いいグループ
何でも器用にこなすエーリヒ
馬橇は、揺れは少ないが寒かった。乗客は、屋根も壁もないソリに座り、目だけを出した状態で防寒して乗車するのが普通だ。
「こちらの馬は、随分と背が低くて足が太いと思っていたけど、とても力強いんだね」
エーリヒが感心したように言った。アウルが連れていた馬もそうだが、フィヨルライン王国ですれ違う馬は、アストレア王国の馬よりも背が低く、可愛らしい顔をしていた。しかし、その見た目とは裏腹に、馬車を引く姿は力強く、どっしりとした印象を受けた。
「お客さんは、どちらから来たんですか?」
屋根のない橇は、走行中でも御者と話ができる。しかも、馬車と違って車輪が地を噛む音がしない。寒さ対策をすれば、快適な旅路になる。
アウレリア王国から、とエーリヒが答えると、御者は破顔して振り向いた。
「俺の妹が、アウレリアの商家に嫁いだんですよ! 気候が穏やかで、いい国ですね」
自国を褒められて、悪い気はしない。エーリヒは、御者台へ移動して楽しげに話し始めた。
フィエルヴィクから馬橇で北へ半日の距離に、クロウク村はあった。そこからさらに北へ二日進むと、目的地の最北の森だ。しかし、クロウクと最北の森の間には、街や村がない。そのため、先へ進む冒険者は、一度クロウクの村に泊まるのが一般的だ。例に漏れず、セラフィナたちもそうだった。
クロウクの村は、静かだった。昼を過ぎたところだったが、外を歩く人が少ない。冬であることを考えても、目に見えて少なかった。村の大通りに面した建物は、かろうじて開いているものの、中路に入るほど閉まっている店が多くなる。店や宿屋はまだしも、住宅と思われる三角屋根の小さな家は、雪かきもされずに雪に埋もれているものも多かった。
「……これは、噂以上だな」
カイルが唖然として呟いた。クロウク村の近くまで魔物が迫っているため、少なくない村人が、村から避難しているという。もともと大きな村ではないため、それほどの大移動にはなっていないが、このまま人が減れば、村自体がなくなってしまうだろう。
「今のところ、魔物はクロウクまで来ていないんだよね? それでもこれは、ひどいね」
エーリヒも、驚いたように大通りを見ながら歩く。あまり人が通らないのだろう。足首あたりまで積もった雪に、五人の足跡が残る。この村は、昨日の吹雪には見舞われていないようなのが、幸いだった。
「騎士や冒険者じゃない限り、人間は魔物から身を守る術を持たないからな。魔物が村に到達する前に、避難する人も多いだろう」
カイルは、言いながら宿屋の看板を見つけて指差した。皆もそれに気づいて、歩みを進める。
「けれども、クロウクより北では、冒険者が魔物を食い止めているのですよね? それでも避難しますか? 生活の基盤がある村を出るのには、勇気がいるのでは?」
リーゼが首を傾げると、今度はエーリヒが答えた。
「さっきの御者さんが、子供がいる家から避難していったって言っていたよ。そういうことなんだろうね」
「それにしても、フィヨルライン王国は、なぜ軍を出さない? 第一に守られるべき民が、逃げ出すほどなのだぞ」
アルベルトは、やや低い声で言うが、セラフィナは穏やかに嗜めた。
「軍は、ハルグレイムで村人を保護しているそうよ。だから、街道には魔物も出なかったわ。ギルドとのバランスが、あるのでしょうね」
「だが、実際はこれだぞ? お前は、これが最善と言うか?」
「だから、ギルドがあるのよ」
ギルドは、いかなる国にも属さない。国は、ギルドに干渉しない。連携はしないが、互いに空気は読む。今回は、フィヨルライン王国は何らかの事情でクロウク村へ軍を出さないが、ギルドがその役割を担っているのだ。ギルドとしては、魔物強化やダンジョンの調査ができるため、メリットはある。
「そんなものか?」
「そんなものよ。あなただって、理想だけでは動けないことは、知っているでしょう?」
「……そうだな」
アルベルトの返事を聞いて、セラフィナは宿屋へ入って行った。その後をリーゼが続く。
最後になったアルベルトは、宿屋の入り口で一瞬立ち止まった。
――先入観なく、か。
小さくため息を吐いてから顔を上げ、皆の後に続いた。
クロウク村から最北の森まで、馬橇はあったのだが、今は危険だということと、そもそも御者がいないことで、休業となっている。とは言っても、徒歩で五日はかかる上に、雪道は街道でも危険だ。最北の森まで二ヶ所ある宿場村も、馬橇を基準に作られている。途中、小さな集落は点在しているが、クロウクでこの状況なら、人がいることは期待できない。そこで、カイルとエーリヒが交渉して、馬と馬橇を借りることになった。エーリヒは、前日の馬橇の御者にコツを習っていて、意外にもスムーズに馬橇を進めていた。
「器用なもんだな」
カイルが言うと、エーリヒが呑気に笑った。
「いやあ、何事もやってみるものだね」
その姿は、およそ元近衛騎士には見えないな、と、セラフィナは、のほほんと馬を操るエーリヒを眺めていた。横では、アルベルトが「俺もやってみたい」と呟き、リーゼに断固として止められていた。
穏やかな天気のまま宿場村に到着した一行は、小さな宿に泊まった。
「あんたたちも、この辺の魔物討伐に来たのかい?」
食堂で夕食を食べていると、中年の男性が声をかけてきた。ボサボサの黒髪は手入れがされていないが、大きな体に大きな顔、丸い鼻の、いかにも気の良さそうな人だった。
「いや、最北の森のダンジョンを目指してるんだ。あんたも、同業者か?」
カイルが男性の方へ身体を向けて答えた。
「ああ、そうだ。俺は、この辺の魔物の討伐依頼を受けたんだ」
そう言って、冒険者カードを示した。濃紺色のカードには、“ゲド”という名とDの文字。Dランクの戦士だ。
「あんたたちは、ダンジョンの依頼か。若いのに、腕がいいんだな!」
酒のジョッキを片手に豪快に笑った顔は、嫌味がなく楽しそうだ。カイルは、ゲドに席を勧めた。
「せっかくだから、この辺の状況を教えてくれないか。最近来たばかりで、詳しくはわからないんだ」
彼は、快く席に座ると、ニコニコしながら言った。
「いやあ、こんな美男美女と一緒に座れるたあ、今日はいつも以上にいい夢が見られるだろうなあ!」
そう言って、リーゼにバチリと片目を閉じるが、リーゼは「それはよろしいことで」とさらりと流した。
ゲドは少し悲しそうな顔をしたが、カイルが「……すまん」と謝るのを「いいってことよ!」と笑い飛ばした。
「それで、この辺のことだったな」
ジョッキに入った酒を一気に飲み干して、ぷはーっと息を吐いた。
「俺は、二週間前にここに来たんだけどな。元々は、もう一つ北にある宿場村で魔物を狩ってたんだが、この辺にも出るようになったからってんで、降りてきたってわけだ」
ゲドによると、元々ここより北の地域は、最北の森を中心に魔物が多い地域だという。しかし、ここ一月程、その出現数が増え、強化個体も出現している。しかも、その数がどんどん増えていると言うことで、少し前からギルドの要請で冒険者が集められた。
「最初は、この先の宿場村あたりで抑えられたんだけどな。奴ら、どこからともなく湧いて出るんだ。あんたら、ここに来るまでに魔物はいたかい?」
いや、とカイルが答え、エーリヒも首を振る。
「この国に入ったあたりで、スカルヴァルグの群れには会ったわ。そういうのとは、また違う?」
セラフィナが聞くと、ゲドは首を振る。
「奴らは、冬になると群れるんだ。群れた方が、狩りがしやすいからな。だが、この先に出るやつらは、明らかに違う。姿形からしておかしい。しかも、出くわす頻度が尋常じゃない。あんたらも、注意して進んだ方がいい」
先ほどの明るい雰囲気とは一変して、男性は真面目な顔で言った。
「やつら、どこからともなく湧いて出るんだ。あんたらの中には、敵索が得意なやつはいるかい?」
自分とセラフィナが、とカイルが答えると、ゲドは破顔した。
「へえ、二人もいるのか。そりゃあ羨ましい! どうだ、にいちゃん。俺のチームに来ないか? むさ苦しい男ばっかりのチームだけどな!」
「だめです。彼がいないと、このグループは空中分解します」
リーゼが真剣な顔で断るので、ゲドは「お兄さん、愛されてるねえ」と、ホクホクとした表情した後に、セラフィナを見て口を開こうとした。途端にエーリヒが、ウインナー付きのフォークを持ったセラフィナの手を握って引き寄せ、アルベルトが音を立ててコップをテーブルに置いた。
ウインナーを食べられなかったセラフィナは、眉を顰めてエーリヒを見るが、笑顔の彼はゲドを見ている。そのゲドは、エーリヒとアルベルトを交互に見た後、はっはっはっ、と豪快に笑った。
「男所帯に、美人のお嬢さんを誘うわけにゃあいかねえからな。潔く敵索は諦めるか!」
カイルはほっと息を吐いた後、エーリヒとアルベルトを呆れた目で見る。
「……お前らなあ。少しは自重しろよな」
ため息をつくと、ゲドがまた笑った。
「いやあ、あんたを誘った時も、みんなして顔色を変えていたからなあ。いいグループじゃねえか!」
そう言われて、カイルは目を瞬かせた後、やわらかく笑った。
「喧嘩ばかりしてるけどな」
少し恥ずかしそうに頭をかきながら言った。
ゲドの言っていた通り、魔物は湧いて出た。
翌朝早く、宿場村をたった五人は、馬橇でさらに北へと進んだ。いくらも行かないうちに、カイルとセラフィナの敵索に魔物がかかった。
――唐突に、である。
「セラ! 結界を!」
「もうやってる!」
カイルが言うと同時に、セラフィナは馬ごと橇を結界で包み込んだ。エーリヒが、馬の頭に黒い布をかけて目隠しする。他の三人は、既に馬橇から飛び降りて、馬の前に出ている。
「セラは、馬の手綱を持って外から援護! 前方からスカルヴァルグの群れ! 来るぞ!」
カイルが言った直後、雪の林の中からスカルヴァルグが姿を表す。その数は五匹。扇形に広がった魔物は、一際大きな一匹が低く吠えると、一行目掛けて飛び出した。
エーリヒ、リーゼ、アルベルトが三方向に走り出し、カイルは先頭の一匹目掛けて魔力矢を放つ。後ろからぞわりとした感覚が四人をすり抜け、スカルヴァルグの群れを音もなく襲う。
――パリン、パリンッ!
薄い氷が砕けるような音と共に、突進してくる魔物から鱗のようなものが剥がれ落ちたて、消滅した。カイルの矢が、一匹の右目に命中し、直後に左目にも矢が刺さる。甲高い悲鳴と共に高く跳ねたスカルヴァルグの腹を、リーゼの剣が切り裂いた。その間に、エーリヒが一匹を斬り伏し、他の魔物と対峙している。横から放たれた氷の矢は、エーリヒに届く前に、パリンという音を立てて地に落ちた。その氷の矢を放ったスカルヴァルグは、今度はアルベルトに牙を剥くが、彼が放った強風に紛れた炎に悲鳴を上げて飛び退いた。その時――後方から衝撃音が響いた。
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