楽しそう?
仲間はずれにされると拗ねるセラフィナ
そんな様子を見て、セラフィナとリーゼは顔を見合わせた。
――これって、あれよね。噂の『ナンパ』。
――ここまでの様子を見るに、そのようです。
――ね、私たち、邪魔じゃない?
――セラフィナさんも、そう思いますか?
――リーゼ、空気になるのがうまかったわよね。教えてくれる?
――ここでは無理かと。
長い付き合いの二人は、視線だけで意思疎通を図った。顔を見合わせて頷くと、トレイを手に立とうとした。その時。
「――それで、君たちは三人で魔物と戦っていたのか?」
突然、アルベルト王子が出現した。碧い瞳は柔らかく微笑み、口元は緩く弧を描いている。モーラ、ノルン、リナの順で見て、にこりと微笑んだ。
セラフィナとリーゼは、立つタイミングを失い、再び顔を見合わせた。
「……っ! そ、そうなんです!」
ノルンが、顔を真っ赤にしてアルベルトに返事をする。
「わ、私は軽戦士で、リナが魔法剣士なんです! こ、こう見えて、強いんですよ!」
身を乗り出して、早口でしゃべるノルンを、横からエーリヒが覗き込んだ。
「じゃあ、ダンジョンの様子も知ってる? 行く前に、情報があるとありがたいんだ」
にこりと微笑むエーリヒに、ノルンは「ひゃーっ」と小さく悲鳴をあげた。向かいでは、リナがアルベルトに少し近づき、下からキラキラと彼を見上げる。
「あの、私たちは女性ですし、ダンジョンの中までは行っていないのですが、近くになら行っています」
明日、一緒にいきましょうか、とリナが提案するが、アルベルトは眉を下げる。
「か弱い女性を、危険な場所に行かせることはできない。ダンジョン付近の様子を教えてくれれば、十分だ」
アルベルトの顔を間近で見たリナは、赤くなった頬を両手で覆い、首を振った。
「か、か弱いだなんて……っ! あなたに守ってもらえれば、人生本望だと思います!」
リナの本音は、しっかりと漏れていた。モーラは、横で顔を真っ赤にして硬直している。
エーリヒが、ノルンの目を覗き込んで下から見上げた。
「ね、付近の様子、教えてくれる?」
「も、も、も、もちろんです!」
ノルンは、勢いよく話し始める。
「魔物の数が多いのも、それぞれが強いのも噂通りです! 変なのは、やたらと群れること、どの群れも統率がとれてることです!」
そこに、リナも恥ずかしがりながら続いた。
「普通の魔物もいますが、群れてるやつは、リーダーがおかしいです。たいてい、強化個体か、やたらと知能が高いです」
ようやく硬直が取れたモーラから、更に情報が追加される。
「ダンジョンに入った人によると、中の魔物も、外と同じような変化が出てるとか。狭い中で連携してくるから、なかなか先に進めないそうです」
それを聞いて、カイルが腕を組んで考える。エーリヒが、さらに尋ねた。
「じゃあ、ボスまで辿り着いた人は、いないの?」
「あ、この前治療した剣士さんが、奥まで行ったって言ってました」
モーラが、片手を軽く上げて遠慮がちに言うと、ノルンが続ける。
「でも、何もなかったって言ってなかったっけ?」
どういうことか、とアルベルトが先を促すと、モーラは顎に指を当てて思い出しながら話した。
「そもそも、最北の森のダンジョンは、一度攻略されていて正規ルートだけはマッピングされてるんです。なのに、正規ルートが通れなくなってるんですって。で、迂回したらボス部屋に辿り着いたけど、何もない大きな空間だけだったって、不思議そうにしてました。位置的にはボス部屋なんだけどなーって」
「じゃあ、ギルドにもらったマップも、使えないってことか。厄介だな」
カイルがボソリと呟くと、エーリヒがさらに続けた。
「他には何か聞いた?」
三人は顔を見合わせて小首を傾げると、揃って首を振った。
「あんまりいい情報はないみたいです。ダンジョンの調査は進んでないし、この辺の魔物も増える一方で」
リナがしょんぼりした様子で言う。成果の出ない仕事ほど、やりがいのないものはない、と続けたのに、アルベルトが柔らかく微笑んだ。
「成果なら、出ている。クロウクの村が残っているのは、君たちの成果だろ」
キラキラと輝く笑顔に、三人は眩しそうに目を細めて少し身を引いた。そこに、追い討ちをかけるようにアルベルトが続ける。
「君たちが、とても有能だということがわかった。が、もう夜も遅い。美しい女性には危ないね。残念だけれど、早めに戻ったほうがいいよ」
三人は、目をトロンとさせて、揃って「はーい」と返事をした。そのままトレイを持って席を立つ。
「何かあったら、また話を聞かせてね」
エーリヒが、笑顔でひらひらと手を振ると、三人はまた揃って手を振った。顔を見合わせながら、きゃあきゃあ言って離れていく。
「そういえば! 今日、変なことがあって!」
リナとモーラは楽しそうに食堂から出て行ったが、ノルンが慌てたように戻ってきた。
「魔物退治をしてたら、急にアイスワームが降ってきたんです! 危うく潰されかけました。あいつら、跳ぶような種類じゃないのに、突然変異とかですかね。皆さんも注意してくださいね!」
元気に「おやすみなさい!」と言って、走り去るの見た後、四人はセラフィナをジトっと眺めた。
「…………事故だと思うの」
少し気まずそうにセラフィナが言うと、「悪気がなかったのだけは、わかります」とリーゼがため息をついた。
「何はともあれ、いろいろ聞けたな」
雰囲気を変えるように、カイルが明るく言うと、エーリヒが考えるように腕輪を組んだ。
「確かに、今日出た魔物も、随分と統制が取れてたよね。挟み撃ちになって、カイルとセラが動いてくれなかったら、危なかったよ」
「あれが普通になるのか。気が抜けないな」
二人が渋い顔をしていると、アルベルトが口を開いた。
「俺は、ダンジョンに入ったことがないが、ボスというのは一度倒されても復活するものなのか?」
先ほどの様子とは打って変わって、無表情のアルベルトだった。セラフィナは、それをじっと見ている。
「ああ、ダンジョンによって違うんだ」
アルベルトの質問には、カイルが答える。
「最北の森のダンジョンの場合は、ボスの代わりの魔物がいると聞いたな。入るたびに違うらしいが、ボスより少し弱い魔物や、普通の魔物が群れでいることもあったらしい」
「本当に、ボス部屋だったのでしょうか」
リーゼが疑問を呈すると、カイルは「さあなあ」と答えた。
「マップも役に立たないみたいだし、入ってみないとわからないな」
「そういうものか」
「ダンジョンなんて、まだまだわからないことだらけなんだ」
カイルの答えに、アルベルトは「そうか」と頷いた。
「それにしても、治療職が宿場村にいるのは、ありがたいね。何かあったら治療してもらえそうだし」
エーリヒが笑うと、カイルも「そうだな」と安心した顔をした。リーゼやアルベルトは無表情だが、異論はないようだ。その中で、セラフィナだけがレタスをもぐもぐと口に入れながら、眉を顰めている。
「……セラ? レタス、おいしくないの?」
首を傾げながらエーリヒが聞くと、セラフィナはぷいとあちらを向いて、もう一枚レタスを齧る。
「え、何? どうしたの? 俺、何かした?」
エーリヒは、慌ててセラフィナの顔を覗き込もうとするが、その隙が与えられずオロオロとする。
「ねえ、セラ? 何を怒ってるの?」
不安げに聞きながら、助けを求めるようにリーゼを見るが、彼女は首を振るばかりで何も答えてくれない。カイルは首を傾げているし、アルベルトに至っては、何を考えているのかわからない。エーリヒは、途方に暮れていると、セラフィナがぼそりと呟いた。
「…………三人とも、とても楽しそうだったわ」
「「……え」」
エーリヒとカイルが同時に首を傾げる。アルベルトは無反応だ。セラフィナは、もう一枚レタスを口に入れる。それを見ているリーゼ。
五人のテーブルに、しばらくシャリシャリとレタスを噛む音が響いた。
「……あの、セラ?」
たまらずエーリヒが口を開いた。
「あの……つまり、やきもち?」
エーリヒが遠慮がちに言うと、セラフィナが勢いよく振り向いた。
「ち、違うわよ! 話に全然入れなかったし、三人ともすごく楽しそうだったし、あっちのグループの方がいいのかなって……」
最初は勢いが良かったセラフィナだが、徐々に小声になっていく。
「お姉様たち、綺麗だったし、エーリヒはノルンさんに気があるみたいだったし?」
「え!? 普通に話していただけで!?」
エーリヒが慌てると、リーゼが「無意識人たらし」と呟いた。
「アルは急に愛想良くなるし?」
「情報をもらったら、さっさと追い返したかったからな」
アルベルトは無表情に答えるが、セラフィナだけはその表情を見逃さない。
「今更困った顔をしてもだめよ」
セラフィナはアルベルトを冷たく見やって、次にカイルに目を向ける。
「カイルなんて、モーラさんのこと落としてるし?」
「俺、何もしてないけど!?」
カイルが驚いたが、リーゼが冷静につっこんだ。
「カイルさんは、良い人が過ぎるので、気がつかないタイプだと思います」
「それはどっちの意味なんだ?」
カイルは、腕を組んで考え始めた。
「みんな、綺麗なお姉様が好きなのね」
「「「どうしてそうなる?」」」
珍しく三人の声が揃った。後ろでは、リーゼが勝ち誇ったようにニヤリと笑う。それを、エーリヒとカイルが引き攣った顔で見ていた。
「では、グループは解散ということで。セラフィナさん、私たちは仲良く冒険者を続けましょう」
「そうね。リーゼだけは、私のことを忘れなかったものね」
セラフィナは、差し出されたリーゼの手をぎゅっと握り、嬉しそうにしている。リーゼも、「もちろんです」と大きく頷き、セラフィナの手を握り返した。
隣に座っていたエーリヒが、大きなため息を吐き、気を取り直したように顔を上げる。
「――セラ。ちょっと、人の話を聞こうね?」
いつもより低いエーリヒの声に、セラフィナは恐る恐る顔を向けた。彼がこういう声を出す時は、大抵自分に都合が悪いことになると、学習済みだ。そっとリーゼの後ろに回り込もうとしたが、エーリヒに素早く両手を取られて遮られた。
褐色の瞳がきらりとひかり、セラフィナを真っ直ぐに覗き込む。
「セラは、俺が彼女たちと仲良くおしゃべりしているのが、気に入らなかったんだよね?」
低い声とは対照的に、エーリヒはにこにことしているが、いつもの柔らかな笑顔と違い、反論を許さない凄味があった。セラフィナは、身体を引き気味にしたが、彼に両手を取られているため、思うように動けない。
多分、そうだ。彼女たち三人が同席してから、自分が会話に口を挟む隙がなかった。自分もグループのメンバーなのに、悔しかった。――と、セラフィナは思った。だから、腹が立ったのだ。
エーリヒ個人に思ったことではないが、反論してはいけない気がして、セラフィナはおずおずと頷いた。すると、エーリヒは一瞬で機嫌がなおり、いつもの蕩けるような笑顔になった。
「わかった。じゃあ、もうセラ以外の女性とは、話さないよ」
エーリヒが、セラフィナに少し近づいて言い、セラフィナは顔を引き攣らせた。
「……それは、とても極端な結論だと思うの」
セラフィナが言うと、エーリヒは困った顔をした。
「でも、セラが嫌な思いをするし……」
少し考える間が空いて、エーリヒは閃いたように顔を上げた。
「じゃあ、セラ以外の女性には優しい顔はしないよ」
にこりと微笑むエーリヒが、セラフィナは少し怖くなった。この人は、こんなに極端な人だっただろうか。もっと、人当たりが良く誰にでも親切にする――あ、意外に腹黒いんだった。と、セラフィナは顔を青くした。まずい人にまずい態度をとってしまったことに、今気がついた。
「………………普段通りでいいけれど、私も気にしてくれれば嬉しいわ」
「うん。セラ以外は興味ないからね。安心して?」
エーリヒは、さらに笑みを深めてセラフィナを見る。セラフィナは、引き攣った笑顔で「ありがとう」と言ったが、内心は不安でいっぱいだった。
後ろでは、カイルが遠い目でその様子を眺め、リーゼに「煽るなよ……」と苦情を言っている。その横では、アルベルトが真剣な眼差しでセラフィナを見ていた。
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