三人組
冒険者の出会いって、積極的にいかないと難しそう
カイルが振り向くと、馬橇の後方に何十本もの炎の矢が突き刺さっている。その炎の奥に、数頭のスカルヴァルグが見えた。
「――あっちは囮か!」
カイルが舌打ちする。前方には、リーダーと思われる個体を含む三匹。エーリヒたちは手が離せない。どうする――と逡巡した時、後方から伸びてきた数十本の水の鞭が、乾いた木に燃え移った炎を打ち消し、瞬時に凍りついた。
「カイル! こっちは私たちで!」
セラフィナはそう言うと、スカルヴァルグの装甲を粉砕する。
後方から現れた魔物は三匹。先ほどのセラフィナの攻撃により、少なからぬダメージを負っている。カイルは弓を背負い、腰に差した剣に持ち変える。
「セラ! フォロー頼んだ!」
返事も待たずに走り出した。突進してくる一匹を避け、もう一匹に剣を突き立てる。躱された、と思ったが、思いの外深く、剣が腹に突き刺さった。そのまま飛び退いて見ると、その一匹の足が、氷の蔦に絡め取られている。カイルは、ちらりとセラフィナを見た後、横から爪を立ててきた一匹を剣で受け止め、跳ね除ける。バランスを崩した魔物は、空から降ってきた炎の矢に貫かれた。横で、パリン、とガラスが砕けるような音がしてカイルが振り向くと、スカルヴァルグが牙を剥いて襲いかかってきた。カイルは、横に飛び退いて避けるが、左腕を爪に抉られる。ぐっと顔を顰めると、飛び退いた足を軸にして、更に接近する魔物の首を剣で切り裂いた。
慣れない接近戦に、肩で息をしながらセラフィナを振り返ると、心配そうに眉を下げた顔が見えた。それに笑って片手を挙げ、すぐに馬橇の前方に目を向けた。そちらは、すでに最後の一匹――大型の個体だけになっている。カイルは、剣に付いた血を拭って鞘にしまうと、再び弓を手に前方へ戻った。
カイルが魔物に魔力矢を向けると、何本もの氷の矢が降って来た。後ろに飛び退いて避けるが、範囲が広く避けきれない。
(――まずいっ!)
咄嗟に身を捻って躱そうとしたが、間に合わない。目の前にまで迫った氷の矢は、しかしギリギリのところで炎の矢に叩き落とされた。
カイルは、冷や汗をかいた。が、目の前ではエーリヒ、リーゼ、アルベルトが、魔物と対峙している。次々と生まれる氷の矢が飛び交い、仲間に触れる前に炎に溶ける。考えている暇などなかった。
向かってくる氷の矢は、セラフィナが落としてくれる。エーリヒが魔力の一閃を放ち、リーゼが魔物を撹乱する。アルベルトは、青い炎を纏った剣で、確実に魔物を追い詰めていた。セラフィナの炎の矢によって溶け始めた雪が、足元でバシャバシャと音を立てる。
カイルは、再び魔力矢を魔物に向けた。激しい動きに、狙いが定まらない。セラフィナの炎の矢が分裂し、空から一気に降り注ぐ。スカルヴァルグは、嘲笑うかのように身震いし、炎の矢を振り払うと、エーリヒを前脚で追い立てた。溶けた雪に触れた炎の矢が、ジュウジュウと音を立てて白い湯気がそこここで上がりだす。リーゼを切り裂こうとした前脚が、バシャリと音を立てて地面を削る。切り掛かって来たアルベルトを、長く鋭い尻尾が、もくもくと上がる湯気を割くように振り払う。その時。
一帯の気温が急降下した。直後、真っ白い霧に視界が奪われる。
全ての動きが、一瞬止まる。
カイルが放った魔力矢が、音もなく霧を切り裂く。
甲高い獣の悲鳴。
霧の向こうで、巨体がうねる。
強い風が地を這うように吹き抜け、視界が一気に開けた。
エーリヒ、リーゼ、アルベルトが、魔物に一気に詰め寄る。両目をカイルの矢に潰されて、視界を奪われ滅茶苦茶に振り回す前脚を、リーゼが素早い動きで切り裂いた。痛みに身を引いたところを、アルベルトが胴を薙ぐ。全身を青い炎に包まれながら、それでもアルベルトに襲い掛かろうとする魔物の首に、魔力を帯びたエーリヒの剣が食い込んだ。そのまま体重をかけて地面に叩きつける。
どんっ、という衝撃と共に、一際大きなスカルヴァルグは動かなくなった。
しん、と静まり返った道の真ん中で、カイルはぐるりと周りを見渡した。皆、一歩も動かないが、順にカイルと目が合った。
「……皆、無事だな」
ほっとして声を出す。エーリヒがにこりと笑い、リーゼは短く「はい」と返事をする。アルベルトも、無表情でこくりと頷いた。セラフィナは、顔色を青くしている。カイルに駆け寄ろうと馬から離れた途端――。
「――っ! いっ……たーいっ!」
盛大に転んだ。最後にセラフィナが放った冷気により、一帯は氷漬けになっていた。エーリヒ、リーゼ、アルベルトは、戦いの最中凍りついた地面で、僅かな突起を足がかりに動いていたが、セラフィナはそうはいかない。
――だから皆、動かなかったのに……。
誰もがそう思った。が、自分も転ぶのが嫌で、セラフィナに駆け寄るのを、ほんの一瞬躊躇した。
「――みんな、笑いすぎよ」
セラフィナは、敷物の端に膝を抱えて座り、ブツブツと文句を言った。
戦いが終わってみると、皆そこかしこに傷を作っていた。リーゼの顔に傷があるのを見つけたセラフィナは、盛大に悲鳴をあげて抱きつこうとして――また転んだ。
最初に転んだ時に、真っ先に助けに行ったエーリヒも、二回目は呆れた顔で転んだセラフィナを眺めていた。そのセラフィナを立たせたアルベルトに「あほう」と言われ、怒ってまたバランスを崩す。アルベルトが支えたため、流石に三度目はなかったが、しっかりと全員の笑いを誘った。アルベルトすら、顔を背けるほどに。
結果、拗ねたセラフィナが完成した。
リーゼが突然取り出した大きな敷物に全員が座り、セラフィナを無視して傷の手当てをしあう。コートを脱ぐのは寒いが、傷の様子を確認するのには仕方がない。一番ひどい怪我はカイルの左腕で、エーリヒがそれを見て呻いた。
「――これ、我慢していたの? 洗い流して止血したいけど、そんなにたくさん水はないよね」
カイルの腕の傷を、角度を変えながら見て言った。リーゼも顔を顰める。
「とりあえず、布を当てて次の宿場村に急ぐしかないですね」
皆、半日分程度の飲み水しか持っていない。その飲み水も、口をつけているので傷を洗うのには適さない。とにかく急いで出発しよう、という雰囲気になった時、セラフィナがそろりと口を挟んだ。
「――水なら、あるみたい」
そんなわけない、と全員がセラフィナを振り向くと、セラフィナの前にガラスのピッチャーに入った水が置いてある。その水はキラキラと光を反射するほど澄んでいて、ピッチャーには繊細な透かし彫りで蔦が絡むような意匠が施されている。
「……セラフィナさん、どうしてお水を持っているのですか?」
リーゼが当然の疑問を投げた。魔法拡張鞄から出したにしては、蓋もないピッチャーに入った水は不自然だ。
「また、訳のわからない魔法の使い方を?」
無遠慮なリーゼが聞くと、セラフィナはムッとして答えた。
「私の魔法を変なものにしないでちょうだい」
セラフィナがリーゼを睨む。
「リーゼ。流石にセラフィナに失礼だよ」
カイルがリーゼを嗜めると、「すみません」と素直に謝り、少し驚いたから、と言った。
「セラフィナの魔法はともかく、その水は、どうしたの? とてもありがたいけれど……」
エーリヒが首を傾げると、セラフィナも眉を下げて困った顔をした。
「気がついたら、ここにあったのよ。私にもわからないけれど、ただのお水だってことは、確かよ」
「なぜ、確かなんだ?」
アルベルトが、静かにセラフィナに尋ねる。
「これがお水だと、知っているからよ。なぜ知っているかは、わからないわ」
セラフィナを含めて、全員で首を傾げる。
彼女の言っていることに筋が通っていないことは、彼女自身がよくわかっていた。説明がつかないことが多すぎて、全員の処理が追いつかない。少しの沈黙の後、セラフィナが口を開いた。
「――ごめんなさい。私にもよくわからないのだけれど、カイルの傷を洗ってしまうのが先だと思うの。だから、これ、使ってもいい?」
セラフィナは、眉を下げてピッチャーを指差した。
「そうだね。ここで議論しても仕方がない。カイルの手当てが先だ。カイルもいいよね?」
そう言って、エーリヒはピッチャーを手に取った。カイルは、頷いて笑う。
「セラの周りが訳がわからないのは、今に始まったことじゃないからな」
「……確かに」
唐突に、カイルの意見にアルベルトが賛同して、セラフィナはギョッとして目を見開いた。
「何だか、二人とも失礼じゃない!?」
セラフィナが抗議するが、エーリヒに優しく宥められる。
「はいはい、後で聞くから、セラとアルは、すぐに出発できるように、この場の片付けをしておいてね」
にこりと微笑まれ、セラフィナは渋々といった顔で、アルベルトと共に倒したスカルヴァルグの回収に向かった。
次の宿場村に着いたのは、夕方近くになってからだった。途中、雪の中を移動するアイスワームに遭遇したが、人の背丈ほどある芋虫型の魔物は、現れた瞬間に遥か彼方へ吹き飛ばされた。吹っ飛ばしたセラフィナは、「斬ったら何か出てきそうだったから」と説明した。
宿場村に着いてすぐ、診療所で傷の手当てを終えてからの夕食は、ようやく一息つけた、と全員が大きく息を吐いた。
この宿場村には、前の場所よりさらに多くに冒険者が滞在していた。いくつかある宿屋には、どこも多くの冒険者がいたが、疲れた顔をした者半分、成果を披露している者半分、と言ったところだった。
その一つの宿屋の食堂で、五人がいつものように夕食を囲んでいると、若い冒険者が話しかけてきた。
「こんばんはー! 相席いいですかー?」
短い黒髪の女性が、元気よく言って空いている椅子を指差した。十人は座れる席に座っていたカイルたちは、断る理由がない。ノルン、リナ、モーラと名乗る女性ばかりのグループは、エーリヒの横に一人、アルベルトの横に二人に別れて座った。
「みなさんも、この辺の魔物討伐ですかー?」
最初に話しかけてきたノルンが、隣のエーリヒに明るく尋ねた。その向かいでは、リナがパンを食べながら興味津々でエーリヒを覗き込んでいる。
「いや、この先のダンジョンに行くんだよ」
いつも通りにこやかに答えたエーリヒに、リナが両手を胸の前で組んで声を上げる。
「じゃあ、ギルドの推薦組ですか? 強いんですねえ」
キラキラとした目を向けられ、エーリヒは、たまたまだよ、と穏やかに笑う。
リナの横で、モーラが眉を下げて言う。
「私たち、ここに二週間ほどいるんですけど、魔物の数がちっとも減らないんです。私は治療職なんですけど、怪我をする人も多いんですよ」
へえ、とカイルが感心した声を出した。
「治療職とは、珍しいな。引く手数多なんじゃないか?」
魔法使いの中でも、治癒魔法が使える者は少ない。それがなぜかは、まだわかっていない。魔力の質が違うのだという者もいたが、魔力は見えたり感じたりするものではないので、真偽の程は不明だ。
モーラは、きれいな赤毛を指でくるくるしながら、恥ずかしそうに下からカイルを見上げた。
「そんな、大それたものではないんですけど。もし、怪我で困っていたら、声をかけてください」
純粋そうな表情に、カイルは「ありがとう」と笑い、モーラは、顔を少し赤くして更に俯いた。
セラフィナが水を作れることを忘れてました。
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