴んだ手を支えに、足がストンと雪面に触れた。
「……ありがとう」
セラフィナは、きまり悪そうにしながらもアルベルトに礼を言った。鼻を鳴らして返事をしたアルベルトは、掴んだ手はそのままに歩き出した。
「……子供か」
「うるさいわね!」
いつも通りに言い合いながら、宿へと戻った。
戻るのが遅くなったセラフィナは、リーゼに散々怒られた。夕食を食べながらも怒るリーゼを、カイルが宥め、アルベルトが静観するが、エーリヒはついに戻ってこなかった。
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