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夢の後

 四人は、揃って部屋の中央にある宝箱を囲んでいた。真っ黒いそれは、いかにも禍々しい。誰が開けるのかの譲り合いの末、投げたコインが裏だったセラフィナが開けることになった。

「――開けるわよ」

 セラフィナは、ごくりと喉を鳴らして宝箱に手をかけた。

 キイッ、と高い音を鳴らして開いた蓋は、他の一般的な宝箱と同じように、半円の蓋が箱の背に引っかかるところで止まった。何も出てこないのを確認して、セラフィナはそおっと宝箱を覗き込んだ。同時に、後ろにいたカイル、エーリヒも同じように覗き込む。リーゼとアルベルトは、一歩引いたところで見ているのをチラリとみたセラフィナは、もう、とため息をついて宝箱の中に手を入れた。

「ええと? とりあえず、魔法書ね。それから――?」

 魔法書に続いて取り出したのは、黒いブレスレットだった。細かく繊細模様が彫られたそれには、所々に闇の紋様が描かれ、見ているだけでも意識が吸い込まれそうな雰囲気があった。

「明らかに、闇属性の魔法具だね」

 エーリヒが少し引き気味に言い、セラフィナも同意する。そっと地面に置いた後、宝箱の中身を全て出した。

 闇魔法の魔法書、黒いブレスレットの他には、黒い鞘に収まった剣が一振りと、謎の石板。宝箱の大きさと剣の長さが明らかに見合っていないが、そこはファンタジーなのだな、とセラフィナは密かに感動した。

「魔法書は、いつも通りセラが担当だな。他は、適当に持って帰って、鑑定でいいか?」

 カイルが言うと、全員が頷いた。

「黒くなった水晶柱は、どうする?」

 エーリヒが、足元に大量に転がる水晶柱を指差した。核を攻撃して折れたもの、エーリヒとアルベルトを守って黒く濁ったものなど、様々だが、周りに漂っていた黒い霧が晴れていくにつれ、水晶柱もサラサラと崩れつつあった。

「この水晶のことが何かわかるかもしれないから、崩れていないものは持って帰りましょう」

 セラフィナが言うと、エーリヒが少し心配そうな顔をした。

「黒くなっているけど、大丈夫かな。悪影響とか、でない?」

 カイルも頷いてセラフィナを見るが、「さあ」と首を傾げただけだった。しかし、置いて行っても変わらないので、形を止めている水晶柱を魔法拡張鞄に詰め込み、一行は裏ボス部屋を後にした。


 裏ボスを倒したことで、ダンジョンに出現する魔物は通常のレベルに戻っていた。魔物の数も減り、おかしな連携もない。五人は、奥に進むよりもずっとスムーズに入り口への道を歩いていた。

「――なあ、セラ」

 最後のフローズン・ビーを撃ち落としてから、カイルはセラフィナを振り返った。魔物の毒針を採集していたセラフィナは、すぐに反応ができなかった。慎重にそれを魔物の体から取り外し、ふう、と息を吐くとカイルに向き直る。

「ごめんなさい。カイル、どうしたの?」

 セラフィナが返事までに間が空いたことを謝ると、カイルは少しホッとした表情を見せたので、セラフィナは少しだけ違和感を覚えた。しかし、カイルがいつもの表情に戻ったので、気のせいかと思いカイルに話を促した。

「さっきの黒いやつ、どうして核の位置がわかったんだ? 全然見えてなかったよな?」

 カイルが聞くと、リーゼも顔を上げた。彼女も気になっていたようだ。

 セラフィナは、少し考えた。コウモリのエコーロケーションを用いたのだが、そういえば、この考え方をどこで知ったのだろうか。学園の講義ではない。公爵邸で漁った本の中にもなかった。であれば、違う世界の記憶、だろう。咄嗟に思い出すあたり、なんとも都合のいい記憶だと思いながら、この世界では解明されていない原理をどう説明するかを考えた。

「ええと……私たちには聞こえない高さの音をぶつけて、反響してきた音で位置を割り出したの」

 こだまみたいに、とセラフィナは説明した。

「あの部屋の固体って、私たちと魔物しかいなかったでしょう? 私たちは、ある程度大きいから、明らかに人間ではない固体が核なのではないかなと、思ったのよ」

「こだま、ですか。私たちに聞こえない音が、あるのですか?」

 リーゼに返されて、セラフィナは「しまった」と思った。人間の耳では聞き取れない音があるのは、あちらの記憶だったか。“あちら”も“こちら”も、記憶は同じセラフィナの一部なので、訳がわからなくなる。

「ええと……そういう話を聞いたことがあるから、やってみたのよ」

 気の利いた言い訳も思いつかずに誤魔化すと、カイルが感心したように頷いた。

「よくわからんが、セラは色々と思いつくよな。助かるよ」

 カイルの純粋な褒め言葉は、素直に嬉しい。セラフィナは、自然に頬を緩めて、ふふっと笑う。

「――そういえば」

 ふいに、エーリヒが呟いた。

「いつの間にか、あざができてるんだけど、知ってる?」

 腕を捲って手のひらくらいの内出血を示して、エーリヒが皆に聞いた。

「お前もか?」

「アルも? ちょっと痛いんだよね」

 二人は、珍しく顔を見合わせて意見を合わせ、他の三人の間に妙な沈黙が落ちる。

「思い当たることは、ありません」

「あら、どうしたのかしら」

「……知らんな」

 三人は、揃ってエーリヒとアルベルトから視線を外した。


 ダンジョンの中は正常に戻ったようだが、外は変わらずだった。宿場村に戻る道すがら倒した魔物の数は、両手の指では足りなかった。

 皆で夕食を食べた後は、疲れから皆、早々に部屋に戻った。そんな中、カイルは宿の食堂で一人酒を飲んでいた。多くの魔物の討伐が続く中、夜に騒いでいる冒険者はいない。ここでも、食堂にいるのはほんの数人だけだった。

 カウンターで一人酒を飲むカイルの横に、エーリヒが静かに座った。それに気づいたカイルは、少し驚いた顔をして、すぐに表情を戻した。酒を頼み、何も言わずに飲んでいるエーリヒに、カイルは首を傾げたが、何も言わずにグラスを傾けた。

 しばらくそうして飲んでいると、突然エーリヒが深いため息を吐いた。

「――どうしたんだ?」

 堪らずカイルがエーリヒに聞くと、彼はもう一度小さくため息を吐いて口を開いた。

「…………寝たくないんだよね」

 エーリヒの表情は、本当に嫌そうだ。いつもの朗らかな目元は歪み、眉間に皺が寄っている。彼もこんな顔をするのかと、カイルはまじまじと顔を見てしまった。

「あの悪夢をまた見るんじゃないかと思うと、目を瞑りたくないんだ」

 エーリヒはそう言い、もう一度ため息を吐いた。裏ボスが生み出した悪夢か、とカイルは思い当たった。自分も、同じように寝ることに戸惑いを感じていたためだ。エーリヒがどんな夢を見たのか、聞いていいのかわからずに、カイルは黙ってグラスを傾けた。それをどう捉えたのか、エーリヒは話を続ける。

「セラが、アルと一緒に行ってしまったんだよね。身分が違うって言って……あの二人はもともと婚約者だし、仲は悪かったけど幼馴染特有の空気感はあるし」

 エーリヒは、そこで一拍置いて、頭を抱えた。

「あり得ない話じゃ、全然ないよね」

 カイルは、重いため息を吐いているエーリヒの横で、今彼が言っていたことを想像しようとした。

「――あり得ないだろ」

 しかし、全く想像できなかったカイルの口からは、否定の言葉がポロリと溢れた。

「セラが、身分やら立場やらを理由に、お前を切るとは思えない」

 その言葉は、エーリヒに向けているのか、自分に言い聞かせているのか、カイルにはわからなかった。

「そんなことはしない」

 悪夢はいくらでも思い出せるが、身分を傘に着る彼らの姿は、カイルには想像できない。

 縮こまったエーリヒの背中をポンと叩いた。

「お前だって、想像できないだろ?」

 少しだけ顔を上げてカイルを見るエーリヒに、カイルは笑顔を向けた。

「セラが、『身分をわきまえなさい!』とか、言わなそうだろ?」

 エーリヒは、目を瞬いた。カイルを見て沈黙し、次にぷっと吹き出した。

「確かに。全然想像つかない」

 エーリヒの口から、くくっと笑いが漏れ、カイルも笑う。

「だろ? むしろ、『仲間外れにしないでー』とか言って、リーゼに怒られるんだ」

「それで、アルが呆れて、カイルが困る」

 エーリヒは、笑って言いながら、顔を上げた。

「そこで、俺はセラを思いっきり甘やかすんだ」

 褐色の瞳に甘さが籠るのを見て、カイルは苦笑いして「程々にな」と言った。

「カイル、ありがとう。目が覚めたよ」

 エーリヒは、グラスに入った酒を一気に飲み、カイルに笑った。そして、彼の肩を軽く叩いた。

「カイルも、眠れそう?」

 言われて、カイルは少し目を見開いた。何か返事を、と思い口を開くが、言葉が出ない。グラスを持つ手に、一瞬力が籠った。眠れば、あの悪夢を見るだろうか、と考え、目を閉じる。

 思い浮かぶのは、喧嘩をしたり、笑い合ったりする、仲間の姿。自分を見下す視線は――ない。

 カイルは笑った。

「ああ、寝れる。俺こそ、ありがとな」

 そう言って、カイルも酒を飲み干した。エーリヒの肩をポンと叩き、二人で同時に席を立った。

 

 翌日、五人は揃って朝食を食べ、一度フィオレイドに戻ることになった。周辺の魔物は減っていないが、ギルドの依頼である最北の森のダンジョンは沈静化した。一度報告に戻るべきだと判断したのだ。

 セラフィナは、宿から出て両手を上げ、身体を思い切り伸ばした。空はよく晴れ、低い位置にある太陽に照らされた木々の氷が、キラキラと輝いているのが気持ちが良い。後から出てきたカイルを振り返り、笑顔になった。

「今日は、いい天気ね!」

 冬の晴れた朝は、いつもよりさらに寒さが増すが、吸い込む空気がツンと澄んでいて、とても気持ちが良い。馬橇を取りに行くというカイルに付いて外に出て正解だったと、セラフィナは思った。カイルも、はしゃぐセラフィナに笑いかける。

「そんなにはしゃぐと、すぐに転ぶぞ」

「大丈夫――わっ!」

 数日前に積もった雪は踏み固められ、歩きやすい分滑りやすくもある。特に、セラフィナはよく転ぶ。この日も、朝からしっかりと足を滑らせた。そうなると、どこにも踏ん張りが効かない身体は、両足を浮かしてただ尻餅をつくのを待つばかりだ。

 カイルは、咄嗟にセラフィナの身体を支えた。腕の中に収まった軽い身体に、カイルは一瞬息を止めた。触れてもいいものか――自分が助けてもいいものか。咄嗟に動いてしまった後に、少しの後悔がよぎった。が、それもすぐに、セラフィナのほにゃんとした笑顔に打ち消された。

「――きれい」

 セラフィナがポツリと呟いた言葉が理解できず、カイルはつい聞き返してしまった。

「……えっ?」

 カイルの驚いた声で、セラフィナは我に帰る。「ごめんなさい!」と慌ててカイルから離れた。カイルは不思議そうな顔をしながらも、すぐにほっとして、それから笑って「気をつけろ」と言って、馬小屋へと歩き出した。

 セラフィナは、そのカイルの後を付いて慎重に歩きながら口を開いた。

「ね、近くで見て思ったのだけれど、カイルの目って、きれいよね。みんなに言われない?」

 突然言われて、カイルは驚いてセラフィナを振り返った。

「……いや、言われたことはないけどな。どこにでもある色だ」

 容姿について、今まで誉めらたことは一度もない、とカイルは思った。いや、あるかもしれないが、気に留めるほどの言葉ではなかった。しかし、セラフィナはなおも続ける。

「そうかしら。森の中の大きな木の葉みたいで、とても暖かい色だわ。それに――」

 セラフィナは、一歩カイルに近づいて、高い位置にあるカイルの顔を覗き込んだ。

「ほら、やっぱり」

 何かに納得したようなセラフィナに、カイルは首を捻る。それを面白がるように笑うセラフィナの笑顔は明るくて、本当に貴族に見えないな、とカイルは思った。

「カイルは、とても優しい目をしているもの。だから、きれいなのね!」

 ――なんだ、その口説き文句は!?

 カイルは、思考が固まったのを自覚した。それも知らず、セラフィナは満面の笑みで笑いかけ、カイルを追い越して馬小屋へ歩き出す。

 ノロノロと上げた手で口元を覆い、熱を持つ顔を必死で隠した。凍りつきそうなくらい寒いのに、顔から湯気が出そうなくらい熱くなっている。背中でセラフィナの悲鳴が聞こえたが、流石のカイルも反応できなかった。振り向くとセラフィナが尻餅をついているのが見えた。

「…………リーゼがつきっきりなのが、わかる気がしてきた」

 カイルは一つため息をつくと、転んだセラフィナにゆっくりと近づいた。

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