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駄犬、忠犬、番犬

アルベルト勇気を出す

 ボス部屋についた頃には、セラフィナは疲労困憊していた。

 あの後、セラフィナの手を取ったエーリヒの手を、リーゼが音を立てて振り解き、説教が始まった。さっきも、こうして叱られたのか、と見ていたセラフィナは、近くにアルベルトがいるのに気づかなかった。突然視界がアルベルトの顔だけになって、初めて彼の両手に頬を覆われているのに気がついた。

「セラ。俺が守るから」

 碧い瞳が、真剣にセラフィナを見つめている。

「――エーリヒから」

 え、そこ?とセラフィナは思ったが、エーリヒの様子もおかしいことは確かだ。最近、身の危険も感じる。色々な意味で。そうなると、壁があったほうがいいだろう、と考え直した。セラフィナは、エーリヒといつも喧嘩しているアルベルトは、その適任ではないかと思った。頬をアルベルトの両手に包まれたまま、神妙な表情を作った。

「ぜひ、お願――」

「お願いするな!」

 言い終わる前にカイルに遮られ、アルベルトの両手が外される。

「何をする?」

 アルベルトが、不機嫌にカイルに向かい合った。カイルは腕を組み、眉を上げてアルベルトを見る。

「アルは、エーリヒに喧嘩売る宣言をするな。セラは、それを許すな」

 セラフィナにも苦言を呈したカイルは、エーリヒにも向かい合う。

「エーリヒは、さっき言ったことを忘れたのか? セラが大事なのはわかるが、もう少し周りを見ろ」

 カイルに注意された三人は、彼を見て黙り込んだ。小さく息を吐き一拍置いてから、カイルは三人を順に見た。

「――喧嘩するなとはいわない。けど、雰囲気が悪くなるようなことは、やめてくれ」

 いつも穏やかなカイルの口調が、今は厳しい。黙ってしまった三人のうち、最初に口を開いたのは、エーリヒだった。

「……ちょっと、浮かれていたみたい。ごめん」

 申し訳なさそうに眉を下げ、リーゼにも「ごめんね」と言った。リーゼの返事は、いつも通り「いえ」と短い。

「――悪かった」

 短く謝るアルベルトの表情は変わらないが、セラフィナには落ち込んでいるように見えた。そのセラフィナは、どうしてこうなってしまったのか、いまいちついていけなくなっていた。それでも、カイルの言うとおり、グループの空気が悪くならないよう気をつけなければならない、と思った。

「ごめんなさい。発言には気をつけます」

 セラフィナは、そう言ってカイルに頭を下げた。その頭の上に、暖かい手がポンと置かれる。少し顔を上げると、いつもの穏やかなカイルの瞳と目が合った。

「――まあ、セラが恋愛云々が苦手なのは、わかってるしな。あんまり二人に付け込まれないようにな。困ったら、相談に乗るから」

 優しく笑って頭を撫でるカイルに、セラフィナは胸の中が暖かくなった気がした。ポカポカした気持ちで、自然と頬が緩んだ。

「……カイルさんは、結局セラフィナさんには甘いですよね」

 少し離れたところでリーゼが呟くと、エーリヒがそっとリーゼに近づいて、こちらもボソリと呟く。

「俺、カイルは、リーゼと同じくらいセラを甘やかしてると思うんだよね」

「よく頭を撫でていますよね」

「…………アルより強敵だな」

「俺が何だ?」

「駄犬に忠犬に、番犬ですね」

「……やっぱり俺は、駄犬なんだよね?」

「俺はどれだ?」

 ボソボソと会話をしながら、三人はセラフィナとカイルが穏やかに話しているのを見ていた。

 

 そして現在、ボス部屋である。

 セラフィナは、少し疲れた表情で、緩い弧を描く部屋の壁を見渡した。いつもは嬉々としてギミックを探すのだが、流石に今回は疲れてしまった。それでも、裏ボスを倒すことで得られるステータスやアイテムは、確実にランクを上げてくれるだろう。その気持ちだけで、セラフィナは頭をフル回転させていた。

「他のところに隠し部屋があるということは、ないの?」

 エーリヒが、壁に埋められた光る球を撫でながら言った。つるりとしたその球が、どのように光っているのかはわからない。

「いるはずのボスがいないから、絶対にここに何かあると思うのよ」

「だよなあ。初期ダンジョンも、ボス部屋に隠し通路があったもんな」

 カイルが頷きながら、周りを見渡した。

「このボス部屋、ダンジョンの中なら普通の光景でも、外に出たらおかしくないか?」

 その言葉で、皆がもう一度部屋を見渡す。

 だだっ広い石造りの空間。高い天井は、巨大なボスがいたのであろう想像ができる。壁面には古代語の文を挟んで左右に形の違う六つのレリーフが掘られ、それぞれに青白く光る石が填まっている。レリーフはところどころ崩れ落ちているが、よほど現代のものとは思えないデザインであることがわかる。

 アルベルトが、レリーフの一つに触れながら口を開いた。

「……これは、古代のレリーフか? 古代語の教本に、似た文様が書かれていた」

 アルベルトが隣にいたエーリヒに目を向けるが、彼は肩をすくめた。

「俺、古代語は苦手なんだよね。全然読めないし、教本を開くと眠気が……」

 頬を掻きながら答えるエーリヒに、リーゼも頷いている。カイルは、首を傾げてエーリヒに尋ねた。

「前にも思ったんだが、古代語が読めるやつって、お前たちの中でも珍しいのか?」

 貴族の教養は、平民のそれとはまるで違う。もちろん貴族としての教育もあるが、一般教養からしてレベルが違う。平民からすると、貴族は一括りに"教養がある"で事足りる。自分の知らないことでも、なんでも知っている、と言うのがカイルの認識だ。

「古代語は、必修じゃないんだ。あれは趣味の世界だよ」

 エーリヒは、苦笑いした。

「比喩が多いし、一つの単語に複数の意味がある。そもそも文法が全く違うんだよね。あれをスラスラ読めちゃうのは、ほんの一握りだよ」

 そう言って、エーリヒは隣に立つアルベルトを見る。彼は、セラフィナが手に入れた古代語で書かれた魔法書を読んでいたはずだ。ほとんどの者が両手を挙げて降参する古代語で書かれた専門書を読める二人は、いったいどれだけの勉強をしたのだろうか。

「……詩的な表現が多いが、文法や単語には規則性がある。そこまで難解ではないがな」

「――その詩的な表現が、難解なんだよ」

 少しだけ尊敬して損した、とエーリヒは遠い目をした。その時、セラフィナの「あ、そっか」と呟く声がして、全員が彼女を振り返った。

 セラフィナは、部屋の奥、中央の壁の前にいて、古代語の文を眺めていた。見れば、手につるりとした青みがかった球を持っている。

「……セラフィナさん、まず聞きます。その手に持っているのは?」

 リーゼが聞くと、セラフィナは「ん?」と何でもないようにリーゼを見た。

「これ? 壁に填まっていた物よ。取れたの」

 そうかー取れたかー、とカイルが遠い目をした。

「光っていないな」

 セラフィナが持ち上げた球を見て、アルベルトが言った。その球に、エーリヒが顔を近づける。

「光っている時はわからなかったけれど、中にレリーフと同じ紋様が見えるね」

 エーリヒの言葉に、セラフィナは嬉しそうに頷いた。

「そうなのよ。この球は、レリーフと対になっているのよ」

 後ろでリーゼが、壁から球を外して掲げた。

「――本当ですね。このレリーフと同じ紋様が、この球にも見えます」

 他の四つの球も外して確認したところ、確かに六つのレリーフと同じ文様が、それぞれの球に刻まれていた。カイルが首を傾げて口を開く。

「全部、同じ紋様の壁に嵌ってたな。誰かが紋様に気づいて、填めなおしたってことか?」

「その可能性はありますね」

 リーゼは言って、壁を見上げた。

「けれども、何も起こらなかったということでしょうか」

「話題になていないってことは、そうだろうねえ」

 エーリヒも、首を傾げて壁を見上げる。

「――目覚め? 大地? ……うん。やっぱり、わからない」

 両手を挙げて降参の意を示して、アルベルトを振り返った。

「アルベルト先生、よろしくお願いします」

 エーリヒが、にこっと笑って揶揄うようにアルベルトにバトンを渡すと、彼はため息を吐いてエーリヒを見返した。

「お前は、何でも器用にこなすと思っていたが、本当に苦手があるのだな」

「俺だって、人間だからね。万能ではないよ」

 何の躊躇いもなく言うエーリヒを、アルベルトは意外そうな顔で見た。と言っても、表面上は無表情なので、それに気がついたのはセラフィナだけだった。

「そんなエーリヒの代わりに、アルが読んであげたら? もちろん、情緒を込めて」

 ひょいと覗き込んだセラフィナの顔に、アルベルトが嫌そうな顔をした。

「……俺は、情緒だとかは苦手だ」

 ぶすっとして言うと、セラフィナがふふっと笑った。

「あなたも、人間なのね」

 ハッとしてセラフィナを見れば、すっと離れていく姿が目に映る。その後ろでは、カイルとエーリヒの穏やかな表情が見えて、アルベルトは少しだけ居心地が悪くなる。リーゼは、と見ればセラフィナから目を離すまいと真剣で、場の雰囲気を戻す意思はない。何か話さなければ、と壁に目をやり、そっと息を吸った。

 

 暁の声に 目を覚まし

 土のぬくもりに 息を継ぐ

 さし入る光は 万象を照らし

 世はうつろい 形は揺らぐ

 されど影は移ろい 裏をなし

 巡る時は 始めへと還る


 読み終えたアルベルトは、口を閉じてチラリと仲間を見て、――後悔した。セラフィナは、瞳を煌めかせているし、カイルは嬉しそうな笑顔だ。リーゼは無表情だが、エーリヒなどはニヤニヤしていて、アルベルトは彼が何を考えているか想像したくもなかった。

「はー、声とビジュアルがいいと、情緒を込めなくてもここまで麗しいのねえ」

 言っている意味の半分もわからないが、セラフィナのキラキラした笑顔が見れたのならいいか、とアルベルトは思った。しかし、他の、特にエーリヒの揶揄いに遭うのはごめんだ。「それで」と、アルベルトは話を戻すことにした。

「この古代語の文が、何だ?」

 読め、と言ったエーリヒに聞くが、彼は首を傾げた。

「うん、これが何かの暗号かなって思ったんだけど……詩だね」

「そう、詩なのよ」

 困った顔をしたエーリヒに、セラフィナが笑顔で言った。

「さっき言っていたでしょう? 古代語の文章は、比喩や詩的な表現が多いって」

「この文章も、詩ですね」

 リーゼが、セラフィナの横に立って先を促した。

「古代の人たちは、そもそもこの文章を“普通に”書いたのよ。この球の填方はこうだよって」

 セラフィナは、壁の古代語に目をやった。

「――“声”は、”音“とも読めるわ。“土”は”元素“。“光”はそのままね。”形“は”空間“、”影”は“闇”。“巡る”は“時間”で、“還る”と合わせると“時空”と読めるわ」

「言い換えたとして、何がわかる? この詩に意味はないように見えるが」

 アルベルトが首を傾けると、セラフィナは「意味なんてないわ」と笑った。

「これ、たぶん、順番を表しているだけよ。普通に、ね」

 セラフィナがそう言うと、エーリヒが楽しそうに手を叩く。

「その順番に填めるっていうこと?」

 すると、セラフィナも「そうよ!」と喜んでエーリヒを見た後に、手に持った球を古代語の文に掲げた。

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