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出発

三人娘とお別れ

 宿場村を立つ際、ひと騒動あった。それはセラフィナにとっての騒動であり、他の人から見れば、何ともないやりとりではあったのだが。

 宿の入り口前まで馬橇を付け、皆で乗り込もうとしていた時に、彼女たちは来た。

「お兄さんたち、もう行くんですかー?」

 ノルンが元気よく声をかけてきた。トコトコと近づいてくると、エーリヒの前に立ち、下からエーリヒを覗き込むように見た。

「依頼は終わったんですか?」

 それは、同性から見てもドキッとする表情で、セラフィナはこっそりとリーゼに話しかける。

「ねえ、リーゼ。私もあんな可愛い顔、できるかしら」

「セラフィナさん。事件が勃発しますので、やめてください」

「……それって、どういう意味?」

 嬉しそうに話をするノルンから視線を逸らして、リーゼを睨むと、今度はモーラの声が聞こえた。

「ダンジョンには行ってきたんですよね? 怪我は、大丈夫ですか?」

 心配そうに眉を下げたモーラは、カイルの腕にそっと触れる。カイルは、困ったような笑顔になり、優しくその手を外した。

「怪我はない。心配してくれて、ありがとう」

「怪我もしないなんて! 本当に、強いんですね!」

 モーラは、両手を胸の前で合わせて、ふんわりと微笑んだ。カイルは、それを苦笑いで見て、半歩後ろに下がった。それを、セラフィナが顔を染めながら見て、またリーゼにコソコソと話しかける。

「ねえ、モーラさんって誉め上手ね。強いなんて言われたら、男の人はその人を好きになってしまうのではない?」

「セラフィナさんは、別の言葉で釣り上げているので、ご心配なく」

「……釣り?」

 リーゼの言っている意味がわからず、はて?と首を捻ると、横にいるアルベルトにリナが話しかけた。

「あ、あの……」

 両手を胸の前で組んで、目が潤んでいるリナを見て、セラフィナはその可愛らしさに眩暈がした。

「も、もう少し、私たちと――」

 朝の太陽にキラキラと照らされたリナが、勇気を振り絞ってアルベルトに挑むが、彼はフイと顔を背けてセラフィナを見て左手を差し出した。セラフィナがその手に右手を置いたのは、完全に反射だった。スルリと橇に乗せられたセラフィナは、そのままストンと座席に座る。体に染み付いた習慣というのは恐ろしい。何が起きたのか分からず、セラフィナが疑問符を並べていると、アルベルトがリナに向き直った。

「――なんだ?」

 尊大な顔でリナを見下げるアルベルトは、セラフィナにも不機嫌に見えた。リナは、花の蕾が萎むように、しおしおと萎れてしまう。それを見たセラフィナは、思わず口を開いたが、いつの間にか横に座っていたリーゼに口を塞がれた。セラフィナがモゴモゴ言っているうちにも、話は進んでいく。

 カイルは、モーラに手を振ってそそくさと橇に乗り込んだ。悲しそうな顔をしたリナは、無表情に戻ったアルベルトに言葉を失い、それとわかったアルベルトも橇に乗り込んでしまう。

「じゃあ、もう行くね」

 皆が橇に乗ったのを確認して、エーリヒが爽やかな笑顔でノルンに言った。御者台に飛び乗るエーリヒを、ノルンが呼び止める。

「あの! また――」

「『また』はないよ」

 ノルンの言葉が終わるのを待たずに、エーリヒは穏やかに言い切った。

「俺の最優先は、うちのお姫様なんだよ」

 にっこりと笑顔を作り、「じゃあ、行くよ」と言って馬を進めた。三人が、悔しそうな顔で馬橇を見送るのは、リーゼに口を塞がれたまま前を向いたセラフィナには見えなかった。

 宿場村を出たところで、カイルがほっと息を吐いた。その頃には、ようやくセラフィナの口は開放されており、向いに座るカイルに「どうしたの?」と声をかけた。

「押しの強い女性は、苦手なんだ。情報を取るって目的がある時はいいんだけどな」

 苦笑いを浮かべながら、カイルが答えた。モーラのことだろうとは思ったが、あれで押しが強いというのだろうか。セラフィナは、呆れた顔でカイルを見た。

「カイル。押しが強いというのは、相手の反応を気にせずにグイグイ来る方のことよ。モーラさんは、そこまでではなさそうだったわよ?」

 セラフィナはそう言うが、カイルの意見は違うようだ。「そうかあ?」と疑うように眉を顰めている。

「お前は、人を見る目がないな」

 カイルの横で、アルベルトがセラフィナを呆れ顔で見た。

「あれらは、隙を見せるとズカズカと入り込んでくるぞ。お前など、言いくるめられて捨てられる運命だ」

 随分な言われように、セラフィナがムッとした顔をする。

「何よ、それ。私は、関係がないわ」

「終始、お前とリーゼを無視していただろう。そういうことだ」

「どういうことよ?」

 アルベルトの言っていることが理解できず、セラフィナが反論するが、彼はため息を吐いて首を振った。

「まったく。よくもまあ、あの世界で生き残れたものだ」

 心底呆れた、とでも言うように、アルベルトが言うと、御者台からエーリヒが笑顔で振り向いた。

「大丈夫だよ、セラ。ずっと俺がいるから、そんなことは考えなくていいからね」

 雪の反射だけではなくキラキラとした笑顔で言うエーリヒに、少し危険を感じたセラフィナは、顔を引き攣らせて「ありがとう」と小さく返事をするに留めた。

「お前、学園では周りに威嚇していたではないか。あれは演技か?」

 アルベルトが、探るようにセラフィナに言った。さて、威嚇とは、演技とは、と顎に手を当てて考えるセラフィナに、アルベルトがため息を吐いた。

「お前に威嚇され、泣いて擦り寄ってくる令嬢を、俺が対処していたんだがな」

「威嚇って……社会に出て困るような態度の方には、それなりに指導はしたけれど、泣かれるようなことはしていないわよ」

 眉間に皺を寄せるアルベルトに、セラフィナは困った顔をして言った。

「それに、指導程度で泣いてあなたに擦り寄るって、それこそ問題がある方ということでしょう?」

「だとしても、本当に大変だったのだ。特に、フローレンス嬢は……」

 アルベルトは、そう言ってこめかみを抑え、ため息を吐く。彼の口から発せられた家名に、セラフィナはピクリと反応した。

 フローレンス嬢――ミレイユ・フローレンスは、まさしく、“物語の中心にいるべき少女”だ。ふわふわと揺れる蜂蜜色の髪に、潤んだミントグリーンの瞳。目が合うと「守らなくては」と思うような、そんな女の子だった。

 セラフィナも、話しかけられたことはある。ふわふわとした話し方は自分とは全く違い、男爵家のご令嬢としては、あれでいいのかしらと思った。が、その行動は“なし”だった。とにかく人との距離が近い。というより、しっかり壁をぶち抜いてくる。あなた男爵家、こちら公爵家、あっちは王族。卒業後に恥をかくわよ、とは、何度も言った記憶がある。

 そんなことを思い出していると、アルベルトが項垂れた。

「お前に嫌味を言われただの、転ばされただの、物がないだの……全てセラ絡みだ」

「嫌味はともかく……私、物理で手を出したことはないわよ?」

 セラフィナが不快そうに言うと、アルベルトは「だろうな」と小さく言った。セラフィナは不思議に思った。ミレイユがアルベルトに言っていることは、多分ゲームの通りだ。庭園で泣いていたり、教室で呆然としていたりすると、攻略対象が現れるのはテンプレだ。そこで、アルベルトが言っていたようなことが暴露されるのも。普通はそこで「セラフィナ許せない!」となるはずなのに、攻略対象がヒロインを信じないのは、どう言ったことか。この世界は最初から、ゲームとは少しずつ差異があるのか、よっぽどヒロインの立ち回りがまずかったのか。

「だから大概にしろと、何度も言っただろう。あれらの相手は、疲れるんだ。さっきの三人だって、いずれはああなるぞ」

「だったら、最初から愛想を振り撒かなければいいじゃないの」

 セラフィナの言葉に、アルベルトは明らかにムッとした顔をした。

「笑わなければ、必要な情報が取れないではないか」

「大丈夫よ。あなた、顔"だけ"はいいから」

「そのまま、お前に言葉を返そう」

「私は最初から愛想がいいから、顔だけじゃないわ」

「近寄りがたいと、有名だったがな」

「外見と中身の乖離が激しいよりは、いい評価ね」

 二人は睨み合い、同時にプイッと向こうを向いた。

 そんな二人に、カイルとリーゼはため息をつき、エーリヒは御者台でくすくすと笑っていた。


 最北の森のダンジョン近くからフィオレイドまでは、馬橇で四、五日かかる。五人は、一度クロウクへ戻り馬橇を返し、王都へのもう一つの経路を北西へ進み、ノースヴィークに辿り着いた。

 この街の建物も、北方の国特有の低いどっしりとした作りで、急勾配の三角屋根は、真っ白な街にカラフルな色合いを添えている。比較的大きなこの街でも、魔物の影響は出ているようだった。

「魔物が多くなったのは最北の森のあたりなんですが、この辺りの街道も危ないって、流通が滞っているんですよ」

 宿屋にある食堂の店員は、食事を運びながら話してくれた。クロウクは小さな村なので、村から出る人は少なくなかったが、ノースヴィークほどに大きな街では、自衛をしているようだった。

「クロウクとここを結ぶ街道も、魔物が出ることが多くなってるって。みなさんは、どうでした?」

 カイルの目の前に皿を置き、店員が尋ねる。

「魔物の群れにはあったな。妙な連携もしてたが、倒せないことはなかったぞ」

 カイルが答えると、店員が一瞬不安そうな顔をしたが、すぐに明るく笑った。

「やっぱり、南下して来てるんですね。でも、ここは妖精の魔法があるから安全ですよ! なんでも、ここの議長が王様に掛け合ってくれたとか。何かあれば、王国兵も来てくれるって」

 なるほど、だからギルドの依頼にノースヴィークは含まれないのか、とセラフィナは納得した。クロウクほど小さな村の住民は大きな街へ移動して、その大きな街の防衛を固めるのが王国の方針。その方針から漏れた人たちを、異常の調査と銘打って支援するのが、ギルドの方針らしい。それは示し合わせたものではないだろうが、そこに住む人にとっては、どちらも救いになるだろう。

「妖精の魔法とは、具体的にどういうものなのだ?」

 アルベルトが店員に聞くと、彼は困った顔をした。

「俺には、難しいことは何も。でも、この街を守ってくれるものだって話ですよ」

 実際にどんなものなのかは、街の住人は知らないらしい。そう答えた店員は、他の客に呼ばれて行ってしまった。

「宿場村みたいな結界魔法とか、そういうものなのかな」

 エーリヒが言うと、セラフィナは首を振る。

「街に入った時、何かを通った感じはしなかったわ。宿場村とは違うと思うの」

 これだけの規模の街を結界魔法で覆うのには、どれだけの妖精の力を借りればいいのかはわからない。しかし、簡単なことではないと言うことは、想像に難くない。セラフィナは、以前小さな村を結界魔法で覆ったことがあるが、それは一夜の話だ。それに比べて、規模も期間もまるで違うこの状況ならば、結界魔法より別の方法を取りそうだ。

「何にせよ、この街が安全ならそれに越したことはないな。フィオレイドに着いたら、ギルドで聞いてみよう」

 カイルの言葉でその話は終わり、夕食の後は各々の部屋に戻って行った。

 誰の訪問もなく、何かに悩まされることもなく就寝できたセラフィナは、翌日とても気持ちのいい朝を迎えることになった。

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