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不安

 セラフィナは、掲げた青く透明な球を覗き込んだ。

「この紋様は、そのまま音、元素、光、空間、闇、時空を表しているんだわ。だから、この順番で填めて見ましょう!」

 嬉々としてセラフィナが言うと、リーゼが右手を挙げた。

「セラフィナ先生。どの紋様が何を示しているのか、わかりません」

「はい、それでは、わかるところから紐解いていきましょう」

 セラフィナは、リーゼに合わせて講師役になることにした。そして、魔法拡張鞄に手を入れて、ゴソゴソと何かを探し出す。少しの間の後、鞄からでてきたのは、二冊の古く分厚い本だった。

「これは、初期ダンジョンで見つけた元素魔法の魔法書。こっちは、水晶の洞窟で見つけた、音魔法の魔法書です」

 魔法書は開かずに、表紙を皆に見えるようにした。二冊の魔法書は、どちらも黒い布製のクロスで覆われており、織り方を変えているのか、同じ色の模様が浮き出て見える。古代語で書かれた題名と思われる文字と、何かの模様。

「ほら、レリーフと同じよ」

 皆は、表紙に描かれた模様と壁のレリーフを交互に見た。

 元素魔法の魔法書に書かれているのは、火、水、風、土を表すモチーフが、一本の曲線に絡め取られている図だ。壁の、一番左に描かれているレリーフと一致する。音魔法の魔法書には、中心から同心円状に幾重にも広がる円が描かれている。壁の古代文字のすぐ右側のレリーフだ。

「なるほど。セラは、それを知っていたから、壁の詩の読み替えをしたんだな」

 カイルが納得したように言った。

「でも、他はどうしますか? セラフィナさんが持っている魔法書は、その二冊ですよね?」

 リーゼが言うと、アルベルトがレリーフを見ながら口を開く。

「魔法に関する紋様は、たいがいイメージしやすいものだ。――それにしても、表紙の模様など、よく見ていたな」

「私、本を読んだ後に、ゆっくりと表紙を眺めるの」

 アルベルトに感心されている、とわかったセラフィナは、胸を張って答えたが、今度は呆れた声が返ってきた。

「…………本の余韻に浸っていると?」

「本への感謝を込めているのよ」

「お前、変わっていると言われるだろう」

「言われないわよ」

「では、俺が言ってやろう」

「失礼な人ね」

 セラフィナとアルベルトが睨み合っていると、エーリヒがセラフィナの横にきて、柔らかく微笑んだ。

「俺は、そんなセラが大好きだけどね。それに、今回はそのセラがいたから、紋様の意味がわかりそうだしね」

 いつも通り、エーリヒは甘い。自然に甘い。セラフィナは、急に変わった温度に何とか耐え、エーリヒにいつも通りの笑顔を作る。

「そ、そうでしょう?」

 ふふふ、と笑って、色々なものを誤魔化した。

「――ほら、戯れてないで、壁の謎を解こう」

 冷静なカイルの一言で、全員が意識をレリーフに戻すことができた。

 壁のレリーフは六つ。古代語の文章を挟んで三つずつ並んでいる。一番左が元素魔法の紋様であることはわかった。その隣の紋様は、大小の四角い形が幾重にも重なり、しかもそれぞれの角度が少しずつずれている。不規則に重なる四角い形は、じっとみていると吸い込まれそうな感覚になる。

「最初から、わけがわかりませんね」

 リーゼが、諦めたように肩を落とすと、セラフィナが明るい声を出した。

「こっちは光だと思うの」

 セラフィナが見ているのは、古代語の左横。下に一本の線があり、その右上の一点から線が放射線状に伸びている、それだけのレリーフだ。

「これ、時間を表しているのかな」

 音の右横、弧を描く線の上に、左端に太陽、右端に三日月が描かれている。エーリヒの言葉に、アルベルトが頷いた。

「太陽と月だな。時間の流れを示しているのか。その横は、鏡像か?」

 一番右端には、長方形が二つ並んでいる。一つは奥に掘られ、もう一つは浮き出るように掘られている。何を示しているのか、いまいちわからなかった。

「残りは空間と闇、だったか。どちらかと言うと、リーゼが見てるのは闇には見えないな」

 カイルの言葉に、リーゼも頷く。

「闇、というより空間、と言われた方が、まだ納得はできます」

 そういった具合に、六つのレリーフの意味づけが終わった。

「じゃあ、次。球をはめていきましょうか」

 セラフィナが先陣を切って、音の球を対となるレリーフに填める。壁に填まった途端に、球は青白い光を取り戻した。

「元素は、誰が持っているの?」

 カイルが手を挙げ、同じように壁に填める。球は静かに青白い光を灯す。光、空間、闇をそれぞれ壁に填め、最後の一つを持ってアルベルトが壁に近づく。「最後だ」と呟き、流れるような動作で、時空の球を填めこんだ。

「……えー。そこは、もう少し雰囲気を出そうよ」

 エーリヒが、アルベルトに不満げに抗議した。

「確かに。何か起こるかもしれないのですし、『やるぞー!』とか、お声をあげていただいても宜しかったのでは?」

 リーゼも同意して抗議したため、アルベルトは眉間に皺を寄せて二人を睨む。

「お前たち――」

 言いかけた時、壁に填まった六つの球が、同時に明滅を始めたのに気がついた。五人は、一斉に壁を見上げる。球が光るのと同時に、レリーフも明滅を始める。その間隔が徐々に狭くなり、やがて青白い光がその空間を包み込んだ。その眩しさに、五人は目を開けていることができなかった。


 ――ゴトンっ! ゴゴゴゴゴ……


 重い何かが擦れ合う音がして、土臭いような匂いが鼻についた。ようやく光が収まり目を開けたが、周囲が霧がかっていて状況が掴めない。カイルがそう思っていると、頬を暖かな風が撫でた。その瞬間、風が、一気に霧――いや、砂埃を吹き飛ばした。

 視界が戻り、カイルが前を見ると、壁だった場所にぽっかりと空間が現れていた。どうやら、その先は階段になっているようだ。すごいな、と目を輝かせて後ろを振り向くと、諍いが起こっていた。

「ねえ、それ、俺がさっき怒られたやつだよね?」

 エーリヒがアルベルトに詰め寄る。

「知らん。危険かと思っただけだ」

 強い光で視界が奪われる瞬間、反射的に隣に立つセラフィナを引き寄せただけだ。アルベルトは、エーリヒを睨み返した。

「……どうでもいいけど、離してもらえる?」

 自身の肩にまわされたアルベルトの左腕を見ながら、セラフィナは反論する。スタッフを持っているあたり、先ほどの風はセラフィナの魔法だろうと想像がついた。無表情なのは、驚きを隠しているからなのか。その横で、リーゼがアルベルトを睨みつけている。

 カイルは、ため息を吐いた。

 一拍置いて、ゆっくりと息を吸う。

「アル。もう離してやれよ」

 思いの外低い声は、ボス部屋いっぱいに響いた。四人は驚いた顔でカイルを振り向き、アルベルトは思わずセラフィナを抱える両手を解いた。

 解放されたセラフィナは、一歩後ろに下がり、リーゼがその肩を支えた。

 ボス部屋には、しばらく沈黙が落ちた。

 だれも、次の言葉を選べず、動くこともできなかった。

 

 薄暗い階段を降りた先には、細い通路があった。そこを進むにつれ濃くなる魔力が、そこに何がいるのかを明確に示していた。

 巨大な両開きの扉の前で、五人は立ち止まる。片方の扉は掘り込まれ、もう一方は浮き出るように掘られている。先ほどの、闇のレリーフのようだ、と誰もが思った。

 セラフィナは、このゲームを周回はしていない。だから、初期ダンジョンの時と同様に、裏ボスの情報はない。恋愛要素が苦手で降参したのか、周回する間もなかったのか、それはわからない。セラフィナは、前者だと思ってはいるが……セラフィナを排除するはずのアルベルトもおかしくなってしまうし、ほとほと恋愛に不向きだ。そのセラフィナが思うに、ここには闇属性の魔物がいる。だが、闇属性など、どうやって攻略すればいいのか、わからない。自分がミスをすれば、仲間の命に関わる。対策がわからないものと対峙するのは、恐ろしいものだ。

「――セラ、どうしたの?」

 ほとほと困っていると、隣から優しく声をかけられた。安定の甘さは、エーリヒだ。彼は、何も言わなくても、いつも察してくれるので、セラフィナは心が温かくなる。

「扉から、中には闇属性の魔物がいそうでしょう? どうすればいいのかしら、と思って」

 素直に言うと、エーリヒは「うーん」と顎に手を当てて考える。

「確かに、闇属性なんて、現代にないからね。対処法もわからないよね」

 そうなの、とセラフィナが頷く。闇属性と一口に言っても、闇を操るのか、影などの光と対となるものを操るのか、はたまた精神魔法の類か。どれにしても、セラフィナが持つ魔法では対処できないし、物理攻撃は魔法より通用しなさそうだ。さて、どうしたものか、と悩んでいると、アルベルトが口を開いた。

「お前でも、わからないことがあるのか。この先に行くのはやめるか?」

「確かに、その方向もありだな」

 アルベルトに、カイルも同意する。

「ギルドの依頼は、ダンジョンの調査だ。必ずしも解決に至らなくてもいいだろう」

 セラフィナの不安を汲み取ってか、カイルは優しく微笑む。

「どちらでもいいと思います。開いてダメなら、逃げればよいのです」

 雰囲気をぶった斬ったのは、リーゼだった。冷静な声で、いつも通り意見を言う。しかし、セラフィナは、その潔さに気が楽になった。

「ふふっ、そうね。ダメだったら、みんなで逃げればいいわね」

「はい。私は真っ先に逃げますので、しっかり着いてきてくださいね」

「……そこは『全力で守る』と言うところではないの?」

「いえ、セラフィナさんは、何があっても生き残れそうなので」

「…………あ、そう」

 リーゼを少し睨んだセラフィナだったが、意味がないと思い直して肩を落とした。振り返ったカイルが笑っている。

「リーゼの案でいこう。もちろん、入りたくないなら、それは自由だ」

 明るく言って、カイルは扉に向き直った。

「じゃあ、行くぞ!」

 カイルの言葉に、全員が頷いた。それを確認することなく、カイルは重い扉に手をかけた。

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