拉致
エーリヒの暴走
「皆さん、お久しぶりです」
ギルドの応接室におちついて、ミルクティー色の髪の美女、イーダがにこやかに微笑んだ。今日は、イーダの隣にマリナというギルド職員もいる。黒髪にグレーの瞳の、一見落ち着いて見える色合いの女性だが、その瞳は好奇心でキラキラと輝いている。可愛らしい雰囲気のマリナも、セラフィナの好みにピッタリだ。セラフィナが、頬に手を当てて、ほう、と彼女たちに見惚れていると、エーリヒの厳しい視線を感じた。こほん、と咳払いをして表情を正し、そっとエーリヒを見る。にこやかなのに絶対に機嫌が悪いとわかる彼の笑顔に、セラフィナ恐れ慄いた。その間に、カイルが依頼達成の報告をする。
「最北の森のダンジョンですが、隠し部屋に魔物が潜んでいました」
「魔物、ですか」
イーダが確認するように反復する。それに頷いて、カイルは話を進めた。
「我々は“裏ボス”と呼んでいるのですが、初期ダンジョンの時と同じく、今までに確認されたことのない魔物です」
カイルは、隠し部屋のギミックのことや、裏ボスの倒し方などを詳細に報告し、最後に最北の森のダンジョン内の魔物が正常に戻ったことを報告した。
「なるほど。初期ダンジョンと同じように、そもそも古代語が読めないと攻略はできないのですね」
納得したようにイーダが言い、一呼吸おいた。
「ダンジョンの異変とその周辺の魔物の増加は、関係がないようですね」
イーダが顎に手を当てて考え込むと、隣で記録をとっていたマリナが口を開いた。
「その“裏ボス”というのは、闇属性で間違いがないのですか? 闇属性など、聞いたことがないのですが」
聞かれたカイルは、セラフィナを見た。それまでチラチラとエーリヒを伺い、どこか落ち着かない様子だったセラフィナは、カイルと目が合うとパッと表情を変えた。得意な話に明るい笑顔になり、古代魔法の属性を特定するに至った説明をした。
「――そして、この闇属性の魔法書に書かれていた魔法を、今回の裏ボスが使用していました。そのことから、裏ボスが闇属性の魔物と推測されます」
目の前に並べられた古代語の魔法書三冊を見て、イーダとマリナは一応の納得を見せた。
「どんな依頼であろうとも、ダンジョンで取得したアイテムは、取得した人のものです」
イーダは、そう言ってから真っ直ぐにセラフィナを見た。
「ですが、古代語の魔法書は今までに見つかっていません。ギルド長に報告するためにも、こちらの三冊をギルドにお貸しいただけませんか」
セラフィナは、少し考えるように下を向き、すぐににこりと笑顔になった。
「もちろん、どうぞ。けれども、闇属性の魔法書は、全てに目を通していないのです。お貸しするだけ、とお約束いただけますか?」
それを聞いたイーダは、真剣な表情で返事をした。
「お約束いたします」
そして、マリナに誓約書の準備を指示して、セラフィナに向き直る。
「こちらは、皆様の所有物です。ギルドは、冒険者の所有物を不当に搾取することはいたしません。あくまでも、ギルド長への報告の一部として、お貸しいただきます」
言われたセラフィナは、なぜか頬を染めてため息を吐いた。
「――キリッとしたお顔も、素敵ですね」
両手を頬に当ててふにゃりとしかけたセラフィナだったが、横から再び鋭い視線を感じてピシッと背筋を伸ばした。イーダにじっと見られてはいたが、気にしないようにして、マリナが出した誓約書を確認してサインをし、三冊の魔法書をイーダとマリナの方に押し出す。一緒に、今回宝箱から発見した黒いブレスレットと、黒い鞘に収まった剣、謎の石板の鑑定も依頼した。
「では、ダンジョンの沈静化までしていただきましたので、報酬については改めて報告させていただきます」
前回と同様に、報酬の受け渡しは三日後になった。それから、とイーダは続ける。
「もう一つ出ていた氷の大地のダンジョンの異常ですが、どうやら誤情報だったようです。こちらはギルド職員による調査を進めていますので、現在依頼を中止しています」
「では、ギルドからの依頼はクロウク周辺の魔物討伐だけですか?」
カイルが確認すると、イーダは首を振った。
「そちらの依頼も、新たな募集は終了しました。フィヨルライン王国の軍がクロウクに到着し次第、ギルドは冒険者への討伐依頼を終了といたします」
今後魔物が増加している原因を、フィヨルライン王国が調査するということだった。
「わかりました。教えてもらって、ありがとうございます」
カイルが礼を言うと、イーダはにこりと微笑んだ。それは、大輪の花が咲いたような笑顔で、セラフィナは、いいものを見たわ、とご機嫌になった。もちろん、顔には出さないように注意した。
「いいえ。皆様、まずはゆっくりとお休みください」
イーダに労われて、五人はギルドを後にした。
大通りを歩きながら、それまで黙っていたアルベルトが口を開いた。
「これからどうするのだ? 新たに依頼を受けるか?」
「ギルドの依頼はありませんから、一般の依頼で興味を引くものを選んでも良いかもしれませんね」
リーゼは、少し考えてから言った。二人の言葉に、カイルは腕を組んで考える。ギルドから出されている依頼は終了し、新たな依頼も出ていない。もともとセラフィナが北に行きたいと言って来たのだ。ここでしばらく依頼を受けて過ごしてもいいのかもしれない。
そう思って、後ろを振り返って声をかける。
「セラはどうだ? しばらくフィヨルラインに――セラ?」
――いない。
カイルは、思わず足を止め、視線を左右に大きく動かした。目的の女性が、いない。キラキラと輝くプラチナブロンドは、今日のような晴れた日には陽の光を反射して目立つのに、どこを見てもいないのだ。
「え、セラフィナさん? どこに?」
リーゼまで、唖然として周囲を忙しく見渡している。後ろを歩いていたはずのセラフィナ――とエーリヒが、いつの間にかいなくなっていた。
「……エーリヒかな」
カイルが、困った顔をしてため息を吐いた。
「まあ、あいつが一緒なら、危ないことはしないだろ」
広い王都で闇雲に探しても、二人が見つかる気がしない。カイルはそう言ったが、アルベルトは眉間に皺を寄せて舌打ちをした。
「あいつが一緒なら、嫌な予感しかしない」
そう言って歩き出すアルベルトを、カイルは肩をすくめて見送った。リーゼを見ると、珍しく顔色を変えている。
「駄犬と一緒って……不安すぎます」
その言葉に、あいつは信用がないなあ、とカイルは苦笑いした。不安そうな顔をしながらも、リーゼはカイルの意見に賛成する。
カイルは、もう一度後ろを振り向いてセラフィナの姿を探し、「……なんだかな」と理由のわからない引っ掛かりを覚えながら、宿の方向に歩き出した。
セラフィナは、ギルドを出て皆で歩いていた。これからどうしようかしら、と考えていると、急に手を掴まれた。驚いて横を見ると、エーリヒが口に人差し指を当ててこちらを見ていた。
喋るな、と言うことだろうかと首を捻るセラフィナに、エーリヒはにこりと笑う。そのキラキラとした笑顔に、セラフィナは平静を装うので精一杯で、声を出すなんてできない。エーリヒは、口に当てていた人差し指で、そのまま後ろを指差した。セラフィナの反応を待たずに、手を握ったまま、指差した方へ走り出してしまった。
手を掴まれてから走り出すまで、ほんの一瞬の出来事に、セラフィナは思考することもできなかった。優しく引かれるままに、エーリヒについて走る。大通りから小道に入り、すぐに出た道を曲がる。さらに走っていくつもの道を曲がり、もうどこをどう走ったのかわからなくなってしまった。エーリヒにとっては軽く、セラフィナにとっては全速力で街を走り、周囲を見ている余裕もない。
どこかの小道に入ってようやく止まったエーリヒは、タタラを踏むセラフィナをしっかりと抱き留めた。
クラクラするほどの息切れに、セラフィナがエーリヒの腕に掴まって身体を預けていると、優しい声が降って来た。
「――ごめんね、急に。大丈夫?」
心配するなら、走らないでほしい、と抗議したかったが、肺が呼吸を強要していて話すこともできない。セラフィナは、生まれた時から公爵令嬢だ。過度な体力は必要がない。家を出てから、昔よりは体力がついたつもりだが、付け焼き刃のようなものだ。エーリヒは、セラフィナの背中を撫でながら、彼女の息が整うまで待ってくれた。
ようやく苦しさが落ち着き、セラフィナは大きく息を吐いた。エーリヒの腕から身体を離そうとしたが、背中に置かれた彼の腕がそれを許してくれなかった。どうせ、無理に離れようとしても彼には敵わない、と諦めて、セラフィナは顔をあげてエーリヒの顔を見た。
「――何から逃げていたの?」
セラフィナの言葉に、エーリヒは目を瞬かせたかと思うと、ぷっと吹き出した。くすくすと笑うエーリヒに、セラフィナはムッとして「何よ」と睨む。
「ごめん、ごめん。確かに、逃げていたんだ。みんなから」
逃げていたならなぜ笑うのよ、と思ったセラフィナだが、さらに疑問が浮かぶ。
「……どうして、みんなから逃げるのよ。しかも、私まで?」
勝手に共犯者にしないでちょうだい、とエーリヒに言うと、彼はさらに楽しそうに笑った。
「いいね、共犯者。――セラが悪いんだよ?」
エーリヒは、首を傾けて上からセラフィナを覗き込んだ。熱を持った褐色の瞳に緑が煌めく。この目は危険だ、とセラフィナは身を引こうとするが、背中をしっかりと押さえられていたために失敗する。
「また、イーダさんに見惚れていたでしょう? マリナさんにまで赤くなって」
エーリヒが少し口を尖らせて言う。やっぱり怒っていた、とセラフィナは顔を引き攣らせたが、過ぎたことはどうしようもない、と強気に出ることにした。
「エーリヒに怒られるようなことは、していないわ。誰に見惚れようと、私の自由よ」
絶対に真っ当なことを言っている、とセラフィナは自信を持って言ったが、エーリヒには通じなかった。
「俺がどう思うかも、俺の自由だからね」
いい笑顔で笑って言ったエーリヒは、セラフィナを抱きしめる腕に少しだけ力を入れた。
「これは、嫉妬だよ。責任とって、今日は俺と――」
そこで一度言葉を切り、セラフィナの顔を覗き込む。
「デートしようね」
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