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裏ボス2

病みそうパート2です。

 フィエルヴィクで、カイルは吹雪の中宿へ帰った。冬の旅は怖い。天気は急変するし、吹雪いていなくても、移動手段がなくなれば凍死することだってある。クロウクから先も、危険だと言うことで徒歩で移動する必要が出てくるかもしれない。そんなときの対処方法は、地元の人に聞くのが一番だ。少なくとも、カイルは十三歳で孤児院を飛び出してから、そうやって生きてきた。

 宿に戻ると、仲間たちは揃って読書をしていた。さすがに元貴族ということもあり、彼らは常に余裕がある。他の冒険者たちとは、何かが違っていた。それでも、平民の自分を必要と言い、対等に扱ってくれる彼らに、カイルは本当に感謝していた。

「……お前たち、ずっと本を読んでたのか?」

 だから、この日もカイルはいつも通り、何の気負いもなく四人に声をかけた。しかし、四人とも反応がない。黙々と本を読み続けていた。

「――集中しすぎじゃないか?」

 カイルが首を傾げながら言うと、ようやく顔を上げたリーゼだったが、その視線の冷たさに、カイルはゾクっと背中を震わせた。

「……お戻りですか。何か、報告はありますか?」

 リーゼはいつも抑揚のない話し方をするが、この時はさらに酷かった。冷たく、突き放すような言い方に、カイルは一瞬言葉に詰まる。何かあったのかと、仲間たちを見回すが、顔を上げているのはリーゼだけだ。仕方なく、カイルは口を開く。

「あ、いや。特別何かということはないんだが――」

「では、よろしいですね。ご苦労様です」

 カイルが言い終わらないうちに、リーゼが話を終わらせた。そのまま本に視線を戻す。さすがのカイルも、彼らの態度に困惑した。基本的に自由に行動する四人だが、これほど無視される謂れはない。一体、何がったのか、原因がわからなければ、対処もできないではないか。カイルは、そう考えて、思い切って口を開いた。

「――なあ、みんな、どうしたんだ?」

 その問いかけにも、誰も答えない。一人だけ、セラフィナが静かな動作で本を閉じた。そのまま、視線だけをカイルに向ける。氷青の瞳は、何の感情もなく、まるで物を見るかのようにカイルの向けられた。

「あなた、さっきからうるさいわ」

 静かな声は、カイルの胸をすうっと氷漬けにした。何を言われたのか理解する間もなく、四人は静かに立ち上がる。セラフィナが、カイルに背を向けて歩き出し、それを追うリーゼの背中が見える。

「――お前」

 エーリヒの、蔑むような声が耳に響いた。

「勝手に発言できる身分だったか?」

 冷たく睨みつけ、カイルの言葉を待たずにエーリヒも立ち去った。

「消えろ」

 アルベルトは、カイルを見もしなかった。

 ――ああ、そうだった。

 自分は、何を勘違いしていたのか。

 これが現実だ。今まで、夢でも見ていたのだろう。言わなくてもわかる。彼らは貴族で、自分は平民だ。そこには確実な身分の差があり、しかも孤児である自分など、そのへんの石ころにも満たない存在なのだ。

 カイルは、頭がすっと冷えていくのを感じた。衝撃のあとは、逆に冷静になるらしい。部屋に戻って、荷造りをしなければ。

(――大丈夫だ。一人の旅は、慣れてる)

 最初から、ここには自分の居場所など、なかったのだから――。


「俺を、誰だと思っている!」

 怒鳴りつけるアルベルトを、セラフィナはあえて見ないようにした。

 目に入るのは、白く美しい壁と、壁際に置かれた美しいチェスト。その上に置かれた花瓶には、今日の朝、庭で自ら摘んできた花が生けられている。せっかく自室を心地よく整えたのに、彼によって台無しになってしまった。

 ――さて、何の話だったか、とセラフィナは考え、ああ、そうだった、と思い出した。

 アルベルトと結婚して二年。外に子供ができた彼は、その女を公爵家に住まわせ、手元に置いた。セラフィナが、女公爵として執務にあたっている間、彼はその女と楽しく過ごしていると言う。それを彼の口から聞かされ、心底どうでもいいと呟いたのが、間違えだったようだ。もう少し言葉を選べばよかった、とため息を吐いた。

「――あなたは、公爵家の婿です。それ以外に、何がありますか?」

 セラフィナは、冷静に返し、アルベルトを見た。眉間に皺を寄せ、顔を歪ませる彼は、怒っているようで、その実苦しそうにも見えた。

「俺の意思を無視した言動、無礼だぞ」

 何を今更、とセラフィナは冷たく彼を見た。

「お好きな女性を公爵家に住まわせ、お子様もいらっしゃる。形式上の妻である私も、そこに口を出さない。それのどこにご不満が?」

「お前は、俺の妻だ。俺が、外に女を作っているのだぞ? なぜ、そのような態度なのだ」

 目を尖らせて言うアルベルトの言葉の、意味がわからなかった。セラフィナは、不審なものを見る目をアルベルトに向ける。

「心底どうでもいいです。あなたが、誰と、何をしようが、私には関係がございません」

 冷たく言い捨ててから、そういえば、と思い出した。にこやかに笑って、祝福を送る。

「お子様がお生まれになって、よかったですね。公爵家の跡取りにはなれませんが、お幸せになってくださいね」

 嫌味ではない。誰であろうと、子供が生まれるのは喜ばしいことだ。愛した女性との子供なら、なおさらだろう。そう思って言ったのだが、アルベルトの様子が変わったのに、セラフィナは気がついた。

 怒るでもなく、嘲るでもなく――絶望が見えた気がした。なぜか、と思い首を傾げていると、アルベルトが暗い目をセラフィナに向けた。

「――本気で、言っているのか」

 本気も何も、本気以外にない。なおも首を傾げるセラフィナに、アルベルトが顔を歪める。

「本気で、そう思っているのか」

 いつもと違う表情に、セラフィナは不穏なものを感じて一歩下がる。

「俺が、何をしても、何も思わないと」

 仄暗い瞳に見据えられ、セラフィナの喉がひゅっと鳴る。セラフィナが離れた分、アルベルトは一歩近づいた。セラフィナは、さらに一歩下がりたかったが、身体が言うことをきかない。まるで、足が床に埋まってしまったように、もう半歩も動けなかった。

「お前が、俺を見ないと言うのなら――」

 もう一歩、ゆっくりとアルベルトが近づく。手に、何か光るものを持っているが、それが何かはわからない。彼の瞳から視線を離した途端に、大変なことになる気がした。

「嫌でも俺を見させてやる」

 アルベルトは、セラフィナしか見ていない。セラフィナの視界にも、彼しか映っていなかった。

 また一歩、二人の距離が縮まる。もう、軽く手を挙げれば届く距離だ。

「お前の瞳に、俺しか映らないように。このまま――」

 低い声、仄暗い瞳、歪んだ表情。

 セラフィナの世界は、それだけだった。

「――一緒に、死のう」

 

「――セラフィナさーん。さっさと助けてくださーい」

 セラフィナの耳に、間の抜けた声が届いた。ぱちっと瞬きすると、そこはセラフィナの自室ではなく、黒く澱んだ霧が漂う空間だった。

 セラフィナは、どっと冷や汗をかいた。

 ――今、何があったのか。

「早く来てくださーい」

 また、間の抜けた声がした。リーゼが何かやらかしたのだろうか。彼女が助けを呼ぶのは珍しい。硬直した身体を無理やり動かし、セラフィナは声のする方へ向かう。

 霧の中で、誰かが掴み合っているのがわかった。さらに近づいて、セラフィナは息を飲んだ。地面に両膝をついたエーリヒが、自身の喉元に剣を当て、それをリーゼが両手で押さえているのだ。慌てて駆け寄ると、リーゼがセラフィナを見つけてホッとした顔をした。

「遅いですよ。駄犬の上にあるモヤを、なんとかしてください」

 セラフィナが見上げると、彼の頭上により濃度の高い黒い霧が、まるで雲のように漂っている。

「水晶柱で殴ったら消えました。まだ持っていますよね?」

 リーゼの口調は軽いが、エーリヒを抑える手は震えている。少しでも滑ったら手遅れになるだろう。セラフィナは、急いで魔法拡張鞄から、水晶の洞窟で採った水晶柱を取り出した。セラフィナには重すぎて、ふらふらとバランスを崩したが、今はそれどころではない。

 両足を踏ん張り、全身で水晶柱を抱え込む。エーリヒが膝をついていて良かった。地面についた水晶柱の先を、遠心力を使って一気にエーリヒの頭上に振り上げる。弧を描いて黒い雲を通り抜け、反対側の地面に固い音を立てて叩きつけられた水晶柱を、今度は反対に振り上げた。

 何度か同じことを繰り返すと、黒い雲は薄くなり、最後の一振りで完全に消えた。周りの黒いモヤも、少しだけ薄れた気がする。反対に、透き通った美しい水晶柱は、真っ黒になって輝きを失っていた。

 重たいそれを投げ出して、セラフィナはエーリヒの顔を覗き込む。先ほどまで掲げていた剣は地面に落ち、両手は力なく下に垂れている。いつも優しくセラフィナを見る褐色の瞳は視線が合わず、ただぼんやりと開いているだけだった。

「エーリヒ!」

 セラフィナは、彼の肩をがくがくと揺するが、全く反応がない。助けを求めてリーゼを見ると、少し難しそうな顔でエーリヒを見ている。

「セラフィナさんも、こんな感じでしたよ。同じようなら、すぐに戻ってくると思うのですが」

「……そう。カイルとアルは?」

 この状態のエーリヒも心配だが、他の二人も気になる。周りを見渡すが、黒い霧で探せない。

「カイルさんは、アルベルトさんを探して――」

 リーゼの言葉が終わらないうちに、向こうからカイルの声がした。

「こっちも終わった! とりあえず、そっちに行くから、居場所を教えてくれ」

 カイルの言葉に、リーゼが「こちらです」と呼びかける。少し待っているとカイルがアルベルトを抱えて、黒い霧の中から現れた。

 セラフィナは、二人に近寄るが、アルベルトは反応がない。目を虚に開いて、何も見えていないかのようだ。

「――アル、大丈夫?」

 カイルは、困ったような顔をして、エーリヒの隣にアルベルトを座らせた。

「わからないが、意識が戻るのを待つしかないだろうな」

 それしかないが、またいつ闇属性の魔物が襲ってくるかもわからない。このままにしておいていいものか。

「――ねえ、リーゼ」

 ふと、セラフィナがリーゼに話しかけた。

「あなた、どうして水晶柱を使ったの?」

 闇属性といえば、光属性や聖女の魔法で対抗するのが普通だろう。そう考えて、セラフィナは悩んでいたのだが、リーゼは水晶の洞窟で採った水晶柱を使った。セラフィナには、不思議でならなかった。

「私は魔法を使えませんから。前に、セラフィナさんが水晶柱から魔力を感じると言っていたので、振り回してみました」

 そうすると、霧が少し薄くなり、黒く水晶柱が曇ったと言う。

「よくわからないが、効果はあったな」

 確かに、とセラフィナはカイルに頷いた。黒くなった水晶からは、黒い霧と同じ魔力は感じない。魔力を吸収しているわけではなさそうだが、実際に黒い雲は消失した。対抗できる何かであることは、間違いないようだ。

 セラフィナは、だったら、と立ち上がり、魔法拡張鞄をゴソゴソと探り始めた。

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