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やばいやつその2

アルベルトが自覚する。

 よくわからない夕食が終わり、寝る前に読書をしていると、セラフィナの部屋の扉が軽く叩かれた。

「――セラ、起きているか?」

 アルベルトの声だった。セラフィナは、読んでいた本を閉じて上着を羽織り、ドアをそっと開けた。廊下に立っているアルベルトは、眉間に皺を寄せて難しそうな顔をしている。

「少し、話せるか?」

 この前のおかしなアルベルトは、まだ有効なのか、とセラフィナは少しだけ眉を寄せた。しかし、断る理由もないので頷いて、扉を大きく開ける。

「いいわよ。入る?」

 セラフィナの言葉に、アルベルトは少し目を細めた。

「……お前、淑女教育はどうした? 全て公爵家に置いてきたのか?」

 呆れたような口調に、セラフィナは「失礼ね」と口を尖らせるが、そういえば最近気が緩んでいる気がするわ、と思い出して、こほんと咳払いした。

 そうしているうちに、アルベルトは背を向けて歩き出した。彼について食堂に入ると、そこには数人の客が静かに酒を飲んでいた。魔物の討伐が続く中、夜遅くまで飲み騒ぐ者はすくない。この日も、多くの冒険者はすでに部屋で休んでいるようだった。

 二人はカウンターに座り、温かいお茶を頼んだ。王都にいた頃とは違い、お茶は湯呑みに入っていることが多く、温度も高い。二人は出されたお茶を両手で持ち、ずずっと行儀悪く飲んだ。

「あなたが、そんなふうにお茶を飲むなんて、思わなかったわ」

 隣でお茶を飲むアルベルトを見て、セラフィナが言うと、彼は心外そうな顔をした。

「里に行けば里に従え、だ」

 もう一口お茶を飲み、ふう、と息を吐く。そして、セラフィナに顔を向けた。

「お前は、俺にあの女たちのように扱って欲しかったのか?」

「……………………今、なんて?」

 アルベルトの発言に、セラフィナの意識は一瞬遠くへ行っていた。すぐに戻って理解しようとするが、頭がそれを受け付けない。とりあえず、幻聴ではないかと疑って確認することにした。

「だから、お前にも愛想を振り撒いていればよかったのか?」

「……気持ち悪いから、やめて」

 残念ながら、幻聴ではなかったようだ。セラフィナは、全力でアルベルト王子化を阻止した。

「では、なぜああ言ったのだ」

 アルベルトが、イライラしながら聞くが、当のセラフィナは「何のこと?」と首を傾げた。それに、アルベルトがさらに眉間に皺を寄せる。

「あの女たちに愛想よくした、と怒っていただろ」

 セラフィナは、顎に指を当てて少し考えた。今日のことだが、さて何のことだっただろう、と思考し、ああ、とようやく思い出した。勢いで言った、あれだ。

「そうそう。あれは、腹が立ってしまって、つい」

 軽い返事に、アルベルトはため息をついた。

「だから、何に腹が立ったのだ。態度のことではないのか?」

「もちろん、そのことに腹が立ったのよ」

 セラフィナの答えに、アルベルトは益々訳がわからなくなった。愛想よく振る舞うかと問えば、やめろと言う。しかし、他に愛想よく振る舞うと怒る。何が正解なのかわからず困惑した。

「……意味がわからない」

「だって、あなたは私と二人でいる時は、絶対に笑わないもの。不機嫌にしているばかり。社交の顔すら見せないでしょう?」

 アルベルトを見ずに言い切って、セラフィナはお茶を啜った。少しの渋みとミルクの風味が、口の中で溶けていく。

 セラフィナは、思い出していた。最初から、彼のことがどうでも良かったわけではない。幼馴染のようなもので、自然に一緒にいた記憶もある。しかし、いつの頃からか反目し合い、関係が悪くなった。何がきっかけだったのかは、覚えていない。覚えているのは、彼の仏頂面だけだった。

「態度がどうだ、やってることは何だとか、文句ばっかりで。でも、最近はそんなことも言わなったし、トゲトゲもなくなったし、昔に戻ってきたのかしら、と思っていたのだけれど。なのに、お姉様たちには笑いかけるのに、私には一つも愛想良くしないのだもの。もう、どれだけ嫌われているのよって思うと、本当に腹が立つったら……」

 セラフィナは、言っていてだんだん腹が立ってきた。

 ――そうか。一応幼馴染程度には思っていたのか。

 それに気がついたセラフィナは、更にイラっとした。こっちはそう思っていたけど、アルベルトは違うということか。興味がなくなったのは、イライラするのに疲れただけなのか。ゲームではアルベルトがキレて人生終了となるが、もしかしたらセラフィナもキレて大喧嘩した末に……とかあるのかもしれない。

 セラフィナの思考は、くるくると回っていく。さっきまではイラついていたのが、アルベルトと喧嘩をすることで消されるかも、と思うと、今度は恐ろしくなってきた。顔を青ざめさせて、両手で腕をさすると、アルベルトが「寒いのか?」と聞いてきた。

「……そうではなく……いえ、そうかもしれないから、もう寝るわ」

 アルベルトの返事も待たずに立ち上がる。そのまま部屋へ戻ろうとして、ぐい、と腕を引かれた。以前にされたような、力任せのものではない。それでも先に進むことはできず、セラフィナはアルベルトを振り向いた。

「――どうしたの?」

 勝手に席を立ったのはセラフィナだが、彼が捨て犬のような雰囲気(無表情)をしていたので、つい聞いてしまった。聞かれたアルベルトは、はっとして手を離し、視線を背ける。どうしたのか、とセラフィナは首を傾けて、アルベルトの返事を待った。

 待つことしばし。俯いたアルベルトの口が、わずかに動いた。しかし、声は聞き取れない。セラフィナは、「ん?」と首を傾げて、少し顔を近づけた。

「何? 聞こえないわ」

 セラフィナが言うが、アルベルトの口は動くだけで、やはり何も聞こえない。もう少し近づかないと聞こえないか、と思い、アルベルトにさらに近づき、顔を覗き込んだ。

「なあに?」

 碧い瞳と目が合うと、アルベルトは目を見開き、がばっと身体を引いた。左手で口元を覆い、そっぽを向いてしまう。

「……その反応は、ひどくない?」

 セラフィナは、ムッとしてアルベルトに言うが、こちらを見ようともしない彼にため息を吐いた。

(本当に、嫌われたものね)

 なんだか悲しくなってきて、セラフィナは今度こそ部屋に戻ろうと踵を返す。

「――楽なんだ」

 今度は聞こえたアルベルトの声に、踏み出そうとした足をその場に留めた。くるりと振り返り、首を傾げる。いったい何が楽なのか、と。

「……笑顔は苦手だ。王子らしくするのも、疲れる。お前は……」

 決まりの悪そうな顔で、ぽつり、ぽつりと話し始める。セラフィナとは視線は合わないが、声はセラフィナに向かっていることわかる。

「お前は、そう言うのは気にしない。だから……」

 いつも真っ直ぐ前を向き、人を見据える視線が、今は下を向いてしまっている。らしくないな、とセラフィナは思いながら、彼の言葉を聞いていた。

「だから、その……気を抜いて、いたんだ」

 ――なんと。

 セラフィナは驚いた。この根っから王子が気を抜いたら、無表情文句男になるのか。そんなギャップいらんから、たまには婚約者にいい顔しろよ……とジト目になった。

「……すまない」

 言って、アルベルトがそっと目を伏せる。長い金のまつ毛が、仄暗い蝋燭の灯りを受けて、キラキラと輝くが、セラフィナはそれどころではなかった。

 先ほどから、展開が忙しい。謝られたし、とにかく何か反応しないと、と口を開く。

「……私も、意地を張っていたから……あの、もう遅いし、寝た方がいいと思うの」

 らしくないアルベルトを見ているのも、お店の人の視線が刺さるのも耐えられず、セラフィナは話を切り上げることにした。ほら、とアルベルトを促して、今度こそ食堂を出る。

「じゃあ、また明日ね。おやすみなさい」

 部屋の扉を開けながら、にこりと笑って手を軽く振った、セラフィナのその手を、アルベルトが不意に掴んだ。

 今日はやたらと腕を掴まれるわね、とセラフィナは思って、彼を見上げた。

「――俺から離れるな」

 はて、とセラフィナは首をこてっと傾けた。

 危ないことでもあっただろうか。それとも、誰かの邪魔にでもなっているのだろうか。セラフィナは、キョロキョロと周りを見渡したが、薄暗い廊下には誰もいない。

 もう一度アルベルトを見ると、碧い瞳に真剣に見つめられた。

「お前がいないと、だめなんだ」

「…………………………」

 疲れているのか、今日はよく幻聴が聞こえる日だわ、とセラフィナは納得した。部屋に戻って、早めに寝るのが良いと判断して、セラフィナはそっと視線を外して扉へ手を伸ばす。が、その手もアルベルトに捕まった。

「俺から離れていくのなら、お前を殺して、俺も死ぬ」

「……………………え」

 セラフィナは、唐突に理解した。こいつ、自尊心で私を消したんじゃない。私に執着して、離れていく私を逃がさないために――。

 気を抜きすぎて、日頃の疲れの八つ当たりをしていたけれど、裏を返せば唯一気を許せる存在だったと。それが、結婚しても自分に興味を持たないし、嫌がらせしても嫌そうな顔もしないし、だったらいっそ一緒に死のうって、そういうことか。極端が過ぎる。

 アルベルトは、薄く笑った。碧い瞳は恍惚に揺れ、口の端を少しだけ上げる。

(――あ、この顔、どこかで見た)

 初めて見るとんでもない微笑みに、セラフィナは既視感を感じた。

 ――あ、あれだ。ゲームの記憶の、攻略ページで見たやつ。確か、横にあったセリフは――。

「――逃がさない」

 低く、セラフィナだけに届く声。セラフィナの右手を持ち上げて、小指の先を軽く齧った。痛くはない。だが、確実に歯が当たる感覚があった。振り払えば、噛みちぎられる――そう思うほどには。

「おやすみ、セラ」

 そっと手を離したと思ったら、くるりと背を向けて部屋へ戻っていった。

 セラフィナは、廊下でしばらく右手の小指をさすっていた。

 どうして誰も気が付かないのよ!――と、内心で文句を言いながら。


 翌日、セラフィナが寝坊したのは言うまでもない。昨夜の衝撃を無かったことにしたかったセラフィナは、寝坊の理由を、本を読みすぎたせいということにした。

 それを説明するセラフィナの視界の端に、口の端をほんの少しだけ上げたアルベルトが映っていた。

いつもありがとうございます!

次の更新は三日後の夜に頑張ります。

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