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夢から覚めて

アルベルトご乱心です

 セラフィナは、一本、また一本、と水晶柱を出しては、エーリヒとアルベルトに乗せ始める。セラフィナには支えきれず、半ば落とすように置かれるが、出すのに必死で、手元を見ないものだから、抵抗できない二人から変な声が聞こえてきた。

「なるほど。これを期に、二人を消すということですね」

 リーゼが納得すると、セラフィナが驚いた。

「どうしてそうなるのよ? 私たちが離れても、二人がまた闇に呑まれないようにって……ええ!? 二人とも、どうしたの!?」

 リーゼに抗議しながらエーリヒとアルベルトを見たセラフィナは、二人が水晶柱に埋もれているのを見て慌てた。どうしてこんなことに、と水晶柱をよけるが、明らかにやったのはセラフィナだった。

 カイルも手伝って二人を救出したが、少々ダメージが大きかったようだ。二人は虚な目をしながらも、苦悶の表情を浮かべていた。

「……ええと、それで? セラはどうしたかったんだ?」

 呆れながら、カイルがセラフィナに聞いた。

「なんだか行き違いがあったようだけれど……この水晶柱は、闇魔法?に対抗できるようだったから、エーリヒとアルに触れさせておいたらいいかしら、と思ったのよ」

 少し反省しながらセラフィナは言い、エーリヒの手を水晶柱に触れさせた。カイルは、彼女の表情を見て表情を変え、優しい声で「そうだな」と同意した。

「魔物を倒すのなら、二人から少しでも離れないといけないし」

 そう言って、今度は拳大の水晶を鞄から取り出した。水晶の洞窟の隠し宝箱から出てきたものである。

「私たちは、これを持ちましょう。これなら、持っていても動きを妨げないわ」

 ちょうど三つあった水晶を、リーゼ、カイル、セラフィナで一つづつ持つことにした。どの程度効果があるかはわからないが、先ほどの悪夢には囚われたくない。セラフィナとカイルは、水晶をぎゅっと握りしめた。

「やるなら、急ぎましょう。水晶が、もう曇ってきています」

 リーゼの言葉で、セラフィナとカイルは顔を見合わせた。三人で頷き合い、エーリヒとアルベルトの側からできるだけ離れる。

「それで? どうやってヤツを倒すんだ?」

 カイルが言うと、セラフィナがにこりと笑った。

「暗い中でものを探すには、コウモリでしょう」

 セラフィナの言葉の意味が、二人にはわからなかった。首を傾げて反応すると、セラフィナが笑みを深める。

「魔物の核は、この霧のどこかにあるのよね。でも、霧よりは硬いはず。なら、探せるわ。二人は、核を水晶柱でぶっ叩いてね」

 言いながら、カイルに自分の魔法拡張鞄を渡した。

「取り出したいものを想像しながら手を入れると、目的のものが手に触れるわ。お願いね」

 カイルは、一瞬戸惑ったが、すぐに頷いて鞄を受け取った。リーゼは、自分の魔法拡張鞄の蓋を開けて、水晶柱を一本取り出したので、カイルもそれに倣って、取り出した水晶柱を両手で握りしめた。

 セラフィナは、スタッフを取り出し、先端を前方にかがげる。左から右へ、ゆっくりとスタッフを移動させる。カイルとリーゼは、彼女が何をしているのかはわからない。ゆっくりとした動きを目で追っていると、スタッフが一点を指してピタリと止まった。

「そこ! 二十メートル先! 障害物なし!」

 セラフィナの声がした瞬間、カイルとリーゼは動いた。視界を遮る黒い霧の中を一気に駆け抜ける。そこにあったのは、深く漂う闇の塊だった。

 一歩分早く辿り着いたカイルは、手にした水晶柱を、闇に思いっきり叩きつける。

 ――カーンッ!

 甲高い音を立てて、水晶柱は真っ二つに折れた。その面から溢れた破片は、黒く濁っていた。少しの間もおかず、リーゼが闇を殴りつけ、同じように水晶柱が折れる。闇がゆらりと揺れるのを見ながら、カイルはさらに取り出した水晶柱で闇を殴る。続くリーゼが水晶柱を振り下ろした瞬間、闇がすっと霧に溶けた。

「カイルの右斜め四十五度前、三メートル!」

 リーゼは、示された方向へ大股で三歩踏み出し、目標も見ずに水晶柱を振り下ろす。追って、カイルも水晶柱を叩くつけた。

 闇は何度も位置を変えるが、その度に、即座にセラフィナの指示が飛んできた。足元が放り投げた水晶柱で埋まる頃、カイルが振り下ろしたそれが、何の衝撃もなく空を切り、そのまま地面に叩きつけられた。水晶は折れもせずに高い音を立て、カイルの両手に強い衝撃が走った。それに構わず、カイルはセラフィナに声を張り上げた。

「セラ! 次は!?」

 どこに行ったのか、声を上げたが、その返答は静かだった。

「――もう、終わり」

 カイルは「え?」と思いながら、声のした方を見返した。先ほどまではただの黒い空間に見えていたところに、キラリとした光が見える。

「セラフィナさん、それは、核がなくなったと言うことですか?」

 数歩離れたところにいるリーゼも、先ほどよりもはっきりと見えるようになったことに、カイルは気がついた。視線を戻すと、淡い金色の光が、チラチラと揺れながら近づいてくるのが見えた。

「二人が叩いていたら、消えてしまったわ」

 セラフィナの姿が、はっきりと見えた。その後ろには、まだ黒い霧がかかっていたが、その色は確実に薄くなっていた。

「じゃあ、核は壊したってことでいいのか?」

 カイルが言うと、リーゼは首を傾げた。

「壊したと言うか、消滅の方がしっくりきますね」

 確かに、とカイルが頷く。そして、セラフィナの手にある水晶を見て驚いた。

「すごいな。真っ黒じゃないか」

 握り拳大の水晶の塊は、真っ黒に濁り、端からサラサラと崩れ始めていた。

「こちらに向かう魔力を感じたから、たぶん攻撃を受けていたのだと思うの。これがなかったら、正直に言って危なかったかもね」

 セラフィナはにこにこと言うが、笑い事ではない。カイルは、ポケットに入れた水晶を取り出すが、それも真っ黒に濁り、しかも片手で簡単に握り込めるほど小さくなっていて、取り出した途端にサラサラと崩れてなくなってしまった。

「カイルさんの方が、ビシビシと攻撃されていたようですね」

 そう言うリーゼの手にも、崩れた水晶らしき黒い砂礫が見える。カイルは顔を引き攣らせて笑ったが、気を取り直して言った。

「何にせよ、霧は薄くなっているな。じきに消えるかな」

 言っているうちにも、霧はどんどん薄くなり、周囲の状況がわかるようになった。三人が置いてきたエーリヒとアルベルトの元に駆け寄ると、黒く澱んだ水晶柱に囲まれて、二人は不思議そうな顔で地面に座っていた。

「二人とも、気分はどうだ?」

 カイルの声に顔を上げたエーリヒは、セラフィナを見つけるとさっと顔をこわばらせた。

「セラ……本物?」

「本物だとは思っているけれど……」

 首を傾けて不安げに答えるセラフィナに、リーゼが「そこは自信を持ってください」とため息を吐かれた。それを見て、エーリヒはほっとした表情になり、セラフィナに右手を伸ばしかけ、一瞬迷った後その手を降ろした。そっと息を吐き、少し悲しそうな笑みを浮かべる。

「とても悪い夢を見ていたんだ。目が覚めてよかった」

「魔物の核は、カイルとリーゼが消してくれたから、もう大丈夫だと思うわ」

 セラフィナが、安心させるようににこりと笑う。エーリヒは、カイルとリーゼを見て「ありがとう」と言った。

「アルは、大丈夫か?」

 カイルがアルベルトに声をかけるが、無表情に座ったまま反応がない。無表情はいつものことだが、反応がないのは初めてだ。まだ夢から覚めていないのか、と三人は顔を見合わせ、セラフィナを見る。見られたセラフィナは、少し困った顔をしながらアルベルトの前に膝をついた。

「ねえ、アル?」

 彼の顔を覗き込み、心配そうな表情をする。

「それは、夢よ? そんなに悲しい顔をしないで?」

 その言葉に、アルベルトはゆっくりと顔を上げた。碧い瞳が、じっとセラフィナを見つめる。表情は相変わらずだが、瞳に少しずつ力が戻る。後ろでは、ほっとした雰囲気が漂っている。

「私なんて、あなたに殺される夢を見たのよ! 本当に驚いたのだから」

 セラフィナの急な暴露に、後ろの三人だけではなく、アルベルトまでもぎょっとした。

「夫婦喧嘩で刺されるって、残念な人生ねって思ったわよ」

「「――は?」」

 アルベルトとエーリヒの声が重なった。後ろにいたリーゼとカイルには、言葉が同じだが、含んだ感情は違うように聞こえた。

「セラ、ちょっと待って? 夫婦って言った?」

 エーリヒは膝をつき、セラフィナとアルベルトの間に入ってきた。セラフィナは、急に反応したエーリヒに驚きながらも、魔物の夢の話なら笑い話で済むだろう、と続けた。

「そうよ。予定通り結婚はしたけれど、私は仕事、彼は他の人と子供を作る。挙げ句の果てに夫婦喧嘩でグサリ、よ。驚きでしょう?」

 くすくすと笑い、右手をパタパタと振ったが、エーリヒは青ざめて口をパクパクさせている。アルベルトは眉間に皺を寄せて、何かを押し殺すように唇を引き結んだ。後ろに立つリーゼとカイルを見ると、残念そうな顔でセラフィナを見ている。

「……え、なに?」

 皆の反応が心底わからず、セラフィナは首を傾げた。青ざめたエーリヒが、突然セラフィナの両肩をガシッと掴んだ。

「――セラ。俺を選んで」

「何の話よ」

 エーリヒが錯乱し、セラフィナが半目で睨む。その瞬間、アルベルトがゆらりと立ち上がった。

「――二人とも、いい度胸だ」

 座っているセラフィナとエーリヒを上から睨みつけるアルベルトは、今までにない表情で怒りを表現していた。

「セラ。お前が俺をどう思っているか、よくわかった」

 腹の底から出ていると思われる低い声は、まるで地を這うようにセラフィナに突き刺さる。脳裏に浮かぶのは、昨夜の言葉――『お前を殺して、俺も死ぬ』と言った時の、アルベルトの恍惚とした笑み。セラフィナは、「ひっ」と悲鳴をあげてエーリヒの後ろに隠れた。

「エーリヒ。まだ戯けた夢を見ているようだな」

 完全に光を失った目でエーリヒを見下して、アルベルトは腰の剣をスラリと抜いた。

「目覚めが一生来なくしてやる」

 アルベルトがキレている――それだけは、四人とも間違いなく判断できた。

「え……アル、ちょっと、ま――っ!」

 セラフィナを背に庇いながら、エーリヒは慌ててアルベルトを止める。しかし、彼に止まる気はなく、無言のまま剣を振り上げた。

「待て待て待て待て! まだみんな混乱してるんだ!」

 慌てたカイルがアルベルトに駆け寄り、後ろから振り上げた腕を押さえる。リーゼも鞘ごと剣を持ち、アルベルトとエーリヒの間に割って入った。

「ア、アルベルトさん! セラフィナさんは、何も考えていませんよ!」

 リーゼは少し酷くない?とセラフィナは思ったが、今自分が口を開くと、アルベルトの暴走は止まらない気がしたのでやめておいた。

 セラフィナは考えた。未だかつて、これほど本気で怒ったアルベルトを見たことがあるだろうか。記憶の引き出しをひっくり返して、懸命に過去を辿る――と。あった。八歳の時。彼との約束を破った時。すぐに、その原因となった猫がいなくなった。誰がやったかなど、考えるまでもなかった。その後どうなったのか、覚えてはいないが、状況が似ているような気がして、セラフィナは腹が立ってきた。あの時、自分はどうしたのだったか……。

 エーリヒの後ろからすっくと立ち上がり、アルベルトを睨みつける。大きく息を吸って、アルベルトに向かって口を開いた。

「みんなに怪我をさせるのなら――」

 腕を組んで胸を張り、アルベルトにはっきりと言ってやった。

「一生、口をきいてあげないんだからっ!」

 ふん、と顎をあげてアルベルトと目を合わせると、彼は眉間に皺を寄せたまま、じっとセラフィナを見た。睨み合うことしばし、アルベルトがふっと視線を外した。右腕がゆっくりと降りて、剣を鞘に収める。

「……すまない」

 低く、押し殺した声だった。眉間の皺が消えたアルベルトに、セラフィナは「わかればいいのよ」と勝ち誇った。

 リーゼは、静かに手を叩いてセラフィナに頷き、満足そうにしている。

 アルベルトから手を離したカイルと、座り込んだままのエーリヒの声が、「「子供のケンカ」」と重なったのを、セラフィナは無視することに決めた。

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