護衛騎士
可愛くないクリオネ登場
最北の森のダンジョンは、宿場村のすぐ近くにある。ダンジョンの近くに宿場村が作られた、と言っても良い。この宿場村自体が最北の森に隣接しており、もともと魔物が多く出現する。ここ数ヶ月で急増している魔物にも耐えられているのは、ギルドが管理する結界魔法のおかげだ。フィヨルライン王国では、妖精による魔法が主流のため、魔法のかけ直しをする必要がないのだとか。
そんな、安全な宿場村でゆっくりと休んだ五人は、早朝に歩いて三十分ほどの距離にあるダンジョンへ向かった。
そして現在、ダンジョンの中である。森の中の洞窟のようなダンジョン内は、風がない分少しだけ寒さが和らいだ。
「アル! そっちにいったよ!」
フロストサーペントが、エーリヒをすり抜けてアルベルトへ迫る。煌めく鱗を持った蛇の首を、アルベルトの剣が切断する。
「こっちへやったんだろうが」
エーリヒを睨みつけると、彼は涼しい笑顔を向けた。
「なんのこと? たくさんいたから、一匹逃しちゃっただけだよ」
確かに、十数匹のフロストサーペントがエーリヒに群がっていたが、最後の一匹も串刺しになっている。
アルベルトは、チッと舌打ちをしてセラフィナに向き直った。ちなみに、セラフィナは傍観していただけだ。何か言われるのかしら、と心構えをしたが、そうではなかった。
「――怪我は?」
「………………え?」
予想もしないアルベルトの言葉に、セラフィナは反応できない。
「……ないならいい」
「…………はあ」
アルベルトの意図が分からず、間の抜けた声しかでなかった。そのうち、素材の回収を終えた三人が戻ってきた。
「セラ、どうしたの? 具合が悪いようには見えないけれど」
エーリヒが心配そうな顔をして言うので、セラフィナは首を傾げた。なぜ、先ほどから心配されているのかわからない。
「セラフィナさんが一回も魔法を使っていないので、何かおかしな物でも食べたのかと」
「私が拾い食いでもすると、思っている?」
セラフィナは、むっとしてリーゼに言い返した。カイルが苦笑いしてリーゼをフォローする。
「セラが攻撃しないで見てるから、心配してるだけだよ。本当に、具合が悪いとかでないならいいんだが」
四人にじっと見られて、セラフィナは少し落ち着かなくなった。自分が魔法を使わないのが、そんなに珍しいのだろうか、と思ったが、戦いに加わらなかったことは申し訳ないし、黙っていることでもないので説明する。
「フロストサーペントって、魔法を反射するでしょう? 私が出る幕はないかなと思って」
これまでの戦いを見ていてわかっている。この四人は、チートだ。そもそも、四人中二人は攻略対象。チートであることは間違いない。カイルも、一人で冒険者をやっていたほどである。問題は、リーゼだ。セラフィナは、以前から不思議に思っていた。彼女は、侍女だったはずだ。なぜ、今剣を振り回しているのだろうか、と。思えば、昔から大変風変わりな侍女だった。もしかしたら、父の思惑があったのかもしれない。そうすると、強化個体といえどフロストサーペントの群に、四人が苦戦するわけもなく、セラフィナは黙って傍観していたのだった。
「セラフィナは、物知りだな。こいつらの特性まで知ってるのか」
カイルが純粋に感心していたが、もちろんゲームの知識である。最北の森のダンジョンも、ゲームの中では攻略済みだ。恋愛要素が邪魔をして、周回まではしていない。細かいマップまでは流石に覚えていないが、ダンジョンに出る魔物の特徴くらいは覚えている。
「前に、本で読んだのよ」
適当に誤魔化しながら、セラフィナは先へ進んだ。正確なマップがない最北の森のダンジョンでは、あっちへ行って戻り、こっちへ行って戻りを繰り返した。その度に魔物に出会し、多少手こずることはあっても、セラフィナの助言もあり問題なく倒していった。
後少しでダンジョンの最奥かと思われた時、カイルとセラフィナが立ち止まった。
「――三匹か?」
「近づいてくるわ」
探索魔法に魔物がかかる。五人は身構えるが、魔物の姿が見えない。緊張が走る中、地面が小刻みに震え出す。割れるはずのない硬い地面が、不意にひび割れた。
「――セラ! 下がれ!」
カイルの声と同時に、地面が盛り上がる――いや、地面を割って、人の背ほどあるアイスワームが飛び出してきた。
カイルの足元に一匹、リーゼとアルベルトの間を割るように一匹、後ろを歩いていたセラフィナの眼前に一匹。カイルとリーゼ、アルベルトは、反射的に飛び退いたが、セラフィナは咄嗟に反応できない。
眼前に現れた巨大な芋虫の動きがスローモーションに見えるのに、身体が言うことを聞かないことを不思議に思った。
(――待って。芋虫はどうやって攻撃するのだったかしら)
懸命に思い出していると、芋虫の頭(?)が、ゆっくりと割れた。内側から、別の口が現れる。
(…………可愛くないクリオネ)
ゆっくりと近づいてくる芋虫の口(?)を眺めながら、誰だよこんなグロテスクな魔物考えたの、とセラフィナは腹を立てた。
意外に鋭い牙が目前に迫った、その時――。
身体がふわりと暖かくなり、まるで壁が地面になってしまったかのように、セラフィナの身体が急激に後ろに移動した。その速度についていけず、セラフィナの首がガクンと振れる。目を瞑る間もなく、一瞬で視界から巨大な芋虫が消えた。
ザザっと地面を擦る音と、身体をしっかりと支える何か。前方から重い衝撃音が響き、地についた足に振動が伝わった。下を向いていた顔を上げると、アイスワームが焼けこげた切断面をこちらに向けて横たわっている。その向こうには、リーゼとカイルが一匹を倒したところが見えた。さらに奥、もう一匹のアイスワームが開けた大きな口が、リーゼに迫る。
セラフィナは、知らず握りしめていたスタッフを巨大な芋虫に向ける。するりと抜け出た熱気が瞬時に移動し、最後の一匹は炎に包まれ、一瞬で黒焦げになった。
ふう、と息を吐いたセラフィナは、ふと身体が暖かいことに気がついた。特に、背中が暖かい。不思議に思って後ろを振り返ると、エーリヒの顔が至近距離にあった。
(………………え?)
セラフィナの身体が、再び硬直した。エーリヒは目尻を下げ、泣きそうな顔でじっとセラフィナを見つめている。その表情に、セラフィナの顔は抑える間もなく熱を持った。
「え、え、え、エーリヒ!? どどどどどどうしたのっ!?」
セラフィナは、珍しく大きな声を出したが、エーリヒは何も答えない。答える代わりに、セラフィナの首元に顔を埋めた。
(ぎゃーーーっ!)
令嬢らしからぬ叫びは、幸い口からは漏れなかった。
「――よかった……」
(よくないっ!)
エーリヒの吐息混じりの言葉を、セラフィナは内心全力で否定した。
状況の理解が追いつかない。気がついたらエーリヒに後ろから抱きしめられていた。首に当たる吐息がくすぐったくて落ち着かない。心臓が口から飛び出しそうなほど暴れている。回されたエーリヒの腕が、わずかに強くなるのを感じた。頭が熱くなって、目が回る。
(…………もう、無理……)
セラフィナは、エーリヒの腕の中で動かなくなった。
はっと目を開けた時、最初に目に映ったのはリーゼの顔だった。セラフィナは、ほっと息を吐き、リーゼの腕の中にいることを自覚した。
「――ご気分はいかがですか?」
リーゼの落ち着いた声に、安心を覚えたセラフィナは、にこりと微笑んだ。あれは夢だ。きっと、巨大芋虫が目の前にいたから、驚いて幻覚が見えたのだ。そう考えて、身体を起こし、リーゼの腕から抜け出て地面にぺたりと座った。深呼吸してから、「大丈夫みたい」と返事をする。
「痛いところとか、ないか?」
カイルがひょっこりと顔を覗かせた。心配そうな表情をしている彼にも、にこりと笑う。
「大丈夫よ。……私、どうしたの?」
カイルやリーゼなら、本当のことを教えてくれるだろう。そう思って問いかけた。すると、カイルが顔を引き攣らせて視線を逸らし、リーゼが怒った顔をした。
「駄犬が噛み付いたのです」
「…………なんて?」
リーゼの返答は、意味がわからなかった。セラフィナは首を傾げてカイルを見る。カイルは気まずそうな顔をしてため息を吐いた。
「エーリヒとアルが、助けてくれたんだ。無事で良かったよ」
とりあえず、アイスワームが目の前に迫ったのは夢ではないらしい。まずは視界に入っていたアルベルトに目を向けた。前を向いた時に見た、アイスワームの焦げた断面は、彼が斬ったのだろう。
「アル、ありがとう」
素直にお礼を言うと、カイルの後ろに立っていたアルベルトが、腕を組んで見下ろしてきた。「いや」と小さく呟いて、視線をはずしたのを見て、セラフィナは「あら?」と思った。ずいぶんと不機嫌そうなこの態度は、照れているやつだ、と気づいて揶揄ってやろうと思い――やめた。せっかく謝ったのだ。無駄に怒られたくない。
さて、エーリヒはどこに、と無意識に視線を外していた方向を、探さなくても彼はいた。いつもの通り柔らかい笑顔だが、瞳の辺りがなんとなく申し訳なさそうに見える。とにかく、巨大芋虫に食べられずに済んだお礼を言おうとすると、先にエーリヒが口を開いた。
「――あの、ごめんね、セラ。びっくりさせたよね」
いつも優しい褐色の瞳が、落ち着かない様子でうろうろと彷徨う。セラフィナが、どうしたのかしら、と首を傾げると、エーリヒは困ったような顔をして、自身の首の後ろを手でさすった。
「セラが危ないって思ったら、身体が動いていて……」
一瞬言い淀み、言いにくそうに続けた。
「無事だと思ったら、ほっとして、その……抱きしめちゃって、ごめんね」
――夢ではなかった。
セラフィナの思考が先に進むことをやめて、一気に過去に戻った。アイスワームが、可愛くないクリオネのようにがおーっと向かってきて、自分は護衛のお兄さんに抱えられてビューンと後退し、その瞬間、無表情王子がアイスワームをザクっと焼き斬った。そうしたら、安心した護衛のお兄さんがぎゅーっと抱きしめて、自分の首に顔を埋めて……
まるで、絵本をパラパラと読んでいるかのような現実感のない出来事に、セラフィナはだんだんと恥ずかしさが込み上げてくる。それを隠すのに精一杯で、何も言葉が浮かばなかった。
セラフィナが黙ってエーリヒを見つめていると、彼の表情から少しずつ柔らかさが消えていった。
「――カイルとリーゼに、怒られたんだ。配慮が足りないって」
いつも、狂っているとしか思えない距離感のエーリヒが、今は一歩も近づいてこない。
「嫌だったよね。ごめんね、セラ」
いつもの笑顔の形を保ったまま、目だけが取り残されたように揺れる彼の表情に、セラフィナは慌てて首を振った。急いで立ち上がってエーリヒに歩み寄り――そこまで来て、どうしていいかわからなくなった。
(待って。私、どうして慌てたの? 何をするつもりだったの?)
頭の中は、疑問符でいっぱいだが、それと悟らせるわけにはいかない。結果、エーリヒの目の前で腕を組んで顎を上げた。驚いたけれど怒ってはいない、と伝えようと、口を開いた。
「お、驚いただけよ。あなたは私の護衛なのだから……わ、私を守れたことを、もっと喜びなさい!」
キッとエーリヒを睨みつけて、強い口調で言った。視界の端で、リーゼが頭を抱えている。セラフィナも、頭を抱えたかった。どう変換したらそうなるのか、教えて欲しい。
セラフィナは、内心でダラダラと冷や汗をかきながら、エーリヒの反応を待った。そのエーリヒは、ぽかんとした表情でしばらくセラフィナを見つめていたかと思うと、口元を左手で隠して顔を横に背けた。肩を細かく揺らしているところを見ると、どうやら笑っているようだ。ふと見ると、カイルが目元を覆って肩を落とし、アルベルトまで(無表情で)呆れた顔をしている。
(穴を掘りたい……全力で)
恥ずかしさを必死で堪え、エーリヒを睨みつけると、ひとしきり笑い終えた彼は、ふっと、息を整えるように目を伏せた。その後、先ほどとは打って変わって穏やかな笑顔でセラフィナを見た。一歩前に進み出て、彼女の前に片膝をつく。
「はい、セラフィナ様。あなたを守れて、私は大変な幸せ者です」
そして、セラフィナの右手をそっと掬い上げ、指先に、触れるか触れないかの距離で、そっと唇を寄せた。
「これからも、私が、あなたを守ります」
顔を上げてふわりと微笑むエーリヒに、顔に熱が集まるのを必死に堪えたセラフィナは、しばらく固まって動けなくなった。
いつもありがとうございます!




